2024/12/26 のログ
ご案内:「扶桑百貨店 ファッションエリア(4~6F)」に杉本久遠さんが現れました。
杉本久遠 >  
 扶桑百貨店の宝飾品店。
 基本的に高額な物ばかりであり、十代が中心になっているこの島では、比較的需要の少ない希少な店とも言えるだろう。
 当然、学生は相当に稼いでいなければ冷やかしばかり、教員や職員ら大人でも、ここで直接買い物をする居住者はすくない、

 しかし、そんなところにトンデモなく場違いな男が――!
 

杉本久遠 >  
 ――完全に体育会系の体型!
 ――まさに部活終わりとでもいうようなジャージの上下!
 ――その大柄な体が背負っているのは、間違い様もなくスポーツバッグ!

 ――そう!
 知る人ぞ知る長期在学者、スポーツに青春を捧げた男。
 杉本久遠である――!
 

杉本久遠 >  
 お前場違いだろ、とか。
 ここにあるのは指輪(リング)であってリングじゃないぞ、とか。
 言いたい事は沢山ある事だろう。
 私もそう思う。

 ああ、ほら、店員たちからも警備員からもがっつりと注目されている!

 ――だがしかし!
 そんなものはまるで気にならないのである。
 なぜかって?

 この男が杉本久遠であるからだ!
 

杉本久遠 >  
(むう――弱ったなあ)

 目の前の、特殊な超強化ガラスに守られたショーケースの中には、様々な宝飾品がいっぱいだ。
 そのどれもが人目を惹くような、素晴らしい美しさで、右往左往して目移りしてしまうようなものばかりである。
 こうした装飾品に全く縁のなかった久遠としては、なにから考えて何を基準に選べばいいかもわかったものじゃない。

 ――が、こういう時に救いの手がやってくるのもまた、杉本久遠という人間なのである。

『――あれっ、どうしたんですか杉本先輩。
 随分と珍しい所でお会いしましたね』

 そう声を掛けてきたのは、地毛が明るい色の、小柄な女子だった。
 まあ、久遠からすれば大抵の女子は小柄になってしまうのだが。

「おおっ、櫻井じゃないか。
 なんだ、やっぱりここの業界にしたんだなあ」

『えへへ、はい。
 やっぱり宝石もアクセも好きなので。
 その節は本当にお世話になりました』

 そう言って、櫻井と呼ばれた少女は、姿勢の良く整ったお辞儀をした。
 

杉本久遠 >  
「だはは、気にするなって。
 後輩の進路相談なんて、十年以上も在学してれば、それなりにやってきてるしな。
 お前が好きな事を仕事に出来てて、オレは嬉しいぞ?」

『へへ、ありがとうございます!
 ――それで、先輩はどうしてまたこんなところに?」

 と、まあ。
 親しい入学時から後輩として面倒を見ている相手にすら、意図が分からないというありさまである。

『あ、もしかして、お母さんにブレゼントとかですか?』

 少女はこれだ! と思って勿論、正解を狙いに行ったのだが。
 久遠は申し訳なさそうに、不正解だとゆるゆる首を振るしかなかった。

『え、ええ――それじゃあ、永遠っちへの?
 先輩たちの仲がいいのは知ってますけど、流石に妹さんに高級ジュエリーはどうかな、って――」

 そして今度は完璧な勘違いをされて、半歩引かれてしまう。
 ――どうやら、恥を偲んで腹をくくるしかないらしい。
 幸いにも、この櫻井という少女は非常に口も堅く、信用も於ける相手だ。

「実は――婚約指輪を探していてな」

「――へっ?
 指輪って、誰と、誰のです?」

「――オレと、婚約者の」
 
「ああ、なるほど――?」

 それから恐らく、たっぷり五分近く、沈黙が続いたのだった。
 

杉本久遠 >  
『――――ええええぇぇぇぇぇぇッ!?』

 そんな驚愕の声がフロアに響くまで早かった。

『ちょっとチーフ、あんまり大きな声出すとまたオーナーに怒られますよ』

 どうやら、この明るく楽しい少女は、チーフスタッフにまでなっていたらしい。
 そして小さな声。

『――ちょっと先輩、どんな人なんですぁ!』

 そう聞いてくる少女に、苦笑しながら写真を見せると、目を丸くして驚いていた。

『うっわぁ、すっごい美人じゃないですか!
 それで、クリスマスに婚約指輪?
 うわぁ、うわぁ~!』

「そんなわけでさ、彼女に似合う物を探してたんだが、こうも色々あると困ってしまってな」

 なるほど、と少女は考えてから、ショーケースの中をざっと見て。

『これか、これか、この辺りとかどうですか?
 婚約者さんがもう、とっても美人さんですし、そんなに飾り気な人じゃなさそうですから。
 デザインも装飾もシンプルなのがいいかなと』

「ほほう。
 どれどれ――」

 そう言われて候補に挙がったのは、小さなダイヤモンドを複数ちりばめた物と、ダイヤが一つ嵌めこまれた物と、本当にシンプルな白金のリング。

「――たしかに、どれもよさそうだなあ。
 それじゃあどれかにし」

 そう言おうとして、値段がようやく目に入り、あんぐりと口が開いた。
 久遠は伊達に長い時間この島で生活していない。
 それなり以上にお金自体は持っているのだが――それでも大分思い切る必要があるものだった。

「――ん、んっ!
 よし。
 櫻井、改めてこれを頼む」

 そうして久遠は、一組のリングを選ぶ。
 そして、その結果がどうなるのかは――また、愛しい人との時間を過ごすときに明らかになるのだろう。
 

ご案内:「扶桑百貨店 ファッションエリア(4~6F)」から杉本久遠さんが去りました。