2024/12/05 のログ
ご案内:「常世公園」にノーフェイスさんが現れました。
ノーフェイス >  
昼下がり。
冬枯れ、寒風、鳥の声。
 
自然豊かな歩道も覗く公園のベンチ。
聖誕祭を間近に活気づく、時を選ばぬ常世島にも、こうして落ち着けるオープンスペースはまだあった。
今どきだいぶ珍しくなった新聞紙(ニュースペーパー)をサンシェードのように広げて、時をすごすものも珍しくはない。
時折通りがかる生徒も、背後に回り込まねば覗けぬその様を確かめるもの好きはそういまい。
島内で発行される、多くの新聞部が手掛けたものではなく――綴られているのは英字の群れ。

「――――……」

島内でなく、島外の時事を望んでいた。
内部だけでなく外部にアンテナを立てる者もいれば、こうしたものを収集する好事家(マニア)もいないわけでなく、わずかばかりの需要があるため、ごく少部数だけ発行され、割高にはなるが購読することができる。
オンラインの映像中継やテキストデータで事足りるのに、あえて紙で。――それはもう、趣味嗜好としか言えないだろう。

そんな趣味人は組んだ脚をぷらぷら揺らして、なんとも長閑な時間を過ごしていた。

ご案内:「常世公園」に鶴博 波都さんが現れました。
鶴博 波都 >     
「今年の冬は忙しくなりそうです……。」

 鉄道委員の業務から解放され、通り道として公園を過ぎる深緑色の制服(鉄道委員)
 先のことを煩いながら、現在は急ぐものもないので暢気な歩幅で道を歩む。
 
 そんな中、見覚えのある誰かが公園で新聞を広げている。
 ほんの少し困ったように肩眉を顰めてから、無防備にも歩いて近づく。

「久しぶりです。……新聞ですか?」

 脳裏ではあれこれ考えた後(きぬさら駅での記憶の有無や手配書やら)、何気ない知人のような態度で声を掛ける。
 ものすごく色々悩んだ結果、少々特異な出会い方をした立場の違う知己に単純に声を掛けることを択んだ。 
 

ノーフェイス >  
「珍しい?
 デジタルのほうが便利だし、ゴミにもなっちゃうんだけど、好きなんだよね紙が。
 手触りとかインクのにおいとか――」

島外の時事新聞を閉じれば、色の抜けた季節にも、鮮やか過ぎるほどの色彩が出迎える。
まったくもって無防備で、大胆すぎるほど有り様だ。
生真面目な少女の葛藤もどこ吹く風の自然体。友人に相対したように微笑むと、陣取っていた中央からベンチの端っこにずれた。

「ちょうどキミに会いたいと思ってたトコ。
 ……疲れてる?独り言出てたよ」

公園(こんなとこ)にいるってことは、制服だとすると帰路と見て。
思考を煩わせた大因果は、視線だけを向けて問うのだ。

鶴博 波都 >  
「──紙が好き(アナログ)、なんですね。
 駅の売店にあるので見掛けてはいますけど、あんまり意識したことはないです。
 あ、でも駅の売店で売っているものとは少し雰囲気が違いますね。」

 嗜好としての興味はないものの、当たり前にあるもの。
 鶴博波都(鉄道委員)にとして馴染みのある新聞紙(朝刊)とは少し違うと、素朴な感想を零す。

「はい。ちょっとお疲れはとちゃんです。
 ただでさえ、年の瀬の鉄道委員は年末の物流と年末年始の年賀で忙しいのに──
 ──未開拓地域で大きめのトラブルが起こっちゃって。」

 じとりと垂れた眼は警戒よりも疲労の色が強い。
 あの時出会った人(記憶通りの手配犯)で見間違いではなさそうと、とりあえずの判断を下す。

「私に会いたい、ですか? ……ええと……。」

 なんとなく世辞だろうと思いながらも、
 言葉の真意を改めて尋ねた上で、戸惑う。
  

ノーフェイス >  
「ニューワールド・トゥデイ。合衆国の大手誌だよ。
 新聞部のなかに、そこと契約して発行してるトコがあるの。
 定期購読が条件で、けっこうお値段は張るケドな。
 現地取材記事(ルポライティング)が好きで、木曜に連載持ってる奴が特にいい。
 島内にも、いいのを書くやつ結構いてさ。読んでると面白いよ」 

その分、国外(あっち)の生の視点が記されている――とはいえ。
アナログはどうしても、デジタルよりも遅れる。色んな意味で、だ。

「それ、外部(ボク)に話してもいいヤツ?
 普段から激務だろうに、そんなぐんにょりなってるってことは。
 前線基地の構築でもしてたのか、って思うケド――」

未開拓区の事故。
場所が場所だけによくある話ではあるが、さてどのことだろう。
傍らに置いてあったビニール袋から取り出した缶コーヒーを、ひょいと差し出した。

「―――。
 ………?
 ……そのままの意味だよ?」

戸惑う様子には、不思議そうに眼を丸くして首を傾ぐ。

鶴博 波都 >  
「合衆国──。
 ううん……島の外のことは、あんまり。」

 国外(あっち)、の話題と知ると、短く告げて話題を避ける。
 あまり好まない話題なのだろうか。少し厭そうな顔だ。
 
「有志の調査員を募ってる話ですから、いちおう公開情報です。
 そんなこんなで、お疲れはとちゃんなので宿題も後回しです。」

 大きくため息。
 差し出された缶コーヒーを、手に取ってからゆっくり差し出し返す。

「今は万が一にも怪我やトラブルを負えませんから。
 気持ちだけ貰っておき…………そのままの意味?」

 そのまま、同じ様に首を傾げる。
 鶴博波都にとって、心当たりがないらしい。

ノーフェイス >  
「そう?」

笑って、新聞を畳んだ。
何かある――と気づいても、そこに踏み込む時ではまだない。
畳んで、脇息と自分の間に挟み込む。眼に触れないように。

「張り詰めてるねえ」

突っ返された珈琲を受け取るなり、プルタブを押し上げて口をつける。
座ったら?そのために空けたのだから。そう言いたげに、隣のスペースを見遣るのだけど。

「事故ってことは何かが漏れ出しちゃったりした感じかな。
 転移荒野の付近ともなれば環境も生態系もすごく混沌としてるし。
 そこに強い刺激が加わったら、よくないコトにはなるだろうケド……」

ぷらぷらと、長い脚を揺らしながら。

「ボクには鶴博波都(キミ)が実在してる確証もなかったからね。
 あの小さい子と、キミを隔てるものを得るためにも会うのが手っ取り早い。
 他にもいろいろあるケド、かわいい女の子とはまた会いたくなるものだから。
 ――面倒なコトになってない限りは」

ぴたり。つま先が止まった。

「どうしてそんなに頑張れるの、キミは?」

好奇を見つけた獣のような、輝く瞳が見上げる。

鶴博 波都 >  
「忙しいときにあぶないヒトが居たらどうしたって張り詰めちゃいます。
 はとちゃんは缶コーヒーなんかじゃ買収もされません。」

 一呼吸おいてからようやく空けられたスペースに座る。
 態度の節々にはどうにか軟化させようとするものがあるものの、
 折り合いの付け方に迷っているような所作が見受けられる。

「そのあたりは、みんなにまかせています
 荒事と難しいことは、他の委員さんのお仕事です。」

 首を回し、腕を伸ばし。
 座ってからは、緊張で固まった身体を解す。

「私は確信してました。指名手配が実在証明になるって言うのも、皮肉な話ですね。
 隔てるものって言うのも、面倒な事って言うのはよくわかりませんが──
 ──音楽家さんがナンパさんな感じなのは何となくわかりました。」

 解す仕草を止めて、会話をしている相手の貌に視線を合わせる。

「誰かの為になることは良いことですから。
 特にインフラのおしごとは、むずかしいことを考えずとも人の役に立てる善いことです。」

 好奇の瞳に、迷いなく笑って答えてみせる。
 自分の中ではそれが当たり前、と言わんばかりの笑顔。
  

ノーフェイス >  
「んははは」

買収――そんな言葉に、楽しそうに声をあげて笑った。

「やすいのにモカの深みがよくあって、良いんだぜ。
 こんな素敵な商品を、なんか――って切り捨てるのはちょっとヒドいんじゃない?
 ……無償の厚意を受理しないのは好感触。
 でも、インフラの維持をになっている鉄道委員への敬意も、
 ボクにはちゃんとあるんだぜ?」

その味を楽しみつつ、軽い調子でつらつらと。

「こんなパブリックな場所で制服着た鉄道委員に無体を働く。
 ずいぶん目立つし、大変なコトだ。
 ボクは音楽家であって、その活動に心血を注いでいる。
 ――のに、そのうえでキミといういち個人に対してそれだけのリスクを払うとなると。
 波都はボクにとって、それだけの価値がある人なの?」

愉快そうな笑みを向けながら、そちらに振り向く。
顔を覗き込むように前傾し、見上げるのだ。

「ボクの顔が割れるってのは、むしろありがたい話でもあるんだぜ。
 手配書やニュースで顔が。そのうえで、より広い範囲にボクの歌声が知られている。
 知られなければ証明されないなら――じゃあ、キミの証明にボクは一役買っているね」

……あの少女は。
二つの視点を得て、ようやく証明されたように。

「まあ、ボクが女性に不誠実なヤツだっていうありもしない話があって。
 面倒な人間関係が構築されるようなことがあっても、それは税金のようなモノかな。
 ――。 ふうん。 ………、」

ずず、と珈琲をすすりながらも、眼は背けない。

思考(かんがえるの)は、苦手?」

難しいこと。複雑な思考。
単純に物事をわきまえられることは美点だが、それを遠ざける様子はあの列車での邂逅からあった。

「それとも、嫌いなの?」

鶴博 波都 >  
「んもう。意地悪なんですから。
 そんなつもり言った訳じゃないんです──以上の話をするとキリがなくなっちゃいますね。
 その敬意は、いち鉄道委員としてとっても嬉しいです。」

 口を尖らせて告げる。
 素敵な缶コーヒー一個の魅力と本質的価値は如何ほどなのか。
 思慮はすれど、そこに付いた『価値』の話を掘り下げる事を善しとしなかった。

本当にリスクがあれば、です
 音楽家さんは手続きよりも大事な音楽があるんですから、
 音楽のためなら、無価値である私に何かする可能性は捨てきれないです。」

 至近から瞳を覗き込まれても、物怖じすることなく、
 皮肉交じりに問いかけられた『自分の価値』を回答する。

「わたしは、音楽家さんのことを『長年指名手配されていて、公園に出ても捕まらない強い存在』だと思っています。
 だからその問いそのもの──リスクや価値の付け方に──信用がなくて、相違があります。」
 
 同時に、目の前の音楽家が無体を働いた所を見たことがない。
 自分の出した回答とは裏腹に、とてもそのような存在の様には見受けられない。
 ただ創作のために、音楽のために、いつか『島の外』に羽ばたく為に地下に暮らしている──
 ──公園に顔を出すのも、穏やかな空間を愉しみ、荒事を避ける感性がある──

 ──だけれど、それは個人の感性の話。
 ひとつの鉄道委員としては、自我を抜いた建前を示さなくてはならない。
 故に、設問そのものの前提となる価値に、相違があることを鉄道委員として回答する。

「そうなっちゃいます。なんだか難しい話になってきた気はします──。」

 ううん、と、唸る。
 幾つかの話題が絡まってきて、鶴博 波都の中で難しい命題として固まってくる。

定めることはあまりしたくない、です。倫理にしても、価値にしても。
 常世学園で倫理や社会学、文化や教養を学べば学ぶほど……
 キリがないように思えてくるので──わかりやすく、人の為になるものが、好きです。」
 
 嫌い、と明言することを避けながらも、
 遠回しな表現を以ってある種の意志を示した。
 

ノーフェイス >  
「なぜ?」

問い返す言葉は端的に、即応するものだった。

ひとが好きだから?」

好むのは、そのひとに報いるがゆえか。

「それとも、賞賛を得るため?」

――社会的評価。
敬意に対して、とってもうれしい、と言った少女はしかし、なぜ。

「……あるいは、無我に遂行していればよいもの――だから?」

社会的な是。まず、やっていればまず、否となるはずがないもの。
故に思考が要らない――歯車であれる。

「まるで自我を持つことを拒んでいるように思えちゃうな。
 パブリックな、絶対的な価値観に身を寄せていたい――?
 あるいは、単純に、誰かの為になる行為そのものが好きなのか
 その感情の源泉はなんなんだろう?不安?」

信用がない――わからない。判断しかねる。
そう告げた少女の疑問、すなわち己の正体はひとまずは横において。
この存在は少女を覗き込んで問いを重ねた。

「教えてくれたら、こたえるよ」

無償は求めない。何かを差し出させたら、自分も相応のものを差し出すと。
そう補足した。

鶴博 波都 >  
「なんとなく、予測は付けられてちゃいそうな気がしますけど、
 その中だったらひとが好きで、無我にできるからの二つが近そうです。」

 何処か迷いのある表情を残しながらも、例示された二つが近い事を答える。
 欲求から来るものとは、少し違いそうだ。

パブリックかどうかも、あんまり定めたくないです。
 パブリックでないものが浮き彫りになっちゃいますから。」

 問いが重なり続ける。
 それらは鶴博 波都にとってのある種の圧となり、
 繕い切れぬものとして、ひとつの単語を小さく呟いた。

「……悪平等……」
 
 その単語について、彼女(鶴博 波都)は善いとも悪いとも、そうであるともそうでないとも言わなかった。
 
 下手をすれば、その単語すらも精確ではないような惑いがある。
 "それ"をどう表現するべきか、扱いかねている様にすら思える。
 

ノーフェイス >  
無償(タダ)じゃ教えたくないんだ、ボクは。
 もちろん、キミは口を閉ざしたっていい。言いたくない。応えたくない。
 その権利もボクは尊重するし、いますぐ席を立ってもいいよ」

背筋を伸ばす。覗き込む姿勢を終えても、口元は緩んだままだ。
緊張感もなにひとつなく、自然体であることは、自信でもあろう。

理解する価値がない、と判断したのならそれで」

仕方のないことだよな、と苦笑する。
それは自分が至らなかっただけの話だと。

「ボクの行動は、自我と欲求――餓えが源泉といっていい。
 だからこそ無我の……この言葉が正しいかな、奉仕?
 そうしたい求めるキミのことに、興味があるのは確か。
 あんまり会ったことがないタイプ。知らないものを持っていそうだから」

自分の顎に手を添えて、考える姿勢。
多くの大衆のために、その笑顔のために。尽くすという行為。
そこに、我を廃絶したがる理由が、少しわからない。
我の人間は、自分を定めたがらない少女に興味を抱いた――が。

「まっ。ひとつ応えてくれたから。
 いまはこれ以上、質問を重ねるワケにはいかないか」

そう言うと、問いの重圧はひとまず緩む。
コーヒーの缶を傾けて、喉を潤した。

鶴博 波都 >   
「誰かに聞いて欲しい、というものではないですけれど──。」

 考えたくのないものではある。考えないように埋没しようとしてきてはいた。
 ほんの少し、自然体のまま覗き込む音楽家から顔を離す。

「──産まれの関係上、無形のものを判断する感性は、素朴なものしかない気がします──。
 判断する下地がない。それが、問いに対する答えになるかもしれません。」

 産まれ(島の外)、というものを以って自分の困惑を表現した。 
 鶴博 波都が出身について言及することは、稀な事である。

「音楽家さんは、そうなんですね。
 そう考えるとわたしは──飢えはなかったです。ただ、この島に来てからは──」

「──これまで不自由なく暮らして、今でもよくしてくれる報いに応じたい──と思っています。」

 何処か苦しそうに、求められた問いに答え切った。
 身体的疲労に心的疲労が重なったのか、顔色はあまりよくない。
 それでも答えていったのは、ある種の義理難さ。

「そうですね。これ以上は目が回っちゃいそうですから……
 ……今日のところは、見なかった事にして帰っちゃうことにします。」
 
 ふらりと立ち上がる。
 ほんの少しだけ、余裕がなさそうだ。

ノーフェイス >  
「産まれ、ねえ。 
 ボクは平凡だからな――……特異な生い立ちっていうと……」

いかにも、純粋培養されたようなお嬢が身近にはいるけれども。
透かし見るには足りなかった。そうする理由もなかった。
大切なのはそれがどんな産まれで血筋かよりも、

何を求め、何を願い、何に餓えているか。
如何なる理想を求めているか。

「それが」

彼女が口にした言葉に、決して嘘はなかったと思っている。
だから、疑うものではなかった。

「キミの、心からの理想(ねがい)であればいい」

抑え込まれようとする自我。
そこに育まれようとする、未成熟な価値観。
その双肩には大きすぎるほどの――恐るべき才能。

「キミの下地から、まったく新しい自我(ねがい)が芽生えるかもしれないケド」

より苦しく。
より困難で。
より考える必要があるであろう生き方の。

そうして立ち上がる瞬間まで、この存在の空気は、柔らかかった。
その瞬間までは。

ノーフェイス >  
 
 
「ねえ」
 
 
 

ノーフェイス >  
呼び止めたその声は。
待て、と明確に引き止める、茨の如く鋭さを伴って。
こちらに振り向くよう、強いるようだ。
笑顔の色を喪った、まっすぐな貌の。

鶴博 波都 >  
 
「? なんですか──」

 明確な意志を以って呼び止められれば、足を止めて振り向く。
 引き締まった雰囲気を肌で感じたのか、強い警戒の色が伺える。
  
 

ノーフェイス >  
 
「どこ行くんだよ」

首を傾いで、不思議そうに。

「まだ、やるべきことが残ってるだろ?」

脚を組んだ姿勢のまま。立ち上がった少女を見上げる。
 

鶴博 波都 >  
 
「やるべきこと──」

 周囲を見渡す。
 常世公園内に於いて、やるべきことはない認識でいた。

 厳密に言えば、ひとつだけ心当たりがある。
 ただ、心当たりの通りなら、ここは常世公園であり、大義が薄い。

 同時に疲労もある。
 徒労に終わるだろうと、乗り気ではないので帰ろうとはしていたが──
  
 

ノーフェイス >

「…………」

怪訝な色の瞳を、しかしその顔に憔悴を見て伏せて、ため息。
飲み干した缶を投じて、すとん、と見事にゴミ箱の穴に吸い込まれる。
精緻なコントロールののち、立ち上がった。

「ほら」

軽く持ち上げるかたちで、握手を求めるように手を差し出す。
大きく、指の長い。

「ボクは鉄道委員(キミ)の管轄下で一度、見逃されてる。
 二度目も見逃されたら、なにも返せないよ」

きぬさら線を走行する幽霊列車は、鶴博波都が運転手をつとめた。
筋書きに詳細が書き込まれ、ひとつのエンドマークが穿たれた物語で。

「だからキミに会いたいと思ってた」

鶴博 波都 >   
 
 息を呑む。 
 これは、判断しなければならない事態だ。
 
 思考の通り、管轄違いだと縦割りで突っぱねても良かった。
 しかし、それは正しいことなのだろうか?

 差し出された、性別を感じさせない大きくも長い手指を認める。

 本心が読めない。
 だからこそ、相手の真意に甘えずに判断を下さなければならない。

 無償(タダ)じゃ教えたくないんだ、と、目の前の音楽家は言っていた。
 そのものが、二度目も見逃されては何も返せない──と言っている。

 その矜持もひとつの考えとして認めているからこそ、
 どんな思惑が理由が裏にあれど、取らない訳には行かなかった。

 手錠の類は持っていない。
 自分の着ていた上着を脱いでから差し出された手を取った。
 その鉄道委員(鶴博波都)の手は、こぶ(努力)の痕が多く見える。

 運転手としての才と労を証明する、労働者の手だ。

 自分の上着で二人の手を覆い隠すことで、責任のための形式をつくる。

「……鉄道委員、鶴博 波都。 不法入島者一名を確保。
 『きぬさら線』で発見した不法入島者であるため、最寄りの風紀委員署まで同行願います。」
 
 多くの思考に折り合いをつけ、音楽家の手を取る。
 少なくとも、果たさなければならない責務が在る様に想えたから。
 

ノーフェイス >  
まっすぐな視線は逸らされることはなかった。
分岐器(ターンアウト)が示すものがどちらであれ、解答を出すことだけは強いるものだった。

ふれる指に抵抗はない。掴み返すようなこともない。
返される感触は、左右で硬さが違った。
いずれも修練に酷使されてきた指先とてのひら。
少女と同じく、重ねてきた者の硬さ。

この存在においては。
願いのため。求めるもののため。目指す理想のため。
餓えるがままに、重ねてきた歩み。

上着を被せられ、外界から遠ざけられる。
守られるのは尊厳と素性(プライバシー)
掟はそのためにある。たとえ形式をなぞったごっこ遊びのようなものであっても。

ノーフェイス >  
――そうして、宣言を聴き終えて、ようやく。
彫像のようだったその存在が動き出した。

「…………」

天を仰いで、眼を閉じて。

長い、長い……ため息をついた。
白く凍って、風の向きに流れていく。
なにかを抑えるようにして、白い喉が襟の向こうで嚥下する音。

瞼をあげる。すこしのあいだ、そうして。
静か過ぎる冬の空を、見上げてはいたけれど。

「キミが選んだ道だったはず」

どこにでもいけて、何にでもなれそうな才覚を見出されながら、
鉄道委員を選んだことに、自我と決断はあったはず。

「考えててくれ。自分のことも、ボクのことも」

顎を引いて、まっすぐ向き合う。
(うた)は呪いだ。反面、空気はずいぶん柔らかくなっていた。

「ご安全に頼むよ。運転手さん」

鶴博 波都 >  
「……わかりました。」

 決断のもと、こうすることに決めた。
 かんがえないで居ることは、少しばかりむずかしいらしい。

 取った手の重さを認めながら、
 音楽家(不法入島者)が冬の空を眺め終えるのを待ってから、慎重な足取りで公園を去り──

 ──鉄道委員として、風紀委員の署へと確かに送り届けた(連行した)
  

ご案内:「常世公園」から鶴博 波都さんが去りました。
ノーフェイス >  
 
 
報道のカメラに対しては案の定、笑顔(サービス)を返す有り様で。
跳梁跋扈していた怪人、変わらぬ調子で虜囚となった。
その実在を確かなものとするようにして、歩く娯楽は逮捕の様も巷を騒がせる。
 
 
 

ご案内:「常世公園」からノーフェイスさんが去りました。