2025/01/11 のログ
ご案内:「常世公園」に黛 薫さんが現れました。
黛 薫 >  
疲れた。

少女はベンチに座って、呆と空を見上げる。
努めて思い浮かべないよう、繰り返し思考の外へ
追いやっていた感情を自覚した瞬間、ぱったりと
足が動かなくなってしまった。

別に徹夜明けであるとか、激務をこなしたとか、
仕事に大きな区切りがついたとか、そういう事情は
一切無い。いつも通り日用品の買い物を済ませて、
あとは帰るだけ。

たったそれだけなのに、身体がひどく重い。

傍に置かれた草臥れ気味のエコバッグには
生鮮食品も入っている。こんなところで道草を
食っている場合ではないと頭では理解していて、
それでもやっぱり立ち上がるのさえ億劫。

空は澄み渡って、冬の空気は刺すように冷たい。

『だからこんな寒いところに長くはいられない』より
『これだけ寒ければバッグの中身も傷まないだろう』が
心の大半を占めるのは、言い訳だと思って良いのやら。

黛 薫 >  
彼女──黛薫は身体の操作を魔術に頼っている。
つまり、魔力を筋力の代替としているのだが、
身体の疲労が活動の妨げになるのは変わらない。

例えば、歯車の噛み合いが悪ければ機械の動きは
悪くなる。その場合、動力系統をすげ替えたとて
動作不良は改善されない。

逆に、身体ではなく精神の側が不調に陥ると
今度は魔術の行使に影響が出る。
こうして動けなくなったのも初めてではない。

(気ぃつけてるつもりだったのにな)

万一に備えて帰還用のスクロールは常備しているので
帰れなくなる心配はないが、再発防止の反省は要る。

黛 薫 >  
(つっても、最近特別なコトはしてねーのよな)

今日やったことと言えば、買い物を除けば
図書委員としての活動……図書館の清掃くらい。
それも違反学生上がりで社会活動に不慣れだから
一般的な学生バイトよりかなり軽めの業務だ。

更に言うなら、今日に限った話でもない。

負担にならない頻度で通学して、授業を受けて、
委員会の仕事をして、必要なら買い物をして帰る。
帰ったら家事をして、魔術の研究を進める。

並べてみると、たったそれだけ。

それだけなのに、気付けば夜になっていて。
眠れば次の朝が来て、振り返ると瞬く間に
季節が巡っている。

黛 薫 >  
(……時間って、こんな足りねーもんなのか)

『自由な時間』はずっと魔術の研鑽に充てている。
いや、本当はそう出来る筈の時間を休息に割く日も
あるような気がするけれど、ともかく。

学校帰りに同クラスの子の家に遊びに行くとか、
部活終わりに歓楽街のゲームセンターに寄るとか、
バイト上がりの時間を擦り合わせて常世渋谷で
食べ歩くとか。

まだ周囲の話に耳を澄ませる余裕があった頃に
聞いた『学生らしい』過ごし方を思い浮かべると、
今の自分がどうこうより「正気か?」という感想が
先に出てきてしまう。

健常な学生たちより余裕を持ったスケジュールで
生きている自分には、委員会終わりの買い物さえ
こんなにも重たいのに。

黛 薫 >  
こうやって足を止めている今は『自由な時間』に
含まれるのだろうか。無駄な時間には違いない。
買い物をする時間、帰宅に使う時間だけであれば
必要な時間だったと言えるのだろうけれど。

やりたいことをやる時間にも、消耗は付随して。
やりたいことをやるために、やりたいことが
出来たはずの時間を切り売りして休息に充てて、
それでも足りていないから、こうして足が止まる。

つらいとか、苦しいとか……そう言うのは違う。
いや、違って欲しいというのが正確か。

健常な学生より甘えた生き方をしている自分が
つらいのであれば、他の人はもっとしんどいはず。
きっと自分が甘えているだけ。そうであって欲しい。

黛 薫 >  
「……ぁ゛ーー……」

顔を覆い、外に声が漏れないようにして大きく
ため息を吐く。本当に、自分の弱さに嫌気が差す。
数多の学生たちが当たり前にこなす『生きる』が
こんなにも難しい。

出来ないから出来るように頑張る……は、
出来たら良いけれど難しいだろうな、と予想がつく。

というかそれが出来ないから一時は落第街にまで
身を堕としたのだし、出来ないから今もこうして
足が止まっているのだ。

じゃあどうする、という話になると途端に難しい。
カウンセリングの先生からはしばしば気分転換を
勧められるが、どうにも上手くいかないもので。

ご案内:「常世公園」に泳夢さんが現れました。
泳夢 >  
「えーと……大丈夫です?」

ふと少し高めの澄んだ声が掛けられる。
ベンチに項垂れて声を上げる姿を見て、きっと純粋に心配をしたのだろう。

視線を上げるのならば、そこに在るのはどこかレトロな車椅子。
黒のドレスに白の髪を靡かせて、”如何にも”精巧な義肢の少女の姿。

蒼くて丸い瞳が、ベンチに座る少女を覗き込む。

車椅子に腰かけた義肢の少女、泳夢は散歩の最中に見つけた姿に、こてりと首をかしげていた。

黛 薫 >  
座り込んだ少女の反応は、声を掛けられるより
一瞬だけ早かった。偶然タイミングが噛み合ったか、
車椅子の軋む音が傍で止まったのを耳聡く察したか。
直前まで項垂れていた癖に、反応は敏感だ。

不意に顔を上げた少女の長い髪の隙間から
碧い瞳が貴女を覗き上げ……狼狽えたのか
素早く観察したのか、視線が忙しなく揺れて
また目線を下げた。

「……いぁ、別に……大したこたねーです」

バツの悪そうな声。折角顔を上げたというのに、
長い前髪と俯きがちな姿勢で表情は読みにくい。
意図してそうしているなら、内気な性格だろうか。

なお、残念ながら表情を──ひいては内面を
隠そうとする努力はあまり実を結んでいない。
バツの悪そうな声音に誤魔化すような発言、
どう足掻いても声を掛けられて咄嗟に取り繕う
コミュ障のそれでしかない。

泳夢 >  
瞳が揺れて、忙しなく視線が上下に右往左往する。
声色からも”やってしまった”というような感じがひしひしと伝わってくる。

声を掛けたのが車椅子の少女でなくても、悟れる程にはきっと分かりやすかった。
そして車椅子の少女も決して鈍くはないものだから、分かってしまう。

「あはは、大したことないって感じの顔色じゃないけどなぁ~」

きっと初対面の相手に対して、咄嗟に出てしまった反応なのだろう。
交流が得意ではないモノの反応のそれに、くつくつと泳夢は苦笑を携える。

「こんなんだから手助けできるって感じじゃないけど、話くらいなら聞くよ?」

球体関節の浮かぶ義手で頬を掻き、少女はそう問いかける。
その笑みはどこか、年下を見守る姉や母のそれに近しい…のかもしれない。

黛 薫 >  
「大したこたねーもんはねーんですってば。
 話せるよーな事情も持ってねーですしぃ」

嘘は言っていない。
『何かあったから』ではなく『何もないのに』が
原因だから、という言い訳は敢えて口に出さず。

「ま、手助けも意味ねーかって言われっと?
 "相対的にゃ" そーじゃねーかもですけぉ」

ふいと手を持ち上げ、すとんと落とす。
義肢を携える貴女が見れば、それが "力を抜いた"
結果の動きでないことは一目で分かるだろう。

「あーしはあーしで "こんな" 身体なんで」

彼女もまた、動かない身体を動かして生きている。
それをわざわざ "こんな" と自虐めいて口にするのは
貴女もまた自分の身体を "こんなんだから" と評したから。

つまり、貴女が自分の身をネガティブに捉えている
可能性に対する牽制──自虐の意図があった場合のみ
刺さるまぜっ返し。

迂遠が過ぎるが、身も蓋もない要約をすると
『自虐のつもりで言ってたら怒るから』という話。
あまりに捻くれているが、意図を拾ってみれば
真面目さと気遣いを押し隠しているだけだ。