2025/08/24 のログ
ご案内:「常世公園」に松村 大地さんが現れました。
松村 大地 >  
昨日は高座に上がった。最高の一日。
今日は授業と反省点の洗い出し。最低の日々の始まり。

俺、松村大地は落語家だ。
だからなんだというわけではない。
一枚看板じゃない。
ゆえに、バイトしないと食えない。
特別扱いをされるわけでもないので夏季休講が終われば授業にも出る。

うちの新興落語研究会は『一般教養(パンキョー)の単位だけは落としてはならない』という謎ルールがある。
夏の間に勉強はしないといけない。

憂鬱だ。ああ憂鬱だ。憂鬱だ。

松村 大地 >  
SNSを見る。
昨日の寄席のレビューが上がっている。
『八名亭島雨は自虐ネタが長い』
『三年目なのに襲名の話一つ出ない』
『なのに楽屋落ちだけは一丁前』

……落ち込むこと書くなよ。
落語家だって下げて語られりゃ落ち込むんだよ。

ホームボタンを押すとbotが人生訓を書き連ねていた。
もう3時か。

バイト忙しくて普通に昼飯食べそこねたな……

松村 大地 >  
ベンチに座り直す。
無駄に輻射熱が汗を滲ませた。

もっと気分が落ち込むのは投流師匠の言葉だ。
『手前ぇの落語は技ばっかり口ばっかりで声に色がない』だとさ。

普通に技とか喋りを褒めた後に本題を言うメリハリが欲しい。
色がないって何だ。
声に色なんてついてないだろう。
誰が喋ったって無色透明だ。

AIサポーターのページを開いて『声に色がついているとはどういう状態?』と書いてみる。
彼(場合によっては彼女)が言うには『音声に色はついていないけれど、色っぽい声という概念はある』とのこと。

師匠に艶噺をしろと言われている感じでもない。
何をどうしろというんだ。

色。色。色。色。色。色。色。
誰も彼も黒い髪に黒い目。
アイボリーの建物に白い時計盤、それを切り刻む黒い針。


世界はモノクロだ。

松村 大地 >  
声に色がついている必要があるのなら。
世界はもっとカラフルであるべきだろう。

塗り替えろとは別に言わない。
そんなことをする労力が勿体ない。

でも無機質である必要もない。
湿気た黄な粉みたいな色をした公園の土を踏みしめる。

セミも鳴かない。
風情だとか煩いとかの前に鳴かない。
暑すぎるのか?
それともこんな街にはもう見切りをつけてしまったのだろうか。

セミは世界で二番目に賢い生き物だ、あり得ない話ではない。
さすがに一番目のサンショウウオほどではないが。
帰りにコンビニに寄ってアイスでも食べたい。


しかしコンビニバイトのパラドックスが行く手を阻む。
コンビニでバイトをしていると他社のコンビニに入りづらく、
系列店に入ると知った社員に声をかけられる危険性がある。


今までもそうであり、これからも変わる気はないと言わんばかりの強情さで常温を保つミネラルウォーター。
こいつは手元で汗一つかかない。俺とは違うのだ。

松村 大地 >  
セイタカアワダチソウが身動ぎでシンフォニーを奏でる頃には気温もマシになるのか?
それとも彼らが涼しさを運んでくる前にセイタカアワダチソウを
セイタカアワダチソウヒゲナガアブラムシが食い尽くすのが先か。

セイタカアワダチソウヒゲナガアブラムシは害虫だ。
セイタカアワダチソウに湧く。
だったら山椒を育てたらサンショウウオが集ってくれないと割に合わない。


サンショウウオに聞けばわかる。
どうしてこの街から色が失われてしまったのかが。


握った高座扇子に汗が滲む。
練習用とはいえ紙であることに変わりはない。
汗に溶けて流れては、些か勿体ないかも知れない。

昨日は肉を食べた。
今日も肉を食べるだろう。
明日も肉を食べるとしたら。
俺はだいたい肉でできていることになる。
おぞましい話だ。



バスはまだ来ない。

松村 大地 >  
益体もない思考をしていないでネタを考えなければならない。
昨日のネタは初天神。
自分で新しいネタを考えるネオ落語では傍流もいいところだ。

ネタとはいうが、落語的解釈で漢字に直すと根多だ。
俺の思考は花を結ばない。
茎があるかも怪しい。
根も葉もないとは言い難いが、根菜に近いのかも知れない。


ゴボウも大根も落語家にとっては悪口だ。
やめてほしい。
大根食っても当たりはしない、いつか花も咲くまいぞ。

……5日冷蔵庫に放置したふろふき大根を食ったら流石に食あたりはあるだろう。
夢のある話だ。



犬を連れた女学生が眼の前を通り過ぎていった。
おそらくは幻覚だ。
真夏のアスファルトは犬の肉球を容易に灼くからだ。
バスも来ないのに幻覚は来る。
怪談噺は口の中にあるのが一番いいはずだが。



バスはまだ来ない。

松村 大地 >  
師匠の次の噺は死神か。
師匠なりのアレンジが加えられた古典は非常に人気が高い。

アレンジは不得手だ。
もう完全新作の落語で根多下ろし(新作発表)するしかない。



死神を演る師匠への当てこすりで天使とかどうだろうか。
財布を拾ったサラリーマンの元に天使が現れる。
良心をくすぐる会話で笑いを取るのだ。


具体的にどう笑いを取るかは明日、ネタを考える俺に委ねる。
メモ帳に『天使』と書いておこう。



……これ別に後から見返しても意味がわからないんじゃないか?
いよいよ俺も語るに落ちたか。
落語家だから望むところだ。

風鈴の音が聞こえる。
こんな街中にも風流を解する人がいるらしい。
ちなみに俺自身は風流は特に理解していない。
チリンチリン鳴らすよりゴングを鳴らしてみてはどうだろうか。
元レスラーだったらさぞ肝が冷えることだろう。



バスはまだ来ない。

松村 大地 >  
こんな日にネコはどこにいるのだろう。
野良猫にいて欲しいわけではない。
野良猫は社会が解決するべき問題の一つだ。
だが野良猫は現実問題として箱に入っておらず、存在する。

俺が知らないだけで街には涼しい場所があり、
そこに野良猫が群雀と塊る可能性は否定できない。
これぞシュレディンガーだ。
……群雀で思い出したが、夏は鳥も見ない。



弟弟子の八名亭ネル(やんなてい ねる)はバイト先を『バ先』と省略する。
抜かれたイトはどこに行くのだろう。
俺自身は糸は切る派だ。主に解れたTシャツから切除する。

しかし切った糸という奴は厄介だ。
静電気でいつまでも指にじゃれつく。
ゴミ箱に捨ててもはみ出す。
ネルのように邪魔者扱いしたくなる気持ちもわからないではない。



バスはまだ来ない。

松村 大地 >  
世界は巡る糸車だが、永遠の循環から外れた存在もいる。
それはフラミンゴだ。
フラミンゴは自らの血を我が子に分け与える。
仏はその献身を捨て置くだろうか? いや捨て置かない。
無償の愛を次代へ繋げるフラミンゴは、
畜生道から抜け出し死後に浄土の路が開かれるのだ。


スマホを見る。
15時20分。
恐らく渋滞でバスは遅れているのだろう。


渋滞以外の何が理由だったら俺はバスの遅延を許せるだろう。
もし、遅れて来たバスのサイドミラーの横に創傷があったら、
またくだらない理由で喧嘩して……と聞いてしまうだろう。


そしてナンバープレートに公園の樹と思われる葉がついていたことで、
初めて俺はバスが人助けをしていたことに気づくのだ。
ひょっとして……風船が引っかかった子供でも助けてた?
ベタすぎでしょ。そう言って俺はバスの前輪に腕を絡める。



暑い。
バスはまだ来ない。

松村 大地 >  
サボっていたらムカつくものの代名詞はメトロノームだろう。
適当なテンポしやがって。
女子が合唱コンクール頑張ろうねって言ってるのにお前という奴は。
そして奴は針を振り、チッチッと笑うのだ。
想像しただけで腹が立ってきたな。


今夜は見たいテレビがある。
『ねぇ、◯◯してあげよっか』という
常世人気女子アナウンサーがゲストの小さな夢を叶えるだけの
ありふれたテレビ番組だ。
俺だったら小杉アナに何をお願いするだろうか。
照れてうっかり『蝕んでください』とか言わないようにしたいとは思う。


無線のイヤホンのスイッチを長押しする。
ヤツは俺の耳元でバッテリーがありませんと囁いてくる。



バスはまだ来ない。

松村 大地 >  
俺は落語家としては三年になっても人気がイマイチだ。
せめて膝替り(真打の前である二番手ポジション)までは上がりたい。
だがこの膝替り、文字だけはいただけない。
膝を違うものに替えられてしまいそうだ。

機械式は嫌だ。宇宙開発事業で作られた新素材にしてほしい。


この世界から失われつつあるものは多い。
例を上げるとすれば、愛と勇気と歩道橋だ。
特に歩道橋は管理の手間から撤去の方針が続いている。
残された数少ない、今ある歩道橋を大切にしてほしい。
あと愛と勇気も。



摩滅。
摩擦で滅ぶ。
なんか拷問みたいで恐ろしい言葉だ。
もしかしたら摩擦の部分も魔殺とかになっている恐れがある。
片時も目が離せない。



バスが来た。
慌ててミネラルウォーターのペットボトルとスマホをカバンに詰め込む。
遅延の理由は説明されなかった。


聞けば答えてくれるのか?
運転中の忙しい運転手が?


甘い考えは公園のゴミ箱に捨てていくべきだ。

ご案内:「常世公園」から松村 大地さんが去りました。