2024/10/13 のログ
ご案内:「浜辺」に杉本久遠さんが現れました。
ご案内:「浜辺」にシャンティさんが現れました。
杉本久遠 >  
『久しぶりの連絡ですまん。
 ここのところ昔の知り合いを探したりしていて、時間が取れなくてな。
 ――――は、暑くもなく、天気もいいみたいだ。
 久しぶりにいつもの特等席で会わないか?
 海風はちょいと冷えるから、少し風よけになる物でも羽織ってくるといいぞ』

 ――そんな連絡をしたのがいつだったか。

「うーむ――釣れんな」

 久遠は堤防で釣り糸を垂らし、チェアに座りながらのんびりと釣り竿がしなるのを眺めていた。
 傍らにはもう一つの簡易チェア、それとクーラーボックスやスポーツバッグに混じって、大きめのつば広帽子。

「風が穏やかなのはありがたいな。
 最近は気候が荒れるからなあ」

 『泳ぐ』にも釣りをするにも、久遠は風が凪いでいる方が好きだ。
 荒れず穏やかで、慎ましい贅沢な起伏の少ない一時。
 心を落ちつけ、平常心を保ち、その時を待つ。
 『泳ぐ』事と釣りはどことなく似ているのかもしれない。

 ――ただ、この男が本当に好きなのは、荒れ狂う向かい風であるのだが。
 

シャンティ > あれ以来、しばらく連絡がなかった。
それもまた、やむを得ないことだろう。
考えていた流れとは少し異なったが、想定の中ではあった――
そう、思っていた矢先に連絡が入る。

「そう……」

くすり、と笑って
そして、今。此処にいる。


シャンティ > 眼の前に、男がいる。
その様子は、いつもと変わらないようにも感じられる。
ただ、その胸中は……

――本を閉じる

「あ、ら……待たせ、た……かし、らぁ……?」

いつもの気だるい声。変わらぬ緩い調子。
そんな言葉が、男にかかった。

杉本久遠 >  
「――ん?」

 背凭れのしっかりした簡易チェアに寄りかかっていた大男が、軽く頭をあげて、声の方を見る。
 いつものように、明るい笑顔を見せて、片手をあげた。

「釣りは待つ物だからなあ。
 君くらい大物が釣れてくれるなら、いくらでも待つさ」

 少しだけらしくない冗談を言いながら、自分の隣にチェアを広げた。
 深く座れ、背凭れも大きいゆったりとした簡易チェアだった。

「ほら、どうぞ。
 あーあと、これとこれも、だな」

 荷物の中からつば広帽子とブランケットを取り出して、彼女にさしだした。
 日差しは然程強くなく、風は少々冷たい。
 秋を感じさせるよく晴れた天気だった。
 

シャンティ > 「あら?」

らしくない冗談に、くすり、と小さく笑う。
胸中、色々と思うところがある現れであろうか。
あぁ……なんて……

「ふふ。ありが、とう……久遠。
 では、遠慮……なく、ね?」

差し出された帽子とブランケットを受け取り、隣のチェアに座る。
きしり、と小さな音を立てる。

「それ、で……? 今日、は……釣り、の……お誘、い……?」

ゆるく帽子を被りながら、男に問いかけた

杉本久遠 >  
「お、釣り、やってみるか?
 それなら竿ももう一組あるぞ」

 なんだかんだとアウトドアは一通りできる男、杉本である。
 その原因は、各方面の部活動や委員会の活動を手伝って走り回っているからだったりする。

「――と、帽子はしっかり被っててくれ、顎ひももあるから。
 日差し避けと言うか、釣り針が引っかからないようにするためだからな」

 そう言いつつ、彼女に手を伸ばして帽子の顎ひもを結んだ。
 釣り竿から手が離れるが、どっしりとした三脚のロッドホルダーが、釣竿をしっかり支えていた。

「まあ、そうだなあ」

 彼女から離れる時に少しだけ、その頬に指先で触れ。
 再び、ゆっくりと背凭れに沈む。

「ただ、純粋に会いたかったのもそうなんだが。
 ――うん、君を相手に機を伺うなんて言うのは、愚の骨頂だな」

 そう、ふ、とため息のように笑って、隣の彼女、その綺麗な色の瞳を真っすぐ見る。

「なあ、シャンティ。
 オレと一緒になってくれないか。
 オレと共に生きる、伴侶になってくれ」

 そう、真剣な声で。
 落ち着いた、しっかりと響く声で。
 出会ってから四年――四度目のプロポーズだった。
 

シャンティ > 「そう、ねぇ……やって、みよう、か、しらぁ……」

本来の釣りの醍醐味である、竿の先。
それが見えてしまうので、やったことがない。
見えたところで、釣り上げることが出来なさそうなので、やってみてもいいだろうか。
そんな思考であった。

「あぁ……そう、いう……もの、なの……ねぇ」

帽子を被り直させられ、紐を結ばれる。
されるままに、様子をうかがう。

「……」

背凭れに沈む男。
その呼吸は落ち着いて……ただ、一息吐いて

「……へ、ぇ?」

改めて、告げられた言葉。
ただ、どこか今までよりも熱が籠もっているようで

「そう、ねぇ……聞いて、も……いい?」

思案するように、いつもの唇に人差し指を当てる姿

「な、ぜ……?」

端的な。そして根本的な。
あらゆる意味にも取れる、その一言だけを発した。

杉本久遠 >  
「君と家族になりたいから」

 答えは、即座で、短く。
 余計な言葉で飾る気のない、曲解する余地もない答えだ。

「なぜ、と言われたら他に理由がないな!」

 だはは、といつものように笑った。
 

シャンティ > 「ふふ……久遠、らしい……わ、ねぇ……?」

くすくす、と笑う
飾り気も、なにもない。
ただ率直に自分の思いを伝えるための言葉。

「そう、ねぇ……」

また、考える。
この男は、そういう男だ。だから面白くもある。

「じゃ、あ……」

今までは、間に様々なことが挟まってから、告げられた。
今回は、頭から。男の愚直さの現れでもあるか。
それは、いい。
それは解きほぐすまでもない。

解くべきは

「どう、して…………なの、か、しら……?」

杉本久遠 >  
「どうして今、かあ」

 そう言われると、背もたれに沈みながら、ぼんやりと釣り竿の先を眺めた。

「どうしてだろうな」

 理由は色々とある。
 だが、一つ一つなにがどうして、と答えるのは。
 彼女に解かれるに任せよう。

「今なら、君に届く気がした。
 根拠なんてないが――今、伝えないと、もう届かない気がしたからかもな」

 いつまでも変わらない関係はない。
 久遠も彼女も――もういつ、学生を卒業してもいい年齢になった。
 これまでの半生よりも、長い未来を生きる事を考え始めてもいい年齢になっていたのだ。
 だからこそ、彼女に置いて行かれる(・・・・・・・)前にもう一度、伝えなければならないと、直感したのかもしれない。
 

シャンティ > 「ふふ……」

野生の直感のような感覚。
言葉にできない、想像と予感。
人のそれは、時に整合性(ロジック)すら飛び越えていく。

――理屈ではない、なにか
それもまた、物語だ

「それ、も……久遠、らしい、わ……ね?
 ふ、ぅん……?」

その勘が正しいのか、そうではないのか
それは……

「そう、ねぇ……理由、は……色々、ある……はず、よ……ね。
 私、も……聞いて、みた、い……こと、は……色々……ある、けれ、どぉ……」

さて、どこから紐解こう
眼の前に置いた釣り竿は微動だにしない

「……えぇ。まず、は……そう、ね。
 あれ……観た、の……で、しょう?
 感想……まだ……聞い、て……ない、わ……ね?」

今の会話に、直接は関係しないはずの話。
だが、おそらく避けては通れない、それ

杉本久遠 >  
「オレらしいか?
 ただの考えなしかもしれないぞ」

 そこでまた笑って――

「――ああ」

 絶対に避けられない、話の一つ。
 ただ、もう久遠の心は揺るがない答えを見つけている。
 だから、今は、ゆっくりと、彼女に解かれていけばいい。

「驚いた、って言えばいいのかな。
 お遊戯会の演劇なんかとは、やっぱり全然レベルが違うというか。
 舞台の上で、あんなふうに別人になれるなんて凄いよな。
 感想なんて洒落た物じゃないが、うん、熱を感じた」

 腕を組んで、少し難しそうに眉をしかめる。
 どうにも、運動部系以外の事を表現するのには、久遠の語彙が足りない。
 こればかりは、辿ってきた半生のゆえで、仕方がないのだが。

「とはいえ、観た直後は、呆然としてるしか出来なかったんだぞ。
 言っただろ、観劇なんてほとんど経験がないって。
 途中からはもう、驚いて、びっくりして、放心してたようなもんだ。
 だからあの劇がどういう話だったのか、正直、未だによくわかってないくらいだ」

 言葉通り、久遠はあの劇の意味、脚本の意味、演技の意味、そのどれもを恐らく半分も理解できていないだろう。
 それでも、衝撃に放心するくらいの熱量を感じたのだから、凄い物だったという事だけは、何とかわかった、そんなところだ。
 

シャンティ > 「それ、は……それ、で……いい、の……よ?
 人、には……人、の……それ、ぞれ……の、違い、が……ある、の……だ、し?」

だからこそ、そこに焦がれる
だからこそ、それを愛する

「……」

驚いた、熱を感じた
一つひとつは単純で、語彙のない、と言われてしまう感想かもしれない
しかしその言葉には、それこそ一つひとつが感じられる

「いい、の、よぉ……観劇、は……感激、は……自由、よ……
 思っ……た、まま……感、じた……まま、で……ね?」

脚本の意味も、作者の意図も、自己満足に過ぎない
受け取ろうと、受け取るまいと、観るものの自由

「そう……ね、ぇ……と、は……いえ……
 聞き、たい……こと、とか……あ、る?
 無粋……だ、けどぉ……特別、よ?」

くすり、と笑う
解釈が正しいのか、意図はどうだったのか。
それを問うことは、野暮ではある。が――

杉本久遠 >  
「むう、なんというか、こう、もっと表現できる言葉があるだろう、ってもどかしい気持ちがだなぁ」

 と、落ち着かない、というように両手をわきわきと動かして、むず痒そうな顔をする。

「――むっ」

 そんなところに聞きたい事、と言われて。
 聞きたい事はいくつも出てくるが。

「そうだな、聞きたい事はいくらでもあるが。
 それを君から聞くのは、いくらなんでも反則じゃないか?」

 そう、はは、と笑い返す。

「少なくとも、あれは、君が綴った脚本なんだろう?
 脚本家であり主演女優を相手に答え合わせなんて、スポーツなら反則退場モノじゃないか」

 笑いながら、顎を撫でつつ首を傾げる。

「ただ――そうだな。
 あの劇は、君にとって何か大切な決着、それか決別か?
 少なくとも、君の声は今でも鮮明に思い出せる」

 だからこそ。

「――もし、オレが連絡しなかったら、君はどこかへと消えてしまったんだろうな。
 自惚れだと笑ってくれてもいいが。
 君はあの劇で、なにかを終わらせてしまった――オレにはそう思えた」

 恐らく、演劇でもスポーツでも、同じだろう。
 何らかの終わりを――満足を――決着を、得てしまった人は、それから先、どうやって生きていくのか。
 新たな目標を貪欲に求められるのか、それとも。
 

シャンティ > 「そう、ね――反則。
 だか、ら……此処、で……この、時……だけ」

今後もう二度と、その機会を設ける気はない。
この先どんな事があっても。
それだけは、何処かに持っていくのだろう。

「そ、う? ふふ……らしい、と……と、いえ、ば……らしい、わ、ね?
 で、も……悔い、の……ない、よう、に……ね?」

くすくす、くすくす、と笑う
本当に、聞かなくてもいいのか、と問うように

「あ、ら……どう、か、しら……ね、ぇ?
 と、いいた、い……ところ、だ、け、どぉ……」

男の出した、推察。
――なにかを終わらせてしまった

「そう……ね。
 終わらせた、のは……そう、よ?」

ほんの一瞬――浮きが沈むが、すぐに静かになる
一瞬だけ、啄まれたか

「ちょ、っと……予定、と……ちが、った……けれ、ど……ね?」

なにが、どう、とは言わない

杉本久遠 >  
「悔いを残さないための反則かぁ」

 流石、言葉を操れば彼女は巧みだ。
 そう言われてしまうと、今くらいは良いか、と思えてしまう。
 けれどそれは、まるで誘われているようで――彼女はただ綺麗なだけの花ではない。
 思わず笑ってしまう。

「――そうか、やっぱりそうなのか」

 ウキが沈んでも動じない。
 確実な瞬間まで、焦ってはいけないのだ。

「予定が違った、のは――なんだ、君以上の悪だくみをするようなヤツでもいたのか?」

 なんて、冗談のように笑いながら言って――すぐに普段の、穏やかな表情に戻る。

「終わらせてみて、どうだった?
 君から答えを聞くなら、これかな」

 そう、柔らかく微笑む。
 

シャンティ > 君以上の悪だくみをするようなヤツ
その言葉に、ほんの僅かに体を揺らす
浮きが、沈む

「……そう、よぉ……
 あの、イタズラ、女……ほん、と……嫌、だ、わぁ……」

女にしては珍しく、人を貶すような語調。
表情も、どこか険しく見えるかも知れない。
悪だくみ、については何も言及しない。肯定も、否定も。

「あ、ら……ふふ。
 それ、聞く……の、ぉ……?」

くすくす、と笑う
潜めた意味、秘めた想い……そうしたものを全て飛ばして。
問われたこと

「そう、ね――」

一呼吸を置く
沈んだ浮きは、また戻って静かに波に揺れる

「すっき、り……は、した……か、しら……
 すこ、ぉし……腹、立た、しい……けれ、どぉ……」

どこかため息めいた息をつく

「なに、も……か、も……予定、外……で。
 計画、も……狂、っちゃ、った……も、の……」

それに、それを人に誘われたことも
……そして、この感情を抱いていることも

「じゃ、あ……私、も……ね?
 ふふ。久遠、は……コッペリア、を……どう、思った?」

くす、と
女は、笑った

杉本久遠 >  
「ふっ、だははっ!
 君がそんな顔をするのは、初めて見たかもしれないな。
 ――まったく、そのイタズラ女さんには是非あってみたいもんだよ」

 肯定も否定も要らない。
 彼女が何をしていようと、何をしてきていようと――これから何をしようと。
 杉本久遠は彼女を愛するのだから。

「ああ、反則なら、盛大にしないと、だろ?」

 そう笑い――彼女の答えを聞く。
 腹立たしい、予定外。
 そんなふうに言う彼女がどこか可愛らしく思えて――すっきりした、と言う彼女に、やはり儚さを感じた。

 釣り竿は引かれる事もなく。
 穏やかな、時に大きな波に揺られ、浮き、沈む。
 久遠の頼りない半生のように。

「――愛おしいと思った」

 その答えは、やはり間髪入れずの即答だった。

「別の答え方をするなら、そうだな。
 彼女は、幸せだ。
 そう思った」

 釣り竿と海と空を眺めながら、静かで落ち着いた声で答える。
 その表情はやはり、柔らかく微笑んでいた。
 

シャンティ > 「……意外、と……知って、は……いる、かも……しれ、ない、わ、ねぇ……?」

前にしか進めない女
その身を焦がさなければ生きていけない女
魂までも燃やして、名を成した女

常世ではそれなりに知られてはいるはずだ
最も、男が音楽に聡いかは別問題ではある

……知らなければ逆に、愉快かも知れない
名を、音楽を、知らしめようとしている女が知られていない、という事実は

「そう、ねぇ……ふふ。
 意外、と……だ、い、た、ん……ね?」

どうせ反則なら盛大に。
なるほど、そういうものかもしれない。
くすり、と笑う

「……そ、う」

感想。感情。
男が、思い、想像したことは……

愛おしい
それと
幸せ

「……な、ぜ?
 なぜ、幸せ……だと?」

静かな声が響いた

杉本久遠 >  
「ん?
 そうだなあ、なんて言うのがいいのか」

 なぜ幸せだと感じたのか。
 答えはあっても、それを相手に伝わる言葉にするのは、難しい。

「うーむ――」

 迷わずに彼女は愛しく、幸せだった、と答えた男は、腕を組んで悩んだ。
 どう言ったらいいのか。
 なにせ、それはこれまで言語化しようとしたことがないもの。

 杉本久遠にとって、当たり前すぎる事だったからだ。

「彼女は、あー、すまん、コッペリア以外の役名までは覚えてないんだ。
 彼女は自分が騎士に貫かれる事で、終わりを演出して、最後に彼女自身の物語を綴ったと思えたんだろう。
 それは、彼女の血を吐くような慟哭からもわかる。
 そうまでして、あの物語(・・・・)は、彼女が得たかったものだったんだろう。
 それを最後に手に出来た彼女は、幸せだった。
 まあ、これはオレの願望混じりだが、幸せだったと思うんだ」

 そう、ゆっくりと、あの劇を思い出しながら、静かに答える。
 そして。

「愛おしいのは――彼女が、彼女の物語に最後まで気づかなかったから、かなあ。
 彼女が物語に執着して、終着を目指したなにもかも。
 もどかしくて、切なくて、哀しく――愛おしかった」

 愛おしかった、と言った久遠の声は、少しだけ掠れていた。
 随分と偉そうに、知ったふうに言う物だなあ、と自嘲が混ざったのだった。
 

シャンティ > 「……」

言葉にならないことを、言葉にしようとして男は悩む
その様子を、ただ黙って、じっと待つ。

その二人の間。緩やかなときの中を
海風が静かに吹き抜けていく

「そう……得た、かった……ものを……」

劇の中の女は、死ぬことで全てに終着をつけた。
それは祝着であった、のだろうか。
それは、よいことだったのだろうか。
彼女は幸せだったのだろうか

「…………」

自嘲混じりの言葉に、くすり、と笑う

「気づ、かな、かった……と、いえ……ば。
 そう、ね……」

知ったふうな。そう男が思うことに、応える

「た、だ……正確、に、は……ね。
 彼女、は……信じ、られ、なか……った、の。
 自分、が……物語を、紡げ、る……なん、て、ね?」

舞台に立つ。
主演を張る。
それぞれが、それぞれの人生の主役を張る。
それが、物語となって綴られる。

そう、なれると……思えなかった
そう、できると……考えられなかった。

「だか、ら……最期、まで……模造、でし、か……なか、った」

杉本久遠 >  
「ああ、得たかったものを、さ。
 まあそれを幸せと解釈するのは、願望が強すぎる気がするが」

 と、今更、恥ずかしい事を言ったとでもいうように頭を掻いて。
 それでも、笑ってくれた事に少し安堵してしまう。
 まったく今更な話だが。
 ――最初は殆ど勢いだった。
 けれど今は――杉本久遠は、シャンティ・シンをどうしようもなく愛している。

「そうか、信じられなかったのか。
 それじゃあ、気づきようもない、よな」

 そう言いながら、久遠は隣の愛する人に手を差し出す。

「――それじゃあ、一緒に信じられるようになろう。
 これまでの自分と今の自分と。
 そして、これからの自分を」

 細い目がうっすらと開いて、青が彼女を写す。

「模造でもいい。
 誰だって最初は真似から始めるんだ。
 けど、そんな模造だって、真似だって。
 どんなささやかな事であっても、その一つ一つが愛おしい物語なんだ」

 『たとえ忘れられないくらい恥ずかしい事でもな』なんて、ばかばかしそうに笑って。
 そして、もう一度、口にする。

「シャンティ――オレの家族になってくれ。
 そして一緒に、ささやかでも、ばかばかしくてもいい。
 君の隣で、君の傍で――二人で。
 沢山の物語を、綴っていこう。
 いつか、別れが来て、本当の終着が訪れるまで」

 それはどこまでも愚直で、どこまでも独善的。
 けれど、間違いなく純粋で無垢なほどに一途な愛情だった。
 

シャンティ > 「解釈……ね。
 そう、ねぇ……幸せ、は……本人、が……」

言いかけて、ふと、とまる

「あぁ……青い、鳥……か、しら……ねぇ」

照れて頭をかく。
そんな男の様子を眺めながら、一人、納得する。

そして

「……そう。
 信じ、られ……なか、った……
 彼女、は……人形、だった、から」

こちらを見る男。手を差し出す男。
そして、自分を愛そうという男。
そこに、一片の曇りもない

その目を、虚ろな目が見返す

「……人形、は……ね。
 人、の……気持ち、が……ない、の。
 だか、ら……人形」

いつもの、含み笑いはない
虚ろな目が、虚ろをたたえたままに

「模造……そう、模造……
 人を、見て……真似、る……だけ、の。」

虚ろな顔が、美しくも人形めいて

「そん、な……作り、もの……」

「舞台、にも、ない……幻……よ?」

杉本久遠 >  
「ああ――すまん、さっきの台詞でオレの精一杯を出し切ってしまった」

 だはは、と。
 虚ろな彼女に向けて笑う。
 己を人形と言う彼女に向けて。

「人の気持ちがないとか、作り物だとか、幻だとか。
 すまんが、そんな小難しい事はオレにはわからん!」

 久遠は馬鹿ではない。
 だが、どこまでも馬鹿になれる(・・・・・・)

「模造で何が悪い。
 真似でいいじゃないか。
 人形だからどうとか、オレにはどうでもいい」

 杉本久遠が惚れたのは、人形だとか、人間だとかではない。
 目の前の彼女――虚ろを抱えた彼女なのだ。

「それに、人間に憧れる人形。
 人間をうらやむ人形。
 人間を妬む人形。
 オレは君ほど書籍に詳しくないが、これほど、物語になる存在なんて、他にどれだけあるんだ?」

 そう言いながら久遠の手のひらは、彼女の目の前に。

「――オレは君に(・・)惚れたんだ。
 だから、幻でも作り物でも知った事じゃない」

 青い瞳は、真っすぐに、けれど確かな熱と鋭さで虚ろな瞳を射抜く。

「オレは決意して、伝えた。
 次は君の番だ」

 そして、求める。

「――信じたいかどうか。
 決めるのは、君だ、シャンティ」

 

シャンティ > 「……」

男は笑う。
誤魔化しでも、なんでもなく。
ただただ屈託なく。

「ふふ――そう……そう、なの……ね、ぇ……」

虚ろな目が、虚ろな顔が
くすくすと笑い出す

「あ、は……ふふ、あは、あはは……ふふ、ふ」

くすくすと、くすくすと、笑い声が海に消えていく
波が静かに流していく

「私、は……まとも、じゃ……ない。
 私、は……普通、じゃ、ない。
 私……は、歪ん、で、いる……」

それ自体は事実。曲げようもない、偽りようのない現実

「私は……犯罪、者、よ」

いかなる言い訳も立たない

「それ、を……進ま、せる……なん、て。
 イタズラ、女……以上、の……悪――だ、わ?」

射抜くような目を、虚ろな目が見返す

「進み、は……する、けれ、どぉ……
 いつ、曲がる、か……知ら、ない……わ、よぉ?」

杉本久遠 >  
「――まあ、そんなところだろうとは」

 気付いていて、こうなのだ。
 マトモじゃないと言うのなら、久遠もそれなりだ。

「別に更生しろとか、オレが真っ当な道に、とか言い出したりはしないさ。
 君は君の思うように進めばいい。
 それこそ、君自身の物語に違いないだろ?」

 善悪、そこに杉本久遠の基準はない。
 例えば、犯罪に協力する事はないだろう。
 例えば、彼女の罪を隠匿する事もないだろう。

 久遠の価値観に照らせば、彼女が犯罪者である事に間違いはない。
 久遠は、司法から彼女を庇う事はしないだろう。
 それは間違いなく、社会的には裁かれなくてはいけないのだから。
 もちろん、そういった社会的道徳は持ち合わせている。

 ――だからどうした(・・・・・・・)

 それが久遠の答えだった。
 彼女と出会って四年の月日を経て、そしてあの劇を見て。
 その上で、杉本久遠は、彼女を愛すると決めたのだ。

 ――だからきっと、久遠が全てを知ったとしても。
 この杉本久遠(おおばかもの)は、笑って、彼女を抱きしめるだけだ。

 ――だからもし、手酷く裏切られる事があったとしても。
 いつものように、だはは、と困ったように笑うだけだ。

 ――きっと彼女が知りたかったことは、いずれ知れる事だろう。
 杉本久遠と言う人間が、どれだけの愚者であるかと。

「あー、それで、だ――オレのプロポーズはどうなるんだ?」

 手を差し出したまま、久遠はどことなく情けない顔で笑って、彼女の答えを待っている。
 

シャンティ > 「あはは、ふふ……あはははは」

笑う
女は笑う

想像以上に 予想以上に
この男は 彼は
愚直(馬鹿)だった

そして、だからこそ
輝いていた

「ふふ……いい、わぁ……いい。
 とて、も……ね?」

くすり、と普段の笑いに戻った

「あ、ら……今更……聞き、たい……の?
 応え、た……つも、り……だ、けれ、どぉ」

くすくすと、情けない笑いを浮かべる男を見えない目に捉える
宙に差し出されたままの手も、心なしか寂しそうである。

「ま、あ……いい、わ……サービス、ね?」

チェアから立ち、浜辺の前に立つ

「あぁ――かの人形は、その胸を刺し貫かれ其処に果てた。
 されど、その妄執、その執着は未だ晴れず。
 再び現世へと誘われ、かの地に降り立つ。」

「愚直なる騎士は人形を、幻影を、虚ろの声を求め、闇の街をさまよう。
 得たるは炎。不死の鳥の真実。
 ついに互いは見えるのだろう。」

観客一人と、演者一人。
朗々と歌い上げられるような声は、他に届くこともなく消えていく。

「……そして、その声はいずれ」

踊るように回り、久遠の眼の前に立つ。

「……届、く……の、よ」

その手を、取った。

「……ね?」

くすり、と笑う

「幻、かも……しれない、けれ、ど」

杉本久遠 >  
「え、んん?」

 応えたつもり、と言われても、この朴念仁には何のことやらだ。
 この肝心な時の鈍感さが、この馬鹿者を真っ正直で居させているのかもしれない。
 折れず曲がらず――否、折れても曲がっても、いずれ必ず立ち上がる。
 そんな馬鹿者は、彼女の笑顔はやっぱりいいな、と、とぼけた顔で思っている。
 そして――、

「――ああ」

 彼女の声は、美しく、秋の海に溶けていく。
 そっと重ねられた手は確かに――人形でも、幻でもない。
 確かにこの場所にある、柔らかさと体温は――愛するヒトの物だった。

「幻でもいいさ。
 幻だって現実になるのが、この世界だ。
 ――信じよう、一緒に、オレと君の物語を」

 そう言って優しく、彼女の手を握り返した。
 

杉本久遠 >  
 ――と、綺麗に終われればいいものの。

「ところでな、その――」

 彼女と取り合った手と反対、片手でほったらかしにしていた釣り竿の電動リールが回る。
 そして最後にひょい、と竿を挙げれば。

「――餌だけ取られた」

 哀しいかな。
 釣り針には何もついていなかった。
 

シャンティ > 「あ、は……」

くすくすと笑う
ああ――本当に、愚直で察しが悪くて、まるで正反対だ。
こういう人物こそが、輝くのだろう、と笑う

「言って……おく、けれ、どぉ……
 扱い、は……面倒、よ、ぉ?」

くすくすと笑う
自覚はある。そして、自覚がない。
そのどちらもがきっと齟齬や問題を起こすだろう。

それでも困った笑いを浮かべながら、乗り越えようとするのだろう。
それを、笑ってみるのも一興だ

シャンティ > そして――餌だけ取られた釣り竿を見せられる

「あ、ら……締ま、らない……わ、ね?
 け、ど……釣り、は……本命、では……ない、の……で、しょう?」

くすくすと、笑うのだった

杉本久遠 >  
「四年も君に揶揄われてきたからな。
 それにあんな劇まで見せられて、面倒を背負う覚悟くらいなくちゃこんなこと言えんさ」

 なんて、言ってから急に恥ずかしくなったのか、口をへの字に。
 ほんのり顔が赤い。
 まあ、紆余曲折はあれど、ようやく彼女の心に(ウツロ)手が届いたのだ。
 ようやく、じわじわと実感がやってきたのだろう。

「ン、ンンッ!
 ま、まあ、大本命は捕まえたからな。
 ――オレは一度捕まえたら中々手を離さないぞ。
 懲りないめげない、諦めない、よく知ってくれてるだろ?」

 そう言って笑いつつ――『あ』と変な声が漏れた。

「そう言えばシャンティ。
 あの劇の騎士役のモデルは、あの『ラムレイ』だろう?
 そのー、な?
 わかってはいるんだが、オレは?」

 と、ほんの少しだけ。
 愛するヒトの――愛する婚約者の大事な劇に、自分がいなかった事にヤキモチを妬くくらいは許されるだろう。
 

シャンティ > 「あ、は……ふふ……そう……そう、ねぇ……?」

くすくす、と笑う
そういえば、長い付き合いになったものだ。
短くも濃密であった、あの彼らとの日々よりも長く……

『「大本命は捕まえられたからな。
 ――オレは一度捕まえたら中々手を離さないぞ。
 懲りないめげない、諦めない、よく知ってくれてるだろ?」
 咳払いをしながら、男は言ってのけた』

女は、謳うように読み上げた。
心做しか、口調まで似ているような気がした。

「……」

最後に、男から出されたヤキモチのような言葉。
くすり、と笑いが漏れる

「ふふ……あぁ――そ、れ?
 わか、らな、い、の……ね、ぇ?」

くすくすと、くすくすと、いつもの調子で女は笑う。

「答え、は……ね。教、えて……あげ、たい、けれ、どぉ……ざぁ、ん……ねん。」

人差し指を口に当てた。
しーっと、沈黙のポーズをして見せて

「反則、は……さ、っき、まで……もう、時間、切れ……よぉ?」

反則だから、今だけ。悔いのないように――
そう、言ったはずだと女は告げ……沈黙のポーズを解いた人差し指で、男の唇を軽く叩いた
そして、また。くすくすと笑うのだった

杉本久遠 >  
「ぐはーッ!
 勘弁してくれよ、しかも絶妙に似せないでくれ!」

 読み上げられた声に悲鳴を上げる。
 けれど、手は離さない。

「ん、んんん?
 えっ、なんだそれ、わからないってどういう――あっ、それはずるくな――んむぅ!」

 時間切れと言われ、抗議も抑えられてしまう。
 これだから、いつもいつも、彼女の手のひらの上にいるような気持になるのだ。
 けれど――たまには、やり返してもいいだろう?

「――なら、今はオレしかできない事で我慢する」

 むす、と子供っぽくむくれつつ――彼女の手を引く。
 そして器用に彼女を、膝の上に抱き寄せた。
 そんな我儘に、耐荷重ギリギリの簡易チェアが抗議の声をあげるが知った事じゃない。

「その――あー――」

 膝の上に抱いた事で近づいた顔を見て、ついやってしまったとばかりに赤い顔を逸らし。
 ただ、それでも両腕でしっかりを彼女を横抱きに支え。

「――シャンティ、愛してる」

 恋人未満から、恋人もどき――そして婚約。
 ようやく手の届いた彼女に、改めての言葉は――どれくらい響くのだろう?