2024/08/19 のログ
紅音 >  
「……………」

目を瞬いて。

「…………え、歳上(としうえ)……?」

呆然としていた。こっちも教えたことはなかった気がする。

「……誕生日、いつ……?」

年下の、可愛い女の子にちょっかいかけてたつもりだったのだ。間違いなく。

「…………」

視線を横にすべらせて。欠けた緋の月に。
みずからもまた、白い歯を突き立てた。
涙は盗み見ないよう、少しだけ、また手を握り返した。
推し量れぬ事情に、しかし、それが、道を外れた気の迷いではなく。
避け得ぬ道と思うなら、ただ、そう。遠吠えをするように。

ここにいるから、と伝える。

「……そンでね、ボクは、ずーっと後悔してるんだ。
 それに足をとられるわけじゃないけど、ふとそういう感情にとらわれる。
 『もっとうまくやれたんじゃないか』って思うし。
 『いまのボクなら』……もうすこし、きちんとできたと思う、とか」

万能の才人、天賦の芸能、絶世の美貌。
磨き抜いた自信と存在証明の手段はしかし、それでも、断絶――死の前には無力だった。

「サイアクなのはさ、大切なひとたちだったのに、覚えているのが……
 ボクを怖がって、気味悪がって……そういう顔、ばっかりでさ。
 一緒にお祭りにもいったはずなのに、痛いくらいに手を握られて。
 強引に引っ張られたことしか思い出せない……迷子のフリをしたんだ、当然だけどさ」

――鬼子のように。
美しい思い出さえ、手元に残すことができないまま。

「…………キミにも。
 今日、逢えないままだったら。
 あのバス停で、参って、キミにぐらついて、ときめかされて。
 そんな情けない顔を最後にお別れしてたかもしれない。
 しょぼくれた思い出がエンドカードになったかもしれない。
 ……考えるだけで、サイアクだ。だから今日、会いたかった」

ともに、美味しいものを食べることもなく。
足は、ゆっくりと参道を進む。

「でも――……今日なら?」

どうだろう、と、振り向いた。
浴衣に着飾り、闇のなかに、紅く艶めく微笑は。

緋月 >  
「………。」

後悔。
己が死ぬ事は、恐れはない。それはきっと、自身に力が足りなかったか、さもなくば天命だったか。
それだけなのだ。きっと、それだけの事。

だが、いつも笑顔だった彼女を、己が斬らねばならないとしたら…その時、自分はどんな顔をしているのか。

「……私も、」

少しかすれた声が漏れる。

「私も、もしかしたらそんな思いをするんでしょうか。
『もっと上手にやれていたら』、『もっと自分に取れる手立てが多ければ』……。

そんな思いをして……最期に、あのひとは、どんな顔で、私を見て、何を言って来るのか――
それが……怖いんです…。」

す、と、貰ったお面を顔に向けて移動させる。
今自分がどんな顔をしているのか、周りに見られるのが怖くて、情けなくて。

「……だから、あのひとは、私をいつも遊びに誘ってくれたんでしょうか。
今、紅音が言ったように、情けない顔と、しょぼくれた思い出が最後の「日常」になるのが嫌だったから。
私が、それを分かってなくても……。」

今日なら、という問いに、黒い狼の面が顔を上げる。
そこにいたのは、

「――夜の花火、というには、菫の柄はちょっと暗すぎます。
着てる人の髪と――笑顔の方が、よっぽど花火みたい。」

少しだけ、鼻声で、そう答える。
仮面に隠れた涙を見せぬまま。


「――あ、誕生日は――」

教えた誕生日は、秋の日のある時だった。
ちょうど赤い紅葉が見ごろになる頃合い。

紅音 >  
「しらない」

彼女の告げた、あのひとを、自分は知らない。
だから、はっきりと、突き放すように断ち切った。

「他人の気持ちなんて、知りようがない。
 わかった気になって立てた予測で、相手をよろこばせる言葉をえらぶことを、
 ……"理解した"っていう言葉で飾ってるのが、普遍的な人間関係ってもの。
 だから、キミの目指す理想は――至高の剣たり得る」

そして、実現可能であると先んじて証明された。
それを目指すことが、宿命であるのだと――それでも、今は届かないなら。

「…………」

怖い、と告げられた。
利己的な感情だ。他者の死を前にして、相手を慮るより先に、自分の心の欠損と痛みに怯えた。
――我執(エゴ)
だからこそ、……微笑んだ。天使のように、柔らかく。

「生きてて欲しいとか、そういうんじゃなくて。
 ……ただ、いなくなってほしくなかったんだ。いたくて、くるしいから。
 永遠の後悔と未練、ボクの未熟さが、大切なひとたちをそうしてしまった。
 ボクに、うまれてはじめて名前(たからもの)をくれたひとたち。
 ……そして、さいしょの、もっとも身近なあこがれ……」

両親と、うえにひとり、きょうだいがいたのだと。
自分の認識(せかい)から。そこに残るのは、大切な思い出の形をした、流血の止まらない傷口だ。

「……もし、別離(おわかれ)が避け得ないなら。
 いまこのときの最高の自分を土産にもたせたい。
 もし叶うなら、やっぱりキミには、舞台(ステージ)に来て欲しいかな……でも。
 今日、この夜が最後でも、お互いに……ボクの胸にも、可憐なキミが残り続けるように」

鬼灯のような明かりに彩られた夜空のした、ふたりで。

「ただ、離れることを、悲しいことで終わらせないために。
 できることがあるんじゃないかな。
 まだ、時間があるなら。最高の自分を研ぎ上げるための準備も。
 いつか来る、後悔や未練を薄めていくことだって……」

不意、足を停めた。
出店に並んでいたのは、砕いた氷にシロップを溶かした水が満ちた、かち割り、と呼ばれるチープな飲み物。
オレンジとイチゴ。橙と赤を購入して、橙色を手渡した。

「これ知ってるかな。
 この盃を受けてくれ、ではじまる詩」

どう?と。
ひとつうえのお姉さんに、首をかしげてみせる。

緋月 >  
す、と、心の中に入ってくるひとこと。
そうだ。極論すれば、今、目の前のひとが話した事に尽きる。

「……いなくなって、ほしくない。
――きっと、それなんです。私が、彼女に、願った事は…。
あのひとが…「もういないはずの人間」だと教えられて……その時、私が、言葉に出来なかったのは……。」

ようやく、あの時の気持ちを、言葉にする事が出来た。
あの時の、崩れそうな精神の中で浮かんだ、言葉にならない気持ちが。

そう、いつもとんでもない勢いで自分を振り回していた彼女に、
「いなくなってほしくなかった」のだと。

「別れが、避け得ないなら、最高の自分を、土産に……。
それを、研ぎ上げる為の――――。」

その言葉に、軽く、顔を隠す面に手を振れる。
――以前の言葉が、また脳裏に甦る。

……まだ、決断はし切れない。
だが、向かう理由と、脚に力は入った気がする。

差し出された飲み物と、それを差し出す人を、交互に眺める。
――確か、どこかで聴いた…のではなく、見た覚えのある言葉。

「……本で、見た事がある気がします。
ええと――――」

――この杯をうけてくれ どうぞなみなみ注がせておくれ
   花に嵐の例えもあるぞ さよならだけが人生だ――

そう、うろ覚えながらも諳んじつつ、差し出された橙色を受け取る。

紅音 >  
「言葉を交わせるならそこにいるじゃんか」

ストローをちゅーって吸いながら、なにいってんの、と困ったように笑う。
眼の前にいる相手が、たとえば幽霊だったりなんだったりしても。
自分が生きていると認識していればそれは生きているのだ
――死者には、もうなにも届かない。そう考えている。
みずからの認識を現に解き放つ、芸術家の視座。

「それで、誰しもに別離が来る。
 なにも特別じゃないし、それならぜんぶが特別だ。
 だったら……いつかの別離のとき。最高の自分を叩きつけて。

 出逢えてよかった、って言わせてやる
 
 すべての運命も条理をねじ伏せ、切り裂いて、叩き潰して。
 なにせボクは、極星(スーパースター)なので」

いつか語った理想のように。
そう成るように、生きてゆく。

「生とは、喪失の痛みを受容すること……だというのなら。
 死とは、きっと――痛みのないばしょなんだ」

喪失に怯えることもない。
痛みをわずらうこともない。
極限の――終端の、無。

「それが、ボクのひとまずの結論。
 だからまだいけない。痛いのと気持ちいいのって、大元は同じらしいから。
 そうして苦しみを背負った戦い抜いた果てに……
 快楽(よろこび)の洪水のなかで果てたいかな」

そこで、くるり。
身体を向けて、正対した。

「ね、緋月」

緋月 >  
「――出逢えて、よかったって…。」

その言葉に、顔を隠していた狼の面を、軽く持ち上げる。
見えた顔は、涙でぐしょぐしょ――とまではいかないが、思ったより濡れていた。

「…何だか、前のバス停とはてんで逆ですね。
今日は、私が色々、突き付けられてばっかりです。

――私は、スーパースターじゃないですけど。
あなたがそう言い切れるなら…せめて、まだ残ってる時間で足掻いてみる事にします。
いつかの別離(さよなら)の時に、出逢えてよかったって、言わせてみせるために。」

ぐす、と、浴衣の袖で、顔を拭う。
ちょっと、くしゃっとなった、微笑み。

「…結論は、人次第だけど。
お陰で、少し気持ちが晴れました。
――本当は、迷ってたんです。どうすればいいか、ふらふら迷って、暗闇に迷い込んだ気持ちで。
そんな時に、こんな明るい場所に来て、良かったのかな、って。

――来なかったら、もっと暗い気持ちで、もっと後悔してたきがする。」

相対する人を、少し赤くなった目で、見つめ返す。

紅音 >  
「あ……いま勝利感スッゴ……」

いつかと逆、と言われると、またきゃらきゃらと楽しげに笑った。

「そ。ボクがどっかの殺人鬼に犯されたとき、突きつけられた問題への解答……
 もっといえば楽曲の結実のためのきっかけでしかない」

そうして、芸術、舞台。
それが、この存在の――戦場だった。命を燃やす場所だった。
いまはまだ、戦う場所は違うけれど。

「……昨日いろいろあって、ボクもフラフラしてたからさーあ?
 もしすっぽかされてたら、あっさり夜釣り(ナンパ)に引っかかって別の誰かになびいてたかも」

肩を竦めた。こっちが慰めてもらおうとしてたんだけど……なんて。少しばかり恨み言。
そして、見つめあう。……弱さを重ね合うような関係は、望まない。
手を引き、手を引かれ、屈さぬ限りは続く。ある意味では、都合のよい利害関係ともいえる。
そう格好つけなきゃ、どうしようもないくらい惹かれる相手でもあって。

「また逢いたい。
 ……そんで、いま。ボクもキミも、そんなだから」

次の、戦いのためにも。
耳元に、唇をよせて。

「――――、」

緋月 >  
「…さらっと物騒な事を聞かされた気がします。」

自分の耳がおかしくなってなければ、だが。

――己の戦いは、未だ心の中に。
弱き己に何らかの形で克ち、決着をつけなくては、先に進めない。
その為の時間も、そう長く残されている訳ではない。
覚悟を。迷う心を確りと断つ、もう一押しを、急いで探さなくては。

「む……何があったか知りませんけど、不埒な気配がします。
まさか私の他に、誰かにしてやられたんじゃないですか?」

ちょっとむっとする。
あっさり釣られて振られるのは、それはそれで何となく気分がよくない。

「――――」

そして、耳元に小さく囁かれれば、

紅音 >  
「また逢えたら、ちゃんと教えてあげる。
 ……言っとくけど、不義理はしていませんからー。
 ほんとになびいちゃいそうだったから、そゆの断ってたんだよー」

じゃあ、と。
その足は進む。祭りの店構えたちをすり抜けて、やがては入口に戻るために。

ボクだけ知ってるのも、それはそれで不公平だし」

すこしだけ、意味ありげに。 
後引く未練を残すのは、ズルいやり方かもしれない。

「……きょうは。
 今夜だけは、ハレの日だから」

痛みがなくなることはなくても、少しだけ遠くに置くことはできる。
そして、帰るとも知れぬ、折れぬとも知れぬ、過酷な戦いに身を投じるあなたへ。

「そしたら、キミに……いってらっしゃい、って言わせて」

緋月 >  
「むー…わかりました、じゃ今はそれで納得しておきます。」

泣いてた烏、もとい狼がもうむくれている。
最も、素直に一緒に歩を進めているのだが。

「私が言えた義理かって話ですが、ずるいですね。
そうやって、後を引っ張られてしまいます。」

そんな事を言える程度には気を持ち直し、向かうは祭りの出入り口――鳥居。

「――だったら、私にも、またね位は言わせて下さい。」

いってらっしゃいを言われるのならば、また会いましょうは自分が貰ったとて悪くはあるまい。
そう、戻って来たささやかな微笑みで。

ご案内:「常世神社」から紅音さんが去りました。
ご案内:「常世神社」から緋月さんが去りました。