2025/10/18 のログ
ご案内:「異邦人街」に緋月さんが現れました。
緋月 >  
気が付けば、もう10月も半ばを超えた、そんな時期。
夕方手前の異邦人街を、書生服姿の少女がブーツの足音鳴らしながら歩みを進める。

「すっかり、日が落ちるのも早くなってきましたね…。」

空を見上げて、思わずそんな事を呟く。
少し前まで夏だと思っていた筈が、何時の間にやら秋の日に。
季節の移り変わりは随分と突然だと思わざるを得ない。

「今日の晩御飯は、何にしましょうか――――と。」

帰りに何かを買って行こうか、それとも冷蔵庫に残ってる分で何とかやりくりしようか、と、特に意識もせず視線を
ふらりと彷徨わせた所に、目に留まったものがひとつ。

「あれ……。」

思わず、足をそちらに向けてしまう。
ブーツが音を立てる感覚が長くなり、止まったその先にあるのは、ショーウィンドウ。
ガラス一枚隔てた先に飾られていたのは――

「ギター…じゃ、ないですね…形や、弦の数も違う。」

確かネックと呼ばれていた部位だった筈だが…其処は、よく似ている。
だが、それ以外は随分と違っていた。弦は4本、ボディは丸い。
どちらかと言うと、三味線に似ている所もある。

ふと見上げた先にあった店名は「楽器店・広寒宮」。
随分と異国情緒漂う店の名前だ。

緋月 >  
ショーウィンドウに飾られていた楽器が気になって、つい立ち入ってしまった楽器店。
異邦人街に概ね言える事だが、商店街とは随分と雰囲気が異なる。
その気持ちは、店内に入ってみてより強くなった。

(見た事のない楽器だらけだ……。)

一部に見事な彫刻のされた琴らしき楽器。
詩のような漢文が記された笛。
所々に穴の開いた、卵のような形の……

(……これも、笛、でしょうか?)

多分、息を吹いて音を鳴らす楽器、だとは思う。

他にも、やたらネック部分が長い琵琶のような弦楽器。
学園の音楽室にあったシンバル…を、小さくしたような楽器。
小さなピアノ…みたいな形の楽器。
鼓のような、しかし形や色が随分と異なる打楽器らしいもの。
多数の弦が張られた、見事な竪琴らしい楽器。

(全然知らない楽器ばかりだ…。)

店内に飾られている、様々な楽器を眺めながら、書生服姿の少女は先程の記憶を頼りに店内を捜し歩く。
暫く歩いた所で…ようやく先程目にした楽器が見つかった。

「……げん、でいいのでしょうか?」

丸い胴体にギターのようなネック、頭の部分は三味線にも見える楽器。
細かいデザインは違うが、先程ショーウィンドウに飾られていたものとほぼ同じだ。

緋月 >  
しげしげと、展示されている楽器を眺めていると、不意に横合いから声が。

『そちらに興味がおありですか?』
「ふぁっ!?」

思わず振り向くと、これまた異国情緒漂う服を着た、店員さんらしき女性。
驚いた声にも、スマイルを欠かさない見事な営業精神を感じる。

『もしよろしければ、弾いてみてもよろしいですよ?』
「え…その、いいんですか? それでは…。」

ついお話に乗ってしまい、こちらですと案内する店員の後についていく。
少し開けたスペースにちょこんと置かれた椅子。座って待ってて下さいという言葉に従って暫し待機。

『こちらになります。弾き方は、簡単にですがお教えしますので。』
「あ、はい、どうも…。」

持ち方と姿勢、簡単な音の出し方を教えて貰い、書生服姿の少女は拙いながらもそっと弦を弾いてみる。
少し押さえ方がよろしくなかったのか、震えるような音。

(……似ている、けど、何処か違った音だ…。)

店員さんの教え方が上手かったのか、少々途切れ途切れになりながらも、順繰りに、形になる音を
続けて出していく事が出来る。
血の色の髪のひとが時々聴かせてくれる、ギターの演奏とは何もかも違っていた。
勿論、其処は楽器の素人。演奏の腕前が及ばないのは仕方がない。
それを差し置いても、耳に馴染んだギターの音と似通っていて、しかし何処か異なった響きは――

(……何だろう、何処か……面白い……。)

苦労しながら、音を出して、不格好ながらも、それが形らしい形になるのが――何処か、面白い。

緋月 >  
『――いかがでしたか?』
「えっ……あ、はい、その…面白かった、です。」

気が付けば、結構な長時間を楽器を弾いて過ごしていたようだ。
思わず素直に口から出て来た感想に、店員さんが笑顔を見せる。

『中阮でしたら、他にもいくつか種類がございますよ。』
「はぁ…。」

説明を聞くと、どうも同じ造りで大きさが違う三種類があるらしい。
引かせて貰ったものは、ちょうど真ん中に位置するサイズだった。

『お気に召しましたら、幾らか取り扱いがございますよ。』

試し弾きの楽器を返すと、またも店員さんにご案内を受ける。
着いた先には、先程まで手にしていたものと同じ楽器が何種類か、スタンドに立てかけられている。
違いらしい違いは胴体部に飾り絵があったり、バイオリンのように空いている孔のデザインが違ったり、といった
細やかな装飾部分位だ。

(うーん…確かに、気になるといえば、気になるけれど……。)

スタンドに立てかけられている楽器の近くにある値札の数字と、現在の貯金の額を頭の中でやりくりする。
……値段を選べば、まあ、少し無理が出来ないお値段では、ないのだが。

《……盟友よ、我はあれが良いと思う。》
(何ですか、朔、突然…あれって、どれですか?)
《あれだ、あの奥に飾られている、あれだ。》

頭の中に響く声に少し困りながらも、指示された方向を見れば。

「………あ。」

ひとつの弦楽器に、目が留まる。
材質の違いか、胴体の横部やネックなどの色が黒に近い色だ。
そして、ヘッド…と言えば良いのか。先に施されていたのは…狼の顔らしい彫刻。
他の品は、大体蓮の花のような彫刻だったりするので、確かに目立つと言えば目立つ。

『そちらに興味がおありですか? お客様、楽器は初心者でしたね。
では、簡単な教本やケースにスタンド、手入れ用の器具などもお付けして……これ位で、いかがでしょうか?』

緋月 >  
『ありがとうございました、弦などのお買い換えの時はまたご利用下さいませ~!』

そんな明るい店員さんの言葉に送り出されて、書生服姿の少女は楽器店から出て来る。
その背中には、買った楽器を収めた丈夫そうなケース。
両手には必要な品々諸々が入った袋。

「………結構、大きな出費になりましたね…。」

呆然と呟く。楽器って高いんだなぁ。それを身を以て思い知った。

《良いではないか。気に入ったモノを買わずに何を買う。》
(あなたはあの彫刻が気に入っただけでしょう…。)

頭に響く友の声に少しばかり呆れながら、少しの間はバイトの数を増やさないとなぁ、とぼんやり思考。
とはいえ、気分が沈んでいる訳ではない。

(……面白かったのは、事実、ですし。)

あの感覚。音を出して、それが簡単な、曲といえる形になるのは…確かに、面白かった。
流石にそればかりに時間を費やす事は出来ないが、趣味にする位には悪くない、とは思う。

「……ご飯が終わったら、少し練習してみましょうか。」

そんな事を呟きながら、書生服姿の少女は大きな荷物を背負って帰路に就くのだった。

ご案内:「異邦人街」から緋月さんが去りました。