2025/10/23 のログ
ご案内:「万妖邸・霽月之室」に緋月さんが現れました。
ご案内:「万妖邸・霽月之室」にネームレスさんが現れました。
ネームレス >  
契約と、そして個人的なつながりを除けば。
生活リズムも、学んでいることも、普段属しているコミュニティも、まるで違う。
ただこの島、この学校の学籍を持つという共通点があるばかり。

月末に一年以上振り――表向きは初の――公演を控えている音楽家はというと、
たとえば今日は、打ち合わせの終了が、たまさか護衛の少女の放課よりも早い日だった。
連日遅くまで何かをしている合間、ちょうど空くことになったらしく――

――『それじゃ先に部屋にいるから』
――『お風呂借りていい?』

そんな珍妙なメッセージが、昼過ぎに交わされたっきり。



数時間後。
果たして部屋主を出迎えた霽月之室はというと、
施錠はされていたものの、所定の場所に吊るされているホワイトのトレンチコートは、
ネームレスお気に入りの、今秋の装いだ。
一度来ているのは間違いない――が、まるでいつものように、妙に静かだった。

部屋の何かが動かされているわけでもなければ、
薄暗くなりはじめている時刻だというのに、どこの照明も落ちている。
台所や風呂場での作業が行われている様子もなく、
そこに在れば周囲が華やぐようなうるさいほどの存在感が、ない。

ただ、そんな静寂のなかで、ぴちょん―――と。
ほんの僅か、水滴が落ちる音が、明かりのつかない浴室のほうから響いた。

緋月 >  
「ただいま――と。」

カチャ、と鍵を開く音。少し音を立てて入って来たのは、普段の書生服姿とは少し異なる、シャツに丈の短い羽織と
いつもの外套(マント)姿に袴型のズボン姿の部屋の主。
手には買い物の袋がぶら下がっている。

「……電気位つけても文句は言わないんですけど。」

ぱちん、と音を立てて部屋を明るくする。
部屋にいないとなると風呂場、だろうか。

「もしもーし、お風呂入ってます?」

そんな声をかけてみる。

ネームレス >  
返答はなかった。
耳が良すぎるほど耳がいいので、そもそも、帰宅してくれば気づく。
いない――……

しかし、明かりがついたことで、
脱衣所で籠にほうられた脱いだ服に、湯上がり用のいつものガウンがあった。
文で交わした通りに湯に浸かっているらしい。
リハーサルをしているスタジオは常世渋谷にあり、
学生街にあるギブソン・ハウスよりは、万妖邸に近いものの…
そもそも、風呂を借りたがることが、おかしい話ではあった。

そう、返答はなかった。
浴室内の電気は未だについていないまま。
水滴が落ちる音だけが、まるでいらえのようにもう一度、響いた。

聞こえて無視しているか、あるいは、眠っているか。
もしくは―― 返事ができないか、である。

緋月 >  
「…………。」

おかしい。流石に部屋の主も異常には気が付いた。
やけに静かすぎる。返答のひとつもない。服などは脱衣籠にあるが、風呂場も電気がついていない。

「……おかしい。」

小さく口に出して、妙な予感を改めて確かめる。
眠っている、だけであるならいいのだが……いや、そもそも風呂を借りに立ち寄るというのも突然だったが。
何か、違和感を感じる。言葉にならないが。

「――失礼します、よ…っと。」

一度小さくノックをしてから、そっと浴室を覗いてみる。
これがタダの悪戯か何かであればいいのだが――

ネームレス >  
いた。
ぬるまったのか、湯気の立たない湯船に肩まで浸かり、かくりと俯いている姿。
湯面は明かりがつかなくともわかる、常の無色透明とは違った鮮やかな緋に染まっていて、
嗅ぎ慣れない甘い匂いが、残滓のように浴室に蟠っている。

それは、眠っているようで、寝息の呼吸は聞こえない。
まるで彫像のように、その姿勢のまま動かない。
護衛の来訪にすら気づかない。

ぴちょん。
蛇口から、時折落ちる水滴の音――

緋月 >  
「………。」

その光景を目にして、沈黙を保ったまま、和装風の少女はすん、と、小さく鼻を利かせる。
これでも武芸者の端くれ、更には常世島でも命がけの戦いは何度も潜り抜けて来た。
血の臭いと、そうでないものの匂いの区別程度は付く自信はある。

「――――。」

同時に静かに浴室に入ると、俯いている相手の頬に向かってゆっくりと指を伸ばす。
接触により、得られる情報は意外と多いものだ。

奇妙な緊張が、浴室に走る。
伸ばされた指が、浴槽に入る者の頬に迫る――。

ネームレス >  
いつも、体温は高い。
触れたりすればわかるほどに。冬場であれば、なおのことわかる。
浴室は通気が必要だからか肌寒いから。
ふに、と頬に指をふれてみれば――……暖かい。

「んぅ」

息が零れて、目が開いた。
薄暗がりのなかでも際立つような黄金が、
すぅと横に動いて、不思議そうに緋月を見つめた。
意識の覚醒というよりは、別のことに没頭していた時、不意に話しかけられたような反応。

「…………なんで服着たまんまなの」

どこか呆然とした様子で、彼女が着衣のまま浴室にいることを問う始末。

緋月 >  
「……あなたが疑われるような姿勢と恰好をしてたからですよ。」

っはぁ~、と大きくため息をつく。
困ったという気持ちが4割、何事も無くて良かったと安心した気持ちが6割。
これ位であれば怒るような事でもない。

「電気もつけないでお風呂に入りっぱなし、反応も無いと来れば、何か良くない事でも起こったのか疑いもします。
まあ、何も無かったようなのは安心ですけれど…。」

気が抜けて緊張の緩んだ血の色の瞳が、黄金の瞳を見返す。
ホラーな事やサスペンスな事はなかったので、まずは安心。

「電気、つけますよ。風邪ひかないように気を付けて下さいね。」

流石に風呂場にご一緒はどうかと思ったので、一度引っ込んでお風呂の電気をつけて置くつもりらしい。
そのまま夕食の準備も始めるつもりのようだ。
何を考えていたかやら、何故お風呂を借りに来たのかの諸々は…ご本人が入浴中なので後回しらしい。

(お風呂の時間は安らぎの時間ですからね。)

あまり押し付けはしないが、それが少女の持論でもあった。

ネームレス >  
「ええ……、……電気……?
 てか今何時――寒っ! うわ冷めてる……」

何時になく/柄にもなく、ぽやぽやとした受け答え。
……厳密には、最近は偶にこうなる。
どこかをぼんやり見つめたり、水に溺れかけたり。
湯が冷めて、陽が落ちるだけの間、ずっとそうしていたらしい。

「せっかくの入浴剤が……匂いも飛んじゃってる……。
 ……あ、冷蔵庫。ケーキ入ってる」

ちょうど出ていこうと彼女が踵を返したところで、ざばぁ、と音を立てて立ち上がる。
どうにも慮外の時間経過だったようで、ばつの悪そうに濡れた髪を掻き混ぜながら。
少し豪華な小箱が、よく冷やされているらしい。


――結局。
シャワーを浴び直して、髪を乾かすのにも時間をかけるから。
夕食の支度には、ちょうどいいころ。
バスローブ姿で湯船から這い出してくる。ばっちり泊まる算段らしい

「ごめんごめん、つい考え事しちゃって。
 頭切り替えるために、違う環境でゆっくりしたかったんだケド」

スリッパの足音もぽすぽすと、と調理中の後ろ姿に。お手伝いできることはありますか?

「それでなーに?聴きたいコトって」

肩に顎を乗せて覗き込む。件の甘い香りを纏ったまま。

緋月 >  
思わずあーあ、と言いたげな雰囲気と表情になってしまう。
まあそれは兎も角、何事もなかったのは良かった事で。

「しっかり暖まらないと、ここ暫くで一気に気温が下がりましたからね。」

風邪ひいたら喉も大変でしょう、と、しっかり暖まっておくように言い置く事を忘れない。
ミュージシャンが風邪ひいて喉壊したなんて、笑い話にも出来ないだろう。

そんなこんなでお風呂が終わればご飯の時間。
今日は少し暖まる為に、麻婆豆腐丼に中華風の卵スープ、焼き餃子と飲み物は温めた烏龍茶。
尚、餃子は諸々を考慮しニンニク抜きである。

「それはまあ、あんな電気もつけない、お湯も冷める位に、お風呂で何を考えてたのか、ですかね。
まさか居眠りという訳ではないのでしょう?」

とりあえずはそれを真っ先に。

――部屋の片隅に置かれている、ひょうたんのような形の大きな黒いケースには今は敢えて触れなかった。

ネームレス >  
食前から一杯もらった烏龍茶で、だいぶ調子は戻ってきた。
自分の迂闊さは何より自責するタイプなので、口数はわかりやすく減っていたけれど。

「またレパートリー増やしたね。美味しそ……、えっ?それ?
 別に大したコトじゃ……、んん……ンー……」

いただきますと手を合わせて見るものの、言われた言葉に、
アレのことじゃないの?と、興味深げにちらちらとハードケースに目を向けている。
それがある、ということにすら、浴室から戻って来るまで気づかなかったのだ。
心配させた手前、なんでもないも通らないだろうとは思うし。

「んー……」

レンゲで丼をひとすくい。
甘辛い味わいに浸りながらも、咀嚼の合間に視線は動く。
いうかいうまいか、という感じではない。話すことに渋ることはなさそうだった。
嚥下する。

創造(クリエイト)のコト。最近、ふっと時間があくと曲作りに頭がいっちゃうんだ。
 とくに入浴の時とかは――スタジオでもボクんちでも。
 だから、環境変えたら切り替えられるかなって思ったんだケド、なかなかうまくいかない。
 本番近いから、なるべく()になっておきたいんだケドね」

楽曲の発表は、昨年末のデビューから……二曲。
プロモーションと公演の段階だから、精力的に作曲する局面でないにせよ、明らかに鈍っていた。

「まことに遺憾ながら甘えに来ました。キミは?」

そういうと、ぱくりと一口。相手に喋らせる番なので、自分は食べる。

緋月 >  
「ああ…つまり、表現者・創造者特有の悩み、というものですか。」

奇しくも以前、あの濁水の竜との戦いの真っ最中に目の前の人が口にした言葉と似たような言葉。
勿論、そんな事が身体を共にする友人と目の前の人物との間で交わされていたなどとは知らない。
その周辺の事は大雑把な説明だったので省かれていた所である。

「昔だったらさっぱり分からないですけど……今は…どうなんでしょう。
烏滸がましいかも知れないけれど、少しばかりは、分かるような…そんな気がします。」

環境を変えて気持ちを一変させたいといった所か。
かく言う少女の方も、行き詰まる事があれば少し修行などから外れて気を休めたりしているため、その辺は
似たような所であるとも言えなくもない。

「それで突然、お風呂を借りに来たと。」

はむ、と餃子を一口。辣油とポン酢が合っていておいしい。
ちらちらとハードケースに視線を送られているので、流石にちょっとばつが悪い雰囲気だが改めて口を開く事に。

「………その、何と言いますか。
この間、帰り道で偶然、異邦人街(此処)にあった楽器店を見つけて…「お仕事」のお給金もありましたから、
つい…買ってしまったんですよね…。」

衝動買いで高い買い物してしまって気まずい雰囲気の子供のような調子で、そんな事を口にする。

「……まさかとは思いますけど、中、見てないですよね?」

ネームレス >  
「どーなんだろ。いままではこんなコトなかったから。
 去年の夏……あたりは、スランプを感じてたんだケド、むしろ逆で……なんていうのかな」

特有かというと、ありふれているのか、自分だけなのか。
悩ましい顔をしているあたり、何かをすれば解決、というわけでもないようで。

「技術は手段でしかない――……なんてボクごときがいうのは、烏滸がましいかな」

戯けたように。彼女の剣は理外に足を突っ込んでいるように思えている。
武術のことなんてさっぱりよくわからないが、剣を振ってれば彼女が望むようになるというものでもないのだろう。
そんな単純作業の連続の末に()られてしまっては困るというのもあるし。

「見てない。ていうかお風呂から上がって気付いた」

スプーンですくったスープの、温かさと滋味を味わう。目を伏せて答えると……。

「いやぁ――――」

やけに上機嫌そうに、唇が緩んだ。

「そうだよねえ、素直に言うのは恥ずかしがるよな、キミは。
 でもそれはしょーがないコトだ。必然といっていい。このボクが間近にいるんだもん。
 極星(ボク)へのあこがれをこじらせて、とうとう、楽器をその手に取ってしまったんだよなッ?」

まいったなぁ、と言いたげに自信満々な振る舞い。
だいぶ思い込みをたくましくはしているものの――

「イイんだよ。欲しいって思って、それ買えるなら、買っちゃえば。
 ショーウィンドウのむこうの憧れに、遠慮とか気後れで手を伸ばさないの。
 そっちのほうが気持ちの無駄遣いじゃないか?」

そんな言葉は、実感の籠もったもの。
はじめて買う楽器。それはとっても大事なものだと。
あんまり無駄遣いしないタイプの少女が、衝動に身を任せた結果を、これは是とした。

「……でもこれギターじゃなくない?なに?」

首を傾げる。もちろん小型ギターなんていうのもバリエーションとしてはあるが、
それにしてはどこかずんぐりしたケースのシルエット。
もしかして買うものを間違えてしまったのだろうか――

緋月 >  
「うーん、そう言われると少し困りますね…。」

お箸を止めて軽く首を捻り。

「私が修めている技も、結局は「常で斬れないモノを斬る」事を証明するための、言ってしまえば手段ですし。
今では伝承の方が主眼になってる事は…まあ、否めませんけれど。」

風を、流れを、空を――ひいては神を。
斬る事が出来る、と証明できても、後代に引き継げなければ、それはなかったも同じになってしまう。
そういう意味では、元々「手段」であったものを伝え、継ぐ事が「目的」になってしまっている事は否めない。
逆転してしまってますね、と苦笑するように言葉にする。

「うーん、確かにあなたが音楽家として、楽器を演奏する者として、尋常ならざる実力者だとは
理解しているつもりではありますけれど…。」

あまりに自信たっぷりに言うものだから、ついつい苦笑してしまう。

「…どちらかというと、暫く前…ほら、夏に大目玉喰らわせた一件があったじゃないですか。
あの時、お仕事だとはいっても、下手したら危ない事になってたのに、しっかりギターを持って帰って来たのが、
色々と印象に残ってまして。」

怒られた本人には文字通り頭が痛かった一件であろう。
危ない真似をした事には怒ったが、それと同時にそこまでして安否確認の為にギターを持ち帰って来た事、
ひいてはギターの元の持ち主がそれを手放さなかったであろう事が、少なからず気にかかったらしい。

「ああ、それは――っと、ご飯を片付けてからにしますね。
デザートは、お話が終わってからで。」

流石にまだ食事の真っ最中。此処で持ち出す程はしたない事はしない。
そんな訳でご飯を食べ終わり、食器を下げてから、改めて部屋の隅に立てかけていたケースを
大事そうに持ち出し、その蓋を開く。

「阮咸…今だと略して、阮と呼んでいる、大陸の方の楽器だそうです。
これは大きさが3種類あって、丁度真ん中の中阮と呼ばれるものだそうで。」

開いた中から出て来たのは、何処かギターに似た雰囲気の楽器。
丸い胴部に空いた音孔は三日月型。側板や胴部から伸びるネックと言っていい部分は黒檀でも使っているのか、
黒に近い暗い色が特徴的だった。
弦は4つ、特徴的なのは狼の顔の形が彫り込まれた琴頭。
ちょうど、少女の内なる友人の元々の形を想起させる…というか、恐らくその本人が
その装飾を気に入ったのだろうと推測できそうだ。

「何となく、ギターに似ていたので…つい気になって、買ってしまったんです。
店員さんに勧められたり、試し弾きをしたのもありますけれど。」

ネームレス >  
「なぁんだ。違うの」

あてが外れるや否や、唇を尖らせて拗ねてみせた。
――顔に何発も喰らった時よりは軽傷ではあったが、流石に無意識に頭をさすってしまう程度には記憶に残っているらしい。
あれから無茶はしていないが――時折やはり幻覚に沈む意識は、安定とは程遠いのだけれども。

手伝えることは手伝って、ある程度の身支度も終えた後。
ベッドに腰かけて、封を解かれた楽器を一瞥する。

「弦を……」

開口、一言。

「しまってる間は、少し緩めといたほうがイイかもな。
 あんまり緩めすぎても良くないケド……」

じぃ、と目を細めて……。

黒檀(エボニー)の切り出しなんて、また豪勢だな。
 こんな綺麗に真っ黒なの、今じゃそうそうお目にかかれない」

21世紀前後、この美しい黒を求めて伐採され続けた木材のことを語る。
大変容を経てなおどうにかたくましく生き残ってはいるものの、絶滅に瀕した種なのだと。
視線はそこから躯体から琴頭に。
量販されている(モデル)では――なさそうだ。中国に狼形(ろうぎょう)の神格はいただろうか。
由来は定かならずとも、なるほど運命的な出会いではあったのだろう。

「クールだね。キミたちによく似合ってる。
 見たトコ反ったり割れたりもしてないし、状態も良さそうだ。
 へんなものを掴まされたワケじゃなさそうだよ。大事にしなね」

そして、首をゆっくりと傾げた。

「……それで?ただ見せびらかしたかったってワケじゃないんだろ?
 いや、ボクなら見せびらかすケド……キミはそーゆーんじゃないし、な……?」

緋月 >  
「弦を、ですか。」

言われれば、確かにしっかり張ったままだ。
構造も似ているのだし、恐らく保管方法もギターと似た所があるだろう。

「今度から気をつける事にします。締め直す時の、調律の練習にもなるでしょうし。」

アドバイスを素直に受け入れると、ケースの中から中阮をそっと取り出す。

「そんなに、ですか…。確かに随分と良いお値段ではありましたが、それなら納得です。」

美しさを求めるが故に伐採され続けた植物。
絶滅に瀕したというならば、成程、その価値が値段に、同時に希少性に跳ね返る事は何らおかしくはない。
思い出せば、確かにこれと同じような深い黒の阮は売っていなかった、と思わず言葉に出て来る。

「ありがとうございます。まあ、朔がやたら強く推して来たし、店員さんにも勧められたので。」

似合っている、という言葉を貰えれば素直に小さく微笑む。
この深い色と狼の彫刻は、何だかんだで少女も気に入っているものだった。

「勿論ですよ。ただ見せびらかすだけじゃ、楽器が可哀想でしょう。」

姿勢を正し、丸い胴体が滑らないような姿勢を取って、演奏の構え。
ふぅ、と大きく大きく息を吐いてから、左の手が棹を滑り、右の手が4つの弦を震わせる。

曲、というには少々拙い雰囲気。だが、揺れ、震える弦が、確かにひとつの形を見せている。
アコースティックなギターに似るが、何処か異なる音色。
激しさはなく、どこかゆったりとしたペースの曲調。
夜の水面に揺れる、花を思わせるような。

「……ふぅ。」

一段落つくと、緊張からか大きく息を吐く。

「時間がある時に練習はしてるんですが…分かっているとはいえ、一朝一夕には上達しないものです。
ましてや、自力で何かを表現する、となると……曲を作れる人がどれだけ凄いかを実感してしまいます。」

教本から学んだ簡単な練習曲、らしい。
まあ、詰まる所、音と言うもので自分が表現したいものを表現する難しさ、というものを
痛感していると言う所であった。

ネームレス >  
(……加工が難しい黒檀を、こんなに細緻な狼面にね……)

見たところ、メーカーロゴのようなものもないし、一点ものか。
生臭い話になるので、あえて口には出さないものの。
職人の手筋を感じる。質流れか、あるいは……手放さざるを得なかったもの、とか。
いくらでも推測はできる。

――だが。
その来歴に、意味はなかった。付随する価値(バリュー)でしかない。
楽器の真価を問うならば、如何なる音を奏で、空気をふるわせるか。それだけ。

「そこらへんはセールストークの上手さもあると思うケド――ふふ。
 なんだったら、名前でもつけてみるかい?、――」

そんな軽口も、阮が構えられれば自然と閉ざされた。
口を挟むこともなければ。
彼女の手がとまるまで、黙して清聴した。
その間、視線はずっと注がれたまま。

「おつかれさま」

拍手はなく、賞賛もなく、穏やかに労った。

「おいで」

ぽんぽん、とベッドの隣を叩く。

(それ)も一緒に」

置いて、ではなく。

「いまの、独奏用の曲だよな。
 ……それを、弾けるようになりたいの?」

柔らかく、穏やかに、微笑んだまま問いかける。
首を傾ぐ。その曲のために、阮を買ったのか。
それとも、単に教本に書いてあったから、弾いてみているのか。
その先になにかを見ているのか。

「それとも、なんか表現したいことがある?」