2025/10/24 のログ
■緋月 >
「――ありがとうございます。」
ただ一言の、穏やかな労い。返すは、ただ一言の素直な感謝。
楽器と一緒に来るように声をかけられれば、しっかりと中阮を抱えて素直にそちらに向かう。
そうして、二つの問いをかけられれば、軽く首をかしげて小さく思慮。
「…さっきの話題を蒸し返す形になりますけど、今の曲は言ってみれば「手段」なんです。
この曲を、つっかえる事が無い位にはしっかりとこの子を弾きこなせるようになりたい。」
その為の、練習曲。勿論、これだけを練習し続けるだけでは駄目だというのは理解はしているらしい。
そういう意味では自分に課したひとつの「課題」とも言えるのかも知れない。
「私は……何て言うか、言葉で何かを表現するのが、下手くそなんですよね。
最初にお店で試し弾きをさせて貰った時……自分の手で、音を出して、それが拙くても、ひとつの形に
なっていくのが…そう、面白いと、思ったんです。
もっと、この子を弾きこなせるようになれば…言葉に出来ない、何かを…自分の手で、
音として、形に出来ないだろうかな……と。」
今はこの通り、まだまだよちよち歩きですけれど、と苦笑い。
だが、その目だけは笑っていない。
まだまだ、此処で止まれない。どうすれば、もっとよく音が出せるか、詰まらずに形に出来るか。
飢えにも似た光が、小さくも確かに、燃えている。
■ネームレス >
「うん。人にははっきり言葉にしろって言うくせにね」
頷いて思い切り肯定した。微笑んだまま。
最初から器用な生き方など期待していない。出会った時からそうだったのだから。
「…………。
前に……、あっ、違う女の子の話になるんだケドね?」
彼女の言葉を、情念を、間近で見つめた後に。
何かを言おうとして、慌てて一応、補足をした。
――違う女の話をして刺されたことがある。
「表現は何のために。芸術は誰が為に。
その子は、自分のため……自分だけのものとしていた。
ボクとは違うひとだ。世界にむかって解き放ち、交わろうとするボクとは。
……それがすごく刺激になって、いまも胸に棘みたいに刺さってる」
少しだけ力を抜いて、しなだれかかった。
彼女によりかかりながら、ぼんやりとした声で。
「創造の大原則って、なんだかわかるか?」
■緋月 >
「ぐぅ。」
痛い所を突かれて思わず潰れたような声が出てしまう。
まあそれも自分の業なので、もっとこう手心とか、などと甘えた事は言えない。
「何のために…誰が為に、ですか……。」
違う女の子が誰かについて突くのはやめておいた。
というか、出来なかった。血の色の髪のひとが語った言葉は、己に向けての問い掛けにも
聞こえる所があったからである。
「向ける方向性の違い、ですか。自分だけの為、内へ内へと…あなたは、確かに外へ外へと、
世界を覆い尽くそうとしてしまいそうに広がっていきますよね。」
冗談、などではない。時間をかければ、文字通り世界を覆い尽くすのではないか、と
思えてしまえる「何か」を、時折感じる事がある。
「……今の私には、むつかしい問題ですね。
その答えは、「創り出す人」の数だけありそうな気がします。」
変に勘繰ったり、頭を熱暴走させず、感じた事を素直に口に出す。
その問いに胸を張って答えられる時は、自分が曲りなりにも「創造する者」となった時、のような気もする。
■ネームレス >
「ボクが目指す理想は、そういうものだからね」
まえに言ったろう、と。
目を閉じたまま、緩やかな声が流れる。
そう静かに呟いただけなのに、そこは確固たる決意がある。
自分はそう生きるべきなのだと定義した、揺るがぬ芯がある。
静かな一言のなかに決然とした響きが混ざる。
――それが。
それ自体が、表現の業であった。
空気の振動で鼓膜を、骨を震わせ、響かせる。
この存在そのものが天上の楽器であり、歌でもって表現する。
骨身に、魂にまで染み付いた技術であり、生き方。
存在証明。
「ボクが思うに」
世界の真理ではなく――、と、彼女の言葉を受諾する形で。
「やり方なんて十人十色だし……意識も方法も人それぞれ。
それに商業とか絡むと、単純な話じゃなくなるケド。
ボクは――自己との対面こそが、その大原則だと考えている」
自分というひとつの世界を、現実や他人という異世界にむかって出力するという行為。
それが、己を彫り込み、確かにするという一連のプロセスが成す奇跡だとすれば。
「まるで、星の位置がぴたりと揃うように……
ちょうどいい手段が、そこにあった」
ネックを握る手に、その手を重ねた。
大きさでいえばふたまわりは優に大きく、指の長さも確かだ。
右と左で指先の固さが違っていた。なぜ左だけが硬いかは、今となってはよく知れるだろう。
「キミは、自分のことも識りたくなったんじゃないか」
ボクに飽き足らず、多くの他人に飽き足らず。
あるいは最も謎多き隣人である、己のことさえ。
■緋月 >
ぞく、と、背筋が震える。
恐怖ではない。これは恐れに非ず、畏れだ。
まだまだ日が浅いとは言え、楽器と言うものに触れ、音を楽とし、形にする事に触れた事で、「それ」を
感じ取る事が、今、出来るようになった。
ただ「それだけ」で、曲を奏でるように、震わせ、響かせられる。
その強さと美しさを、其処に至るまでに重ねた研鑽の重さを。
今だからこそ、より強く実感できた。
(………凄い。)
ごくり、と思わず唾を呑み込む。理解できるからこそ、畏れを抱き、そして尊び敬う事が、出来る。
思わず飛びかけた意識が、「回答」を耳にして戻って来る。
決して長くはない言葉、しかしそれを理解する強さのある言葉であった。
「自己との、対面――――」
手が重なる。自分のそれとは異なる固さを持つ手だった。
指先の固さも左右で違っている。今ならそれが「奏者」の手だと、実感を持って理解出来た。
「……私は、」
少し掠れた声で、言葉を口にする。
「此処に来るまでの間に、「自分」はただ…常識の中でも異端であるあの郷に在っても尚、「異端」であると…
ただ、それだけを「自分」だと、思っていました。
抜かれれば斬れる、刀の刃のようなもの。それが、自分だと。」
その意識は、完全には消え去ってはいない。
己の根本は、やはり刃なのだと。異能そのものがそれを現していると。
「だけど、」
しかし、それ故に。
「常世島に来て、あなたや椎苗先輩、あーちゃん先生…他にももっともっと、沢山の人と会って……
世界は、自分が思ったよりも広いんだって、思うようになりました。
この島ひとつでも…まだまだ広すぎる位に。」
右手の指が、弦をひとつ弾く。妙に響く、よく通る音。
「阮をはじめて弾いた時、「楽しい」って、思いました。
きっと、以前の私だったらそれを「無駄」だと思っていた。」
ほんの少し、ネックを握る左手に力が入る。
「あなたの言う通り…私は、自分が知りたくなったのかも、知れないです。
昔は「無駄」と思っていたかも知れない事を「楽しむ」ようになった…自分が、不快という訳ではないですが、
鏡に映る顔がいつの間にか、知らない内に変わっているような、そんな気がして。」
其処までを言葉にして、大きく息を吸って、吐く。
少し緊張が解れたのか、血の色の瞳が黄金の瞳に向けられる。
「……こういう楽器を弾いてると、弦を押さえる方の指の先が固くなるんですね。
今まで知りませんでした。」
まるで新しいものを見つけた子供のように、小さく笑う。
■ネームレス >
「自分以外のだれかにふれることで、自分は豊かになっていく。
それがたとえ、痛みをともなう出会いを繰り返すのだとしても……」
愛別離、怨憎会、などと言うのだっけ。
そんなことをぼんやりと覚えていた。あの、絵。"苦"の連作を鑑賞する際に、八の苦まで学んだ気がする。
要するところ、刺激を得ることで、変わる――成長するのだ。
「……対面した自己の、悍ましきを目の当たりにするとしても、」
たとえば幼少、弱く、賢くなかった自分――あの海辺の街、過去の姿で見せた" "であったり。
あるいは、あの星骸に見せられた、"家族と仲良く過ごす自分"というif――緋月という少女の中にある弱さであったり。
自己との対面というのは、醜い部分にも直面してしまうことだ。
そうやって、歌ってきた。戦ってきた。それだけの話。
「理想の己を、空に瞬く星よりも確かな道標として」
それを失ってしまわなければ、穢してしまわなければ。
変わりゆくことは悪いことではないはずだと、静かに。
「……日本語は難解でややこしいケド」
この存在が歌うのは、すべて英語だ。
「"音楽"という言葉、とても素晴らしいと思う」
見合わせた瞳をゆっくりと細めて、硬い指先で、少女の唇をそっと撫でる。
「ずうっと先になるだろうけど、言ったからには聴かせてくれよ。
……そのまえに、ボクの公演を観て、心が折れちゃわなければいいケド」
そして、目を瞑る。
彼女によりかかって、眠るのだ。間近に迫る公演のため。
「練習、してていいからね。朝は起こしてあげる……」
異端であれ不器用であれ、理想を目指して足掻く欠けた者を、肯定する。
表現を音楽に宿すなら――
「…………Happy Birthday to You……」
祝されるべき生誕である、と。
自分だけは揺るぎなく。
茜色に色づく季節、ちょうどそんな日頃だった。
冷蔵庫のケーキ。コートのポケット。
誕生日を祝す、とても有名な歌。
意識が途切れるまで、静かに口ずさんでいた。
■緋月 >
「――武の道であれ、表現の道であれ。
決して、楽しいばかりで済ませられる事ではない、ですね。」
図らずも、その言葉にかつて星の骸に見せられた夢想の事を思い返す。
己に向き合うという事は、きっと、そうした弱い所や醜い所とも向き合っていく事、なのだろう。
己以上に「創る者」として自身に向かい続けて来た血の色の髪のひとならば、
それを厭という程思い知っているのだろう。
それでも、思い描いた理想の己を標に、弛む事無く挫ける事なく歩き続ける様は、さながら苦行の道行く
求道者であろう。そういう面では、修行というものに通じるものがあるのかも知れない。
「ええ、約束します。公演を見た時は…先達から何かを学び取る機会だと思う事にしますよ。」
心が折れるのは”楽な方”だ。そんな簡単な末路を選ぶわけにはいかない。
例えどれだけ遠く大きく、高い壁を見せつけられる事になっても、其処から学び、得る所は必ずある筈。
ただ見上げているばかりではいけない。飢える事を忘れないようにしなければ。
そんな風に心を引き締め直した所で、耳に届くのは、祝いの言葉。
修行、また修行の日々で、すっかり忘れ去ってしまった生まれた日だが、それでも生まれた事を
祝って貰える事は、少しばかり面映く、それ以上に嬉しいものだった。
「………ありがとうございます。」
短くそう返事をすると、ゆったりと眠りに向かう隣のひとに向けるように、もう一度、中阮の音色を震わせる。
心なしか、その音色は先程よりも深く、穏やかに聞こえた、かも知れない。
買ってくれたケーキは、明日の朝にでも一緒に食べる事にしよう。
一度練習に区切りをつけ、己にもたれて眠るひとを小さく眺めてから、
着物の少女はそんな事を思うの尾だった。
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ご案内:「万妖邸・霽月之室」から緋月さんが去りました。