2024/09/07 のログ
ご案内:「宗教施設群 無人の教会」にノーフェイスさんが現れました。
ノーフェイス >  
「『"取りなさい。これは私の体である"』」

開かれた神の膝下に、甘やかな声が静謐をかき乱す。
身廊に敷かれた絨毯のうえを、靴底が柔らかく踏みしめた。

「『杯をとり、感謝の祈りをとなえ、みなに渡されると、みなはその杯から飲んだ』」

血の色の頭髪が、ステンドグラスから降り注ぐ早暁をめざして、陽炎のように揺れる。
一切の淀みなく福音をうたうくちびるは、詠み上げるためではなく。
教えをこの世へ示現させるための聖哲の儀式のように、響き渡った。

「『彼の御方は言われた。 
  "これは多くの者のために流される、私の契約の血である"』」

ノーフェイス >  
「『"はっきり言っておく"』」
 
朝の闇のなかでそこだけが世界に祝福されているような光のなかに、それはあらわれた。

「『"神の国に招かれるその日まで、私は、もう二度と、
  ぶどうの実からつくられたものを飲むことはない"』」

聖壇の御前、巨大な無人の十字架を見上げた。

「――……やっぱり、よく憶えてるもんだ」

我ながら出来がいい、なんて自嘲を聴くものは、どこにもいない。
懺悔などするつもりもないし。

ノーフェイス >  
「磔にされてハードなプレイに興じた記憶を掲げるなんて、
 冷静に考えるととんでもないコトしてる」

腕を組み組み、怪訝に見上げる。
十字架――これは偶像ではない。
いわく、受難と愛の象徴(シンボル)だと。

そう生きろ、と伝え続けるだなんて。
 ……ずいぶんとかなしいことではないですか。
 人々がささえあう時代は、とっくに終わってしまったのですから」

暗く苦しい時代をこえて、まばゆい曙光の生き様が、
おおくの人々に――希望を与えた。
大昔の話だった。たしかに、そこに清らかで力強い教えはあった
あったのだ……と、思いたい。

ノーフェイス >  
如何に生きるべきか。
とどのつまりは、こうだ。

それがすべてだ

宗教も、哲学も、なにもかも。
自由の時代に生まれたものたちへの、道標。
物事を簡潔に弁えるなら、そうなる。

「……………」

引き結んだ唇を、……ひらいて。

ノーフェイス >  
「ボクは、もっとも遠きものを」

宣誓と、決別と……敬意と、愛と。
2000年以上も昔の後ろ姿にむけて。

「――愛します」

絞り出すようにして告げたのは、そうだ。
未だ幼く、弱く、不完全で不出来な自分は。
いつかの覚悟さえ、新たにしなければならぬほど、脆いのだ。
顔を、大きな手のひらで覆う――信ずる者のまえで、そうあれるように。

「人間の基準、隣人の基準。
 それはあなたが……そして社会が定めるものとは、
 おおきくずれたものであることでしょう、しかし。
 ボクは、そういう前提でこの世界を……この時代を生きると決めました。
 すべてを、弱さを、ただ在るものとして受け容れることは……」

いつか、演じぬいた役柄が成したことを。
偽りの愛で伝えられた真なる教えが産んだものたちを。

「……愛することは、できなかったのです」

ノーフェイス >  
「この現し世こそが、真なる世界である」

もしも生まれ変わったら、は存在しない。
現状の否定と嘆きを重ねる時は、もう終わっている。
その先を定義しない。いまこそすべてと覚悟する。

「……はじまりはなんであってもいい。
 それでも、魂の羅針(コンパス)を自覚し、みずからの意志で選んだのなら。
 理想を目指し、みずからを鍛え、試練を超克し――
 絶えず成長し続けんとする者をこそ、隣人(ひと)と定める(エゴ)を」

顔から離して、手を伸ばした。
打たれ、虐げられながらも、愛とゆるしをうったえた、いつかの面影に。

「あなたさまに赦しを乞うことはいたしません。
 裁かれることもしないのでしょう。
 よく、識っております。だから……」

ノーフェイス >  
「……そこで見ていろ」

伸ばした手を、握り込む。

人間(ボク)は打ち克ってみせる」

きつく、強く――
背負うと誓った、試練の果てを。
もっとも遠き理想の己と合一し、あるいは超克することを。
みずからの、唯一絶対の信仰とする。

「実現と証明をもって」

いつか誰かに語った、理想。
それはもはや、決して――夢物語ではない。
死神にまとわりつかれながら、引きずるような歩みでも。
黒い冬の、無明の雪原の先に。

「――この世界を、」

野望(ゆめ)は眼の前にある――黄金の夏。

ノーフェイス >  
「……あいつのせいだなー」

ぱたりと手を落として、自嘲気味に笑った。
あんなまっすぐでおとなしそうな娘に、ずいぶんと揺さぶられてしまった。

「ボクは彼の御方にはなれないよ、真夜。
 それでも、キミも……そして、
 ほんの何人かだけでも、隣人(ひと)だと思えるひとと出会うことができた」

宣誓を新たにして。
ほんの僅かだけ、らしくなく人生を振り返った。
口にしてしまえばちっぽけで薄っぺらだと、いつか親友が口にしていた。
似たようなものだ。語り尽くすには人生は短すぎた。

「絶対の契約はできないし、いつ頭を撃ち抜いてしまうかはわからないけど……
 ……もらってきた多くのものに、意味はあったのだと。
 それを示すのがボクの愛だというのは、すこしばかりズルいかな……?」

苦笑を残して、古巣から踵を返した。
 
「聞いてくださってどうも。
 むかしから言おうと思ってたんですケド。
 ……誰彼構わず赦すのは、どうかと思いますよ」

ご案内:「宗教施設群 無人の教会」からノーフェイスさんが去りました。