2024/09/18 のログ
ご案内:「宗教施設群」に芥子風 菖蒲さんが現れました。
ご案内:「宗教施設群」に藤白 真夜さんが現れました。
■芥子風 菖蒲 >
偶像崇拝、宗教信仰。
少年にとっては、余り快く思えない言葉だ。
祈りが救いに、信仰が生き様となる。
いや、成り立ちもその在り方も、良く知ってる。
知ってるからこそ、忌々しい思い出となって脳裏にこびり付いていた。
異邦人街 宗教施設郡。
異邦の世界にも、祈りはあり、信仰もある。
異邦人街には仕事でも私用でも来ることはある。
けど、此処は敢えて避けていた。
嫌なことを思い出したくはない。
だが、今日という日は、違う。
宗教施設群のある一角。
大小様々な建物が立ち並ぶ中、
こじんまりとした教会の前にいた。
貧相ではないが、無名に等しいような雰囲気を感じさせる。
そんなこじんまりとした建物の前で、少年は振り返る。
「……ごめん、先輩。
オレの個人的な用に付き合ってもらって。
一人じゃどうしても、こういう場所に来るのイヤだったから。」
一人で行くのはどうしても気が引っかかった。
だから、信頼を置く先輩をお呼び出ししたのだ。
と言っても、少年は連絡の仕方も結構素っ気ない。
なにせ、送った文章も『今度出かけるから一緒に行こう』
程度の要件ばかりのものだ。実際間違ってはいないのがタチが悪い。
それでも、付き合ってもらうありがたさと、申し訳無さがあった。
どうだったかな、と顔色を伺うように、申し訳無さそうにその目を青空が見ている。
■藤白 真夜 >
すとん、とスマートフォンに連絡が届いたのは、少し前のこと。
相変わらずちょっとぶっきらぼうで、その意味を考えると……一頻り煩悶して、開き直る。どうあれ、求められるのならば、許される限りで応えるべき、と。
待ち合わせ場所を思えば、身が引き締まるのはわたしも同じだった。
その場所とは……程遠い存在だ、と自身を想っている。
祈りを捧げたこともあるけれど、何かの神に帰依するわけでもない。
神の家の前に立つと、背筋を正さなくてはという想いと同時に、跪きたくなる重荷が心に降りてくる。
「……おまたせしました、菖蒲さん。
ふふ、ちょっとわかります。わたしも、そんなに得意ではありませんけど、……ふたりなら大丈夫でしょうから」
自信満々に……とはいかなかったけれど、小さく微笑む。
こういうときはちゃんと後輩に見える彼が、信仰を集めるものに何かを感じているのは、神器の扱いを見ても察せられたから。
……今ばかりは、先輩らしくないと。
「一緒に行きましょう?
用件がなんであれ、……わたしで力になれるのなら」
晴れ空の似合いそうな瞳を、わたしの瞳は曇っていても逸らすことなく見つめ返した。
■芥子風 菖蒲 >
ある種、そこに忌避感を持っているからなのだろう。
何時もと変わらない服装。漆塗りの鞘は肌見放さず担いでいる。
一応此処は宗教施設群。剣呑な空気はご法度だ。
それでも尚、何時もと変わらないその姿は、
何処となく、"反抗心"が見え隠れしている。
と言っても、大層なものじゃない。言ってしまえば、
子どもの反抗期のような、そんな雰囲気と変わらない。
普段、無愛想な表情も、今日という日は少し強張っている。
「ん、ありがとう。そう言ってくれると、気が楽。」
二人なら大丈夫。
そう、表も裏も、彼女とは多くの邂逅をした。
純朴ではあるかもしれないが、全てを引っくるめて信頼している。
だから、その言葉に自然と表情は和らぎ、微笑んだ。
彼女の言葉にそうだね、と頷けば、教会の扉に手をかける。
「……ねぇ、先輩。
真夜先輩にとって、宗教ってどんなもの?」
大きな両扉を押す前に、ふと訪ねた。
漠然とした質問だ。言葉以上の深い意味はない。
彼女の感じるままの印象を聞きたかった。
■藤白 真夜 >
「しゅ、宗教ですか?
わたし、無宗教ですからしっかりしたことは言えませんが……」
菖蒲さんの言葉は、結構難しいものを問われているような気がした。実際、詳しくは全く無い。
多少、祭祀局の仕事絡みで見聞きする程度、だろうか。
悪くいうなら、意味のありそうな部分だけを識っていた。それは、本当の信心とは相容れない。
だから……ただの、自分の感じるものを、信じるままに答えた。
「……柱、だと思っています。
心の拠り所、頼りにする場所、……大切なもの。
人によって、どれだけでも寄りかかることが出来る柱。
信じるだけでそこに在るもの……ですね」
手を組んで、考え込む。
言葉にしたのは間違いのない本心だけれど、それはある種の所感だった。真夜先輩にとっての、ではない。
それもしょうがないかもしれない。
なにせ、本当にソレを信じたことは、わたしの記憶の上ではない。
だから……、
「わたしにとっては……。
……わかりません。
わたしは、誰かに何かを委ねるには、不器用すぎました」
今度は、困ったように笑った。……いや、笑えてもいないかも。
わたし個人でその言葉を捉えるなら、そう言うしかない。今さら、神に祈りを捧げても遅いのだ。
■芥子風 菖蒲 >
柱。
誰かを支える支柱。
ある意味ではその通りだと思う。
そう、"見てきたあの光景は"、間違いなくそうだ。
皆が皆、求めていた。救いを、拠り所を。
あそこにいた多くの人が、そんな顔をしていたんだ。
「……ううん、大丈夫。ヘンな事聞いてゴメン。
ただ、先輩がどう思ってるか気になったから、つい。」
この質問自体には、大きな意味を持たない。
ただ、どうしてもこの扉を開く前に、聞いておきたかった。
だからこそ、所感であってもその言葉に、表情は暗くなった。
なんてこと無い、木製の扉なのに、どんな鉛よりも重く感じる。
振り返って彼女の表情を確認する余裕さえなくなってきた。
「改めて、いこっか。」
多分、彼女がいなければ立ち去っていたかも知れない。
大丈夫、とは言えないけれど、開けれる勇気は貰った。
ぎぃ、と軋んだ音を立てて、扉は開いた。
ほんのりと埃臭い匂いが鼻腔を擽る。
外装からはわからなかったが、事実中は埃っぽい。
広がった空間、聖堂には古びた長椅子に、
暫く使われてもいない煤けた燭台が立ち並ぶ。
随分と長い間、使われてもいないのが見受けられた。
薄暗い空間を照らすのは、窓枠やステンドグラスから注ぐ日光のみ。
異国の宗教風景ではない。地球上の、よくある教会の風景。
ただ一つ、そこに佇む女神像。
両腕を広げ、文字通り聖母のように穏やかな微笑みを浮かべている。
それが映った青空は大きく見開き、ぞわりと纏う空気が変わる。
■芥子風 菖蒲 >
不意に薄明かりを照らしたのは青白い光。
少年の纏う異能の力。透き通った青色の光。
それらに連なる青色の無数の糸。その背後に佇むのは、
石像と瓜二つの、女神の姿。
「……やっぱり、残ってたんだ……。」
独り言ちこぼす声音は、酷く冷え込んでいた。
単純な怒りとか、憎しみとかではない。
何もかもを内包して、複雑に綯い交ぜになった
凍えきった、震えた声音だった。
此処にコレがあることは、前から知っていた。
だが、当の昔に意味がなくなったモノでもあった。
だから、認知していても来る気はなかった。
来る勇気がなかったというのが、正しい。
何故なら此れは、自身の罪の証なのだ。
「……、……柱。
誰かの拠り所、大切なもの。」
彼女の言葉を復唱する、声音。
青白い陽炎が揺らぎ、二対の女神はただそこに佇むだけ。
「じゃあ、その大切なものを奪うことは、
騙すことは悪いことに成り得る……よね?」
振り返る事なく、少年は尋ねる。
いや、問いかけというより、
それは確認に近かった。
■藤白 真夜 >
「……?
菖蒲さん、だいじょう──」
菖蒲さんの表情は、いつもあんまり変化が無い。いつもどこか、ぼーっとした穏やかな表情をしている……と思っている。
それでも、最近は少しはその顔色が、雰囲気が、解ってきたつもりだった。
顔色は見えない。
でも扉を空けるその後姿に、何かを感じてかけた声は……途中で途切れた。
視界にひらける、薄暗い教会。
長らく使われて居なかったであろうその場所はくたびれて、それでも聖母は其処に在った。
慈悲の笑みを湛えるそれに目を向けると同時に、──青年の背後に浮く異能の女神が現れていた。
「あ、菖蒲さん! これ、は……」
そういう、異能なのか。あるいは、怪異なのか。
菖蒲さんの異能色の光に似たそれを、でも、同じものと見過ごすことは出来なかった。
どうすれば、と慌てかけるわたしに届く、声。
女神の炎に照らされる教会の中での問いかけに、……わたしは、止めるでもなく、慌てるでもなく、応えた。
「……はい。
人の生きる拠り所、意味として……信心とは、触れ得ざるもの。揺らぐことのない、柱。
……人は、それを護るために……いろんなことをしてきたはずです。……それが、悪しきことであっても。
だからこそ、……信仰は、守られなければいけないこと。
ひとの心を、否定すること。それは……悪いこと、です」
少年と、二人の女神の元で、そう言い切った。
信仰や宗教は、生き甲斐だけを与えるものじゃない。
自分の信じるもの。それが脅かされたとき、ひとが何をしでかすか。歴史の教科書を開けば、いくらでも載っている。
でも、そんな知識だけじゃない。
わたしだって、……信じる神はいなくても、ずっと信じていたいものがある。
それを否定して、騙すことは、受け入れられない……悪いことだ。
女神を背中に浮かべる少年に対してでも。それは、言わなくてはならないことだと信じた。
■芥子風 菖蒲 >
見開いた右目から、青白い炎が揺らぐ。
背後から見て取れるほどに澄んだ青は大きく揺らぎ、
その一方で、相反するように女神は微動だにしない。
「……うん、そうだよね。悪いことだ。」
そうだ、彼女の言葉に間違いはない。
悪いことと認識してるから、此処に来れなかったんだ。
未だ振り返ることなく、その言葉を反芻する。
自分で思うことと、人に言われることは違う。
じくり、と胸の奥に何が染みるような感じがした。
「大丈夫、女神はオレの異能。
糸に触れたものを操れる、異能。」
声音は震えていたが、自分でも嫌に落ち着いていた。
異能の暴走ではない。安定している。嫌なほどに。
身体強化の異能ではなく、芥子風菖蒲の本来の異能の姿。
揺蕩う糸が手繰り寄せ、いのままに操る偶像の異能。
少女の周りにも、女神から伸びる糸がするりと流れる。
この先に触れれば、それこそ意のままにする操る異能。
制御下が少年にある今は、決して彼女に触れはしない。
ただ、糸はまるで一つの意思を持つかのように、彼女の周りを揺蕩っていた。
僅かな沈黙の後、少年は口を開く。
「……オレ、さ。昔宗教関係者だったんだ。
しかも、教祖。けど、オレ自身はお飾りだったよ。
母さんの指示で、オレなりに動いて信者の人に色々語りかけてた。」
此処に来たのは、精算だ。
自らの行いを神に懺悔する事もある。
だが、少年はもう神を信じない。
自分一人では、それと向き合う事も怖かった。
だから、最も信頼できる人物を、連れてきた。
自らの醜さをひけらかし、精算するために。
■芥子風 菖蒲 >
「オレなりに色々、その、助けにはなりたかった。
皆救われてたとは思う。感謝もされてた。ソレ自体は多分、嘘じゃない。
けど、母さんのしてきたことは、"嘘"だった。……宗教詐欺って奴。」
青白い光が、揺らぐ。
「もうとっくに捕まって、その宗教もなくなってる。
常世学園にも支部があったのはビックリしたけど、
もう、使われてない。……誰も信仰しちゃいない。」
信仰心を利用し、金銭を巻き上げる悪どい詐欺。
人の弱さを、支えを利用して全てを奪う悪だ。
そこまで大きな団体でもなかった。
当時も小さく取り上げられるだけのしょうもない詐欺。
悪が栄えた試しはないと、ご覧の通りだ。
偽りの偶像は既に、その効力を失った。
「……母さんがしてきたことが間違いって気づいたのは、捕まった後。
オレはその時まで何も知らなかった。知らずに悪事に加担してきた。
人が持つ信仰心を、触れ得ざる柱を偽って、奪ってきたんだ。」
傀儡の教祖として、その時まで生きていた。
寧ろ、傀儡である善意、純一無雑さだからこそ、務まった。
騙されたとしても、少年はその悪しき事に、加担してきた。
この異能こそ、その証だ。少年の心情を表し、
忌まわしき過去を再現すべき、偶像の傀儡たる操作系の異能。
信頼すべき人間に、悪と断ぜられた。
うん、大丈夫。自分だってそう思っている。
ようやっと少年は、振り返る。
「じゃあ、そんな悪いことした奴を、先輩は裁かれるべきだと思う?」
贖罪がほしいわけでも、許しがほしいわけでもない。
これは、一つの区切り。"ケジメ"だ。
だから、言葉以上の意味は持たない。
如何なる答えも、その場でそれが反映されるわけでもない。
その証拠に少年は、何時も彼女に見せている、穏やかな表情のまま
青空から、ぽたり、ぽたりと、泥のように蒼が流れる。
血のように、蕩けた異能の一部のように、右目から溢れていた。
■藤白 真夜 >
「……!」
揺らぐ異能の糸を、反射的に体が避ける。異能に充ちた躰が、訴えている。あの糸は、それでも危ない。彼を信じているけれど、あの糸そのものを、躰だけが怖がっていた。
その振る舞いが、彼の目にどう映るか。
だがそれでも、耳を傾けた。
彼の、懺悔のような言葉を。
「……菖蒲さん」
人の身で神を代行することは、どれだけ彼から感情を奪ったのだろう。
そして与えられた信仰と感謝は…………どこに、消えていったのだろう。
その表情は穏やかなのに……まるで涙のように流れる蒼い泥を見て、泣きそうな顔になった。
「人の信じる心は……信仰の柱は、強く、正しいものです。
だから……それに目を眩ませてしまうひとがいる。
信じるということは……嘘を掻き消してしまうくらい、明るいものだから」
人の信心を利用すること。
……その行いを認めることは、わたしにはやっぱり出来ないだろう。
でも、彼は?
「貴方は……操られたのですね。
……その、異能のように」
彼と向き合う。いや……その、女神と向き合った。ふわりと漂う異能の糸が、彼を護るように舞う。……あれが聖母だというのであれば、当然の……母の愛。
「──貴方は、悪いことをしました。
……でも、貴方は悪くない」
矛盾するようなことを言いながら、一歩近づく。
……無垢がゆえ、悪を為すこと。
「──貴方の母は、悪いことをしました。
……でも、其処に愛が残っている」
例えそれが、支配欲とトラウマの残り香であったとしても。
糸に触れることを厭わず、信じて歩み寄った。
「貴方はもう、裁かれた。
裁きなど、法の齎す概念に過ぎません。
──その正体こそ、貴方の罪」
彼へと手を伸ばす。聖母の似姿のように。あるいは、それがトラウマを想起させるかもしれない。でも、それでいい。
彼を信じている。信じる心は、嘘より強いのだから。
「罰を求めるこころ。その罪悪感を、抱えながらに生きていくこと。
それが……罰に裁かれない罪人に残された、唯一の贖罪」
彼を許すことは、無い。
彼を肯定することも、無い。
その母を批難することも、出来ない。
そこに、何も必要はなく、何が出来る訳でもない。
だからただ……悲しむ菖蒲さんの頭を胸元へ、抱こうとした。たとえ、糸に繰られたとしても。
「悲しまないで。……でも、忘れないで。
……あなたは、それでいいんですよ」
手が届いたのなら、静かに……でも確かに抱きしめて、目を閉じる。
祈るわけでも、願うわけでもない。
……青年の、涙が止めばいいのに、と想いながら。
■芥子風 菖蒲 >
ぬるりと蠢く無数の糸は一向に離れる気配はない。
少年が意識することではない。
言うなれば、独りでに動く異能の意思。
けど、触れようとしても、決して彼女には届かない。
聖母の意思と相反する、少年はその向こうで穏やかに彼女を見ていた。
「かもね。けど、だからって、オレがしたことには変わりない。
……きっと、中には偶像が最後の支えだった人がいたのかも。」
例え傀儡であったとしても、
粛々と、淡々と、それは事実だ。
どうやっても覆らず、許されるべきではない。
それを理解し、わかっているから此処にいる。
彼女になら、話してもいい。いや、話すべきだと思った。
その結果、距離を置かれても、嫌われても構わない。
その上で、知ってもらいたい気持ちがあった。
渦巻く感情には、嘘をつけない。
表情を崩すことなく、女神を背に彼女を見据える。
果たして此れが愛なのかは、わからない。
少年は異能と、自らの罪と向き合った。
正しくその受け取り方を、わからない。
「──────したよ、多分沢山。許されない事だよ。」
矛盾撫でるように、首を振る。
その歩みを遮るように、糸が視界を遮る。
だが、止まらない。止められない。
幕のように、容易く開ける。
「──────愛、かな。でも、受け取ってもいいかわからないよ。」
異能になってまで、未だ残っている。
困惑を口にし、未だどうすべきかわからない。
触れる糸は、朗らかな日の香り。
彼女がくぐった糸の幕は、青空のように広がっている。
「…………。」
差し伸べられた手。
青空に確かに映り込んだ、彼女の手。
その脳裏に、何が過ったかはわからない。
重ったのは間違いない。
ただ、迷いはなかった。躊躇なく、手を取った。
その体は、ふわりと彼女に抱かれた。
漂う糸は、ただ二人を囲む青空となり、聖母の姿さえ遮ってしまった。
でろりと流れる右目の蒼泥が、互いの衣服を滴り落ちる。
「─────やっぱり、真夜先輩は優しいよ。」
贖罪も、許しも、望んでいない。
裁かれても、生きていくしか無い。
償いと思うことを詰んでいくしか無い。
そうとしか生きられはしない。今日の今日まで、そうしてきたのだから。
声はもう、震えていない。ほんの少しだけ、安心した。
ワガママで、自分本意な感情だ。
拒絶されなかっただなんて考えるなんて、
やっぱり悪い人間なんだろう、自分は。
けど、今はこの胸に、彼女の手の内にいたい。
許されるのであれば、彼女の背に手を回した。
二対の聖母、青空の下でただ二人で、寄り添っていたい。
「大丈夫、オレは大丈夫だから。
ゴメン、先輩にイヤな思いさせて。」
そんな事言わせてしまった事が、
申し訳無さにしかならない。
表情はずっと穏やかなまま、その胸元に埋めたまま。
滴る泥の勢いは、次第に緩やかになっていく。
「……ねぇ、先輩。もう少しこのままでいい?もう少し、伝えたい事があるから。」
■藤白 真夜 >
「……人は、人を赦すことなんて、できません。だから、神さまがいるんですよ。
自分に向き合うことが出来るのは、自分だけ。
でも……人間は、独りではなくて。暖かな輪を、繋いでいける。
……菖蒲さんが教えてくれたことでしたね」
糸の中で、静かに彼を抱きしめた。
体温はやっぱりちょっと低くて、弱々しい鼓動の体で。
あろうことかわたしに、誰かを許すことなんて出来なかったけれど……それはきっと、みんな同じ。
だから、人間は超越的な視線から罰を下せる存在を作り出した。……彼と同じ方法で。
でも、それはもう嘘でもなんでもない。
人が祈る先に、神は存在する。それだけ……信じる力は、強いのだから。
今だけは……わたし自身の罪を信じるより、優しいと言ってくれる彼を信じていた。
「……言ったじゃないですか。
わたし、不器用なだけですから」
その苦悩は、自身と重なっていた。
宙吊りになってしまった、罪。彼のものとは、決定的に意味を違えても。だから、自分の頑張っていることを、告げただけ。
わたしも、信じている。
罰を以て生きることこそ、唯一の償いの途なのだと。
「嫌な思いなんて、していませんよ。
菖蒲さんこそ、……言葉にできましたね」
それは、わたしには少しばかり眩い。
己の罪を吐露すること。それがどれだけ、自身の闇と向き合うことになるのか、わたしは思い知っているから。ただ、その勇気を称える。彼を抱く手が、髪の毛を優しく撫ぜた。
「はい。菖蒲さんが、落ち着くまで。
……でも、あんまり長いといけませんよ。血の匂い、うつっちゃいますから」
……恥じらうことはない。今は、ただ彼のためを考えられたから。
でも、長く触れるのも良くはない。彼に血の匂いは合わない……余計に、そう思えていた。