2025/01/06 のログ
ご案内:「新トリニティ教会 - 全世界大変容追悼式」にネームレスさんが現れました。
ネームレス >  
時は数日だけ遡る。

12月31日未明。
全世界大変容追悼式、および第三次世界大戦戦没者追悼式の開会まで、24時間を切っている。

宗教施設群、冬枯れにも緑豊かな草原のうえに建立された、
新トリニティ教会(ニュー・トリニティ・チャーチ)』も、彼らなりの信仰の形態で慰霊の儀を執り行っていた。
大らかで先進的な米国聖公会によって常世島に建てられた、小さな教会だ。
ここでもまた日付を跨ぐ形で追悼のミサが予定されているものの、
それに先駆けて――あるいは、新たな一年を迎えるがために済ませておこうと、
早朝から夜にかけて、しばしば信徒が訪れる。

曇天を戴く黒い夜は、太陽眠らせたまま、しとしとと涙雨を降らせていた。
闇を揺れる人魂のごときランタンの群れ。
中庭の慰霊碑に黒い傘が集う。
祈りの言葉が重く静かに響きわたる。
鐘塔に吊られた巨大な鐘は沈黙を保ったままに。

――それを。
敷地の外から遠巻きに見つめているものがあった。
黒い傘、黒い衣。髪は結い上げられている。
傘の縁から覗く白い細顎だけで、面差しの美しさを物語る姿は、
墓地に似合いの亡霊のように、雨音につつまれながら、弔慰の列を眺めていた。

ご案内:「新トリニティ教会 - 全世界大変容追悼式」に藤白 真夜さんが現れました。
藤白 真夜 >  
 ぼんやりとした朝だ──漠然とそう思った。

 おおみそか(12月31日)だっていうのに、常世博物館の大掃除、初詣で集まる人の願いを受けた特別怪異防衛任務だの、真夜(わたし)の忙殺されっぷりを眺める年の瀬。
 近頃しゃっきりしていたはずの真夜の意識は、ふとぷつりと途切れてわたし(・・・)の番がやってきたのだった。

(……ねむい。こんな時間に起きてたことあったかな……)

 普段なら落第街やらに入り浸って釣りをしてみたりするのだけれど、どうにも気が向かない。
 ……というより、なにかに惹かれていた。
 
 当て所無く、しかしふしぎな直感に惹かれて、歩く。
 年の瀬で浮かれているはずの空気を避けて、自分の求めているものに従った。
 
 静かな街並み。
 仄暗い朝。
 細い雨。
 葬列。

 ぶらりとした朝の散歩程度のはずが、その景色を眺めるものを見つけて納得していた。
 ──黒いすがた。
 ああ、それならば、確かに。無理な早起きの予感は、其処に在った。

「──ねえ。きみ、ホントに生きてる?」
 
 葬列を遠巻きに眺める黒いすがたに、珍しく心配するみたいに声をかけた。わたしも真っ黒なセーラーだからお相子なんだけど──普段の派手な姿と違って、喪服のその姿は、まるで死んでるみたいな温度差だったから。

「……おはよう。ああいうの、シュミなの?
 わたしは、結構好きだけどな」

 もしかしたら本当に死んでて化けて出てるのかも、なんて考えながら……葬列を眺める黒いすがたに並び立つ。
 残念ながら傘は無い。少し眠たげな瞳に、でも珍しく、静かに往くひとびとを眺めていた。

ネームレス >  
知っている声をかけられた瞬間。
それがそこにいることを予期していたように、空気が張り詰めた。
傘の下より向けられた、雨に消えぬ炎の色はしかし、
続く言葉とその振る舞いに、彼女が(そう)でないことを理解して――勢いを弱めた。
相手が敵ではないと認識したようだった。危険度はこちらのほうが高いのに。

「早起きだね、殺人鬼(レッドラム)

ひさしぶり、だなどと語りかけるように。
この時間に起きているなら、てっきり(あっち)だと思っていた。

「ご覧のとおり健在だよ。心臓も元気に動いてて……」

非礼を詫びるかのようにわずかに距離をつめると、傘を互いの間に。
湿った有り様を気遣うような素振りは、対話の意思があるということだ。

「まだ殺せる。安心したろ?
 ……わざわざ騒ぐような場じゃない、ってだけさ。
 ボクが主役になるのは、舞台(ステージ)でだけでイイんだ」

ひとつの相合い傘のなかで、同じものをみる。
視点はしかし違えられていた。交わることもない。

「……どうして?」

弔意を示す者たちの群れを、どうして好きだと思ったのか。

藤白 真夜 >  
「はあ、ホントに。夜型なんだけどね」

 ふあ、と緩む口元を手で抑えた。……()に反応した一瞬の燃え上がる気配は、しかしぼんやりとした眠気のうちに紛れていた。
 そのときではない、と。

「……そうかな。黒いのも似合うと思うよ?
 葬列を眺める、雨の中の黒いすがた。
 ……どうみても主役は棺じゃなくて亡霊だもん」

 横顔をちらりと見る。ちょっと茶化すように、同じ傘の下で楽しそうに微笑んだ。
 つまり、その姿が映えていたことにご機嫌。──きっと、綺麗に棺の中でも主役をこなすだろうから。


「んー……今日。
 なんか……ぼんやり(・・・・)してるな、って思ったんだけど」

 瞳は、葬列をみた。
 喪服。沈黙。静寂。
 そこに一般的に好意を得られるようなものは何もないように見えた。

「この時期、あの、なんだっけ。でっかい葬式みたいなのがあるの、思い出したからなの。ぼんやりしたの。あれ、かなりぼんやりする。デカすぎてね。
 つまりね。
 ……誰かが、なにかの失われたものを思う距離……みたいなのが目に見えて、好きなんだと思う」

 あの黒色は、その現れだった。
 すきだからといって、はしゃぎもしない。いつもより、珍しく。
 かといって、沈鬱というわけもない。ただ静かに、流れていく黒い傘の群れを眺めていた。

ネームレス >  
「ボク好みの演目だと、木の股から首なし騎士が出てくるヤツとかな。
 てことは大変だ。あのひとたちがヤバい殺人鬼(ヤツ)の手にかかっちゃう」

褒めそやされるとこちらも微笑む。現金なものだ。顔面に、姿に、確かな自信を持っている。
不謹慎なジョークまで唇にのぼる始末だが、調子づいたわけじゃない。
いつもよりは――やはりおとなしい。

ぼんやり

復唱する。

「…………」

すん、と鼻を鳴らす。
雨の香り。草の香り。そこに交じる自分のバニラと、そして彼女の――
しかし、おそらくその匂い、ではないのだ。
もっと観念的な――気配、のようなものを、

「嗅ぎ分けることができないくらいに、か」

死を抱く、弔意の群れ。それが生まれる日がゆえに。
失われた空洞。どうかわってもその孔が埋まることはない。位相幾何学に従って。

「ボクらとおなじくらいのひとは、あんまりいないもんな」

過日の喪失を偲ぶには、それだけの時間が必要だった。
その黒い群れ、デカすぎる気配――に、すこしだけ解像度をあげてみれば。
すくなくとのこの教会に弔問する者は、年配の――教職員だろうか――島民が多いようにも。
若く視える者も、ともすれば長命種に連なるものか、不老の某かを背負ったものか。
あるいは、遠い過去の喪失を受け継いだような若者が。未来を担う責任感のようなものを携えているのか。
本物の若者の多くは、きっと年越しの催し(カウントダウン)や初詣のほうに夢中な者が、大半なようにも。

「―――、」

すこしだけ。なにかを言おうとして、躊躇ったような。
赤い唇が僅かに動いて、静かに結ばれた。視線を避けるかのような密やかさで。

藤白 真夜 >  
「え~。ここでヤッちゃうのはB級ってカンジ~。ひとが静かにしてるんだから、空気読まないとね」

 ヤバいやつ(・・・・・)の自認たっぷりに、ここではやんないと否定しておいた。
 やるにしたって誰もいないふたりきりのときくらいでないと。パニックホラーはあんまりシュミじゃないのだ。


「んー。……デカいし、遠いし、みたいな」

 その言葉もぼんやりしていた。しょうがない。自分にだってぼんやりしているんだから。

「すごい死んだんでしょ。全世界の半分とか、だっけ。デカすぎるよ、規模が」

 数を言葉にして、まだよくわからない。ぼんやりしている。
 人の数も、きっと、種類も。
 たたかうひと。たたかわないひと。
 元の(・・)せかいのひと。外から来たひと。
 
「いろんなひとが逝って……きっと、あのひとたちにはもっと多くのモノが見えてる。
 長い……過ぎ去った時間が流れてる。無くなったものを、思い出すために。
 そうかんがえると好きだけど……やっぱり、ぼんやりするの。……ピントがあわない(・・・・・・・・)、かも」

 何も考えず、開けた場所で、ぼんやりと物思いに耽るような。
 それが葬式で、追悼である以上……それも確かに、死の断片だった。
 わたしの、すきなもの。でも、ちょっと遠すぎる。

「……」

 ちらりと、確かに横に並ぶ女を見た。ぼんやりした、眠そうな瞳で。それがすこしだけ、ピントが合う。
 でもまたすぐに、目を逸らした。
 ……静寂。何も言わない。邪魔はしない。
 誰にだって、過ぎ去ったなにかを振り返る時がある。
 だから、何も言わず、想いを馳せた。その、ぼんやりした想いに。……密やかな、雨の音に交じる、くちびるの音に。

ネームレス >  
「黙示録に語られた騎士が、四人で肩組んでやってきたって話だね」

ヨハネもびっくりだろう――と冗句を語る横顔に遊びはない。
戦争に各種超常災害および獣害、そして新種の病の犠牲になった者も多かった。
黒死病(ペイルライダー)すら1億を殺せなかったというのに。
十年あまりで、その数十倍に迫るほどの死者が出た。

「……まるで」

盗み見られたことに、気付いたのか、そうでないのか。

思い出したみたいだ」

そう静かに溢れた言葉に、忸怩たるものがこもっていたように思う。
この日に。この日だから。この日と決めて。
しまい込んでいた弔意を、思い出したように

「……全員がそうじゃないってのは、わかってるケド」

あの災害に、あの事件に、あの戦争に。
意味を見出して、無為にしまいとして、戦っている多くのものたちが今もいるのだと。
知っている。知ってはいるが。ここにいる者たちはどうなのか。
この島のものはどうなのか。いま地球に生きているものはどうなのか。

「なんだろうね……」

ピントが合わない、とはまた違う。
しかし、その黄金瞳の炎が、どこか冷たい温度を宿しているのは。
弔問客の群れをみて、負の感情を抱いているのだろう。
好きだ、という彼女と、相反するわけでもないが、違う属性の、なにか。

「そういうものなのかな」

普段は、考えていたくないものなのか。
喪われたものを想う、ということ。
それは傷であり痛みであり流血であり病である。
忘れたいのか。埋めたいのか。死とは、墓碑の底にしまうものなのか。

白い頬は死蝋のようにして、表情はあまりに静かだ。
濡れ艶を見せる黒髪にすら、視線を注ぐいとまもなく。

藤白 真夜 >  
「今日って、思い出しても良い日……でしょ?」

 ……無性に、この女の顔を見たいなと思ったけれど、我慢した。
 触れると崩れてしまう美しさというものがあるのを、わたしは嫌と言うほど解っていたし愛していたから。

「だから、普段と違う服を着て、喪に服す。
 それ()は日常じゃありませんよ、って。
 うん。……そう考えるとわたしはちょっと腹立つかもね」

 落ち着いた声で。声をかけるでもなく、自分の内側に声を投げかけて、広がる波紋を愉しむようだった。

それ()を……ずっと抱えて、忘れもせず、刻み込む人もいる。死を想うひと……真夜がそのタイプ。
 わたしはそもそも、悼もうとか無いからなんとも言えないな。
 誰かが振り返るときの……そこに何も無いのになにかがある沈黙はキライじゃないけど、わたしじゃダメだ。
 わたしは、そこに在ったものを思い浮かべてる。死に様、みたいなの」

 弔いに集う人達にも、コレを見せれば絶対祈りだす真夜にも。
 ……隣に立つ喪服の女にも。
 わたしは本当の意味で共感は出来ないんだろうな、と思い知っていた。
 わたしにとって死は、死に繋がる記憶……ではなくて。死の瞬間をこそ、大切にしていたから。

「あなたは?」

 ……ピントが合う。
 だって、ひとりきり。こんなところで、喪に服していたんだから。

「死は触れがたい。こういうときにだけ、思い出せばいい。
 ……それとも。
 ずっと、──」

 死を想いつづけること。
 冷たく、触れがたいそれを想い続けるには、熱が要る。
 今度こそ、目を向けた。
 炎のような瞳の女に、その熱があるの?──そう、問いかけるみたいに。

ネームレス >  
忘れもせずに?」

にじみかけた失笑を、乾きかけた喉に飲み込んだ。
……あの記憶が、事実なのだと確証もないのに。
胸に滾る嫉妬と羨望。それを核とするのは、自分の唯一の友人のほうであるのに。
どうしても、この顔と声に掻きむしられる。藤白真夜に。

「キミの芸術だったな」

彼女の、彼女自身――あるいはその死との間にある、もの。
自分だけの灰色の空間。殺人鬼の抱く美しさ。
今はシャツの襟に閉ざされた首に、僅かばかり意識が行く。

「個人の死に様を思い浮かべるには大きすぎる。
 戦争の実録(ドキュメンタリ)も、キミ好みじゃなさそうだな。
 まるで草を刈るようなものよりは――なんだろう。
 ひとつひとつを大事にするタイプだろ。じっくりと、じゃなくて――」

軽妙で浮薄な色のようでいて、存外重たい女と感じていた。
ある意味でまっすぐではある。歪みも徹すればそうなる。

「キミは」

言葉を遮るように、こちらもまた視線を向けて声を重ねた。

「ええと」

そして珍しく、視線が泳いだ。
言葉を探したのだ。気遣いや、言葉遊びのためではなく。
そう、日本語だとなんて言えば伝わるのかな――……そういう間だ。

キミの片割れ(藤白真夜)なら、授業でやってるとは思うんだケド」

やがて、そう前置きして。

「第二次世界大戦を、知っている?」

世界中が巻き込まれ、これも1億人に迫る勢いの人間が死んだという。
――――たった1億人、といえるだろう。
それまではあまりに大きな事件であり、戦争であり、歴史の大きな転換点だったが。
今や歴史の授業では、大変容の、第三次世界大戦の前座に追いやられてしまっていた。

藤白 真夜 >  
「──。
 ……ふふ。
 わたしは、こんな(・・・)だから、単純に考えちゃう。
 どうすれば、一番鮮烈になるか」

 聞こえた言葉に、不思議な合点がいく。でも、それこそ確証は無い。今のわたし(・・・)には。だから……、

「ずっと、ずっと、大切に……想って、しまい込んで、大事にしていたものを。
 ……気づかず、忘れて(・・・)、足蹴にしてたとき。
 それが、一番効くとおもうんだ」

 いつか来るとき。……きっと、そう遠くないとき。
 その鮮やかな過去までの時間は、彼女(・・)に何を与えてくれるのか。
 想像したら、口元が緩まずにはいられない。
 ……どう転んでも、わたしは愉しめるから。


「──花を摘むように、ね。
 戦争は……それこそ、義務でしょう?
 だからこそ見えてくるものも、あるかもしれないけど」

 途切れた言葉の後を繋ぐように、囁いた。
 失われるものの美しさと意味を、……。
 また、ふと思いに耽りそうになって、我慢する。今はそうではないのだ。

「ん。知ってるよ。
 ……それこそ、文字として、だけど」

 真夜はそういうのをかっちりやるタイプだ。基本、忘れようとしない。
 今のわたしは、そういうのをついでに見てるだけであって、ただ情報として知っているだけだった。

ネームレス >  
「……………」

ゆるし、というよりは。
まるで煽るような、蠱惑的な物言いだ。
冷たい炎が、じっとその様子をみつめていた。

「そりゃ、ね――いきなり突っ込もうなんて考えてない。
 公演直後くらいブッ飛んでなきゃ、段取りも雰囲気もちゃんとするぜ、ボクは。
 普段はしっかり、反応(リアクション)をみたいタイプだもの。
 だから、真っ暗なのはあんまりスキじゃなかったりするんだ。
 息遣いも音も、それだけでいいものだけど――そうじゃない」

ふ、とこぼれた吐息が、未明の冷気に白く凍った。

「いちばんイイとこを突かなきゃ――」

二度も、三度もやれることじゃない。
そして、他の誰にも譲るつもりはなかった。
藤白真夜は、この手で――
 
「……さすがにボクもだよ」

苦笑した。もう百年以上前に終戦した大事件である。
文字でだけだ。歴史の授業で習う過去、まさしく歴史だった。

「大変容のずっと前から、合衆国(ステイツ)には――
 五月の暮れに、戦没者を悼む日がある。ちょうど今日みたいな。
 たしか、もっとむかしの……南北戦争(シビル・ウォー)が興りだったかな。
 ……その追悼の日(メモリアル・デイ)には、式典の会場に真っ赤なポピーをたくさん飾るんだ」

まるで実際に見てきたかのように。
綺麗だったな、とでも言いたげな述懐だった。
視線は、ふたたび弔問の葬列へと。

「……きっと。
 第二次大戦から50年以上経った、大変容直前(あのとき)の世界も。
 こんなふうに――白々しく悼んでたんだろう。
 ずっとむかしに戦没した、多くのひとのこと……
 なんとなくそうだったんだろう、って、遠いむかしに、思いを馳せて……」

眼を瞑った。
思い出したかのようにあの事件を悼むのだ。
何の了解もなく間引かれた、世界の半分を。
未来へ歩もうとするこの世界の人類(のこりのはんぶん)にとって、尊い犠牲だと言わんばかりに
ふざけるな。

「だから……なにも、言えないよ」

あの葬列に対して、好きも嫌いも。
ここで、確かな言葉として、紡ぐことはできない。
だがそれでも、今日が初めてではない――きっと、この島に来てから、毎年。
まるで自傷行為のように。傷をより深くして確かとするように。
瞑目は祈りではなかった。煮立つような感情を、押し留めようとした。
解き放つ場所は墓碑(ここ)ではない。
それでもまだ、沈黙を雨音に晒してしまう程度には、腹中におさめるには熱すぎる。

藤白 真夜 >  
「……ふふふ。たのしみ。
 そっか。……キミにも視えてたんだね」

 あの、水底での回想。
 それは、忘れてたなんて言ったらそうもなる。
 楽しみだけど、それこそ、真夜の問題だ。わたしは、愉しむだけ。
 己の過去から来る喜悦が、何をもたらすのか。
 絶望するか、超克するか。そのどちらだとしても。

(てことは、わたしが視たことバレてないのかな。
 ……結構気まずいんだよね、あれ。……相手に倣うか。一番イイとこで──)

 悪企みは、そこで途切れた。
 まるで歴史の教科書みたいな喋り口に。

 「……なんか、詳しくない?」

 特段疑うわけでもなく、純粋な感想。実際、この女なら有り得る。とにかく人間としての標準機能(スペック)がいいところ。素で覚えてる、が説得力を持ってしまうから。

「……でも。そこが人間の……醜いけど、いいとこなんじゃない?」

 目前の、細雨にぼんやりした葬列を眺める。
 葬式、なんてシステムがそうだ。
 そのときだけ、都合よく死を思い出して。ハレとケで、日常と非日常で分かつ──その傲慢さ。

「死を踏み越えていく傲慢さ。
 戦争なんてやらなきゃいけないときには、そういうものでも使えてしまえる(・・・・・・・)
 ……確かに、綺麗とは言い難いけどね。
 醜くても、前に進もうとしてるの。わたし、そこはやっぱり好きかもだ」

 生き残ることの意味も。死んだ人間の沈黙も。
 死をどう評価して値踏みしようが、気にせず色の無い瞳で見下ろした。どうあったって、過ぎたものだから。
 人間の生き汚いところ。そんなとこを見せられるから、すぱっと終わらせたくなる愛しさを、見出していた。

「……ぼんやり(・・・・)してるのが嫌なんだね。
 だから戦争なんて良いことないって言われるんだ」

 正直に言うなら、嫌いじゃない。
 粗雑に散りゆくそれを、それでも嫌とは言えなかった。言葉のない数多の悲劇があったはずだった。そのどれも。目に見えないほど、小さくなってしまうくらい、遠いものでも。
 ……想いを馳せるには、十分すぎるほどの華だった。
 
「……」

 目を閉じたカオを、ちらりと見やる。瞳が見えないのに、燃えてるようだった。

「あなたには、ピントがあってるんだ、たぶん。
 ……今日は、思い出す日なんだよ。死んだなにかを。
 あなたのそれも、……わたしからみると、好き」

 まるで、焼きごてを押し付けるみたいな、思い出し方。
 怒りとともに、刻みつける感情。
 何が出てくるかな、なんてつついてみたくもあるけど、……きっとその感情も、いつか音楽に載って聞こえてくる。
 だからただ、その燃え立つ祈りのような回顧を、愛でた。目を閉じてるのを良いことに、じ、とその顔貌を覗いて。