2025/01/07 のログ
■ネームレス >
「さてね」
なんのことだか、と誤魔化した。
――可能性には思い至っても、あのとき殺人鬼は自分に語りかけてきたが、
自分からは、そうした干渉をした覚えも、覗かれた自覚もない。
なにが視えた、と問い質す藪蛇は、すくなくともいまではない。
……つねに頸を狙われてるとわかったうえで、晒している。いまはタイをきっちり締めてはいるけれど。
狡猾な蛇よろしく、その牙が剥かれた時に応じられるかは――いまは、判らない。
「現地人だよ、ボクは」
そりゃ詳しいさ。
いまでもメモリアル・デーはあるだろう。
戦没者のなかに、第三次大戦と電流戦争の兵役のぶんが書き加えられた違いはあれど。
――明らかな韜晦だった。
「近代国家、なんてモノになってからはデメリットのほうが明らかに大きい。
成すならばテーブルの上で――なければ、ならなかったんだけど。
まあ、やりたくてやる戦争ではなかったんじゃないかな、どこも、だれも」
それでも無為にせぬように、人々が歩んできた時が今なのだろう。
そのあたりは、わからない。戦争についてはともかく、当時のことは想像で推し量るしかない。
いま悲しい顔をしたって、それはきっと、傲慢で白々しいものだから。
「…………今晩のおかずにでもしてくれるの」
覗き込まれた顔は、いつもほど演技がうまくなくて。
つくったような冷静さが張り付いていたから、傘をさしていたのだ。
まだ、未熟だった。十代のこどもは、割り切れない感情を武器にするモノは。
少しだけ、沈黙のあとに、くく、と肩を震わせた。間髪入れず、
「ずっとだよ」
遅れて、さっきの問いに応えた。
「忘れたことなんてないよ」
だから、思い出すということもない。
視線は、葬列に。静かに、しかし、現在を見つめていた。
憤懣もなにもかも、その益体のない感情を蓄積し続けながら。
「ボクにとって死や喪失は公平でも平等でもない。
いまこのとき、どこか遠い国で誰かが死んでも、どうでもいいことだ。
第二次世界大戦のときだって―――第三次世界大戦のことだって。
けっきょく、ほとんどの死者が、他人だから。
ただボクは、ボクが想うのは、ボクの認識から……
永遠にいなくなってしまったひとたちのことだけ」
きっと、誰かが忘れて押し込んでしまっているもののような。
きっと、今すぐ忘れて前を向いて生きていくほうがずっと楽なこと。
でも、自分はきっと、そうして失うまでは――あの葬列のなかにいる者たちと同じだった。
多くの現代を生きる者たちと同じだった。
そして、久しく。
「また会えて嬉しいよ」
無事でいてくれてよかったと。
柔らかく、優しく、甘く。
藤白真夜に、微笑んだ。
■藤白 真夜 >
「……ふふ。わたし、少食だから。
メインだけあれば十分なの」
叫ぶような沈黙。聞こえない怒り。照れ隠しみたいな微笑。
その全部、立派にメインディッシュだった。
「……そっかぁ。ちょっと意外だったの。
嫌な言い方だけど……あなたに、そんな余裕あるのかな、って。
死者を悼むような、余白」
もっと……前だけを見て、進んでいく存在に成れている。
ノーフェイスの、……名前を捨てた彼女を、そう信じていた。……強いところばかりではないことくらい、わかっているつもりだけれど。それを押しやる完全性を、身につけていると。
でも、違った。
「でも、違ったんだね。
……当てよっか?
──『ボクのうたを識る前に死ぬな』……じゃない?」
想像よりも、もっと前を向いているからこそ、その喪失を悔やむことが出来る人間。
ただ、過去を振り返るような追悼ではなくて。前を向きながら、どうしようもなく切実に、自分の世界だけをみれるひと。
死を、終わりではなくて、機会の損失と捉えられる強かさ。それだけならただの冷血漢だけれど、あの怒りがそれを否定する。
「…………あ」
一瞬、きょとんとした。──今、別の女のこと考えなかった? なんて、詰め寄りそうになるくらい、硬直してから。
……酷く、親しんだ感情に触れた、気がする。
やわらかい微笑みと、全く別のもの。でも、ちがう。……わたしにそれは、酷く甘いものとして届くから。
「……ほんとぉ? 葬式で再会を祝うなんて。ほんとにホラー映画みたい。サイコパスが出てくるやつ~」
だから、ちょっと拗ねた。
だって、それ別の女宛てだから。ふくざつなきもち。
素直に嬉しいのと、露骨にうれしいのと。
なのにわたしに届いてないのも、それをカンジれることも。……ぜんぶ。
──だから、見つめ返した。
優しさとか甘さとか、どこにもない。す、と目を細めて。
あの微笑みは、ただの“煽り”。さっきの意趣返しだもん。
「ううん。また会おう、よ。
……でしょ?」
それは、ただ求める瞳。
自分の知らないものを、自分の求めるものを。
……私に無いものを、与えてくれるものへの感情。
「……ほら。やくそく。
再会の」
そんな感情は、す、と引っ込めて、……代わりに、握手を求めるように手を出した。
……にっこり。受けてくれるでしょ? って。
■ネームレス >
問われてみると。
「……………………」
眉根を寄せて、瞼をさげて、黄金瞳がじっとりとその顔をみつめる。
端的にいえば……ものすごくいやそうな顔をした。はじめて見せる顔だ。
そして、肩をわかりやすく上下させて……ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
正解だと、このうえなく正直にその顔が語っていた。
美味しくいただかれると考えると、ちょっとおもしろくない。ふんだ。
「いまのボクならと思うケド、その反面。
まだ、理想には届いていないだろうから――どうだろうね」
あのとき。
はじめて歌った、路地裏の記憶。
そのとき問いかけたこと。求めたもの。この存在の根幹ともいえる餓え。
「けっきょく、ずっと埋まらない空白だ。
後悔と痛み――絶望もまた、ボクを形作る構成要素なんだ。水のように。
その大切なひとたちのかたちをした虚から、ボクは力を引きずり出してる。
……なにせ、キミが尊ぶ死に様すら、ボクは知らないままなんだから」
気づかぬうちに、離れているうちに、死んだという事実ばかり。
慰霊碑に刻まれた他人事のように、事実が伝えられただけ。
交わしたい言葉も、聴かせたい歌も、問いたい疑問も、もう届かない。
死は永遠の別離であり、剥奪だった。
決着などつけられようはずも、ぬぐえようはずもなかった。
傷口から血が流れ続けて、停まらない。生きているから。血はめぐるのだ。
殺し甲斐のある人間でありたい。そのために磨き続けられた魂だった。
ずるいよ。
そう、誰かに向かって、叫ぶような。
ずっと、ずっと木霊している。
その有り様が、より愉しませてしまうのか。
食まれるばかりのリンゴであるのは、悔しくもあった。
「………そういえば。あっちで一位獲ったから。
死に様を観るためには、海を超える覚悟が要るよ」
さらりと。まぁ別に不安はなかったけど?当然の結果ですけど?みたいな顔をして、
差し出された手に対しては、どこか得意げな様を見せるものの。
それを問うのは、殺人鬼にだけ。
どこまでも追いかけてきてね、という我が儘だ。鎖に繋がれている相手に。
「うん、また会おうね。
あれからいつでも死を感じてはいるけれど……
やっぱり、ホンモノには敵わない」
手を、――重ねた。
手のひら同士をあわせる。ぐっと押しやって、指と指を組む。
いまはそれをつなぐナイフはない。サイコなシュミは、ちょっと場違いだから。
「おわかれの言葉は、あれがいいな」
とても優しい、あの言葉。
この殺人鬼をみて生まれた歌。
きっとそろそろ、おねむの時間だろう。
■藤白 真夜 >
「……そっか」
問い掛けが正解しただとか。
はじめて見るやられ顔にしてやったりだとか。
それでもやっぱり挑むことを続ける精神性だとか。
そのどれも、ヨかったけれど。
一番は、やっぱり……ここにはもう無いなにかを、想う姿。
それが誰かとか、なにかとか、聞こうとはしない。知ろうとも。
ひょっとしたら……世界と時をも飛び越えた先の、だれか。
その想いは……決して、永遠に、届くことはない。
……だから、綺麗に思えるのだ。
少し、羨ましいくらいに。
真夜ならともかく、わたしじゃこうはいかない。
交わらない認識。だからこそ見えるキレイなものを、わたしは信仰しているのだけれど。
「……へ?
うわぁ~……それ結構タイヘンだ……。この島に閉じ込められてるから、なんだけどなぁ。
……まぁ、いいや。鎖を外す──とはいかないけど。いざとなったら悪いコトするから」
そっちのほうが大事……とは言わないけど。それくらい、魅力的な罪のりんごであることにはまちがいなかったから。
「……ん。
よく生きてて、えらい。……次の一年も、ね?
踏み外したくなったら、いつでも待ってるから」
あれだけの熱量で、死を覚えている。ずっと、意識してる。じゃあ、あるはず。まだ、その願いが。
永遠に届かない別離。それを終わらせる唯一の方法は──
……まあ、目下島を出る方法を慌てて考えるくらいには、その線は望み薄なんだけど。
「ちょっと早いんだけどなあ。
でも、ぼんやりふんわりなつもりだったのに……すごく、綺麗なものが見れたきもち。
……ありがとう」
手と手を重ねる。ほんのすこしの、熱。でも、もっと熱いものを確かに感じた。
「──おやすみなさい。
あかい川の底まで、夢が届きますように」
一年も、あとすこし。
でも、そんなお目出度いものはわたしの中に無かった。
いつか見れる、その夢を……心待ちにして。
ご案内:「新トリニティ教会 - 全世界大変容追悼式」から藤白 真夜さんが去りました。
ご案内:「新トリニティ教会 - 全世界大変容追悼式」からネームレスさんが去りました。