2024/05/29 のログ
伊都波 凛霞 >  
往来を眺めてしばし、何度か会議で会ったことのある子を見つける。
去年あたりに風紀委員に入った女の子で、少し物怖じしてしまうところがあるのが、なんだか妹によく似ていて。
ついつい気をかけちゃったのも、少しだけ前の話。

挨拶と共に笑顔で手を振れば、向こうもぱっと歯を見せて笑顔で応えてくれる。
こっちの署のほうにいたんだね、なんて、久しぶりの会話をして…もう少しで上がる時間だから、と。

一緒に服なんかを見て回ろうよ、と。
珍しく彼女のほうから声をかけてくれたのも嬉しくて、その日は夕方になるまで常世渋谷で買い物を楽しんだ。
もちろん、値段が適正帯でない店だったり、色々な違反店舗も並ぶのがこkのあたりの特徴でもある。
風紀委員二人でのお買い物、なんてなかなか丁度よい感じじゃないかな──?

ご案内:「常世渋谷 風紀委員会常世渋谷分署」から伊都波 凛霞さんが去りました。
ご案内:「常世渋谷 風紀委員会常世渋谷分署」に黒條 紬さんが現れました。
黒條 紬 >  
「……むむ。おやおや?」

少し危なっかしい足取りで、普段より多くなっているロビーの人混みを避ける少女。
ストライプのフレアワンピースを揺らしながら、柱の横へ。

紫の髪に、白黒ストライプのワンピースを身に纏ったその少女。

名は、黒條 紬。

風紀委員会、常世渋谷分署に名を連ねる2年生である。
彼女もまた黙っていれば花であろうが、
花と称するには少々危なっかしい足取りであったことは否めまい。

さて、彼女の眼前で先刻までロビーに座っていた少女。

名は、伊都波 凛霞。

完璧超人と称される彼女は、本庁の方に所属している風紀委員の筈だ。
こちらの分署に居るのは珍しいように、黒條には思われた。

どうやら、渋谷分署所属の風紀委員と一緒に出ていくらしい彼女を視線で見送りながら、
黒條はふぅ、と息を漏らす。
それは、ロビーに居て、彼女を視線に入れていた他の何人かと同様の仕草であったことだろう。

――まさに、歩く解語之花(おはな)ですねぇ。

さて目的地へ向けて出発をしようと、一歩を踏み出す黒條。
その瞬間――後方から飛んできた声に、髪を引っ掴まれることとなった。

黒條 紬 >  
「誰か、誰か……!」

風紀委員内で聞くにはあまりに不穏な言葉。
振り向けば、分署の柱の上部にある装飾に、三毛猫が掴まっていた。

さて、猫はかなり興奮している様子だ。
背中を反らして低く唸っては見物人を威嚇しているように見える。

それを見上げる黒髪の少女――先に助けを求めていた声の主――は、そんな猫を不安そうに見守っている。

その顔と猫を交互に見る黒條。

――あれは、柏木 ららさん。
  しかし、見上げているあの猫は……最近こっそりお付き合いを始めたと噂の恋人、
  小林 聡太さんの愛猫、グレープちゃんですねぇ。ということは、おそらく。


柏木は、黒條に気づいてはいないようだった。

黒條は次第に柱を見上げて止まりゆく人々の間を、よいしょよいしょと抜けながら
柏木の近くへと近寄る。そうして、少し眉を下げて困った顔を見せながらも、柏木に語りかけていく。

「ららさん、一体どうしたんですか? ららさんの愛猫ちゃんが逃げ出したんです?」

その言葉を受けて、一瞬眉間に皺を寄せる柏木。
しかしそれは、黒條の無害な表情を、そして眼前の相手を心配する目を見てすぐに解かれたようだった。

ため息をつく柏木。

「違うわよ。あれは私の猫じゃない、預かってる猫。
 友達から少しの間預かってほしいなんて言われたから、仕方なく連れてきてたんだけど……
 オフィスからここまで逃げてきちゃって……降りてきてくれないのよ……」

――ま、そういうところでしょうねぇ。

黒條 紬 >  
「ははぁ、大変ですね……! しかし、ご安心くださいな! 
 常世渋谷分署のお騒がせ黒條、動物の扱いだけは自信がありますので……
 一つ、任せて貰ってよろしいですか……ねっ?」

えへん、と口にせんばかりに自信たっぷりの口調で己の胸を叩く黒條。

「良いけど……あの子、なかなか人に懐かないのよ……
 ほら、あんなに怖がって、警戒して……だから私も預かるなんて無理だって言ったのに……」

曇っていく柏木の声を聞きながらも、既に黒條の視線は猫――グレープに注がれていた。

「――――」

混じり合う、黒條の視線とグレープの視線。

一人と一匹の間に流れる空気は、一瞬即発の様相を呈していた。

「ウー、ウー……」

黒條を見るや否や、毛を逆立てて唸り声をあげるグレープ。

対して黒條はといえば、穏やかな笑みを返し、ただ腕を広げるのみ。

黒條 紬 >  
そんな異様な光景は当然、いつの間にか観衆を集めつつあった。

「……おい、あれ。何してんだ?」

眉を顰めて彼女を見る、通りがかりの男子生徒。

「あれだよ、『お騒がせ黒條』の異能……ほら、あの何だっけ?」

頭を掻きながら答える、近くに居た女子生徒。

「なんか動物と仲良くなれるんだっけ? 見たことないけど、本人が言ってた」

口々に黒條とグレープの様子を見ては。

「へー、じゃあこういう場面なら使える訳ね」

こそこそと話をしているのだった。


さて、そんな群衆はさておき、黒條とグレープが視線を交わしてから、10秒と少しばかりが経った時。

変化は起こった。

「ウ、ニャ……ごろにゃ……」

グレープが、身体を反らすのを辞め、喉を鳴らし始めたのだ。

「ふっ。さあさ、この通り、お任せください。

 私の異能、健愛交獣《ベスティ・アニマル》はペットにできるような動物ならどんな子でも一瞬でメロメ――」

黒條 紬 >  
そうしてグレープは。

ぐっと腕を広げて柱に近寄った黒條の方へと。

飛びかかるかのように足に力を込め――否、飛びかかった!


「ロ――ちょっと待、………ッ!」


それはもう、勢いよく。


「勢い、良す……!?」


少女の身体が激しく床に叩きつけられる音。


「……ぎぃふっ!?」

同時に、美少女に類するものが出すべきでない、情けない音が発せられた。


ロビーに流れる、静寂。

黒條 紬 >  
床の上でジタバタと悶える黒條。
対して、その顔に乗っかるグレープは、喉を鳴らして甘えた声を出しながら、
黒條の顔に腹を擦りつけている。ご満悦である。

「……あの、ありがとー……」

ややあって、黒條に歩み寄る柏木。

ひ、ひえ(い、いえ)……へほはんがふひなら(猫ちゃんが無事なら)……よはっはへふ(良かったです)……」

猫の腹の下では満足に発音ができる訳もなく。

謎の言語を発しながら、顔の上の猫を引き剥がす気力もない黒條は、なすがままになっていた。

「……えーと、ほんと……ありがとね……それと、保健課の人、呼ぶね……」

彼女の顔から猫を離した柏木は、感謝と申し訳無さと――
――隠しきれない哀れみをたっぷり込めた表情で、そう言い放った。

「はひ……」

止まっていた群衆は、気まずそうな顔を浮かべながら動き出した。

こうして一匹の猫が救われ、一人の少女の尊厳が破壊されたところで。

このちっぽけな騒動(そうどう)は幕を閉じるのであった。

黒條 紬 >  
 
 
その少女の表情は、誰も知らない。 
 
 

ご案内:「常世渋谷 風紀委員会常世渋谷分署」から黒條 紬さんが去りました。