2024/06/14 のログ
ご案内:「常世渋谷 風紀委員会常世渋谷分署-資料室」に黒條 紬さんが現れました。
黒條 紬 >  
夕刻。
(あかがね)に照らし出された資料室には、数多くの棚が立ち並んでいる。

現代において、数多の技術がその幹を、枝葉を伸ばし続けてきたが、
手書きの文書(マニュスクリプト)が完全に淘汰されることはない。

古くはメソポタミアの粘土板からエジプトのパピルス、中国の甲骨や木簡・竹簡、蝋板(ワックスタブレット)、羊皮紙――人類史の長きに渡って受け継がれてきたこの書記文化は、そう簡単に崩れることはないらしい。

そんな皺の刻まれた叡智(ほこり)の降り積もったこの資料室で、
黒條 紬は一人、机の上に鎮座する端末に向かっていた。

端末が描く数々の電子的文章の軌跡が映るその目は、僅かに細められている。

黒條 紬 > 「く、ぁ……」

口元の前に掌を近づけ、ぱたぱたと細指を動かしながら欠伸。
そうして、猫のようにしなやかに、身体を伸ばす。
年季の入った椅子がきゅきゅ、と軽く悲鳴をあげた。

――(こうあん)の仕事、ちょーっと入れすぎましたかねぇ。

丁度その瞬間に、資料室の扉が静かに開かれた音で、

黒條はハッと目を覚ます。
がたり、と椅子から立ち上がる黒條。
勢い余って、太腿をデスクの裏に思い切りぶつけることとなった。

「いったた……」

重い痛みに、思わず悶える。

テンタクロウとの戦いの最中、
掴まれた足の負傷はまだ完全に癒えていない。

他の風紀委員達に追いかけるのを頼んだ後、
すぐに治療を受けたが、痛みはまだ尾を引いていた。
痩せ我慢は得意中の得意だが、
誰も居ないところでは、存分に痛がっておくとする。

膝を曲げ、靴を脱いで踵を椅子の端へ。
ちょっとよろしくない姿勢だが、誰も居ないので問題はないだろう。
太腿を擦るようにして、深呼吸。

黒條 紬 >  
さて。
足を押さえて顔を俯けている黒條は、扉に目線を向ける。
廊下の向こうから歩いてくる、人の気配。

扉が少しだけ開くと、向こうから話しかけてきたのは、
同僚の風紀委員だった。

所謂真面目なメガネタイプのその、
黒髪の男子生徒――高城 創(たかしろ はじめ)は、
まるで教室に突如現れたユニコーン(幻想生物)
見るかのような顔を披露した。

「黒條君が真面目に仕事してるとはな。
 いつもこの時間には、いつの間にか鞄がなくなっているのに……。
 今日は鞄が残ったままだったから、奇妙だとは思っていたが」

細い人差し指で、メガネの位置を直す高城。

「わ、私が働いていることを奇怪現象みたいに言うのやめてくださいっ!
 たまには私だってきちんと仕事しますよ~っ!」

わーわー、と抗議する黒條に、
高城も少しだけ申し訳無さそうな顔を浮かべた。

「それは悪かった。
 しかし軽傷とはいえ、怪我もしてるんだ。
 今日こそ早く帰るべきだろ、あまり無茶するなよ」

「はいっ」

言い終えて満足したのか、高城は扉を閉めて去っていった。

「いやー、ノックとかしてほしいですねぇ……」

姿勢はそのままに、気になっていた端末のファイルを開――

ガラッ。

「黒條くん、はしたないからちゃんと座りたまえ」

「はひっ」

ピシャン。

ふう、と。息を漏らしながら、姿勢を戻して。
改めて仕事に戻る黒條。

黒條 紬 > 目立つ影(テンタクロウ)が躍り出れば、
それに乗じて大小さまざまな影が蠢くのは道理だ。

窓の外を見やる。
夕焼け色に染まった空の下、数多の影が立ち並んでいる。


そういった影達を見張り、
傍に潜んで時には自らも影となり、躍り出ない影に釘を刺しておくのが、
夜(ヒメガラス)の仕事。

そして、風紀委員として治安維持の為の事後処理にあたるのが、
昼(ツムギ)の仕事。

それでも、全ての影を取り払える訳では勿論ない。

常世学園はあまりに広く、
少なくない面積を占める落第街や歓楽区――黒街といった場所に
巣食う者達は日々、生まれているのだから。

テンタクロウは、その一人である。
それでもあれだけ報道されれば、
ある程度まとまった人間達の嚆矢にもなろうが。
既に彼に触発された者達を、落第街で何人か見かけている。
極めて強い黒い感情というものは、同種の人間達にとっての
羨望の的――カリスマとなり得る。

影は、影を集めるものだ。

しかし今のところ、彼に触発されつつある人間達が、
彼ほどの技術や力を持っていないのが、幸いではあったが。
これからどうなるかは、誰にも分からない。

デスクに置かれた新聞に一瞥をくれた後、窓へと視線を移す。

見やればカラス達が、色濃く染められていく赤に、淋しげに鳴いていた。

黒條 紬 >  
「さて……」

二足草鞋の傍らで。
黒條も、テンタクロウに関する調べを進めていた。
偶然とはいえ、交戦したのだ。これも何かの縁だろう。

テンタクロウとの交戦データ自体は、
さっさと纏め、私見も交えた上で風紀委員に提出していた。

しかし、その裏で個人的に――ごく個人的に――

資料では言及していない部分で、気になっていることがあったのだ。


それは、彼女の秘匿する異能(ちから)の本質をきっかけとした気付き――

――プロファイリングを重ねてその疑念は強まりつつあるが、

決定的な確証が得られない今、報告をすべきではないのは自明の理であった。

黒條 紬 >  
自分の中で引っかかり続けているもの。


骨を折ることに執着する男、テンタクロウ。


『――正義感などろくな感情ではない』


あの後、自らにかけられた言葉を反芻し続けた。

ああいった手合は、
ふとした瞬間に思わぬ本性を表すもの。

引っかかりを覚えた部分(ノイズ)が、
気になって仕方がなくなってしまうのは、
職業(公安)病であろうか。

――いずれにせよ。

『藤井 輝』『佐藤四季人』といった数名の人物の名が表示されるファイル。

それをスライドして閉じれば、今度はまた別の名を連ねたファイル。

暫くその画面を流し見した後、端末を閉じる。
端末から発せられていた光が消え、彼女の姿もまた、銅に染まった。

細い人差し指で端末に軽くタッチすれば、、

閲覧履歴は――消去(クリア)


――これだけの情報では……絞り込むピースが、足りませんからねぇ。


もう少し、証拠を掴んで対象を絞らねば。余計な混乱を招くだけだ。
事がそれなりに大きいだけに、慎重に動く必要があった。
まずはこの見当、胸に留めておくとしよう。

――いずれにせよ、またお会いすることにはなるでしょうね。

姫鴉は独り、影に潜む――。

ご案内:「裏常世渋谷」にマルヤさんが現れました。
マルヤ > 地に届いて歪な音を鳴らす灰の髪。色を失ったかのような青白い色肌。
顔貌こそ美しくあっても、その眼窩に瞳は無く何もうつすことはない。
口からは意味を成さない声が、音の羅列となって断続的に響いている。
少なくとも、赤黒く染まった両の手から友好的な様子は感じ取れない。        

「……………」

クローゼットの隙間から息を殺し、そのようなものを見送る。
ややあって戸を静かに開けて、大きく深呼吸をして項垂れた。

「変な声が近づいてくるから慌てて隠れたけど……何、アレ」

独りごちて天井を見上げると古びた燭台があり、視線を横にするとこれまた古びた天蓋付きのベッド。
窓の外は常世渋谷の情景があって、けれども開けようにも割ろうにもびくともしない。

「常世渋谷の中ではあるようだけど……此処、何処なんだろ……あたしは買物に来ただけなんだけど」

100人が見たら100人が古びた……というよりも廃墟の洋館と言うだろう場所にあたしは居る。
けれど、あたしが訪れたのは常世渋谷内に在る瀟洒な靴屋さんだった筈なんだけれど。

「ま、入り口があったんなら出口もどこかにあるでしょう」

肩掛け鞄から些かゴツめの携帯端末を取り出し、ライトを付けて周囲を照らす。
明るくなったついでに明るい声だって出して見せるのだけど、
ライトに照らされたベッドに、どうみても血痕らしき黒いものを見つけて言葉尻が下がった。
見なかったことにして、注意しつつ部屋から出ましょう。

ご案内:「裏常世渋谷」に宇津木紫音さんが現れました。
宇津木紫音 > 「退屈しない場所ですけれど。」

能力者だからといって、己の能力を過信しているわけでもない。
自分の知らない空間に放り込まれ、想像の外にあるような怪物に対して無謀にも暴力で挑むようなことはしない。
この女、宇津木紫音も同様のタイプ。あくまでも冷静に現状を見据えて、どうすればいいかを考えて………

その上で、面倒になって堂々と廊下を歩いていた。
なんで私がこんな場所で埃まみれになって隠れなければいけないのか、それが分からない。
開かない扉は酸で溶かして歩みを進める女。まあ、化け物と一対一を挑むつもりこそないけれども。

そもそも、なぜここに来たのだったか。
逃げまどう相手を追いかけて裏路地に入ったところまで覚えているのだが。……まあ、今はそんなことはどうでもいい。過去のことは振り返らないのだ。


「……ですが、艶っ気が足りません。こういうホラーといえば怯える子がいてこそでしょうに。」

何かよくわからないちらばった肉片を気にせず踏みつけて歩く女は、さもつまらなさそうに吐息を吐き出しかけて……息をのむ。

目の前数mの扉が開いて、小柄な影がちら、と姿を見せたからだ。その相手を見れば少しだけぺろりと己の唇を舐めて、こっそりと近づいていく。気配を殺し、足音を消し、その後ろに近づいていく。
とはいえ、ここで単純に脅かして、悲鳴をあげられても危険かもしれないのであれば………

T字路に差し掛かり、こわごわと道の奥を覗き込んでいる少女の背後からそっと近づいて、ぐ、っと口を押さえに行く。

「喋るな。」

そうとだけ囁いてあげましょう。優しく、優しくね??

マルヤ > 暗く埃っぽく黴臭い通路の端々に扉があった。
鍵のかかっているもの。
大きさが30㎝程しかないもの。
お札のようなものがびっしりと貼られているもの。
どれもこれも開けられないし、開ける気もしないような有様で、
さてはてどうしたものか。と思ったところで廊下がT字に別れている始末。

「……とりあえず右ヨシ、左もヨシ。どっちに進んだものか──」

一先ずどちらかが露骨に危ないとかの気配はなさそうで、
さて、こういう時には直感に従って……等々、考えていたあたしの口が覆われる。

「──もがっ!?」

いつのまにか背後に何かがいて、口を抑えてきて、しかも『しゃべるな』だなんて──
あれ?言葉通じてる?
ならば、ととりあえず頷いてみた。
OKOK、なんて端末を持っていない方の手でジェスチャーもしてみせる。

宇津木紫音 > 可愛い少女がいる。
驚かせたい。
悲鳴をあげさせたくない。
ついでに密着出来たらいいですね。

それら全てを叶える驚かせ方である、「背後からいきなり口をふさぐ」を遂行するクソ女。長身だからか、思ったより小さいな、なんて感想を抱きつつ。緊張で硬直しながら頷く姿を見下ろす。
セーラー服の袖が見えるからか、柔らかい身体の感触を感じさせるからか、女だということはすぐにばれるだろう。怪異の振りはできそうにない。

「素直でいい子ね。」

安心させ……ないように、端的な言葉しか紡がない。まあ、こんな場所だから口数が多い方が危ない、なんて名目も立つ。

「ここの子? それとも、お外から来た子かしら。」

質問する。質問しながら、髪の匂いから脳内でシャンプーを検索する。どんなのを使っているのかしら、なんて状況から外れたことを考える。
まだ口元を覆った手は外さない。

マルヤ > 思考がぐるぐるとめぐる。
視界の端にはセーラー服の端が見えて、言葉の様子や背に触れる感触からして推定女性。
何より口を押える手指からして、少なくとも先程見たような化物じゃあない。
であるなら、であるなら、後ろの誰かも迷い込んだ誰かかしら?
なんてことを思うけれど、それならどうしてあたしは捕まっているのでしょう。
ヤバい、手汗が凄い出てきたわ。

「えーと、靴を買いに常世渋谷の七辻屋に来た筈なんだけれど、気が付いたら此処にいて……」

口元を抑えられているのでもごもごとした口ごもった感じで答える。
答えつつ、ゆっくりと、油の切れた古いロボット玩具のような動きで振り向こうとする。

宇津木紫音 > 「……そうなのね。私もそうよ。ごめんなさいね、声をかけたら悲鳴をあげてしまうかと。」

振り向こうとするならば、流石にそれ以上は難しいと感じたのか、そっと手を離して。
振り向けば、長身の女性。微笑ながら見下ろしてくるその姿は、一見は普通のもの。

「大きな声をあげたらいけないから、ついつい驚かせるようなことをしてしまいました。
 ………私は宇津木紫音。学園の生徒ですわ。
 あなたは?」

驚かせたことに関してツッコミが入る前に、自然と名前を名乗って相手に問いかける。
この手の会話に"慣れ切って"いる女。

緊張を解すかのような笑顔で……相手をじい、っと見つめる。

マルヤ > 振りむいた先に居たのは落ち着いた雰囲気の、背の高い女の人だった。
これで振り向いたら、腕だけ人間の化物だったらどうしようかと思ったけれど、
少なくともそういったことは杞憂だった。

「ええと……あたしはマルヤ・イサカって言います。常世学園の一年生」
「声ってことはあなたもアレ、見た感じかしら……灰色の髪の化物」

慌てる様子もなく自己紹介をする様子が、何処か超然としているようにも見えるけれど、
同じ学生同士であるならば、今は頼もしさが勝ろうと言うもの。
あたしも自己紹介をし、宇津木さんも化物を見たのかと問おうとするのだけど──

彼女の背後から声がした。

『■■■■■■』

声にならない音の並びが近づいて来る。
咄嗟に不味いと思って、手汗を拭ってから宇津木さんの手を取って通路を右に早足に。

「まずいまずいまずい、ええと何処か隠れる場所を探さないと……!」

直ぐに頑丈そうなドアが視界に入るけれど、なんということでしょう鍵が掛かっている。

「宇津木さん鍵とかあったり、パワーな感じの異能とか、魔法とか、ない!?」

彼女の手を放して身振り手振りで慌てふためく様子から、あたしにそういう力が無いことが判るかも。

宇津木紫音 > マルヤちゃん。なるほど覚えた。
じろじろ見ていても、特に気にならないようなので遠慮なく見つめていれば……
その表情が強ばるのが分かる。
ああもう、折角いいところでしたのに、なんて不満そうにしながらも、そっと手を引かれるがままに通路を歩く。

さて、こっちに気が付いていないからゆっくりなのか、元々ゆっくりしか歩けないのか。
ドタバタと近づいてくる気配がないことから思考を巡らせ………マルヤの声で引き戻される。

「……久々ですけれど、そうですね、少し下がっていなさいな。」

流石に化け物と一対一は、彼女の流儀に反する。そんな泥臭い仕事はお断りだ。
ナイフを手に取って己の手首をすっと滑らせれば、赤い液体が流れ落ち。

「……ああ、そうそう。これには触らないように。人の肌が触れると大変ですから。」

つ、ぅ……っと、糸のようにとドアノブに垂らすと、まるで熱湯に入れた氷かのように、ドアノブが溶け落ち、鍵だった部分はすぐに見るも無残な穴となっていく。

「………どうぞ? お先に入りなさいな。ベッドの上で待っていてくださいね。」

なんて当たり前のように、扉を開いて中へどうぞ、と指し示そう。

マルヤ > あたしの問いに対する返事はイエスでもノーでもなくて、下がっていろ。
なるほどつまり下がらないと危ないようなパワーがある!と理解をして速やかに下がる。

「えっ、えっ……!?うわ……凄……」

下がるのだけど、宇津木さんがナイフで手首を薄く切ることに驚いてしまうし、
滴る血液がドアノブに触れるや否やに、ホットケーキの上のバターみたいに溶けるのだから、
ちょっと引いてしまうのも仕方ない……と思いたい。

「凄い異能……で、でも痛くない?大丈夫?と、とりあえず助かったけれど……」
「って何言ってるの!?」

扉を開きながら、恐らく場を和ませようとしてくれている宇津木さんの物言いに敬語も忘れてツッコミを返して室内へ。

「……図書館……?」

扉の先は、本棚の林立する広々とした場所だった。
本棚の高さは私の背を優に超え、その全てに本が隙間なく収まっている。
それどころか収まりきらぬ本が床に堆くあり、あたしに樹木の隆起する根を思わせる。

「いえ、本の森って感じね。誰が集めたものなのやら……」
ライトで周囲を照らしながらに手近な本棚に近付き、さてはてとラインナップを見てみる。

「……さっぱりわかんないわね」

様々な装丁がなされた本は整然と並んではいるけれど、背表紙に記された文字は悉くが解らない。
文字のようで文字ではないようにも見えるし、少なくとも学校で習うようなものではなさそう。

「宇津木さんはこういうの解ります?」

視線を本棚に投じたまま、後ろにいるだろう宇津木さんに声をかけてみた。

宇津木紫音 > 「もちろん。本来は唾液なども使うのですが、可愛い女子の前で唾を吐くのもお行儀が悪いですからね。」

そんなことを空々しく口にする。まあ、ドアノブ溶かす量の唾液が出すのが大変というだけだが。
中に入ったことを確認すれば、こちらはドア付近にとどまって………。

化け物が迫ってくるであろう廊下に、手首を振って血をばらまく。普通に歩いてくるならば、少しくらいの時間稼ぎにはなるでしょう、と溶けていく廊下を見下ろして、ドアをそっと閉める。


「図書館、ですか。 ………どうなんでしょうね。誰かの記憶の中か何かのように感じます。
 本も読める場所も読めない場所もあり、内容も………読める場所も、特別なものではない気がいたします。」

これだけの蔵書量。異空間にしてもあまりにも多すぎる。
誰かが空想したままのような、「知識」の具現化。違和感を覚える。

「………だとすると、どなたかの怨念やら残留思念やら、そういったものが作り出した場所かもしれませんね。
 ベッドが無いのも色気が無いのも、この場所を思い出にしている方に興味が無かったのかもしれませんわね。つまらない。」

腰に手を当てて、首を横に振る。だいぶヤバさを隠しきれなくなっている。

マルヤ > 「むむ、記憶の中……となると誰かの夢の中だったりして……」
「なんてロマンチックなこと言ってる場合じゃないんだけども」

適当に本を捲るなどして、この場所の在り方や本の内容について語る宇津木さんの横で、
あたしは腕を組んで視線を上下に揺らしながらに悩み顔。

「あ、でもベッドならあたしが隠れてた部屋に天蓋付きのがあったわ」
「まあ……血塗れで気持ちの良いものでは無かったけど……あの、宇津木さん?」

今この人色気って言った?と眉が寄って訝し気な顔になった。
そういえば危うきになんとか、異なるものを見つけても迂闊にあれやこれやしないでおきましょう。
みたいな注意喚起の文言は、風紀委員の何某が言っていたなと耳に新しい。
もしや宇津木さんはちょっと変わった人なのかもしれない──と、思った所で視界の隅に入るものがあった。

「あら、メモ帳……誰のかしら。ちょっと失礼して」

床に落ちている誰かのメモ帳を手に取って拝見。
そこには此処に迷い込んで困惑している誰かの記録があって、
やっぱり灰色の髪の化物に掴まると宜しくないことになる様子が記されていた。

宇津木紫音 > 「夢ではないでしょうけれど、それならば同じベッドで眠ればよいかもしれませんね。そのベッドに行ってみます?私は見つけていないので同衾、ということになってしまいますが……♡」

ふふふ、と微笑みながら隣にそっと歩み寄って見下ろす。ニコニコとした笑顔。
なんだか灰色の髪ではないにしろ、緊張感のある空間へと変わってしまうかもしれない。

「まあ、この場所で安らかに眠るわけにもいきませんから、同衾はここを出てからですかね。」

ああつまらない、などとぼやく女。メモ帳を眺めれば、ふぅん、と小さく唸って。

「気になるのはここ。攻撃は試みても無駄だったというところです。
 やはり、実在する化け物とは少し違うのでしょうね。

 立ち向かわないことが正解のようですから………脱出手段を探さないといけません。
 入ろうと思ったわけでもないのに迷い込んだせいか、入口もわかりませんし。……もし見つけたとしても、そこから出られるという保証も無し。」


………そこまで口に出して、ハッ、と気が付いたように改めてマルヤの口をふさぐ。

「……外にいますからお静かに。」

言うだけでよかっただろう、というツッコミは許さない。だって口塞いでるし。

ぎしり、ぎしり……と、音が廊下を近づいてくる。

マルヤ > 「いやあの同衾って。宇津木さん?いや、あの、出てからもしませんけど???」

宇津木さんがちょっとこう……奇妙な所がある人かもしれないとしても、
今この場では大変頼もしいことには変わらないのだから、
色々なことは一先ず置いておくことにし、脱出に専念しようと思うあたしなのでした。

「ええ、そうみたい。けどそうなると、どうしたものか……幽霊みたいな奴ならやっぱりお経とか?」

閑話休題(それはさておき)
メモ帳の主は電撃を投射する異能を持っていたそうだけれど、化物にはまるきり通じなかったことが記されている。
ものがゴーストならお経とか?と思うのは、ひとえにあたしが日本生まれ日本育ちだからであり、
父と子と聖霊の御名に掲げる方が効き目があるのかどうかは解らないし、判らない。試す気もあんまりない。
脱出方法を考える宇津木さんの横で、化物対策を考える形となり、二人して思案投首が暫し続くのだけれど、

「──もががっ」

不意に口を塞がれるとあたしの動きがピタリと止まる。
廊下の方から足音と、声にならない音の運びが聞こえて来るからだ。

「──」

ジェスチャーで宇津木さんに、本棚の陰に隠れるか奥に行こうと示してみる。

宇津木紫音 > 「あら、そうです? そんなにつれないことを言わなくてもよいのに。」

少し残念そうに頬に手を当ててため息一つ。
まだあきらめていないのか、目をきらりと輝かせながらも………まあ、それでも脱出の方に施行をシフトさせる。

「………私、そういった知識はありません。」

肩をすくめる。死んだ人は死んだ人だ、という容赦のない思考のせいか、死後のあれそれに興味はほとんどない。
もちろん、こうやって現実で害しようとしてくる場合は別であるが、それが霊であろうと化け物であろうと、彼女にとっては同じことだ。


「………わかりました。では、誰の目にも入らない場所へ。」

言い方が怪しいが、とりあえず本棚の裏、物陰になる場所へと。
物陰に少女を引きずり込むっていいですね、なんて思考が彼女の脳を飛び回るが、それを口にすることはなんとか避けた。危ない危ない。怪異に助けを求められかねない。

「………しかし。……そうなると、問題ですね。この場所からそうそう出られないとなると、ここで脱出の手段を考えなければいけません。」

物陰に引きずり込んでから手を離せば、少しばかり困った顔を見せる。入り口付近に灰色の髪が、わずかに見えた。

マルヤ > ジェスチャーが通じたのか、あたしは口を塞がれたまま、ずるずると引き摺られるようにして物陰へと移動する。
傍から見ると多分宜しくない光景に見えるのかもしれないけど、生憎と今は誰も見る者など居ないのででした。

「──ぶはっ、ここで脱出の手段となると……この場所から出るの、あたし一人なら、なんとかはなるんですけど」

物陰に移動してからのこと、あたしは少しばかり気まずそうに自分の異能の説明をする。
ひとつ、呼吸を止めている間は、あたし自身から音が消え、気配が著しく消えること。
ふたつ、姿が消えたり、見えているのに知覚できないとかの認識阻害が発生するものではないこと。
あの化物が視覚で判断しているかどうかはわからないけれど、少なくとも音に反応することは知っているから、
そうした力を使えば出られることはできそうではある。

「ただ、宇津木さんを置いていく訳にもいきませんし」

例えば、彼女を囮にして自分だけ逃げるようなことも、できなくはない。
けれど、それをするわけにはいかないのだから、困ってしまって苦笑するしかなかった。

入口の方からは化物の髪が床に擦れる歪な音が聞こえていた。

宇津木紫音 > 「なるほど? いざとなったらそうしなさいな。
 私は先ほどからも分かるように、体液が別の性質に変わります。酸や毒はもちろん、消毒薬や鎮痛剤など、いくらでも。
 ですから、どんな化け物であっても自分の身を護ることくらいはできますし………。」

素直に置いていけない、なんていうものだから、こっちも言葉に詰まる。

「安心なさいな、私が本気でやりあうならば、周りが焼け野原になるので。
 できるだけ遠くに逃げないとマルヤさんも危な………。」

ここまで軽い口調で言葉を返して、ふと。
顎を撫でながら、ん、と言葉を止める。

「………ここは、おそらく他人の"能力"で作られた世界ではないでしょう。
 もし目的をもって私たちを誘い出したなら、もうどうにかなっているはずですし。」

「ここが、意思の残滓だったり、他人の記憶の中だったりするならば、ですが。
 脱出できるかもしれません。
 マルヤさん、本がやたら多い場所を探してもらえますか?」

マルヤ > 「……さっきのメモ帳、見たでしょ。宇津木さんが強くても身を護れるかなんて判らない」
「だから、あたしもそういうことは(自分だけ逃げるのは)……ちょっと」

視線が曖昧に揺れる。多分きっと我儘そうな顔をしているのは解っている。
彼女をそうした風に見上げていると、何かに気付いたかのように言葉を止めるのがわかった。

「多分だけど……ここって恐らく、ほら、噂に聞く裏常世渋谷って奴じゃないかなって思うんです」
「原理とか由来はさっぱりだけど……何か閃いたみたい?任せて、こっそりするのは得意だから!」

何かしらの発想を得たらしき宇津木さんに小声で力強く言葉を返し、
あたしは異能を用いてこそこそと移動を開始する。
化物は入口からすこうし移動をして壁伝いに左へ逸れたようだから、此方は右から回り込むような図。
隙間隙間から様子を窺うと、どうにも本が多いのは中央部のように思えた。
そこの本棚は一際背が高いものだったし、周囲に積まれた本もまた多かったんだもの。

「………」

視線が通る場所まで戻り、宇津木さんにジェスチャーで「中央」「本」「多い」と伝えようとしてみよう。

宇津木紫音 > 「あそこで」「二人の愛を」「たっぷりと」

「なるほど。」
なるほど。愛情は伝わってきて欲望が高まる。興奮してきたな。
それはともかく、彼女が何をしているか、何を伝えようとしているかはわかっている。流石にこの状況でふざけ倒すほど性格が終わっているわけではない。何より、自分一人で逃げられない、なんて素直に口に出すような子の前である。ちょっとくらいいい恰好をしてもバチは当たるまい。

「………さて。」

こっそりと近寄れば、どっさりと積み上げられた本を前に、すっかりふさがっていた手首を改めてナイフで撫でる。

「世界を作ってしまうほどに強い思い入れのある場所やモノというのは、それがいい意味でも悪い意味であっても、大切な忘れられないものだと言えますね。
 それがこの常世渋谷という場所に集まって、何かしらの世界を形作ったのでしょう。

 ………マルヤさん。
 そんな思い入れのある記憶が、他人の手でボロボロにされたら、どう思うでしょうか。」

言いながら、本に血を振りかける。パタパタっ、と音をさせて血がまき散らされ、綺麗なものも、薄汚いものも、どれも赤い斑点ができていく。

「何より本は記憶の具現。 そんなものをずたずたに引き裂かれても、さて、この世界は維持できるのでしょうか。

 私の血はこれより可燃性。……それどころか、よくよく爆発して、ごうごうと燃えてくれるでしょう。」

嗤う。唇の端を持ち上げて、己を浅はかにも捕らえようとしたその世界そのものを嘲笑う。

マルヤ > どうやらジェスチャーが無事に通じた(?)ことに安堵の溜息をし、
此方もまた宇津木さんに続いてこそこそと中央に移動する。

「それはまあ……忘れられない思い出というか……悪い言い方するなら執着ですよね」
「常世渋谷は確かに色々集まるところだけど、まさか世界まで集まるとは思わなかったけど」

思いが集まり世界を作る。思い入れの強さが入れ物を作る。
例えるなら、それは部屋の調度を自分のお気に入りで整える事にも似ているのかもしれなくて、
そうであったなら、お気に入りの部屋を他者に土足で踏みにじられたなら、その部屋のテーマは崩れてしまうに違いない。

「な、成程……いけるかも!」

あたしが宇津木さんの言葉に乗るのと、化物が奇声を発するのは同時だった。
それは宇津木さんが本を汚す度に怒り狂うかのように振舞い、乱雑な足音と殺意を伴って此方に近づいて来る。

「で、でも気付かれたかも!」

化物が到着するのが先か、部屋が宇津木さんの作戦が成功するのが先か──思わず、神様とやらに祈るのも無理からぬこと。

宇津木紫音 > 「マルヤさん、アレは"正解"の反応ですわ。
 安心して後ろに下がりましょう。」

さんざんと血をばらまけば、首を横に振って本の積んであった場所から二人して、下がっていく。
相手の方が少しばかり足が速いが、もはや興味を失ったかのように、長身の女は口を開く。

「もしも、何も意に介さずに近づいてくるならば私も少しは焦ったものを。
 本能だけで美しいのは愛を交わすときだけと相場は決まっておりますのに。」

見下したようにそう言い放って腕を振れば。
本が轟音と共に爆発する。風が吹き荒れ、散らばった紙が飛び散り、本棚がギシギシと音を立てて倒れていく。それだけではなく、本は勢いよく燃え広がり、化け物の身体にも火がついて。

地獄絵図が一瞬で生まれるのを、………興味無さそうに見つめる女。

足元が、ぐにゃりと歪む気がした。

マルヤ > 本が燃え爆ぜて塵と灰になって消えていく。
すると、地鳴りとも悲鳴ともつかない異音と共に部屋が揺れ、
図書館のようだった室内の床や天井、壁までもが歪み撓んでまるで生物のよう。

「やった!宇津木さんの予想が当たっ……当たってるのかしらこれ!?大丈夫!?」

苦し気に、意味を理解できるならばきっと怨嗟の声だろう奇声を上げて炎上する化物。
快哉のように喜ぶも、世界の彼方此方が変調を来す有様に言葉尻が悲鳴になるあたし。

──宇津木さんはそれでも、ずうっと落ち着き払っているのが、やっぱり何処か──


「………はっ!?」

気が付くとあたしは常世渋谷に居た。でも、それはお目当ての靴屋さんの前じゃあなくて、
渋谷内にある小さな公園のベンチの上。慌てて身体を起こして先程までの光景を振り返る。

「…………夢?いえ、そんなわけない。あたしは確かに……ううむ?」

ぶつくさと独りごちて首を左へ右へと揺らし揺らしの思案投首。

宇津木紫音 > そんな彼女の背後から、ぬう、と手が伸びる。
するぅり、と細い首の隙間から、少女の口をぐ、っと塞いで。
先ほどとは違って、もう片方の手がその手首をがっ、と掴む。

「……早起きさん。もう少し眠っていてもよろしかったのに。」

囁きながらぐい、と引き倒されるように、座っていた長身の女に抱き寄せられる。

「……同衾、ちゃんとさせていただきました。お約束通りですわね。」

目を細めて見下ろしながら、口元を覆っていた手がマルヤの喉を撫でる。
可愛がっているように思えなくもないのではあるけれど。

先ほどの怪異に対しての1mmも興味のない目とは違う、興味津々の瞳。

「お疲れでしょう、もう少し休みましょうか。
 わたくしの知っているお店も近くにありますし。」

がっつり首と手首を押さえたまま、朗らかに話を進めてくる女。
どっちが怪異かよくわからない。

マルヤ > 考えても仕方が無い。
あたしがこうして脱出できているのだから、宇津木さんもきっと大丈夫だろう。
……或いは、彼女は異界に迷い込んだ人を助ける存在だったのかもしれない。

「──むがっ」

などと、考えている所に口を塞がれ、手首を掴まれ言葉に詰まる。
耳朶には言葉が落とされて、あれよあれよと、引き倒されているのだった。

「……いえ、あの。宇津木さん?その、助けて頂いたことは有難いのですけど……」

無遠慮に抱き寄せられると、流石に同性とは言え顔に熱が籠ろうもので、
喉まで撫でられたら、思わず語調が猫のように跳ねもする。

「つ、疲れはそうでもないですけどぉ!?」
「あ、そ、そうだ。休むならあたし、いいお店知ってますから!」
「確かええと、フルーツサンドの美味しいお店があって、お礼に御馳走とか──」

ペースを掴まれると不味い気がして、必死にペースを掴もうともがく。
ついでに抱擁からも脱しようともがく。
恐らくきっと、何とかなったことでしょう。

ご案内:「裏常世渋谷」からマルヤさんが去りました。
ご案内:「裏常世渋谷」から宇津木紫音さんが去りました。