2024/07/16 のログ
ご案内:「裏常世渋谷『鋼鉄の檻』」にノーフェイスさんが現れました。
ご案内:「裏常世渋谷『鋼鉄の檻』」に橘壱さんが現れました。
『鋼鉄の檻』 >    
【Previously】

風紀委員、橘壱。常世渋谷スクランブル交差点から信号消失。
現在地不明。別位相への転移の可能性。


――現在地。
推定:裏常世渋谷、位相不明、識別子不明、登録情報なし。

ノーフェイス >  
侵食(・・)し、支配(・・)する……
 ボクとしても許容したくない類の能力ではあるケド。
 機密事項だろ、ソレ。鉄道委員会(テツドウ)とかにバレたら大変だ」

残弾(リソース)の確保が最優先事項となる潜入作戦においては、有用と言わざるを得ない。
とはいえ、単純明快な動きをする、物量頼りのドローンだからこそ出来た作戦でもある。

「必要な分は残骸(そいつら)から拾っとけよ。
 ゲームと違って弾薬がそこらに落ちててくれるワケじゃないし――
 ――ん。ああ、基本的な魔術だよ。魔力の物質への変成。
 魔力の(パス)が切れるとしばらくしたら消えちゃうから、こーしてリサイクルだ。
 こっちもこっちで、栄養価や魔力リソースの類は補給手段が限られてるから……」

視線を残骸にすべらせる。焼いて食える類の代物じゃないし。
靴底でコツコツとアスファルトを叩く。霊脈(レイライン)からの補給も望めない。
ひどく冷たく硬質な世界だった。そうすることで、霊的なものを廃絶しているようでも。

「ん」

さっきの(・・・・)
問われると、顎に手を運んで、少し考える仕草。
逸らした視線が戻ると。

「――そもそも切断(・・)、っていう現象は……」

身振り手振り(ボディランゲージ)を交えて、わかりやすく噛み砕いて解説をしようとした。
より目立つ、派手なほうに視線が向いたとかんがえた。
壱が指さしたほうとは、まるで違うほうを向かれた(・・・・・・・・・)ような焦れったさ(・・・・・)が。
要するところ、こちらは、壱がそっち(・・・)に気づいたことに、気づいていないのだ。

橘壱 >  
緊急事態だった。まぁ、裏渋(ココ)なら多分大丈夫。
 外に漏れることも、企業にバレる事もない。鉄道委員会にはまぁ……うん。」

まだまだ試作段階の機能ではある。
だが、より先鋭的に実用化された場合、恐らく機械(マシン)同士の戦いはより先鋭化される。
誰かが予測したより長い冷戦。より先鋭化した情報戦が繰り広げられるだろう。
コマの取り合いを優位に勧めるための、より作業化された戦いに。
鉄道委員会とは名ばかりの技術屋集団。彼等には決して内緒だ。
バレたらFluegel(フリューゲル)バラされそうだもん。鉄仮面の奥で思わず苦い笑みが漏れた。

「規格は……流石に違うな。仕方ない。コイツ等のを使うか。
 現実(リアル)空想(バーチャル)の区別くらい付いてるよ。
 そっちこそ、頭の使いすぎてヘンなモノ見えてないだろうな?」

流石に共通規格(ユニバーサルデザイン)ではないらしい。
異界の装備ではあるが、汎用兵器のAFなら問題なく使える。
残骸から拾い上げたライフルは……問題なさそうだ。
売り言葉に買い言葉。言われた分は言い換えしておく。

長時間の戦闘が続いている。鍛えているとはいえ齢17歳。
すっかり全身脂汗まみれだ。息を切れている。
バイタルは許容値だが乱れ始めた。この辺りは現役軍人と少年の違いだ。
集中力は持ったとしても、既に体力の底は見え始めていた。

「……い、いや、そっちも確かに凄かったんだが……。
 そっちじゃなくてもっとこう、何ていうんだ……なんか、こう……。」

あの一閃も見事だったそっちじゃない。
自分が感じたのはもっと感覚的なものだ。だから言語化が難しい。
両手を広げて必死にモニターの奥で訴えかけるが、なんて表現したらいいんだろうか。
ああでもない、こうでもない。何と訴えれば通じるか……。

ノーフェイス >  
余裕(・・)

強がりかどうか。汗ひとつかいてはいない。
公演はたっぷり二時間だ。

「…………」

ぴたり。空中をなぞった指が止まる。
まごつく彼に最初は眼を瞬かせていたが、すぐに。
そっちじゃないと言われれば思いつくことがあった。

「なるほどね。
 ……いや、そうか。そうだろうよ(・・・・・・)

合点のあと、肩の力を抜いて、すぐにくつくつと震えだす。
一歩、蒼白の鎧のほうに踏み出して、彼の前に立つ。
眼を閉じて、握った両拳を、猫のように麗貌の横に配した。

ノーフェイス >  
 
 
「教えてあげな~~~~い!」
 
んば、と両手を開いて、眼も刮目して、舌も出した。
 
 
 

橘壱 > 「は?」
橘壱 >  
教えないのは別にいい。だがそれはとしてムカついた。
ある意味超反応。ギリギリギリィ、とロボットアームが襟元を締め上げます。(※加減はしてある)

「よーし、いい度胸だ。次はお前から残骸の仲間にしてやる。」

チャンピオン、煽り耐性0。情けない。

ノーフェイス >  
「うおおおおオイオイオイオイ待て待て待てって」

ギブギブ、とマシンアームに掌をばしばしと叩きつけた。
へらへら笑っている。

「話は最後まで訊いてからでも遅くないだろー?チャンピオン。
 ボクの機嫌がそっぽ向いたら、そのなにかも掴みそこねるかもしれないぜ?」

だろ?と肩を竦めてみせる。

橘壱 >  
「……お前ちゃらんぽらんな感じするクセにそういう核心とかは付いてくるな。
 なんていうんだ。人心掌握?カリスマ性?末恐ろしさを感じるよ……。」

初めて在った時から妙に感じていた人を引き付ける感覚。
そもそも、何処かであったことあるかもなんて既視感、人としてある意味強い。
それこそするりと、気づいたら人の隣に立っていても違和感さえ感じさせない。
誰でもない隣人。一種の怪異性さえ感じさせる存在だ。
ある意味、大物になる歴史上の人物は皆、そういうものかも知れない。
鉄仮面越しに聞こえる、ノイズ混じりのため息と共に手を離した。

「わかってるよ。そもそも、まだ全部終わっちゃいない。
 大トリも残ってるし、まだ僕等のコンビは継続中だ。相棒。」

ノーフェイス > 「まずは惹き付けなくっちゃあ始まらない商売だからな。
 メディアが飽食してる時代じゃ、それが能力として求められるって話さ」

小さなラジオや一家に一台のテレビが、情報を牛耳っていた時代は遠い昔だ。

「キミのしごとも、カタチは違えどそういうものだろ。
 企業の、AF事業の宣伝役(スポークスパーソン)。全うするには見てもらわなきゃ」

離されると、襟が伸びてないかを確認してから歩き出す。

「貴重な僚機(ウィングマン)は丁重に扱えよ……さて。
 人間にはできる(・・・)コトと、できない(・・・・)コトがあるワケだけど」

足を進め始める。
まだ動けそうだと判断したから。

「できないには、様々な理由があるよな。
 単純にトラック持ち上げるには馬力(パワー)がまるで足りないとか。
 空を飛翔するためにも、人間という生物にはこの時代においても機能がプリセットされていない。
 そのために、人間は様々な道具や魔術を発明して、課題を克服してきている」

背を向けたまま、話がはじまる。
もう、荒涼としたこの都市は、ずいぶんと静まり返っていた。

橘壱 >  
「……ぐうの音も出ないな。お前意外とマジメだろ。」

その通りだ。形は違えども互いに見てもらう事が重要な仕事。
勿論、悪目立ちしちゃダメだ。スーパースターでなくても、メディアに出るのは綺麗で無くちゃいけない。
そのうえで目立つと言う意味では、真っ当な意見である。
見た目だけで言えば、相手も相応に若い気もするのに、これが人生経験の差なんだろうか。
悔しい話だが、そういう部分は認めざるを得ないかも知れない。
ふぅ、と呼吸を整えながらスピーカー越しに相手の言葉に耳を傾ける。

「気を使われたいならコッチも丁重に扱えよ、まったく。
 ……まぁ、そうだな。当然のことだ。だから出来ない部分を補う術を会得したり、開発する。」

このAFだってそうだ。
来たるべき時代に向けた、機械による人間性能の拡張。
そういう意味では、蔓延する無数の技術は全てそう言うべきものであり
それらのほとんどに適正を持たない少年は、ある意味社会不適合者とも言えよう
改めて実感する事実に、少年は奥歯を噛みしめる。

「(……にしても……。)」

やけに静かだ。
さっきので戦力切れか?そんなはずもないと思うが…。
本丸をこのまま野ざらしにするほど、エース部隊はマヌケじゃない。
話を聞きながらも視線は、感覚はレーダーに一秒たりとも気を離さない。
分割的思考、作業。これ位の芸当なら出来る。

ノーフェイス >  
「ぁんだよ、このボクが不真面目に生きてるとでも思ってたのか?」

心外だな、と楽しそうに笑った。

――奇妙だ、と感じて視線を動かす様子を見せているのはこちらも一緒。
警戒していないわけではない。人力のサーチライトはふたつある。
心理的負担を軽くするだけのものはあるはずだ。

「で、大事なのはできる(・・・)コトのほうだ」

不足に直面し、それを様々なアプローチで克服する。
そうして築き上げてきた歴史とは、対の側面。

「存外に多いもんなんだよ、人間には。
 できるのにやれてない(・・・・・・・・・・)コト、ってのがさ」

橘壱 >  
「少なくとも、落第街(アソコ)で好き勝手やってると思うとね。
 ハッキリ言って、僕はアンタという人物を測りかねている。」

額面通りに行けば立派な違反者なのだ。
落第街を自由に振る舞う無頼気取りの某。
少なくとも少年は、社会の影に生きていたとは言え道を外れる真似はしてこなかった。
常人から見れば充分に不真面目だと見て取れるというもの。
本人的にはそうでもないらしいが、一体何処まで本当かわかったものじゃない。

「……無意識のリミッター。或いは思い込み、とかか?」

とは言え、こういった面ではある意味本当なのかもしれない。
人間、その気になれば何でも出来るとは色んな所で聞くようなフレーズだ。
壱自身、やろうと思ったことは尽く努力はしてきた。
そして現に、結果を出してきた。だから、彼の言葉には一種の共感があった。

「今の僕にもまだ、"そういうの"が残っている、と?」

ノーフェイス >  
「リードチューンは無料公開だし。
 月額課金(サブスク)してくれれば全曲高音質で聴けるぜ」

ボクを識りたいのなら、そちらへどうぞ――だなんて。

「リミッター、ってほど大仰なもんじゃないかな。
 人間の脳は未使用領域がほとんどを占めてる……ってのは迷信だったんだっけ?」

とんとん、とこめかみを叩いてみた。

「訓練や勉強で自分の能力を磨き上げた結果、すでにできるようになっているのに……とか。
 無自覚のうちに行ってるのに、それを自覚せずに見逃しているだとか。
 使えることも知らないまま、使いこなすことができてない性能(ぶぶん)

そこで、ふと思いついたように、人差し指を立てた手を横にすべらせた。

「ほんの偶然――ふとしたことで。
 運動もロクにやってこなかったような陰キャ(ナード)が、AF(パワードスーツ)を身に纏って戦うハメになった。
 ――さて、キミの、それを操る才能(チカラ)は」

記憶をそっと掘り起こすように。

AF(それ)を身に纏った瞬間、突然生えてきたようなシロモノだったのか?」

違うだろ、と。
確認を促すのだ。

橘壱 >  
「音楽にはあんまり興味は……、……。」

そっちの感性は鍛えていない。
だが、人となりを知るにはきっかけにはなるかも知れない。
というか、月額課金(サブスク)なんてやってるのか。
ネットの検問とかどうなってるんだよ、まったく。

「使えるはずなのに使えていない。
 或いは能力はあるのに自覚していない部分、か……。」

超人の感覚ではない、多分此れは誰しもが到達し得る部分の話だ。
人間の性能。恐らく、此れは橘壱でなくても、その気に成れば誰もが出来る事。
その上で、そう言える程に人が自覚し辛い部分と言える。
小難しい話ではあるが、漠然とした何かがなんとなく脳内で形になってくる。
モニターの明かりを乱反射する碧の瞳。過去を映し出すように、網膜の奥に記憶が過る。

「……、……メタラグと操作が似ているから操縦には戸惑わなかった。
 けど、必死だったのは覚えてるよ。全部初めての経験だったから……。」

操作自体はそうだ。
だが、もうそこは実戦、殺し合いの場所だ
だからこそ必死だった。それ以上に自由に動く機械(マシン)の感覚に魅了されていったのは覚えている。
少なくとも、AF(コレ)を動かす才能は天啓ではない。
戦いの最中、もっと鋭く、もっと感覚的に研ぎ澄まされていったような気も────……。

「そんな漫画みたいなものじゃない。
 ……何ていうんだ。集中力?何かこう、戦っていく内に"ハマった"感じはあったっけど……。」

ノーフェイス >  
「ゲームやってた経験と、持ち前の動体視力と反射神経。
 無我夢中、暴力をためらわないという側面での兵士としての資質。
 緊迫する状況、集中力の塊。奇跡が起こったわけじゃない。
 必然の連続の中に偶然が混ざっていただけだ。
 華々しい初出撃(デビュー)の裏側には、それを成させた根拠(・・)がある」

培ってきた技術と、才能と。

「キミにはもともと翼があった。
 AF(それ)が、その翼に質量(かたち)を与えた」

動かせる能力があることを知ったのだ。

「――わかってきたみたいだな。
 キミには心当たり(・・・・)があったんだ。とはいえ……
 それは記憶で、連続する一瞬のなかに、サブリミナルのように潜んだ無自覚。
 つぎに"それ"を掴んだ時、絶対に手放すなよ。
 無自覚を自覚し、会得(モノに)する――階梯(ステージ)をひとつのぼる感覚。
 なるほど(・・・・)、という落着と納得」

頑迷な学者か教師のように。
ついてこれるものだけついてくればいいと、そう語る背中は。

「自分のなかの、眠れる可能性を目覚めさせる(・・・・・・)瞬間。
 ボクはそれを覚醒(・・)と呼んでいる」

橘壱 >  
『……覚醒、ね。随分と聞き慣れたフレーズだ。』

ゲームでも何でも、よく耳にするような言葉だ。
だけど、確かにそういった段階的なもの、進化とも呼ぶべきものが人には存在する。
さっきまでちゃらんぽらんだった飄々とした背中も、気づけば大きく見えるものだ。
モニター越しに悠然と語る紅色は、自由であるが故に強者なのか、或いはその逆か。
多分、ある意味自分が目指していた内の一つは、彼のようなものなのだろう。
何者にも縛られずに、自由に、気ままに、此の空を揺蕩い広がっていく。

ある意味では、羨ましいと思っていた

『お前は、人を試すのが好きみたいだな。
 或いは僕に、それほどの"価値"を感じているのか?』

けど、今は恋い焦がれる程のものじゃない
此処に来る前に掛けられた多くの言葉。彼の友人、知り合いの縁が"別の頂点"を示した。
少し前の自分なら、それこそ歯噛みしていたのかもしれない。
そうでないことを示すように一歩。重々しい(レッグ)が足音を立てる。

『……"やってみるさ"。』

背中を追いかけるような事はしない。
望むのは、期待を掛けるのであれば、"隣り合わせ"だ。
そう言わんとするように肩を並べて、青白い一つ目(モノアイ)が紅を一瞥した。

『僕を誰だと思ってるんだ?』

それこそ挑発するように、返してやった。

ノーフェイス >  
ヤミツキ(・・・・)になるぜ?
 自分で自分を進化させた、その瞬間の衝撃(ビッグバン)はな」

それは決して、誰もが手を伸ばしても叶わない神の奇跡じゃない。
覚醒というのは、人間が普遍的に起こす人為なのだと、そう語った。

「いや、別に。
 人間が試練に挑み、乗り越える瞬間を見たいだけだ。
 ボクにとっちゃ、戦場(こんなところ)ってのはそれくらいしか見どころがないのさ。
 相手を悦ばせる以外の暴力は、あんまり望むトコじゃない」

普段は違う舞台で戦っているので。
そう言いたげに、だからこそ、試練、覚醒の機会を与えている。
超えられなきゃ死ぬだけだ。それを承服する相手にだけ、祝福(・・)を与える。
進化を促す――そういう存在だ。

「自己を証明するといい。キミが何者になれるかはこれから決まる」

終始、この存在の声は、愉快そうに弾んでいた。
本心か演技かは定まらない。

ノーフェイス >  
――果たして。
辿り着いたビル――塔は、近づいてみれば凄まじく巨大だった。
ちょっとした劇場かドームほどの規模があり、それが天頂まで柱として伸びている。
対して、入口はずいぶんと狭い。並んで歩くのは難しそうだ。

「お先にどうぞ?」

そっと手を差し伸べて、笑う。
薄暗い金属の通路を、等間隔に配置された緑色の非常灯だけが、冷たく照らしている。

死地への入口か、はたまた。

「お宝でもあるかもな」

橘壱 >  
『……あれだけの力を持っておきながら……いや、そうか。
 そうだよな。アンタにとっては、暴力よりも音楽のが大事か。』

人が何に楽しさを感じるかは人それぞれだ。
結局のところ、戦いの場とは暴力が全てを支配する場所だ。
誰もがそこを自由に飛び回ることに史上の悦びを感じるわけじゃない。
力以外の表現方法は存在しない。芸術(アート)としては余りにも単調だ。

或いは、力を持ちえるからこそ、戦場(ココ)は退屈に感じてしまうのだろうか。

人となりを知り得ようとしてきたから、憶測混じりながら見えてくる人物像。
勝手に理解した気に成っているだけかも知れないが、根っこは確かにマジメなのかもしれない。

『ある意味、悪魔的だな。アンタは。』

彼にファンが出来るのも納得が行く。
彼の音楽(アート)は聞いたことはないが、人間性に魅せられる人物も理解できる。
オタク的に言えば、"推しに貢ぐ"感情に近しい。そんな事言われちゃあ、失敗は出来ない。

モニターに映る塔は、間近で見ると大きく、いや、大きすぎる。
まさに鉄の空までそびえ立つバベルだ。ある意味、神への意趣返し。
その割には入口は狭く、まるで"誘う"かのように一つだけ。
大きさに僅かに呆然としたが、すぐに表情が引き締まる。

『……見合うお宝ならいいんだけどな。』

なんて、軽口を叩くとともに脚部のバーニアが火を吹いた。
鉄を照りつけ、地面を滑走し迷いなく非常灯に誘われるようにその入口へと滑り込んだ。

ノーフェイス >  
悪魔と言われれば、愉快な冗談でも聞いたように肩を竦める。

「憐れむ歌も知らないクセに」

そう告げて。

「おい危っぶねバカ! こっちは生身なんだよ!」

バーニアの噴射炎を思わず退いて交わしながら、ぶつくさいいつつ後に続く。

ノーフェイス >  
細い通路は、緩やかに傾斜して下降していた。
外縁に沿ってカーブを描きながら、やがて辿り着いたのは天井の低い空間。
ちょうど4メートル前後か。跳ぶには狭い。細い通路の終端は、地下駐車場跡地だった。
林立する柱のなかに、乗用車は停まっていなかったが。

「あれ」

その背後から、不思議がる声。
握りこぶしを、ちょうど通路と駐車場の間に叩きつけた。
無言劇(パントマイム)のように、そこに掌を押し付けたり、蹴ったりしているが。

「入れないや」

定員一名――であるかのように。
見えない扉が、二人目、ノーフェイスの侵入を阻んでいた。
内側でも、斥力障壁の存在を、ふれたり、計器のそれで感じることはできるだろう。

それが背後。
そして正面。

『鋼鉄の檻』 >  
 
 
がしゃり、と。
闇の向こうから。
ゆっくりと重々しい、金属質の足音が――ひとつ。
 
 
 

橘壱 >  
レーダーに映る自身とノーフェイスの位置が徐々に離れている。
追従する様子は見えない。何かがおかしい。訝しげに眉を顰め、バーニアが止まる。
背部カメラに映る映像は、見えない壁と戯れるノーフェイス。
見えない壁…いや、斥力フィールドか。モニターに映る測定結果に合点が行く。

『アンタならそれ位破れないか?
 発信源の位置を特定するからそれごと…────…!』

その言葉を遮ったのは、けたたましい<危険信号(アラートシグナル)>。
前方から何か来る。間違いなく敵性反応だ。
もう後ろを気にしている余裕はなくなった。
重々しい金属音の足音が、正面から迫ってくる。
一つ目(モノアイ)が正面を見据え、ライフルの銃口を向けた意識を集中させた。

『鋼鉄の檻』 >  
それは先程交戦した、歩兵型のドローンと相通ずる意匠の機体であった。
中世の、それも物語に描かれるような、豪壮かつ質実な黒鎧。
左手には身の丈ほどの表面彫刻が剥がれた(シルト)、右手には肉厚の刃と、特異な機構を備えた機械仕掛けの片刃剣(サーブル)

壁面や天井に備えられた非常灯が、その姿を照らすたび。
鎧中に刻まれた深い傷と、面頬(バイザー)の隙間から冷たく輝く双眸(デュアルアイカメラ)
両肩には、華々しい戦歴を謳うような勲章が後からくくりつけられていた。

踏み込むほどに、びりびりと空気を震撼させる威圧感と、冬のように凍てつく殺気(・・)
その幽鬼のような行進にも、剣の握りを確かめる指使いも。
あまりに生物的な様相を見せている、機械仕掛けの剣士(ロボット)には。
中身(・・)がある――高度な、あるいは生身の人間を転写したAIを備えた機体特有の生々しい動作。

――指揮官機。

そうあたりをつけるのに十分なほどの有り様と。
強者と、そう語るにふさわしい気迫が、ゆっくりと迫る。

生命体を、排除するために――重たく、緩やかな歩みは、まっすぐに蒼白の鎧を目指す。

ノーフェイス >  
「葬式はどこの宗派が好み?」

へらへらとした笑い声が、背後から響く。

「こっちから破ってみるけど、電子戦は管轄外だからな。
 期待すんなよ」

心配などない。
死んだらそれまで。
存在証明の時は、今だ。

橘壱 >  
同列機種と思わしく衣装に鎧のようなシルエット。
黒騎士とも呼ぶべき全身図(シルエット)だ。
漫画やアニメの世界じゃ、黒は人気の色、ライバルなんかにぴったりだ。
ただ、さっきの機械的な連中とは違う。無人機には違いない。
"圧"が段違いだ。冷たい鉄越しからもわかるほどに、機械仕掛け(デジタル)の眼差しが此方を射抜く。

『指揮官タイプ……有人機みたいな圧力(プレッシャー)だ……!
 要だもんな。守りにエースを置いておくのは鉄板だもんな……!』

確かにモニターには無人機であるとスキャンデータは出ている。
生命反応はないが、此の鋼を貫通する生々しさは人と変わりない。
初めてAFに乗った時も、テンタクロウ(アイツ)の時に感じた殺意そのままだ。
気圧されたわけじゃないが、自然と冷や汗がこめかみを滴り落ちる。

『アンタが鎮魂歌を歌ってくれてもいいけどな……!』

軽口には軽口で返そう。
初めから死ぬことを前提なんて考えちゃいない。
背面のバーニアが再び熱を持ち、一気に急加速する。
青白い炎を加速させ、ライフルを撃ちながら急接近だ。

此の狭い駐車場では、垂直ミサイルとグレネードキャノンは使えない。
自爆、最悪は建造物を破壊して二人揃って生き埋めの可能性がある。
わかっていても、此処は相手の得意距離(クロスレンジ)に乗るしか無い。
ライフルはそのための布石、牽制だ。左腕上部から伸びる、青白いレーザーブレード。
アスファルトを焼け焦がすバーニアを反転させ、全身を一回転させて一気に薙ぎ払いを仕掛ける────!

ノーフェイス >   
報酬(ギャラ)次第かな!」

無料じゃ歌わない。そんな軽口も、じきに聞こえなくなろう。
バーニアの噴射音に紛れて。

『鋼鉄の檻』 >  
黒騎士は、銃口を向けられても恐れることなく突き進む。
盾を前面に構え、火花とともにライフルの弾を弾き返す。
強靭なる剛性。進軍は止まらない。その意志の有り様を謳うように。

だがそれでも、盾を構えていれば面頬を遮ることとなろう。
強固な盾とて、そのレーザーを受け止められるかどうか。
銃撃を伴う鋭い踏み込み(ブースト)に対して、
緩やかな鈍行は、あまりに無防備だったと言えたろう。

果たして、鋭い斬撃は――
一瞬、空気をかき乱す音とともに、空を切った(・・・・・)

黒騎士 >  
ほんの一瞬。
噴射装置を使うのは、ほんの一瞬でいい。
体を動かし、流すだけの。

洗練された最小限。バックステップから外側へと逃げる。
振り抜かれた蒼白の鎧の、左腕の外側へ。

その鎧は、まんまと躍り出て、残る推進力で体を捻った。
勢いの乗った回転とともに振り抜かれる斬閃が、迫る。
一切の無駄のない、華麗な操縦技術(・・・・)
剣術そのものは、そうして機体性能を乗せたものでしかないが。

その動き。噴射の使い方、機体の動かし方。
一級操縦手(エースパイロット)の神業から成る――

――後の先(・・・)を狙う戦型。

橘壱 >  
直撃させられると自惚れはしていない。
避けられるまでは良かったが、問題は相手の動き。

『────…!』

そこに一切の無駄はない。必要最低限。
洗練された一級操縦士(エースパイロット)の動きだ。
しかも丁度振り抜かれた左側、死角まで回り込んできた。

『コイツ……!?』

左側に回ったその推力を勢いに迫って来ている。
回避運動、間に合わない────!

『ぐっ……!?』

強引にバーニアを一気に稼働させる急加速。QB(クイックブースト)
敵の一閃が電磁バリアを貫通し左肩から深々と切り裂かれた。
血液のように紫の動力液が撒き散らされ、肉片のように鉄が飛び散る。
強引に距離を取ったおかげで、直撃は免れたがざっくりと斜めに切り裂かれた鋼の鎧。
操縦士(ほんたい)には届いていないが、モニターには多数の<危険信号(シグナルアラート)>が鳴り響いている。

『ハッ…!ハッ…!』

急加速によるGの衝撃。更には度重なる疲労が確実に全身を蝕んでいる。
本当に死ぬのか?一瞬聞こえてきた死神の足音に息を呑んだ。
全身を滴る冷や汗が嫌に冷たく感じる。そう、"恐怖だ"。

『…っ、呑まれるな…!』

奥歯を噛み締め、自らに言い聞かせる。
違う、こんなところではまだ死ねない。漸く掴み始めてきた。
自分のやりたいことも、進むべき道も、自分の事を見てくれる人々も。
何よりも、負けたままで終われるものか。モニターを睨む目は、まだ死んじゃいない。

動力に達してはいない。行動は可能。動けるならまだやれる。
こんな所で躓いちゃいられない。先ずは呼吸を整える。
一つ、二つ。ゆっくりと、ゆっくりとより意識が"ハッキリ"し始めた。

『……、……そうだ、良く思い出せ。橘壱……!』

初めてのAF(あのとき)の事をより明確に思い出せ。
AAA(アイツ)が言った言葉を、反芻しろ。そうじゃないはずだ。
意識すべき場所は目の前だけじゃない。…違うな、そう、もっと"純粋"な気持ちだ。
……そう、もっと昔だ。あの電脳空間。そう、あの世界では誰よりも自由だった王者(チャンピオン)の自分。


──────…そうだ、何よりも楽しんでいたあの時の自分。


『……───────。』

すぅ、と一呼吸。
同時に、手に持っているライフルを腰のハンガーへとマウントする
レーザーブレードを収納し、一見棒立ちで勝負を捨てたように見える。
だが、そうじゃない。一つ目(モノアイ)の奥で目を見開いたまま、微動だにしない。
まだ勝負も、闘志も、まだ何もかも捨てちゃいない。
黒騎士と翼、対峙するその姿は、まるで時代劇のような長い、達人同士の読み合いのような空気が流れ始めた。

黒騎士 > 捉えた。
仕留めたとは思っていない。
傷をつけた程度で喜びもなにもない。
結果を出さなければ。

鋼鉄の殺意は、その後にすぐに身を引き戻し、構え直す。
強固なる盾。反撃の刃。動体視力と反射神経。
機械の肉体に成り果てても、失せてはいない昔日の残滓。

異能もなく。
魔術もなく。

絶え間ない修練の記憶と、積み上げてきた戦闘経験。
それを写し取った人間の似姿は、少年を睥睨する。
鋼鉄の意志(・・)が、生命体を排除するために冷酷な判断をする。

本来。
急ぐ理由はない。
少年に対し、相手が焦れるのを待てばいいだけだ。
絶対的な優勢(アドバンテージ)は、しかし。その背後にある僚機(ウィングマン)――紅毛の人間。
それが、崩し得る――かもしれない。

そもそも同行者を隔絶したのは、最も得意とする一対一の決闘(ブルファイト)に持ち込む。
"自分に有利な状況に誘い込む"という迎撃戦の鉄条に則ったもの。
あれが果たして電子結界を打ち破れるかはわからないが。
二対一になれば、確実性も合理性も大きく失われるのも確か。

であれば。
一切の油断も容赦もなく、仕掛けねばならない。
残っているのはもう、自機(おのれ)だけなのだ。

片刃剣を水平に構えた。
峰に備えられた機構が展開。
刃を加速すべく縦に並んだ推進装置が――ドン、と空気を裂く鋭い音を立てた。

一瞬の加速。踏み込む(ブースト)
推進剤も燃料も、潤沢に残っているわけではない。
先の斬撃よりも更に凶悪な速度を予感させる殺気を纏い、
迎撃体勢の少年の間合い(・・・)へと飛び込んだ。

橘壱 >  
ゲームの世界っていうのが、狭いようで以外にも広かった。
それが特に人気ともなれば人が増えその分世界が広がるのは当然だった。
その分ライバルも多くなるが、競合相手は増える分楽しみが増えた。
そう、"楽しかったんだ"。誰よりも自由で、何者にも囚われない。
玉座に座っていてもそれは変わらない。そう、何一つ変わっていない。


──────忘れていた。見失っていた。本来の自分を


『…………。』

目の前にいるのは鋼の檻の囚われた鉄の黒騎士。
此の異界に混ざった操縦士(パイロット)の成れの果てなのかも知れない。
社会というものと向き合ってこなかった少年に、その背景(バックボーン)は想像しきれない。
今は、目の前の対戦相手(ライバル)の一人だ。そうだ、ああ、思い出してきた。
気づけば恐怖心も何もかも感じてはいない。いや、肌にはひりついている。
目の前の殺気も、焦燥感もあるはずなのに、まるで自分に追い付いてこないような感覚。

世界の中心が自分であるかのような錯覚さえ感じさせる此の感覚。
何度も経験したはずの感覚がまた、"戻ってきた"。
意識が、感覚が拡散しているようだ。黒騎士の炎が空を焼き、冷たい鉄が迫ってくる。
見開いた目が、鋼越しに感じる空気が、一挙手一投足がコマ送りにさえ見えてくる。

『────!』

それは、本当に一瞬だった。
間合いに飛び込んだ瞬間、"最小限"の推力で前に躍り出た。
自らの武器の間合いではない。鋼と鋼がぶつかり合うような、文字通りの零距離。
"手持ち武器"の刃故の弱点。間合いより更に内側、剣を触れるような間合いにはさせない。
そのほんの一瞬の距離で充分。相手は手練れだ。きっとすぐに距離を離すだろうが、ほんの一瞬で充分だ。
内蔵武器の強み。その右脇腹部位にに拳を突き立て、"レーザーブレードを展開することにより零距離刺突(ワンインチブレード)"による一撃必殺狙い────!

ノーフェイス >  
維持(・・)しろ》

それは。
本当に発された言葉だったのか。
本能が判断した警鐘だったのか。
 
一瞬だけなら、単なる奇跡。
脳がブン回り(・・・・)、肉体の限界を解き放つ集中状態(マインドフルネス)を。

黒騎士 >  
直前。
峰に備えた推進装置(スラスター)閉じる(・・・)
黒騎士の体が少年の想定よりも一瞬だけ先んじ、後ろに流れた。
突き出したレーザーはその心臓部を浅く裂き――しかし、倒れない。
急停止(・・・)。神業は、その緩急(min-max)の技芸にこそある。

ばちり、とスパークを放ちつつも、倒れない。

昔日の一級操縦士は、油断をしなかった。
蒼白の鎧が、何かをしでかす存在だと、信じて疑わなかった。
敵として最大の敬意を払っていた。だからこそ、手段を選ばない。
必殺の一撃を見せて幻惑し相手のイチかバチか(・・・・・・)の反撃を引き出す。
泥臭く、格好悪く、ドラマもない。
これが見世物なのだとしたら、どれほど口汚く罵られよう。

そこにあるのはただ、ただ。
勝利への――この先へ進ませまいとする、獰猛なまでの執念(・・)だ。
人間心理――苦しい時に劇的な大反撃を求めてしまう、その油断(・・)を。
吊し上げて後の後(・・・)を取る――プロフェッショナルの戦い方。

体感時間鈍化が切れれば、死ぬ。
その、息苦しいほどの集中状態がほつれれば、死ぬ。
いままでのすべてが敗北の二字に染まり、墓石の下に埋められる。

時間の流れが遅いからこそ、死神の姿は、冷えた殺意はより鮮やかだ。
噴射装置、再点火。
その胴を、斬閃が薙ぎにかかる。

――鈍い時間の中で。攻防が始まるのだ。
それだけが、いまこの瞬間、彼我の差を埋め得る要素。
ほんの僅かな勝ちの目を芽吹かせる、正念場。

極限の死地の先に――――

橘壱 >  
やはり、というべきか、流石というべきか。
一瞬の緩急にさえ対応してきて直撃を避けた。
その一瞬だけで、一体どれだけの経験(つみかさね)をしてきたのかよく分かる。
かつて、彼等も自由に空を飛んでいたのだろうか。
その背景(バックボーン)を考えると、哀れと思う輩もいるかも知れない。
だが、今此の瞬間は、力こそが全てなのだ。

『……流石だ。最高だよ……!』

惜しみない称賛の言葉。対戦相手(ライバル)へのリスペクト。
例え此れが見世物だとして、どれだけ罵られていたしても、その一級(プロフェッショナル)は崇高なものだ。
無意識に口元が笑みを作る。純粋にその瞬間を楽しんだものの笑み。
その言葉が聞こえたのは聞こえていないのかはわからない。
ただ、あの時の反響(リフレイン)と重なった。今、自分の中の全てがカチリと噛み合った。

『……!』

一切の油断も、途切れもない。
鈍くも、鋭くも、速くも、遅くも、全て高揚感がもたらしてくる。
モニターと自身の視界が一体化したようにさえ思えるほどに、何もかもが広がっていく。
そうだ。自由な世界(そら)に憧れたのは、こんなにも広い場所だと知ってしまったからだ。
一切の油断も、緩みも、気遅れも無い。
そこに在るのは、黒騎士への敬意(リスペクト)と勝ちへと向けた無数の戦術(タクティクス)
驚異的な集中力が、型にハマったような感覚が瞬間的に選択肢を用意し選ぶ分割思考。

黒騎士のバーニアが火を灯し、迫りくる。一切の無駄な動作がない。
機械的なまでの斬撃。銅を狙った最小限の一撃に……合わせる

『────そこだッ!!』

刹那、一瞬のQB(クイックブースト)による加速。
一閃。青白い閃光、右腕のレーザーブレードが銅を振り切る直前の黒騎士の手を切り裂いた
同時に振り抜いた左のレーザーブレードが、脇腹から逆袈裟に黒騎士を裂く────!

互いに狙っていた。まさに読み合いの一瞬。
ありとあらゆる要素を積み重ねて、最後のギリギリの瞬間、思考の競り合いに勝ってみせたのだ。

黒騎士 >  
彼の挙にも、反応はしていた。
――しかし、間に合わない。
この駆体(ハードウェア)では、そこ(・・)にはいけないのだ。

溶断された手首より先が、殺意の斬閃を放つはずだった腕の勢いをそのままに消失。
置き去りにされた剣が、引き戻しの動きをしてしまっていたことで宙空を舞う。
それが落下するよりもはやく、その駆体を蒼い閃光が通り抜ける。

――静寂。

(マニピュレーター)に握られたままの片刃剣が、コンクリート床に突き立ち。
続いて、大盾が地面へ落ちた。底面を叩きつけたのち、前へと倒れ込む。
けたたましい大音声が響くなか、漆黒の駆体が斜めにずれた(・・・)
溶け落ちた切断面。袈裟に断たれた上半身が後ろへ向かって落下。
残った下半身が最後に膝を折り、屈した。祈るように。

そこにあった気迫も、殺意も、敵意も。
どこにもなかった。失せていた。
最後に残った騎士の妄執は、いまここに断たれたのだ。

――時間の流れが、もとに戻る。

ノーフェイス >  
「あれが後退(バック)した瞬間はさすがに死んだかと思ったぜ」

その背に、軽薄な言葉がかかる。
黒騎士の機能停止によって、障壁が喪失したのか。
駐車場に踏み込む、紅い影。

「グッドゲーム、チャンピオン」

握りこぶしで、その肩を叩く。

橘壱 >  
勝負がついた。
目の前の機械(マシン)が寸断され、ごとりと無機質に倒れ伏した。
機械に感情はないのだろう。あの瞬間何を思ったかはわからない。
拡散した意識が、鈍化した時間が徐々に戻って来る。

『…………。』

言葉には出さない。だが、胸中には確かに黒騎士への感謝と敬意があった。
何時からだろうか。此の胸に押し込めていた反骨心がより多く出たのは。
力は人を増長させるとはいうが、まさにその通りだったのかも知れない。
両腕のレーザーブレードが消え、騎士を見下ろしていた一つ目(モノアイ)が正面を向いた。

『……油断するには早いぞ、AAA(トリプルエー)。』

ごつん。肩に感じる衝撃と軽薄さを嗜めるように一言返した。
どうやら、障壁を突破して入れたらしい。
コイツなら出来ただろうと思ったから心配は一つもしていない。
指揮官機は倒したが、肝心のこの塔自体はまだ稼働している以上、まだ終わってはいない。
モニターに乱反射する少年の顔は冷静で、何処か憑き物が落ちたような表情だ。

『一応聞くけどさ、"わざと"もたついてたわけじゃないよな?』

ノーフェイス >  
「さあ。
 キミがそいつをぶった斬ったら入れるようになったんだよ」

問われた言葉には肩を竦めた。
障壁解除を試みていたのかどうかは。
どう言っても信用されないような性格をしているのは確か。

「油断、っつーなら。
 コイツにさっきのイヤラシイのできないか。
 ブッ挿していうこときかせるヤツだよ……情報引き出せるんじゃないか?
 ハッキングまがいのこともできるんだろ、アレ」

死体に鞭打つようで悪いが、と倒れ伏した黒騎士の近くにしゃがみこむ。
油断。というより、ここまで来て情報がなさすぎた。
握っているとすればこいつ。さらなる新手が来る前に、やらねばならないだろう。

「――ンで?なんか掴めたか?」

橘壱 >  
『本当かよ。てっきりまた試されたのかと思った。』

とは言え、結果的に確かに"掴んだ"のだ。
まだハッキリと頭に、体に、感覚に残っている。
軽口めいて叩く言葉は警戒で、口元も笑みを浮かべていた。

『……出来なくはないと思うけど、……まぁ、仕方ないか。』

まさに好敵手と呼ぶべき相手にこういう事をするのは気が引ける。
とは言え、ずっとこの監獄にいるつもりはない。
(マニュピレーター)を合わせて、軽くお辞儀。日本式の作法だ。
所謂仏様に対する礼節である。蒼白の鎧が膝をつき、残骸を見下ろす。
右手を差し出すとともに、手首から射出されるケーブルが残骸の装甲に食らいついた。
此の機能の恐ろしいところは、既存の規格に差し込むなどという旧来のハッキングとは違う。
相手に触れさえしてしまえばいいのだ。まさに、実用化されれば恐るべき技術になるだろう。

『そう急かすなよ。そっちにも映すから。』

モニターに映る無数の英数字の羅列。
やはり異界の機械(マシン)だ。通常のそれとは違う。
AIと自らの技術を総動員しつつ内部情報を探りつつ
青白の一つ目(モノアイ)から光が照らされる。
立体ホログラムのモニターだ。壱が見ている景色をそのまま、ノーフェイスへと見せた。

ノーフェイス >  
彼の所作を横目で見てから。
自分は十字を切って、指を組んでおいた。
そういう宗教圏の出だ。

「情報もだけど、そっちじゃない。
 ……どーだったか、って聞いてんだよ。覚醒のお味は?」

なぁ?と茶化すように笑うものの。
視線は、映し出されたホログラムに向けられた。
そこに残っているのは、ドイツ語の短いテキストログだけだった。
発行年月日は――――つい今しがた。
記名は、アイン・ヴァイニンガー。昔日のエースパイロット。

そう、橘壱、そしてこの紅い影が最後に認識した現実時間から、
潜入時間を足すと、そういうことになる。

遺言(・・)だ。

「……………」

要約するとこうなる。

テキストログ >  
 
ここは"Heiligtum(ハイリヒトゥーム)"――"聖域"である。
空竜部隊零番機、私と相棒は、
極秘任務の追跡対象を追って"Heiligtum"に突入。
鋼鉄生成プラントを稼働させ、霊的影響を可能な限り抑圧。
"Heiligtum"の主を閉じ込めることに成功したが、
討伐することまでは叶わなかった。

今日まで、外部から生命体の侵入が確認されたことはなかった。
が、何らかの外的要因により、この位相が現実世界へと浮上してしまった。
現実世界で、異なる世界の噂が広まっていたのならば、
この"Heiligtum"がそれと衝突し、混在してしまったものと考えられる。

頼む。
ここから先には、進まないでくれ。
あれが血肉を喰らえば、あれが外に解き放たれてしまうかもしれない。

ノーフェイス >  
「…………鋼鉄の檻、ってワケか」

んー、と紅い髪を混ぜっ返しながら。
困ったな、という顔をする。

橘壱 >  
モニターに映った彼の所作。
正直言えば少し意外だった。こういうのも知らない無頼者だと思っていたから。
いや、何も知らないのはそうなのだけれど、それでもそう思わずにはいられなかった。

『……、……"悪くはなかった"。』

月並み程度の感想では在るが、何処となく照れくさそうに返した。
さて、出てきたテキストログはドイツ語だ。
医学の蔵書にもドイツ語はあるし、目を通すだけで読める。

『アイン……本当に強かったよ、アンタ。』

本人ではない、ある意味再現された幻だ。
だが決して忘れることはないだろう。
そして、記された内容は文字通りの遺言で間違いないだろう。
蒼白の鋼人が立ち上がれば、屋上の天井を見上げる。
此処へ迷い込んだ者の最後の警告であり、同時にやることがハッキリ重なった。

『だったら、やることは一つじゃないか?
 その鋼鉄の檻って奴を完膚なきまで破壊すれば、現実(むこう)と衝突する心配もないんじゃないか?』

シンプルな答えだ。

ノーフェイス >  
Heiligtum(ハイリヒトゥーム)ってのは……
 ナチ公残党の魔術結社が好んで使ってた表現でさ」

彼の言葉を、まずは否定しなかった。
しかし、少しだけ重たくなった口で言葉を紡ぐ。

異界(・・)のことだ。
 つっても、広義のそれじゃなくて。
 怪異が創り出す自分の領域のことなんだよ。

 人間がつくるものは、結界。
 怪異がつくるものは、異界。

 そういう基準が、日本でも……どっかの術の流派であったかな」

コンコン、と足元を叩く。

「要するに、ここはもともと怪異の巣で。
 そいつの力を弱めて、閉じ込めるために、鋼鉄まみれの世界にしたんだ。
 自然霊系の怪異は、機械や鉄に弱い個体が多い。年季が入ってるならなおのことな。
 檻ごとぶっ壊せばボクたちも出られるだろうが、そいつも出てくる。
 ――常世渋谷のド真ん中にな。
 ……大方、捕らえた怪異に、第三次下で逃げられでもしたんだろ。
 こうでもしなきゃ抑え込めない奴がこの先にいるってコト」

心当たりがある。
そう言いたげに、足を進めた。

「普段使ってない脳の使い方したんだ。疲れたろ。休んでな」

橘壱 >  
『ナチ公?……昔のドイツの事か?』

現代少年(わかもの)には聞き慣れない単語だ。
そう言えば歴史の授業に出てきたな、と記憶を辿った。
詳しく事情はわからないけど、ある思想を元にした名前だったような気もする。
どうやら彼は、そういうのに非常に詳しいらしい。口ぶりからしてわかる。

『……人工物だから、自然体のそれには弱いってことか。
 この遺言(ログ)の主って奴がそう言うことか。…………。』

もし仮にそうしたら、大混乱になるだろう。
封印を施さねば行けないほどの怪異だろうし、死傷者の被害は計り知れない。
モニターに照らされる表情は険しい。
だが、それでもやるべきことは大体理解する。
確かに疲労は蓄積しているが、バイタルサインは継続可能だ。

『いいや、僕も行く。大一番が残ってるなら、チャンピオンが休んでちゃいい笑いものだ。
 ……それに、黒騎士(コイツ)がわざわざ残したものなんだ。僕に出来ることがあるはずだ。』

ノーフェイスの歩みとともに、鋼鉄の足音も周囲に響く。
背中を見ているのはもう充分だ。

『それに、アンタにカッコつけられるのは"癪"なんでね。』

先に進むというなら、食らいついてでも肩を並べてやる。
そんな軽口を叩きながら、モニター越しに横目でノーフェイスを見やった。

ノーフェイス >  
「あーーーー……」

わからない、と言われると、そうか、と髪をぐしゃぐしゃとした。
現代においてはもう、遠い昔だ。こっち側もまた、正規学生としての教育を受けていないことが響いてくる。

「第二次大戦くらいの話さ。百年くらい前。
 ドイツで独裁政権敷いてた政党のことだよ。
 けっこうエグいことやってた。まあ、そこらは帰ってから調べな」

ついてくる彼を、肩越しに見た。
少し考えて、肩を落とす。

「ボクは格好つけなくてもカッコイイの。
 ……鋼鉄の鎧(アサルトフレーム)、しかも最先端の。刺さるかもしれないし。
 ひとつ成長したご褒美は、キミにもあっていいだろう」

そして、前へ進む。今度は、外縁を通りながら上昇していく経路になる。

「掴んだものを、帰ったら使いこなせるようにしなよ。
 入り方と、維持の方法。前者は研究、後者は筋トレみたいな感じ。
 とにかく試行錯誤と、数をこなして体と脳を慣らすんだ。
 武術に通暁してる奴は風紀にいっぱいいるだろ。
 訓練に付き合ってもらいな。可愛いセンパイとかにいっぱいシゴいてもらうといい」

こつん、こつん、と。
前を譲る。彼の後ろをついて歩く形だ。

「……都市伝説や噂話、知られる(・・・・)恐れられる(・・・・・)、ってのが。
 異界との境を緩めたり、怪異を強くするってのは、キミも知ってるだろ?」

そうして、先を目指しながら。
そんなふうな話を振った。

橘壱 >  
第二次世界大戦、相当昔の話だ。
へぇ、と相槌を打ちながら頷いた。
そういう時代も、昔には在ったらしい。

『随分と詳しいけど、意外と勤勉なんだな。』

或いは相当な歴史マニアか。
知れば知るほど、このイカれバンドマン(ちゃらんぽらんヤロウ)の意外性がザクザク出てくる。

『自分で言うのかよ、ソレ。
 まぁ、とにかく役には立ってみせるさ。
 完全な霊体タイプだと専用の装備と外部の協力が必要だけどね。』

往々にしてそういう物理が効かないタイプもいる。
祭祀局とかの管轄に入るようなタイプだ。今はそういう装備を持っていない。
そういうタイプじゃないことを祈るばかりだ。

『言われなくてもわかってるよ。
 ……感覚自体はなんとなく掴んでるから、後は本当のトレーニングだな。』

『まぁ、いるにはいるけど……、……ちょっと色々、頼んでみるか……。』

ココに来てコミュニケーションの問題がつきまとう。
とは言え、昔よりはだいぶ丸くなり、積極性は持っている。
ちょっと困った表情はしたが、頭を下げればなんとかなるかも知れない。

『所謂畏れとか、方向性は違うけど信仰とか、だよな?
 祭祀局の連中と仕事する事もあるから、少しばかりは……。』

所謂言の葉の力とかそういうものらしい。
認知の数によってその力は高まり、逆に忘れ去られてしまえば風化してしまう。
難儀と言えば難儀だし、厄介と言えば厄介だ。オカルトな存在は今一理解しがたい。
前を譲られるなら、遠慮なく鋼の足音がずんずんと進んでいくだろう。

ノーフェイス >  
「キミはボクをなんだと思ってんだよ」

ぐいー、と柔軟をしながらそう言った。機嫌を悪くした風ではない。

「今回の彼と対した時のように、一対一、あるいは一対少数。
 キミが一番あの状態にシフトしやすい環境から慣れるべきだからな。
 ……フフフ。まあ、頑張りなよ。使えるものは使え、ってさ
 ああ、ついでに凛霞にヨロシクね。
 いいのが出来たから、公演楽しみにしててって」

鼻歌混じり。やはり、他者を知るに彼はヒヨコ。
それでも必要なことだから。

「そうだね。
 まあ要するに、有名であればあるほどヤバいことが多いって感じ。
 だから、そういう超常現象はそもそもが人間の想像力が生み出す、
 世界単位の異能や魔術である、なんて珍奇な学説もあるくらいなんだけど」

こつり、こつり。

「……そいつは。
 ドイツって国にとっては結構特別な存在なんだ。
 果たして、どっちが先か。
 そいつがいたから、信仰されるようになったのか。
 信仰されるようになったから、そいつが生み出されたのか。
 いずれにせよ、一国単位の畏敬が集まった存在であることは、間違いがない」

『鋼鉄の檻』 >  
辿り着いたのは、塔の中央部。
柱の内部にはなにもない。
小型のドームほどの広さの、筒の中。それだけだ。
打ちっぱなしの鋼鉄の壁が、柱上にそびえ立っている。
そして空から、光が一筋注いでいた。

太陽の光。

見上げると、その塔の天頂、天井には孔があいていた。
思い切りなにかを突き刺してあけたような。
遠近感が狂いそうなほどの高さだが、それなりの大穴だろう。

――光が注ぐ先、地面は、草原だった。
鋼鉄の世界のなか、青々と生命力をみなぎらせている。

そしてその光を、巨大な黒い塊が浴びている。
全身に槍や剣を突き刺されている。
満身創痍の獣だ。

草原に身を横たえているのは、
立ち上がったのなら体高にして3メートルはあろうかという、
人智を超えたサイズの大鷲(オオワシ)だった。
静寂のなかで、か細い寝息が聴こえる。
死にかけの老鳥が、そこにいた。

ノーフェイス >   
「…………」

壱の隣へ立つ。
眠れる巨鳥を眺める表情は、静かなものだった。

今までにない、確かな緊張感(・・・)を漂わせて。

橘壱 >  
『神出鬼没のヘンな奴。』

端的に纏めるとそういうことになる。
何かと言われるとそう答えてしまう素直さがあるのだ。

『……無貌(ノーフェイス)って話だけど、そんなもんじゃないな。
 なんで伊都波先輩の名前まで知ってるんだよ。顔広すぎだろ。』

まさか風紀委員まで知り合いがいるなんて何なんだこの違反者。
これがコミュ力強者の力なのだろうか。恐ろしすぎる。
流石にちょっと慄いてしまった。陽キャ限界突破怖い。
オート移動モードがついてなければ思わず立ち止まっていただろう。
社会人に必要なのは第一にコミュ力と聞いたが、此処まで効果があるのか。

そんな風に慄いていると、風景が少し変わった。
相変わらず無機質な鋼鉄には変わりないが、まるで何かを示すような一筋の光。
鋼の空に、恐らく唯一出来た太陽の光だ。その光を浴びているのが、恐らく主。
その姿は唯一の緑を占拠し、自らだけ悠々と暮らす独裁者のような風体。

『あれが……。』

全身に突き刺さった武器の数々。
それでも尚寝息をたてて寝ているほどに大胆な大鷲。
凡そ3メートル程度のサイズ感だろうか。どう見ても手負い。
だが、手負いの獣ほど恐ろしいものはない。
何よりも、隣のお喋りが黙るほどの"緊張感"だ。
自然と壱の表情も引き締まり、腰のハンガーからライフルを手に取った。

『……先手必勝で仕掛けるか?』

どうする、と隣の相棒に問いかける。

ノーフェイス >  
「それで討ち取れるなら、とうにアインは成仏してただろうよ。
 ここはアイツの異界(ハイリヒトゥーム)……
 ……ボクらが迷い込んだ瞬間からぜんぶ把握されてるとみていいだろうな」

気配ふたつを感じ取ってなお眠れる姿をさらしていた魔鳥は。
やがてゆっくりと、巨大な黒翼に守られていた、白い羽毛の首を晒す。
羽毛の下は骨と皮だけの痩せさらばえた顔貌は、片目が潰されている。
そんな僅かな身じろぎだけで。
大気がふるえたような、威圧感。

――強いとか、上だとか、そういう程度ではなく。
人間と比して、そもそもの規格が違う大怪異(もの)のあり方。
災害や疫病などが凝って血肉を得たともいえる、得体の知れない人外のもの。
そして、歴史を鑑みて、人間が挑み超克してきた存在――ともいえるが。

「解き放たれた瞬間、いくらか犠牲は出ても。
 常世学園(ここ)なら間もなく討ち取られるだろうが――」

いくらか犠牲は出る可能性がある。
まあ、自分はそこまで気にせずとも、それを許容してやる理由もなく。

国章(ブンデスアドラー)にも描かれている有り様と似たこの怪異(トリ)の……
 もっとも古い呼び名が、こうだ」

ノーフェイス >  
「……"空を統べるもの(フリューゲル)"」

静かに。
彼にとっては馴染み深い単語を口にする。

裏常世渋夜(ウラシブ)の噂によってこのあたりの位相が緩み。
 その噂と融合し、鋼鉄の裏常世渋谷という独立異界になって。
 ……キミのAF(それ)と呼びあったんだ」

名前は、言霊だ。
特別な意味を帯びている。
悪魔は真の名前を呼べば退散させられることができるという。
本名を名乗らぬ魔術師がいるのも、そうした古い考えを継続しているものなのかも。

「まず、キミが喚ばれて。
 通りがかったボクが、キミとの縁に引っ張られた。
 放っといたら、キミの知り合いがどんどんこっちに来るかもな。
 腹が減ってるんだろうよ……」

その鳥の視線はまっすぐ。
そうして、天賦の魔術師、ノーフェイスへと静かに注がれていた。
これを食えば、舞いあがれると。
そう考えているのだろう。

「……で、どーする。
 挑むか、退くかだ。キミが決めろ。
 こいつを前に、キミはどんな理想(ものがたり)を描く?」

橘壱 >  
『初めから全部掌の上か。気に入らないな……。
 機械人形(アイツら)は全部コイツのお世話係ってわけだ。』

『態度もそうだが、ただ玉座に怠惰にしている姿────…っ!』

敷居が違えど、一度は玉座に座った事もある。
それでも怠惰になること無く、技術を磨き続け、その座を守り続けた。
同じ頂点にいるものとしては、下っ端任せの何もかもが気に入らない。
だがそんな発言も、全てが吹き飛ぶような強烈な威圧感(プレッシャー)

力の上下とかそんな小さなものではなく、"モノ"としての企画が違う。
吐き捨てた言葉を途中で呑み込んでしまい、息まで止まるほどだ。
非異能者の一般人。そんな少年にその畏怖は強烈だった。
全身の冷や汗がより一層冷え込んだ気がする。吐き出す息が、体が聞こえる。
立ち向かうべきではない。本能がそう囁いてきた。

『────…っ!』

だが、背は向けない。奥歯を噛み締め、精神(こころ)を奮い立たせた。
操縦士(パイロット)しての意地だ。それもある。
此処で尻尾を巻いて逃げちゃ、黒騎士(アイン)に笑われる。
他の奴らだってそうだ。

伊都波姉妹(アイツら)だったら逃げるのか?

先生手紙(アイツ)だったらきっと笑ってる。

こんな所で逃げ出したら黒騎士(アイツ)だけじゃない。
夜合音夢(アイツ)にも、クロメ(アイツ)にも笑われる。
風花優希やマト(ゆうじんたち)にだってそうだ。
何より、自分のことをカッコよくみてくれたイヴ(アイツ)にだって示しがつかない。

そんなちっぽけな凡人の意地を奮い立たせたのは、少年が結んだ縁の数々だった。
粗くなった息をゆっくりと整えながら、はっ、と笑い飛ばしてやった。

『そんなの、初めから決まっている。』

青白の一つ目(モノアイ)が強く光る。

橘壱 >  
奮い立つ精神(こころ)に呼応するかのように、機械(マシン)の全身が熱くなっていく。

『僕は風紀委員だ。コイツを見過ごすことは出来ない。
 何よりも、"空を自由に翔ぶのは(フリューゲル)"は僕だけで充分だ。』

偶然か、必然か。
その名前で呼びつけられたのなら、尚更決着をつけるしか無い。
痩せ我慢でもなんでもない。自分がやらなければ意味がない。
此れは恐らく、試練だ。そういった巡り合わせだと少年は捉えた。
既にもう、精神的に負けることは一切ない。


Main system engaging combat mode.(メインシステム、戦闘モードを起動します。)


無機質なCOMの声が、その理想(ものがたり)の始まりを決定づける。

ノーフェイス >  
横目で、臨戦態勢に入る彼を見やる。
視線は、そのあとすぐに巨鳥へと戻った。

「遠い果てが不確かなら、いま一歩先の理想(じぶん)でいい」

この試練を超える己を。
在りたい自分(・・・・・・)の姿を、思い描き、目指すこと。
完成された究極を見せる超存在に対し、前に進んで超克すること。
発明し、覚醒すること。

「キミの勝ち目はいまんとこほぼゼロだが。
 だったらそんなモン、後から創っちまえばいいだけの話だ」

倒したい、超えたい、というのなら。
その理想に乗ってやろう。
紅いまぼろしは不敵に笑って、風なき草原に佇んだ。

真なる称号(なまえ)を懸けての戦いにノってやる。
 ……44秒。 そいつを前に生き延びてみろ」

死んだらそれまでは、変わらない。
挑戦とは、そういうものだ。
命を賭けるとは、人生を懸けるとは。
そういうもので、あってほしい。

「――キミに魔法をかけてやる」

『空を統べるもの』 >  
巨鳥は。
ゆっくりと体を起こした。
羽をたたみ、立ち上がる。

ともすれば、すぐにも老衰死しそうな有り様であるのに、
力強い両足は、鉤爪の鋭さだけが確かで、まっすぐだ。

その存在は、キミをみた。
片方だけの瞳は――静かだった。
優しくすらあった。

憐憫(あわれみ)だった。
翼を名乗り。
空を舞おうとする、贋物(にせもの)への。

瞬間。

『空を統べるもの』 >   
それは単に、前方へ動いて、鉤爪を振るっただけだ。
それでも、鈍化時間の中でなければ視認すら不可能な速度で。
ふれれば、その駆体をバターのように切り裂くだろう鋭さで。

飛翔し、突進し、切り刻もうと動いた。

橘壱 >  
『言われるまでもな──────。』

そう啖呵を切ってみせようとした瞬間だった。
機体(ぜんしん)に強い衝撃が走ったのだ。何が起きたかは一瞬、理解が遅れた。
だが、鍛え上げられた驚異的な反射神経。この檻の中にいた僅かな時間で培われた警戒心が首の皮を繋げた。
ほんの一瞬の動作。僅かに機体を交代させると同時に、全面に電磁バリアを集中させたのだ。
だが、規格差(スペックのさ)が圧倒的だった。
直撃ではなかったというのに、大きく頭からごっそりと機体が削られた。
メインカメラが潰され、モニターの大部分が砂嵐だ。
黒騎士によるダメージも相まって、最早機体の装甲はほぼ丸裸。
内部回路や本来露出してはいけないパーツの数々が丸見えだ。
文字通り、次の一撃は確実に致命打に繋がる

『────格上だとは思っていたけど……!』

余りにも、余りにも想像以上だ。
一瞬向けたあの憐れみは、正しく強者の余裕だったのだろう。
砂嵐越しにぼやけて見える大鷲を強く睨みつけた。
負けていられるか。そう思った矢先また感覚広がり、時間が鈍化していく。

『……"やってみせるさ"!』

44秒でも、一分でも一時間でもやってのける。
出鼻は挫かれたし、メインカメラは潰された予想外のハンディキャップ。
だが、充分だ。全身のバーニアを稼働させ、空へと舞い上がる鋼人。
どちらが(ホンモノ)なのか。ちっぽけな挑戦者(チャレンジャー)が巨鳥と対峙する────!

ノーフェイス >  
「……よし、死んでないな!よくやった(グッボーイ)チャンピオン!」

大きく横に跳ね、難を逃れたこの存在は。
一撃に対して、かろうじて命と継戦能力を繋いだ彼を確認したのちに。
再び疾駆する。紅の残影を引いて。

その奇跡に追いすがるは、機関砲のような衝撃の連続。
巨鳥が黒翼をふるうたびに、魔力で編まれた羽の弾丸が降り注ぐ。
鋼鉄の鎧からみれば、威力そのものは高いというわけではない――だが。
生身の肉体に突き刺されば、致命傷だ。
当然、むき出しになった鎧においても、だ。

全力疾走でもって、その弾丸の挙動を惹き付けていれば。
壱が逃れなければならぬ挙措は、その両の鉤爪だけに事足りる。
この巨鳥に、他に手札がなければ、の話。

『空を統べるもの』 >  
そして、この巨鳥は。
羽の弾丸を紅に絶えず撃ち込みつづけながら。
舞い上がった壱を見上げた。
死にかけの命。
風前の灯火。

眼下の鳥が消失した。
草原に、一陣の風が波紋のように遅れて広がった。

頭上(・・)より。
時間鈍化世界のなかで、辛うじて飛翔する尾の残像は捕らえられたか。

壱の肉体を殻のある木の実のように引きちぎらんと。
文字通り鷲掴みにしようと、急降下の強襲が襲い来る。

橘壱 >  
軽口を返してやりたいところだが、そんな余裕もない。

『────…チッ!』

駆動には問題ないが、さっきの一撃で電磁バリアの装置がイカれた。
もう防御することも出来ない中、ダメ押しのように飛んでくる羽の弾丸。
全身のバーニアを稼働させて右へ、左へ、上下左右とにかく回避運動を行う。
メインカメラがやられたせいで目視による回避は出来ない。
サブカメラで死角からの攻撃を逐一確認し、後は"勘"とその場の対応だけで回避し切る。
一度でミスったら終了(デッドエンド)だ。薄い鉄板一枚の向こうには、確実な死が待っている。

だが、不思議の恐怖心はなかった。
その驚異的な集中力か、或いはアドレナリンがそれを退けたのかはわからない。
どれも此れもぶっつけ本番の中に、不意に耳をつんざく<危険信号(シグナルアラート)

『! 上かッ!!』

鈍化時間の中でかろうじで見えた残像と、優秀なセンサーのおかげだ。
咄嗟に降りかかる鉤爪を左腕のレーザーブレードで切り払った。
あわよくばダメージを、とも思ったが質量差なのか、或いはそもそもの格が違う影響なのか。
明らかに手応えがない。刃が通ったかさえ怪しい。

『…………!』

いや、まだだ。まだ足りない
思い出せ。この感覚を。今の体感を。
玉座に座っていたあの頃を────。
もっと、もっとだ。それは意識か無意識なのかはわからない。
だが、もっと鋭く、確実に、より深みへと、限界まで広がっていく。

『空を統べるもの』 >  
光剣がなぞったのは、それこそ残影である。
単に――回避したのだ。
彼の更に頭上、壁面に鉤爪を突き立てて、ぎこちなく空を舞うヒトガタを俯瞰する。

空中における圧倒的な機動力。
動き出しも、動き終わりもない。継ぎ目もなければ、隙もない。
この存在から、空中において後の先(・・・)を取る方法は存在しない。
鋼鉄の兵団が、地に堕として閉じ込めることが精一杯だった、空の化身。

だがそれでも、剣を振るって得られた情報(もの)はある。

――避けた(・・・)のだ。
攻撃を回避する必要(・・・・・・)があった。
体中に突き刺さった、剣に、槍。
当たれば攻撃は通る。――あたりさえすれば。

片翼は走り回る紅を、もう片翼は壱を。
羽の機関砲で動きを制限しながら。

不意に――
それは、口を大きく開いた。

白く、細い――針のような鋭さを帯びた光線(レーザー)が、壱へと向かう。
本当に、針だ。速度と貫通力を持つ針。それが一本だけ、放たれる。

橘壱 >  
手応えの無さは回避によるものだ。
つまり、攻撃は通る。今まで黒騎士(アイン)達が行ってきた攻撃も無駄ではなかったようだ。
ただ、討伐まで至らなかった。どういう過程であれ、結果そうなっている。
ただ、それが通るとわかったとは言え、壱側からアクションはない。
回避運動に集中しているから?否────…。

『…………。』

大鷲が大口を開いた。
一本の針。光速で飛来するが確実に此方の命を奪いに来ている。
一本の針と侮るはずも……いや、最早そんなことすら考えていなかった
その動作は、"ごく自然"に行われた。
飛び込んだ針をバレルロールによる回避。
同時に、ライフルが二発、火を吹いた。
一発目は今巨鳥のいる場所。もう一発は、恐らく回避するであろうその先に

『空を統べるもの』 >  
『―――』

声はない。
血しぶきあがることがない。
しかし、それははじめて、憐憫以外の感情でキミをみた。

二発の弾丸は、結果としてもろともに鋼鉄の壁面に着弾した。
しかし一発目、二発目。華麗なる飛翔による回避であっても、その意味合いは大いに違う。

針による牽制からの回避。速度の面で、壱は追いつくことはできずとも。
この大鷲が動く未来そのものを過たず読み切っていた。

理解する。
これらは、どうやら件の鋼鉄兵団と同じ、挑戦者であると。

巨鳥は静かに。
その鉤爪を輝かせ。
高速飛翔。乱舞。――双撃。
舞う蒼白の鎧を、引きちぎらんと翔ぶ。馳せる。

――そう、それでも。
舞い上がり、紋章に記されたが如く展開する黒翼には、まだ。
一手が、届かない。
あまりにも遠すぎる一手が、足りない。

ノーフェイス >  
 
 
《あと5秒》
 
 
 

橘壱 >  
弾丸は何方も届かなかった。だが、確実に大鷲の意識を変える事が出来ただろう。
先程までの哀れみはなく、挑戦者として、獲物として、認識された。
機体も限界であるというのに、本来ならば膝を崩すべき自体なのだろう。
だが、橘壱はもう、そんなことさえ考えていない

『───────……。』

"ゾーンに入る"、"無我の境地"などと呼ばれるものがある。
その分野における一定以上のものが、驚異的な何かを持ってして入り込んだ自分の世界。
今、橘壱がいるのは文字通りそこだ。先程よりもより深く、その最先端。
まだ一極化のみの不完全なものだが、世界も、音も、何もかもが遅く、そして思考は置き去りにするように高速だ。
Fluegele(フリューゲル)の機体速度では、本来であればその飛翔に追いつくことさえ出来はしない。
無惨に翼をもがれ、地へと落ちるはず。
そう確信されてもおかしくないダメージだって負っている。

空を裂き、風を弾き、暴威が空を埋め尽くす。それでも尚。

Extension Purge.(両肩武器、解除。)

COMの機械音声と同時に、両肩のロケット砲がパージされる。
その動きをひと目見た途端、回避は不可能だと判断した。
だからこその"煙幕"。先ずは初撃をパージしたロケット砲に受けさせ、爆発。
空を覆い尽くす爆風と爆炎が、一瞬でもFluegele(フリューゲル)を隠せればいい。
爆煙に紛れて一手、また一手。本当に皮一枚、削れて跳ねる鉄礫と共に致命傷を避け続け────……。

ノーフェイス >  
いつか、追いつけるかもしれない。
いつか、とどくかもかもしれない。
人間の歩みは日進月歩で、AF(それ)も進化を続けるのだから。

でも、いま(・・)勝ちたいと言って命を張る、その理想がある上で。
確かな実現性が視えるのなら。
英雄の傍らには魔法使いが侍るものだ。

巨鳥の意識が自分から逸れ、空舞うもう一羽の幼鳥へ向いたなら。
鋭くブレーキをかけ、息を吸う。
瞑目。集中。

――入神(トランス)

来たれ(ヴェニ)

吐き出す。
白い腕に、肌に。
ぞわり、と黒い文様が浮かび上がる。
総身に刻み込まれる聖痕のような。

意志在るところに途はある(クレアトール・スピリトゥス)

決然とした、大気を割る宣言とともに。
額にまで冠のように廻った、黒い荊棘の紋。
――刮目。

ノーフェイス >  
 
 

名づけられざりしもの(レクス・テンペスタス)
 
 
 

ノーフェイス >  
瞬間。
壱の身を横から何かが殴りつける。

だけではない。
ばらばらと、その駆体に、肌に、細かな何かが打ち付けるようにぶつかった。
水滴――雨粒。

最初の衝撃の正体は、突風だ。
それは連続し、渦を巻く。
雨を伴い、生身を圧し砕かんとするほどの暴風が蟠る。
感覚器官に強い影響を与えるほどの、気圧の急速な低下。

無風の塔内に現れたるは――嵐。

仕組み(メカニズム)の判明している自然現象を、魔力を材料に、脳を演算器に。
科学と似て非なる自然法則を我が物とする、人間の進化論(アプローチ)
塔内という限定領域に、人造の嵐を呼び起こす大魔術。
現実社会では編もうとしただけで一発逮捕ものの規模の、だ。

「――――人間の、過酷環境下での活動……」

槍を地面に突き立てて、吹き飛ばされないように耐えながら。

AF(アサルトフレーム)の本領発揮だッ!
 これが一手だ!さあ――"王"を詰めてみろよッ!」

届かないなら。
引きずり下ろしてしまえばいい。
荒れ狂う風と打ち付ける驟雨のなかで、その推進力が活きる。
不自由な蒼白の鳥は、動きを戒められた王と、同じ目線に立てるだろう。

『空を統べるもの』 >  
同時。
紅に向けて、"針"を射出した巨鳥は。
焦らない。
焦らずとも。

次いで、壱を八つ裂きにしようとした、鉤爪の動きには。
起こりが生まれた。
暴風のなか、僅かに普段よりも、動作のための余計な力が必要になった。

この、過酷環境下に。
空の王が適応してしまうまでが――時間制限(タイムリミット)