2024/11/04 のログ
ご案内:「常世渋谷 祭りのあと」に汐路ケイトさんが現れました。
ご案内:「常世渋谷 祭りのあと」にリリィさんが現れました。
■汐路ケイト >
秋の夕陽に照らされる常世渋谷。
いつも賑やかなこの街だから、年がら年中お祭りのようなもの。
その中でも特に賑わうお祭り時が、アルバイトの稼ぎ時なのですが。
「おつかれさまでーす!」
内装を運び終えてがらんどうになったプレハブ小屋の前で、
什器を回収して発進するトラックに、手をぶんとあげて見送った。
メガネの奥のにこにこ顔は、しかしそのあとに曇った。
「はあ……」
疲れもあったり。あるいは、色々なひっかかりもあった。
さいきん、いろいろ余裕がなくなってる気がした。
浮かない顔だ。いや、ずっと浮いてない。浮いてるように見せてただけの。
「いつまで、続ければいいんでしょうね……」
プレハブ小屋の、扉脇に背を預けて。道行く人たちを眺めている。
いろんなひとたちがいる。きっと悩みがあったり、なかったりで。
差し入れの缶コーヒーをずず、と啜って、ばばむさい独り言がもれちゃう。
■リリィ >
祭りが終わり、日常へと回帰していく若者の街。或いは、気の早い祭り好きらが次なる催しに向けての衣替えを始めている様子もちらほらと窺える。
唯々のんびりと歩む足取り――目的地はない。ただ、潮の満ち引きが如くゆっくりと熱が引いていく空気をめいっぱいに吸いこんでいるだけ。
当てのない歩みがただ気ままに揺蕩う中、その元気な声を拾ったのは偶然だったけれども、聞き覚えのあるそれにいつかの屋上で逃げ出すように去って行った背中を浮かべたのは必然。
そして、声のした方へと向かうのもまた。
「――ケイト、ちゃん?」
辿り着いた先では、先程聞こえてきた声とは裏腹に気落ちした様子の姿があった。
雑踏から押し出されるようにして少女の前に立つと、窺うような視線に辛うじて笑みをのせて、極々控えめな声をかけてみる。
■汐路ケイト >
「ふぁい!!!!休んでません働いてますっ!!」
びくぅーっ!と肩を跳ねさせて顔をあげた。
取り落としかけた缶コーヒーを両手でぎゅっと保持。メキッ、と缶が少しひしゃげる。
ぶんと振りむいた先にあった顔に、ずれたメガネの奥の瞳の色が、
驚きから動揺に変わる。
「……リリィちゃ……」
続いて、気まずそうに視線がそれてしまった。
口論してたわけでもないけれど、あわてて逃げてしまったから。
逢魔というには愛らしい見た目の、夕陽に照らされる友人に。
「こ、こんばんは!……学校帰りです?」
笑顔をつくって、とりあえず挨拶。
■リリィ >
釣られたように肩を跳ねさせて「ひゃい!」と何故か叱られた側の声色で鳴いたのはちょっと置いておくとして。
缶コーヒーの悲鳴に一瞬だけ目線が手元へ。
飲みかけのコーヒーが少女を汚してはいないだろうか、確認したのは反射じみた無意識の行為。
「す、すみません、驚かせちゃいましたね。」
へにょりと眉を下げて尚も笑う。その目が此方を向かずとも。
雑談に興じるには半端に開いた空間は、そのまま二人の微妙な距離感を示しているようだ。
「いえ、気ままにぶらぶらーっとしていたところです。
お祭りが終わって寂しい気持ちを、見ず知らずの誰かと共有したかったのかも。
ケイトちゃんは……お仕事中、かな?」
もしもそうなら理由もなく引き留めるのは悪い気がしたけども、手にした缶コーヒーを見れば休憩中かもしれない。
だからどうした、って話だけど、なんとなくこのまま別れるのも憚られて、窺うように少女を見遣った。
■汐路ケイト >
「いえ、いーえっ!あたしこそボンヤリしてて……。
お仕事、おわったところですよ。ほら、ガラーンってしてるでしょー。
さすがにプレハブの解体はできないから、明日来る生活委員さんたち任せですけど」
みてみて、と脇の扉をあけてみると、中はもうすっからかんだ。
調理器具もなにもなく、パイプ椅子と折りたたみのテーブルがちょこんとある。
テーブルのうえには中身ぎっしりのビニール袋が置かれていた。
こんなところも、祭りのあと。
「……えへ~。終わっちゃいましたね。
仮装してたひともジャックランタンも、みーんな片付けられちゃいました。
リリィちゃんは……たのしみました?おまつり?」
さみしいきもち、なんて言われると、首を傾いだ。
今日も今日とて賑やかなのに、すっぱり線を引かれたみたいに、
終わってしまったハロウィンナイト。
その終わりの様相を呈する室内を、ちらりとみてから。
少し吹いた風は、もう深まった秋の冷たさだ。
「……リリィちゃん、急ぎのご用事とかあったり?」
ないなら、座ってゆっくり話せたりするかなあ、なんて。
■リリィ >
言われて漸く躊躇いがちに互いの間にある距離を埋める。
覗き込んでみたら成る程すっかり片付けが終わっていて、ちょっとした残り香以外は空白ばかり。
「おー、すごい、片付けが終わった後ってこんな感じなんですね。
舞台裏を見た気分です。」
これはこれで、機会がなければ中々に見ない光景だ。
物寂しくはあるけれど、それより好奇心が擡げる様子。袋の中でぎゅうぎゅうに犇めく南瓜や蝙蝠、お化けたちは、来年も何処かの小屋を賑やかしてくれるのだろうか。
「はい!魔女の仮装をして、ランタンを彫ったんですよ!
楽しかったです。皆さん思い思いの恰好をしてて圧倒されました。」
ぱっと笑顔が輝いた。肯定は力強い。
楽しかった分、終わってしまうと余計にさみしく思うのだけど。
「? いいえ、今日は特に……ケイトちゃんもお仕事が終わったところなら、少しお話しませんか。ほら、あの、折角こうして会えたことですし。」
何か言いたげな視線に気付けば此方から水を向けることにした。
それに、……いつかの背中を思い出す。もしもあの時彼女の柔らかいところを無造作に踏みしめてしまったのだったら、謝りたい気持ちもあった。
■汐路ケイト >
「ええーっ、みたかった!ぜったい似合うじゃないですかー。
もふもふの着ぐるみで呼び込みしてるあいだに、そんな素敵なことを……。
写真とかあったりします?なんだったら今度着せみせて…いやいやっ!
……ランタン、おうちに?いいですね。思い出に残るし…」
こちらも声をはずませた。
思い出。大事なことだ。少しはにかむようにして、我がことのように楽しげに。
「……うん!」
自分の意を汲んでくれた。とってもやさしいひと――そう、ひと、だ。
あんなふうになったのにこう接してくれることに、ちくちくと来るものもあったから、あらためて、ちゃんと向き合えるようになりたい。
どうぞ、と促して、扉を閉める。販売用の窓も硝子戸が閉められているから、だいぶ寒さはしのげる。
とはいえ、電灯がないから、薄暗い。もうすこしで闇に飲まれてしまう密室だ。
「えへ。なにもないところですが!
……あ、差し入れのコーヒーと菓子パンはありますよ、どうぞどうぞ」
パイプ椅子を展開して、どうぞ!とおすすめ。
……一個しかないのだ。なので、よいしょ――と行儀悪くテーブルに座っちゃったりして。
「…………えっと」
そこで自分からあのときのことを切り出すのに、ちょっと二の足踏んじゃうのが、だめなとこ。
だって、ともだち付き合いが得意かといえば……断じてノーだから。
薄暗闇のなかで、脚がぱたぱた、所在なさげに。
■リリィ >
「えへへ。わたしもケイトちゃんのもふもふ着ぐるみ姿見たかったです。
でも、呼び込みってことはお仕事ですよね。むむむ……!」
貸し出しだったら見せ合いっことはいくまい。無念。
その代わり、次回があればぜひ見たい!と、連絡を乞うのを口実に学生手帳で連絡先の交換でも、ひとつ。
さてその後で、招かれてプレハブ小屋へ。
決して広くはない筈だが、物がなければ座って話するだけならば十分以上のスペースがある。
隅っこの方には薄闇が吹き溜まっていた。
「うふふ、ありがとうございます。がんばってお片付けしたんですもんね。」
一瞬だけ躊躇するが、テーブルに腰掛けたのを見て遠慮なく椅子に座らせて頂くことにする。
無駄にデカいケツを受け止めてパイプ椅子が軋んだ。沈黙の中でそれはよく目立つだろうか。恥ずかしさに少しだけ肩が窄む。
ハラペポンコツ淫魔はすすめられた菓子パンに手を伸ばして「いただきます。」と齧り付くことで沈黙を埋めんとするが、一口齧って飲み込んだところで口を開くことにした。
謝らなくちゃ、って、さっきも思ったから、だから、
「……ケイトちゃんは、時間を稼いでるだけ、って、言ってましたよね。」
なのに、
「でも、わたしの本能を肯定しているみたいでした。
まるで、そうであってほしいみたいだったな、って……。」
食べかすをつけた口から出てきたのは、真逆の言葉だった。
■汐路ケイト >
こっちも結構身体がしっかりしてるほうなので、『わかりますよ…』みたいな目線を向けたのは言うまでもない。
肉体労働をしているのもあるし、だからスリムジーンズとか履こうものなら大変なことになっちゃうのだ。
がんばってお片付けした、なんて言われると、誇らしげに胸を張ったりもして。
「甘くて美味しいんですよねえ、それもやすい!
あたし、よくお世話になってるんですよ。スーパーマーケットの菓子パン……」
健康にはよろしくないくらいドぎつい甘さがあるのだけれども、むしろ自分にはそれが助かる。
糖分に油分に――それらの極致ともいえる、表面がこんがりとブリュレされたクリームパンを取り出して…。
「っ」
沈黙を埋めようとしていたのはこちらもだ。
いざ踏み込まれた話が想像以上に深くって、取り出した菓子パンを、しばらくの逡巡のあと、ぽす……とお尻の横に休めた。
「なん、て……いうんですかね、その……」
ぬるまった缶コーヒーで唇を濡らす。
扉のほうをちらりと横目で伺った。閉まっている。
外の喧騒も、どこか遠い世界のように、静かにしか聴こえない。
「リリィちゃんは……その、」
連絡先にあたらしく増えたなまえ。それを、あらためて呼ばわった。
本能の肯定――そうだ。"よくないこと"だ、と告げるのは、きっと本能ではない部分。
だから、質問に質問を重ねる事になってしまったけれど。
「……リリィちゃんの、"食事"って……リリィちゃんにとって、
どういう、ものなんでしょう。ああ、なにをするんですかとかじゃなくって……
したくないのに、いやいやながらするものなのかなとか。
相手のことが、おいしいごはんにしかみえないのかな……とか……
……食事、栄養補給……以上の、意味があっ、たり……?」
自分と彼女は、それぞれ他者を糧としながら、その糧とするものが異なる。だから、"食事"という行為にまつわる意味合いも、もしかしたらずれているのかもしれない。
だから、本能が。それを満たす行為が、友人にとってどういうものなのかを、まずたしかめようとした。
■リリィ >
過たず目線の内側にある言葉と感情を汲み取って、赤ら顔がスンとした後神妙に頷く。
ムチとムチが分かり合った瞬間である――!
のはさておいて。
カロリーたっぷりの菓子パンは、然しポンコツ淫魔にとっては糧になり得ない。腹の足しが精々だ。
それでも甘くておいしいし、仲良くなれたらいいなって思っている少女が好むものを共有できるのは単純にうれしかった。
だから、「そうですね。」と、微笑みながら工程をするんだけれど、
言葉を区切った後は菓子パンを齧る。
もふと沈む柔らかさを堪能しながら、少女の返事を待つのであった。
途切れがちに告げられた言葉に、はい、とだけ、静かな相槌をうちながら。
「わたしにとっての食事は――……、」
考える。
自分にとっての食事とは。
「してはいけないから、したくないけど、それでも必要なもの、でした。糧を得ねば、普通に過ごすことも侭なりません。
幸い今は定期的に分けてくださる方がひとりいて、お互いにメリットがあるということでギブ&テイクの関係を結んでいます。
でも、吸精を重ねるにつれ……味をおぼえてしまって。必要とする以上に、してはいけないのに、堪らなく魅力的な行為になりました。」
ぽつりぽつりと言葉を繋ぐ。
整理した思考を少しずつ少しずつかたちにしていくような作業。
故にそれは、淡々とした声色で紡がれる。
「小腹が空いたなぁ、くらいでも、おいしそうに見えるんです。見えてしまうんです。
ケイトちゃんと仲良くしたいなって思っているのに、“ああ、おいしそうだな。ちょこっとだけ食べてみたいなぁ。”って、そんな風に見ているわたしが確かにいて……。」
罪悪感が拭えない。
■汐路ケイト >
「……め……メリット……?」
吸精に、メリット。
……リリィからすれば糧がもらえるが、吸われる側にあるメリットとは。
なんかもやもやと頭のなかで、それこそ眼の前の少女の服の中までみえてしまうような妄想を、頭上にぶんぶんと腕を振って払った。退散!
「あたしのこと、も?」
きいているうちに、不意に顔をあげた。
闇のなかに、翡翠の双眸が妙に輝いて、あなたをみつめた。僅かな驚きがあった。
だが、そこに嫌悪感や恐怖感といったものは、滲まない。
驚きの感情に押されて生まれていないのか、それとも。
「あのときも、いってましたよね。リリィちゃん。
"してはいけないことだ"っていうじぶんが……リリィちゃんのなかにいる、って」
してはいけないのに、しかたなく。
してはいけないのに、食べたくなる。
してはいけないのに、魅力的で。
前提として存在している、吸精が禁忌である――という、彼女自身の、あるいは理性なのか。
訥々と語る顔を、ふいと向けた。
誰もこちらに興味を示さない、販売用の窓のむこうへ。学生が、教員が行き交う、常世渋谷。
「…………あたし、たぶんそこなんだ……。
だから、あのとき……リリィちゃんに、がまんしなくていいって言おうとしちゃった。
それがこわくって、慌てて逃げちゃったの。……ごめんなさい。
あたしのおくから、いまも聞こえてるのは、きっと。
……食事は、すばらしいことなんだ……っていう欲求なんだとおもう……」
■リリィ >
戸惑いに満ちた視線を受け止めるむちむちぼでぃと、きょとんとした淫魔としては大層間抜けな顔があったそう。
「はい。……その、どんな味がするのかな?って。
いうなれば、好奇心……ですね。」
必要とする以上に、求めている。
肯定をした後で、気まずそうに吐き出した言葉のかわりに菓子パンを胃へ落とす。
少女のひとみは決して此方を責めるわけではないのに、その向こう側に少女でない誰かの嫌悪を見ていた。
それから逃げるように外を見る。
行き交う人々はやっぱり“おいしそう”だから、焼け石に水だろうとも急ぎ菓子パンを詰め込んだ。
「うん、……、
屋上でケイトちゃんがわたしにくれた言葉は、ケイトちゃん自身が欲しかった言葉なのかなって。」
口の端の食べかすを親指で口の中に詰め込んで、残った包装はくしゃくしゃに丸めてポケットへ。
「だから、わたしも、ごめんなさい。
一生懸命耐えてきたケイトちゃんに酷いことを言ってしまいました。
……その、わたし自身うじうじと悩んでいるから、あまり説得力はないでしょうけど、
でも――“それ”を否定しなければならないということは、決してないと思うんです。」
ゆっくりと四隅に溜まった薄闇が伸びてくる中。
見えないものを探して迷いながらも告げる。
「それを否定するわたしも、肯定するわたしも、きっと多分、わたしだから。
たくさん悩んで、納得のいく答えを見つけられたらきっとそれは素晴らしいことでしょうし、えーと……だから、つまり、その……ええと??」
しどろもどろな上に段々混乱してきた。
無意味な身振り手振りが薄闇の中でじたばたしている。
■汐路ケイト >
「ああ……」
好奇心。その言葉に、視線が落ちる。自分の内面へ。
「やっぱり、味がちがうんだ」
個体差が、ある。
それを、どこか噛みしめるように独り言ちた。
「――ひ、ひどいことなんて、そんな!
リリィちゃんだって、いっぱいがまんしてるんでしょう……!
あたしは……むしろ、あたしが傷つけちゃいそうになったから……」
慌ててテーブルから降りて、彼女に取り縋る。
その肩に両手を添えて、首を横に振った。
誘惑に負け、唆そうとする有り様。まさに悪魔のようにして。
「……なんでかな、っておもっては、いるの。
なんで、リリィちゃんは、"してはいけない"っておもってるんだろうって。
あたしは――その、ここにくるまえ。すこしお世話になってた修道院で。
誘惑に負けてはならない、って、おしえてもらったから……というのもあって……」
聖書には、こうある。
相手をみて、そうした不純を抱いてしまった時点で姦淫はなされている、などとも。
ピュアな淫魔のまえなので、わざわざ聖句を読み上げることはしないのだけれども。
「でも、ここで……。
人外のあたし自身も、あたしなんだって思っていいって、お医者さんもいってくれて。
だから……わからなくなってる、んだとおもう……から……」
絶対的な正も否もないならば……。胸の内から響いてくる声が、真理なのでは……?
奇しくも、そう。眼の前の少女が、「自分のなかからきこえる声」を告げたことで、
このケイトは、自分の本性――いってほしい言葉、それを自覚してしまったのかもしれない。
どうしても、気の利いた言葉は、でてこないけれど。
きゅ、と肩を掴む手に、僅かに力がこもって、うつむいた。
■リリィ >
「わ!」
はたはたと瞬きを繰り返して間近に迫る少女を見つめる。
その慌て振りに少しだけおどろいたけれども、滲み出るような悔恨をその顔に見た気がして、そっと肩に添う少女の手へ自身のそれを重ねた。
「傷ついたりしませんよ、大丈夫です。」
びっくりするだろうし、悩みはするかもしれないけど、傷つきはしない。
それはしどろもどろになりはしたものの、先程告げた言葉が根底にあるからだ。
“本能を否定すること”自体を否定する気はない。
じぃっと少女を見つめたままにその言葉をきいている。
誘惑に負けてはならないという、悪魔に抗う人の教え。
何故“してはいけない”とおもっているのか。
「――わたし、実をいうと、ここ数ヶ月以外の記憶がなくて。
えと、“知識”はあるんですけど、それだけなんです。
淫魔という存在として定義づけられたということ、吸精の仕方とか、そういう必要な知識はあるんだけど、自分が今までどう生きてきたのか――そもそも生きていたのか。
……いえ、時々ぼんやりと靄がかかったような、淫魔じゃないわたしの記憶が呼び起こされることがあるので、多分生きてはいたんでしょうが。」
ひみつと言う訳ではない。ただ、誰にも語っていないだけの事柄。
「きっとその、淫魔ではないわたしの記憶が“それはいけないことだ”と言っているんだとおもいます。
でも、淫魔は食べたい。おなかがすくから。ダメなことだと思いながらも、ひとの厚意に甘えて精気を分けていただいてます。
……ケイトちゃんは、こんなわたしをいけないやつだとおもいますか?」
■汐路ケイト >
「ぇぁ……」
さらり、と告げられた気がして、思わずへんな声が出た。
記憶障害。眼の前の少女――にみえる存在の人生に付随する、おおきすぎる事柄。
それがつらいのか、つらくないのかもわからずに、もご、と思わず口ごもってしまう。
相通じているのは他者に糧を求め、そして、それに思い悩んでいるということ。
それと……
「ほかのひと、とか。
……"ここにくるまえにいたリリィちゃん"がなんていうのかは、わからないけど……」
問われた言葉には、考える……ことは、ほとんどなかった。
禁欲を。清廉を。聖職者の姿でありながら、他者に説ける人間ではない。
いくつも皮をかぶって、自分がなんだかわからなくなりつつあるから。
「あたしが嫌うのは……いけないっておもうのは……
ただ、ただ、弱いものに暴力をふるうだけで、愛せないひと。
ほんとは、もっと、いろいろあるのかもしれない、けど……」
わずかに、きゅう、と指に力が籠もる。
服に皺をつくってしまうかもしれないのだけれども。
「あたしが知ってるのは、いまのリリィちゃん、で。
まだ、おたがい、知らないことばっかりですけど……でも、仲良くなれそう……
……ううん、仲良くなりたいんです、おともだちに」
顔を見合わせて、ちょっと真面目な顔。
こういうときには、むしろ愛想笑いをすればいいのにと思えども。
「だから、思わないですよ。
あたしだって、世間一般からしたらですよ。
"だめだよ我慢しなよ"って言えない、いけない子ですよ。
むしろ……やっぱり、我慢しなくていいのにって思っちゃう。
そんないけない子同士が、つるんじゃ……だめ、ですかね?」
ふにゃ、と笑った。ちょっと困ったような顔になっちゃって、うまくいかない。
でも、眼の前の少女がただつよくてただしいひとだったら、きっと。
同じやさしい言葉でも、受け取れなかったかもしれない、と思うのだ。
■リリィ >
記憶に関しては、告げるきっかけが今までなかっただけだ。
ひみつを分けてくれた少女へのささやかなお返しというのも烏滸がましい程に、語る口調は平常通り。
本能に関して悩んでいる時とは打って変わって、気にした様子は窺えない。
薄く透けた瞳は少女の言葉を待っていた。
だから、与えられるそれに、唯々嬉しげに顔を綻ばせるのである。
「うれしいです。わたしもケイトちゃんとお友だちになりたい。」
肩を掴む手をそっと外して互いの間へ。
両手で包むように握るから、握手、というにはちょっとおかしなかたちだけど。
「お友達になりましょう。それで、いっしょに悩みましょう?
励まし合いながら、納得できる答えを探しましょう。
ケイトちゃんがわたしを許してくれるように、わたしがケイトちゃんを許してさしあげます。
そうやって少しでも力になれたらいいなって思うんです。……どうですか?」
自分も大概不器用な自覚はあるが、こんな時にキリとしてしまう少女には少し笑ってしまった。
だから最後はいつもみたいに窺うんではなくて、極々普通に首を傾げて、少しおねだりするみたいになったかも。
■汐路ケイト >
ケイトには、リリィに言っていないことがある。
「……あ」
言うタイミングを逸していただけで、隠すつもりはなかった。
包みこまれるような柔らかさ、暖かさ。
それに、肩の力が抜けるような心地で。おもわず、眼を閉じてしまいたくなるような。
「ともだちになる、って。こういう儀式みたいなの、要るんですかね……」
照れくさそうに、視線をあちらこちら彷徨わせてしまうのだけれど。
彼女に委ねている手を、振り払うようなことはしない。
すこしだけ喉がかわいた。
「じぶんから、おともだちつくろうと思ったの、三年ぶり……かな。
いろいろ打ち明けられるひとって、いなかったから……」
ちょっとだけ、荷物を下ろせた気がする。
ここが常世学園で、こういう時代で、助かった。
百年も前に出会えっていたら、彼我の間の塀は、きっとうず高かったはずだ。
「……うん、よろしく、リリィちゃん!
えへ。しんどいことあったら、いっぱい頼ってくださいね。
あたし、リリィちゃんのこと、いっぱい許しちゃうから……」
本人がどう思おうと、やさしいおともだち。
そのまんまるい月に惹かれて、
だから、そっと自分の手を重ねるかのように自然な動作で、その身を傾け、
■汐路ケイト >
無意識に、その首筋に牙を突き立てていた。
言葉より先に奔った。あなたが食べたくてしょうがなかった。
■リリィ >
ふ、と、笑う。照れが垣間見える、はにかむような呑気な笑顔だ。
「ちょっとキザすぎましたか?」
白く、細い指が絡む。
それだけでわかる程に滑らかな肌。
――三年。屋上でも聞いたキーワード。
だからそう、純粋に嬉しかった。新しい友人が出来たことも、その友人の何かしらのキッカケになれたことが。
薄い壁が喧噪とを隔てている。
気が付けばすっかり日が落ちて、差し込む光は人工的なものに塗り替わっていたが、陽の光と違って遍くには及ばない。
こうして身を寄せ合っていても、その笑顔は薄暗く沈む。
だから、だろうか。
或いは、そうでなくとも。
「? ケイトちゃ――」
自然と柔らかな体を受け止めていた。
少女を呼ぶ声に重なるのは、白い首筋に牙が食い込む音なき音。
「っ、ぁ、」
ひくりと攣る喉からせり上がるのは、甘く上擦る微かな吐息。
混乱よりも、戸惑いよりも、真っ先に飛び出たそれに目を見開く。
■汐路ケイト >
白い三日月がふたつ、ふかく肌に食い込む。
逃がしはしない逃がしてなるものか。
生まれた孔からあふれたるものを、まずはそのまま感じる。
決して軽くない二人分の体重に、パイプ椅子がぎしりと悲鳴をあげた。
その腿の上に跨がり、握り込まれた手を、互いの間にぎゅむと挟んだ。
熱も甘さも――――
「ふぅー……っ」
喰らいついた獣の鼻息があふれた。
ぢゅ……
ずる……
啜り上げる。獲物を逃がさないための甘い痺れと引き換えに。
あのときは夢中で忘我していたが。
ああ、こんなにも。
……ねえリリィちゃん。
そしてひとくちぶん……
まさに聖杯の如き命の水を、勿体ぶるように口腔のなかで転がし、
きしみがはっきりとわかる密室のなかで、
これは、やっぱりすばらしいことだよ。
……ごくり、と。
音を立てて、白い喉を嚥下した。
牙がわずかに濡れた音を立てて抜ける。孔はあれど、出血は滲む程度だ。
恍惚の溜め息が傷跡に被さった。