2024/11/05 のログ
■リリィ >
驚愕が治まらない内に混乱がやってきて――ああ、こんな気持ちなんだ、という、理解に至る。
内側へと食い込む牙へ覚えたのは、痛みよりも、異物感。
獣じみた吐息と、血を啜る音が聞こえて、そこで漸く実感が追いついた。
互いの谷間に友情の誓いは潰れて隠れてしまったけれど、身体の奥から奪われてゆく感覚の所為か、その温もりがより鮮明に際立つようだ。
実際はほんの僅かだったろうが、細く引き伸ばされた時間の中で、
甘い痺れに苛まれながらも、唯々にその身を捧げることを自分の意思で選択したのは、その温もりの為に違いない。
傷跡に触れる熱の籠った吐息にぶるりと震えながらも、そっと少女の身体を押し遣って、今度は此方が味見をする番。
触れて、舌先が柔らかく唇を割ったら、此方もひとくちぶんだけ頂いた。極少量。力が抜けるような感覚が一瞬あるかないかといったところ。
そうしてそれは直ぐに離れて、
「……お返し、です。」
悪戯っぽく舌を覗かせてみせたけど、気恥ずかしさに歪んでいたので恰好はつかない。
■汐路ケイト >
夢のなかにあるようだった。
真紅の美酒に酩酊して、浮遊感と恍惚感にうちのめされる。
片鱗を自覚していたばかりの渇きがひといきに癒える充足は、こちらにもまた毒だった。
「あぁ……っ」
……こんなものを、ずっと我慢していたなんて。
あげたこともないような女の声がためいきにかさなり、
余韻というには強烈な痺れから降りてこられぬなか、身体に圧力を感じた。
しなだれかかっていた拠り所。がくんと首が危うい傾ぎ方をする。
寝起きのような倦怠のなかで、視線だけがさきに彼女のほうに動いた。
「……ん…………」
されるがままだ。伸びっぱなしの牙のあいだには、まだ血の味が残っている。
しらない感触がふれてくると、自分のなかの尖った部分がゆっくりと丸みを帯びるようだ。
ぎし、と更に体重がかかり、そして……
「………………」
呆けていた。
離れていく顔、そもそも間近にあった顔、まんまるいおつきさま。
捧げたまま薄く開いた唇が、一度とじて、そしてまたひらくと。
「―――あ、……えっ」
喰われたことで、ようやく正気が戻ってきた。
「あっ、あっ……えっ、あ、あたし、いまっ、リリィちゃ、あのっ!」
赤面、そして半泣き。離れればわかる、首筋に残ったふたつの孔。
自分がなにをしてしまったのか、そしてされたのか。
いたずらっ子に対して、こちらは大混乱だ。
身体がとてつもなく熱をもっていた。
「ご、ごめん、なさ――っ……」
離れようと、してしまう。
■リリィ >
正気に戻って狼狽え、離れてゆかんとするのは予期していた。
微細な違いはあるだろうけれど、喩え様のない充足感も。醒めた後の罪悪感も。
(わたしはその気持ちをよく知っているもの。)
誓いの手を離すことはなく、どころか、引き留めるよう力強く握り締めた。
無論人外由来の怪力があるから加減はしたけど、それでも軋むような痛みを微かに覚えるかもしれない。
「大丈夫ですよ、ケイトちゃん。こわがらないで。大丈夫です、お互い様なんですから。
それでも後悔して否定するなら――この手を振り払って、わたしごとしてください。」
優しく諭すような声で、卑怯なことを言う。自覚はある。
振り払えと言いながら、此方から手を緩める気はなかった。未だに力強く繋がっている。
■汐路ケイト >
力強く振り払ったわけではないから。
ぐっ、とその場に留め置かれるその力に、ぎょっと彼女の顔をみつめる。
「うぁ」
続いた言葉に、なにかを差し挟もうとしても。
……できるはずもなかった。僅かな逡巡のあと、力が抜けた。
「…………あ、」
すくなくともみずからの行動を否定する――という選択肢は、取れなかった。
「……まえはね、逃げちゃったんです。
そのときも、ほんとに、無意識で……はじめてできたおともだちで……」
三年前、はじめてしたとき。そのときがそうだった。
……後ろ向きであり続けたのは、そのせいだったのかも。
「うとまれて……嫌われちゃうかなって……だから……」
ぎし。
あらためて、体重を預ける。観念した。
「ともだちを。否定なんてしないよ。あたし、いけない子だから。
…………お、美味しかった、です。とっても……」
あったかさと、痛いくらいのぬくもりに包まれて。
冷静になれば……真っ赤になって、顔を伏せた。
吸血。本能が囁く素晴らしさ。それは、単なる食事で留まらぬこと。
そういう部分で、こちらはまったく年齢相応の子供であったり。
■リリィ >
目が合ったらほのわらう。当たり前みたいに、ニコ、って。
そのくせ放す気のない手は、少女の身体から力が抜けるのを覚って柔らかくなる。
それでも未だ離れはしないのだけど。
「うん。」
短い二音が促す。
貞淑の衣に身を包む少女の懺悔を、酷く穏やかな表情で悪魔は受け止めるのだ。
それ以外に口は挟まずに、少女の紡ぐ声を聞き続けて、
「言ったでしょう?
ケイトちゃんがわたしを許してくれるように、わたしがケイトちゃんを許してさしあげますって。
嫌ったりなんてしません。ケイトちゃんがいい子でも、わるい子でも、構わないんです。
仲良くなりたいって言ってくれたの、嬉しかったです。わたしにとって大事なのは、それだけだから。」
うっとりと、甘く蕩けた声で歌うように囁く。
そこで漸く手が離れ――代わりに真っ赤に染まった頬を撫でた。
「今後、どういった道を選ぶことになるにしろ、判断材料は必要でしょう?
他の誰かに出来ないなら、わたしに言えばいいんです。わたしにすればいいんです。だから安心して、わたしと友達でいてくださいね――。」
悪魔の甘言が、夜の常世渋谷に溶けてゆく。
祭りのあと、緩やかに日常を取り戻していく人々の中、ひとりの少女が踏み出した一歩が何処へ向かうのか。
――それはまだ、だれもしらない。
ご案内:「常世渋谷 祭りのあと」から汐路ケイトさんが去りました。
ご案内:「常世渋谷 祭りのあと」からリリィさんが去りました。