2025/07/29 のログ
ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」にネームレスさんが現れました。
■ネームレス >
「相変わらず加減を知らないねえ、常世島の夏は」
曰く、赤道付近のこの島は本来、日本の夏より過酷な環境にあるらしいが――
気候精霊やシステム・プロスペローをはじめとした様々な福利厚生によって、
日本本土の夏を限りなく再現しているという。
ぎらつく紫外線、質量を感じるほどの湿気、蜃気楼さえ喚ぶ地熱。
制御してこれか――故郷の夏も相当だったが、記憶のそれよりも遥かに過酷だ。
白い細顎に伝う汗をリストバンドで拭う。制汗剤もどこまで役に立つやら。
「本物の渋谷もこんなカンジか……?」
ロゴキャップのブリム越し、カーテンのように降りている陽光に独りごちた。
真昼のスクランブル。常世渋谷は今日もこの島の若者でごった返している。
足早に歩く彼らは、時に流れる鮮血色の髪に気づく者もいたものの、
まさに人の波を、ギターケースを背負った影は、するすると器用に泳いで消えていく。
結界でも貼られたかのように歩行者以外を寄せ付けない時間だ。
「………………スクランブルはダメ、と」
渡りきって開口一番、アナログなメモ帳の記述に取り消し線を刻む。
数百人が行き交う歩行者の時間を、かれこれ3度ほど往復している。
望んだ成果は得られていない。
■ネームレス >
「まァ、ここがうまくいくようなら――」
赤信号。乗用車やら何やら、新世界の様々な乗り物が動き始めるのを肩越しに見遣って。
「一日の行方不明者がどれだけになるか、ってカンジだよな」
つぶさに観察をしても、気配が不意に消える――ということはなさそうだった。
どこかに座って長時間の経過観察を行ってもいいが、
それは無駄なことだ。要するに、自分が常世渋谷スクランブルを通る――だけでは条件が満たされない。
それがわかればいい。
「作為的なものではないってのは本当らしい。
迷い込むか、入口を知る者を頼るか、向こう側からの手引きが要る……?」
歩き出し、市街地へと入り込みながら、
頭のなかで情報を整理する。行動を開始して30分ほど。まだまだ序の口だ。
■ネームレス >
かつて一度、迷い込んだことがある。
その時はここだった――しかし、その時は向こう側に、無自覚の手引きがいた。
知識はあったし、実在を疑ったこともない。
だが、侵入の再現は、この若者の街に幾度となく通いながらも起こらなかった。
専門の探索者たちが組織した会合には――
――脛に傷ありでは、学園側からの監視から上手くいかないだろうし。
「――……どうしたもんかな」
自販機でミネラルウォーターを買って、次を思案する。
試せることは無数にある。虱潰しをしたっていい。
「歓迎されていない、ということはない。
けど、なんだろうね。この閂で閉ざされてるような感覚は……」
気配もない。
偶然迷い込んで、運よく生還する者もいれば。
意図的に侵入し、成果を持ち帰る者も――それこそ不幸な目に遭う者もいる場所。
「一枚剥がしたそこに、あるのは間違いないんだけどな……?」
ショーウィンドウに映る己を見つめる。相変わらず美形だ……。
■ネームレス >
必要なのは"境界"と"交叉"。
しかし、夕暮れや朝方といった、情報の多い時間に、
様々な場所を通っているが――自分だけが"呑まれた"経験は皆無。
「となると、何が足りないんだ……?」
歓迎されていないわけではないはずである。
そもそも自分を歓迎しない存在のほうが異常――という過剰な自意識はさておいても、
そうした意思を持って、入り込むものを選り分けているのかといえば、
なんだか、ちがう気がしている。感覚的な話だ。
かつて、"新世魔術師会"が儀式を行ったことで、
常磐ハイムが"繋がって"しまったらしいが、それによって"生まれた"わけではない。
ずっと前から、それはそこにあるものなのだ。
(誰が)
そんな手の込んだ不可思議な場所を?
(なぜ)
――裏常世渋谷なんて造ったのでしょう。
■ネームレス >
「…………あ、」
ひらめく。
「そーいう論理か」
事実かどうかはともかくとして。
■ネームレス >
突如として走り出した人影に、驚く周囲に目もくれず。
疾駆する影は、まっすぐに目的地を目指す。
(13時58分――)
速度を緩めずに、視線がどこかにあったデジタル時計の時刻を盗み見た。
境界までは2分とない。
(表と裏が、フワフワしてる場所……)
歩道を、無減速でほぼ直角に曲がる。
超人的な動きの緩急は、まるでそこから人影が消えたように。
建物と建物の間隙に滑り込んだその脚は、野を馳せる獣のように、
何者にも阻まれることはなく。
(――そう、路地裏がいい)
一番、わかりやすい。
■ネームレス >
(足りないんじゃなくて、持ちすぎてる?)
入る条件を満たしていないのではなく、入れない条件を満たしている可能性。
なるほど普段の自分は確かに、その足で地面を感じすぎてしまっている。
「悪いね!」
驚いて飛び上がる野良猫に詫びながら。
そう、ここは――急な開発で生まれてしまった場所。
ビルの乱立が作り出した、迷路のような路地裏の、
(――ボクだけの、)
舞台と成り得るような、
(十字路――)
悪魔の嗤うような、閑散とした――
駆け抜ける。境界の時間、交叉する場所。
ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」からネームレスさんが去りました。
ご案内:「裏常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」にネームレスさんが現れました。
■ネームレス >
火花でも散らす勢いで、ブレーキ。
お気に入りのスニーカーはこの程度ではへこたれない、良いやつを使っている。
「……………おー」
振り向きながら、キャップを外す。
色褪せたような路地裏に、血のような赤い髪が揺れた。
雪のような肌に、爛々と浮かぶ一対の炎。
「秋の空、というにはまだ早いんじゃないか」
褪せていたのは、空の色もだ。
一瞬にして色の抜け落ちた、青かったはずの十字の空を眺めて笑う。
遠いどこかの日付変更線――正しくは日本標準時比となるが――にて、
日常と非日常の境い目に、走り込んでみた。
「再現性があるかはわかんないケド、うまくいったみたいだ」
自分がどこにいるのか。
それが確か過ぎるから、どこに行きたいかでは意味がなかった。
「こうでなくっちゃな」
どう行きたいか、でなければいけない。
堂々とこの島を出ていく途を択んだように。
■ネームレス >
「さて、と……」
担いだギターケースを確認する。
軽い。空っぽのハードケースだ。
「一回の潜航で見つかるとイイんだけどなぁ」
保護観察中だ。落第街に何度も行けないように、裏常世渋谷にだってそうそう何度も行けやしない。
街に呑まれた――それで済まされる段階で、目的を遂げなくては。
「――――あっ」
そこで、学生手帳を確認。
案の定圏外だ。
それは、いい。わかっている、織り込み済みだ。問題は、
■ネームレス >
「………………アイツに言ってねーな……」
やっべどうしよ……、と言いたげに、さっきまでとは違う汗が浮かぶ。
こっちから干渉できないということは、あっちからも信号途絶状態だろう。
確か、久那土会とかいう会合ならそっち方面に明るい者もいるとか聞いたが。
「…………まぁ。
ちょっとくらい既読つかない程度でどーこーなるワケでもないだろーし?」
流石に、そこまで密に連絡を取り合うような感じではない。
頻度は上がってはいるけれど、べたべたしすぎているわけでもないはず。
お互いにやることがあり、それが交わることもあれば、そうでない時も当然あって。
「…………」
かつて殴られた頬をさすった。
「うん、だいじょぶだいじょぶ~。
それじゃあ出発だ。さっさと済ませて帰ろぉーっと」
夏季休暇中でも、やることはたくさんある。仕事も学業も。
それに一応のこと生身の人間だ。明らかに空気が違う裏側に、長々と滞在するわけにはいかない。
――と、いうのが、数日前のことだった。
ご案内:「裏常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」からネームレスさんが去りました。