2024/08/17 のログ
里中いのはち >  
「然り。ああいや、困っては……困っている……のでござろうか……。」

首肯が半端な形でぎしりと軋む。
顎を擦りながら自問自答に耽りかけ、はたとした。

「わははは!
 おっと、失礼。気持ちはよく分かるでござる。拙者も鍛錬に熱中するあまり何度気付かぬ内に夜を越したことか。」

くくくと低く笑う声を頭巾に吸わせる。

「否、日が昇り沈む――世界の在り方は存外此の世と変わらなんだとも。
 ただ、灯りと言えば陽や火が主であった故。此の世の灯りは彩り素晴らしいが、ジィっと見て居ると目の奥がチカチカしてくるでござる。」

ついと表通りの方角へ目を向ける。細めた墨色は、路地裏には届かないネオンの光を見て居るのだろう。

少女の答えを聞くと、「生徒?」と、意外そうに墨色が丸くなった。
此処から通りを歩く若者の会話内容さえ拾える程に訓練された忍びの男でさえ、氣を練り集中して耳を澄ませねば駆動音を知れぬ程に精巧な絡繰りを“造った”という少女だ。てっきり専属の技師か、教育者だと思っていた模様。

「ううむ、確り聞かれていた様子。煮えた油を浴びせられても文句は言えぬ怠慢でござる。
 ――此れは唯の“拾い物”でござるよ。とは言え軽く調べた限り門戸は広く開かれている様子。平和にのんびり過ごすのであらば、学園に籍を置くが賢明かと思案していたところでござった。」

端末を掌に収めて、「持ち主を探さねば。」なぞと忍びは嘯く。

「この世の学徒も苦労しているのでござるな。貴殿は学ぶことがお嫌いのようには思えぬが。」

渋い小声を拾っては軽く首を傾げた。

Dr.イーリス > 「あんまり元いた世界に未練はないという事でしょうか?」

どうも、困っているか困っていないのかよく分からない。
異邦人の中には、元の世界に未練がないという人もいるのだろうけど。

「わ、笑う事はないではありませんか! もしお肌が荒れてしまったら……という悩みぐらいあります。いのはちさんはとても努力家さんなのですね。忍術の鍛錬でしょうか? 影分身とか、水蜘蛛みたいな」

忍びさんなら、鍛錬と言えば分身だったり手裏剣を投げたり、みたいな想像をしていた。

「そういう事でございましたか。照明がない世界からいらっしゃったのですね。そうですね、山頂や高いビルなどから見る夜のこの島の景色はとても綺麗でございますよ。この島で暮らしていれば、明るくて目がチカチカするのもだんだんと慣れていくかもしれません」

夜景の綺麗さを語り、イーリスは目を細めた。

「猫型メカが耳にしたお話は、私のお耳にも入っておりましたからね。拾い物でございますか。もし持ち主が見つかりそうになければ、風紀委員に届けるのがいいですね。風紀委員というのは、この島の治安維持機構です。この島で過ごすのであれば、学園に通うのがいいですね。私の知り合いに、学園に通う手続きをスムーズに進めてくれる方がいますね」

その知り合い、エルピスさんはいのはちさんと同じく異世界から来た者を学園に通わせる手続きをサポートした実績がある。

「学ぶ事は好きですよ。私は、自分の興味を持った事をとても研究したくなりますね。学園の授業、というなんといいましょうか、やらされている勉学があまり好きになれなくて、ですね」

独学は大好きだが、学園の授業が嫌いで、メカの開発など自身の知識を駆使した技術の実用化が得意だが、テストの点数は絶望的にだめなタイプ。

里中いのはち >  
「うむ!拙者未だ主無き忍び故。
 一応なんとなく流れで帰る術を探してはいるが、帰ってこいと命ぜられているわけでもなし。
 故、困っているかといえば困っているし、困っていないといえば困っていないのでござる!」

腰に手を当てて豪快に笑う。
布越しに聞こえるコロコロとした笑い声は、雲一つない晴れ空の如き晴れやかさだった。

「然り然り。可憐なる乙女にとっては笑い事ではなかろう。
 親切にも声をかけてくれたその心遣いに報いりたく思う気持ちもあるでござるが、」

黒尽くめの忍び装束を見下ろして肩を竦める。
此の世に不慣れな忍びとて、自身が如何に怪しい存在であるかくらいは理解していた。

「然り。所詮いのはち、未だ未だ未熟者故、鍛錬は欠かせぬのでござる!ニン!
 しかし、影分身に水蜘蛛を御存知とは。我が世と此の世は共通する点も多々あるとはいえ、吃驚仰天でござるなぁ!」

ニン!って言いながら刀印を結ぶ。忍ばぬ忍者。

目を細める少女はその瞳に夜景を思い浮かべて視ているのだろうか。
暮らしていれば段々慣れるという言葉に頷いた。

「ふむ? ふうきいいん、でござるな。警吏のようなものでござろうか。
 して、成る程、どくたぁイーリス殿の知己にござるか。その御仁にお目通りは叶うのでござる?」

成る程成る程と、少女の言葉を噛み砕きながら頻りに頷く。
そんな折、少女の口振りにまた呵呵とした笑い声が響いた。

「はっはっは!好奇心は猫をも殺すとの言があるが、貴殿は好奇心を失くすと死んでしまいそうにござるなぁ。」

男とは真逆の在り様だ。

Dr.イーリス > 「流れで帰り方を探っているので困っていないとも言える……なんだか頼もしい考え方でございますね。帰る方法を見つけたら帰るけど、それまではこの島での生活を満喫するといったところでしょうか」

門に拉致される異邦人には同情を禁じ得ないけど、前向きにこの世界を楽しもうとしてくださるなら、それはとても良い事だと思う。

「人の世は持ちつ持たれつですからね。いのはちさんは、とても義理堅いお方なのですね」

にこっ、と笑みを浮かべてみせた。
怪しいというよりは、凄く純粋に『忍者がいる!』という感覚であった。

「忍者と言えば分身して、水上を自在に移動し、時には凧でお空を飛び、手裏剣で隠れている敵をも仕留め、そしてどこかに隠れ潜むものですよ! 少なくともこの世界の忍びと言えば、そういった印象です。印を結ぶところもまさしく忍者でございますよ!」

楽し気にそう語った。
イーリスの忍者のイメージは実際のものより創作忍者に近いが、忍ぶ者という感覚はあった。とりあえず忍者の居場所は屋根裏というイメージをしている。

「そうですね、警吏にあたるのが風紀委員です。それでは、その私の知り合いにお話通しておきますね。エルピス・シズメさんという方です。連絡先の交換はできそうでしょうか……?」

きょとんと小首を傾げる。
スマホの類は……持っているように見えない。

「気になるものは気になって、研究しなければ夜も眠れなくなります! この世界には、研究しても解析しても、まだまだ未知なるものがいっぱいありますよ!」

明るく笑って、楽しそうに未知なるものばかりで好奇心が擽られるこの世の神秘を話す。

里中いのはち >  
「然り。
 貴殿のように慈悲深き少女に、取り敢えずひと踏ん張りすると申した故、これも修行の一環と思って動いている次第でござるよ。」

島での生活を満喫出来るようになる迄に如何程かかることか。少なくともネオンの光に目が眩んでる間は難儀しそうな悪寒。
剽軽な態度を繰る男ではあるが、言葉の節々には怠惰――というよりも、空虚な性が見え隠れしている様子。ニンニン。

「おお、素晴らしきことよ! 斯く言う貴殿こそ義理堅き御仁でござるな!」

よもやよもや、怪しまれておらなんだとは。世の理、価値観の違いか、はたまた。
少女の告げる“忍者像”を、ふんふんと細かな相槌示しながら耳に。

「成る程、凧で空でござるか。中々古風な忍びにござるが、余り齟齬はない様子。」

因みにこの男は、凧を使わず空を跳ぶが、凧を使って空を飛ぶことも可能。まさしく少女が思い浮かべる創作忍者である。
楽しげな笑顔を見ては相好を崩すが如く。

「有り難い! おっと、失念していたでござる。里で遣っていた伝書鳩はおらぬし……少々待たれよ。」

一言告げて懐を探る。端末を仕舞って、代わりに取り出すのは一枚の紙片。一見するならば唯の懐紙か。よくよく見れば角に『いのはち』と、やたら黒々とした墨と思しきもので綴られている。
それ手早く鶴の容に折り、ふ、と息を吹き込み膨らませて完成。

「当面はこれを。広げて文を綴り折り直せば拙者のところに飛んでくる故に。」

不便だろうが申し訳ない。この男、端末の電源を落とすのが精いっぱいであった為。
兎角、術をかけた鶴を手渡さんとし。

「わはは、なんとも無邪気で元気な御仁でござるなぁ!
 その調子で異界を渡る方法も見つけてもらえれば拙者としては僥倖でござるが。」

Dr.イーリス > 「慈悲深きだなんてお褒めいただきありがとうございます。この辺り、歓楽街はこの島の中でも特に明るいかもしれませんね。とは言え、歓楽街の裏手(落第街)は明るくなくともあまりお勧めできる場所でもございません。この街より南に、異世界から来た人達が集まる異邦人街と呼ばれるものがあります。もしかしたらそこに、いのはちさんの世界と似たような火を灯にしている区画もあるかもしれませんね。ここが現在地で、異邦人街はこの辺りですね」

お褒めいただけて明るく笑う。
異世界の様々な文化がひしめき合う異邦人街なら、あまり明るくなく、昔の日本のような場所もあるだろう。
イーリスはスマホを取り出して常世島の地図を開き、現在地と異邦人街の場所を示した。

「ありがとうございます。人の世は義理と人情で支えられていると、信じています」

いのはちさんはとても義理堅き方で、『忍者がいる!』を抜きにしても、イーリスにはいのはちさんを怪しむ理由も特になかった。

「凧は古風なのでございますか。現在忍者は、もっと高度にお空を飛ぶのですね!」

イーリスがイメージする忍者とは、古風なもの。
現在忍者はもっと高度な事をするのかと、その期待で双眸を輝かせていた。

待たれよ、という事で待っていたらいのはちさんが取り出したのは懐紙。
いのはちさんがそれで鶴を折るのをイーリスはぼんやり眺めていた。

「鶴がいのはちさんのところに文を届けてくださるのですね! 忍術です!」

鶴を受け取り、興味津々にあらゆる角度から眺めていた。

「異界への門については、私も研究を進めているのですよ。これもまた、現状あまり成果が出ていない神秘でございますよ!」

“門”についても、研究しても謎が多い現象。
そうやれば門が開かれるか、どういった条件で門が発生するのか興味が尽きない。

「それでは、私は帰りますね。エルピスさんとは同じ所に住んでおりますからいのはちさんの事を伝えまして、またご連絡させていただきますね」

いのはちさんに笑顔でぺこりと一礼し、右手を振って、猫を抱えつつその場を去ったのだった。

里中いのはち >  
「ほほう! ご助言痛み入る。して? ほうほう、ははぁ……成る程、これはこれは……導きの巻物要らずでござるな。」

取り出された端末にきょとんとし、その画面を見せて頂くのだろう。
画面の光に少しばかりしぱしぱと墨色を瞬かせたが、我が身で確かめた地理と其れを頭の中で重ね合わせて内心でしたり。

此の少女、如何やら驚くべき程に純真なる心である様子。
通りのネオン、或いは端末の画面を直視してしまった時が如く眩しげに双眸を細めることに。
あまりにも真っ直ぐピュアな目に射抜かれて、おもわず「ウッ!」と胸を抑えてよろめいてしまう。
不覚也……!

「一通り習得はするものの、大掛かりな仕掛けが必要になるでござろう?
 別の手段があるならば、其方ばかりになるのも止む無しというものでござる。」

諸行無常の波は忍びの里であろうと変わりなく。南無三と手刀をヒトツ立てた。


さてさて、忍びの鶴は無事に少女の手に渡る。
あらゆる角度で舐めようとも、見るだけならば唯の折り鶴。その実態は、血と墨と氣を用いた、正しくニンジュツの片鱗である。
血を溶かした墨を使用している為に、本来ならば里の外では禁止とされているが、言わなきゃバレへんやろの精神であるのは男の心の内に秘めておくとして。

「然様でござるか。解明されることを祈る身ではござるが、お日様が休んだならばどくたぁイーリス殿も休まれることをお勧めするでござるよ。」

「珠の如きお肌の為にもな。」と、自身の頬辺りを軽く指で示して冗句めかした。
そうこう話している内に、日はすっかり暮れて夜の帳が下りてきている。退散の態を成す少女へ目礼でもって挨拶とし。

「宜しくお頼み申す。良き夜を。」

少女と猫へ手を振る姿が最後。
――もしも少女が角を曲がる際にでも此方を振り向けば、路地裏には既に何事もなかったかのように静寂を取り戻しているだろう。



そしてこれは余談だが、学生証を失くした!!と顔を青くしていたとある学生は、次の日、確かになかったポケットの膨らみに気付き、あるぇ?と首を傾げることになるのだとか。御免。

ご案内:「歓楽街」から里中いのはちさんが去りました。
ご案内:「歓楽街」からDr.イーリスさんが去りました。