2024/10/10 のログ
■リリィ >
“襲って奪うならまだしも”。
その一言に、うぐ、と喉の奥から呻き声に似た低い音を洩らす。
傘の下で湿気る程度までに落ち着いていた白い肌が、雨粒とは別の雫を滲ませた。
ルール。そう、ルールの話だ。
異形に怪異に人外にと、混沌の坩堝たるこの島とて、主なるはひとの子ら。
頭に添うて生える角を撫でていたのは無意識だった。
ひとならざる身で、ひとの倫理観に従うくせに、
お腹がすいたと喧しい腹は、その空虚をひとの精気で埋めたがる。
酷く滑稽でアンバランスな存在が此のポンコツ淫魔なのだった。
「委員会街、ですか?
仕事の斡旋……わたしに出来るお仕事が、あるでしょうか……。」
眉をハの字に歪め、狐の少女を見つめる。
自信なさげな瞳が、
――鶏肉料理に輝いた!!
その瞬間に苦悩や葛藤なんかは彼方へと吹き飛び宇宙の果てで輝く綺羅星と成るのである!
だから続く言葉はしょげた気配なんて微塵もなくて。
唯々わたわたと慌てふためき羞恥に身悶える様子。
「お、お、想い合う……!?わたしみたいなポンコツに恋なんて!
……そ、そういうのは、えと、性交以上によくわからない、ですし……っ!」
真っ赤な顔を両手で覆って、ごにょごにょなんか言っている。
が、そんな甘ずっぺぇ空気をぶち壊すのが腹の虫。
鶏肉料理クワセロ!とばかりに「ぐー!」と勢いよく鳴くものだから、
「…………あの、ごはん、奢っていただいても……よろしいでしょうか……!
あ、わたし、リリィって言います。」
図々しくもおねだりし、事ここに至って漸くついでとばかりに名乗りをあげた。
■ラヴェータ > いくら融和を進めようとこの世界は元々人間のもの。
人の都合が根底にあるこの世界で人ならざる者が生きるのは大なり小なり苦難が伴う。
狐もその一人であった。とはいえこの狐の場合は特殊だが。
それは兎も角、少女の呻きに気付かない狐ではない。
やはり、襲うものなのだろうか。確かに同意をとって襲う淫魔は少々シュールだが。
「そういったものは最初から分かるものではないだろう。
それにだ、そういったものは千差万別だ。貴様なりの想いを築けばいい」
性交から始まる想いもあるだろう。
人それぞれなのだ。故に皆0から築く。狐はそう思っている。
…なんて、話してはいるが少女の心が既にそこから離れつつあることは理解しているようだ。
「私はラヴェータだ。
余程腹が減っていると見た。この辺に上手い中華料理の店があってな。そこの油淋鶏という料理が美味い。
それを食わせてやろう」
少々呆れ気味ではあるが、奢ると言ったのは狐だ。
それに、腹が減っては何とやらという言葉もあるぐらいだ。
気が滅入っている間は負の感情ばかり強まるものだ。
ここは腹を満たしてから話した方が良い方向に転ぶだろう。
「食いながら仕事の話も教えてやろう。
安心しろ、貴様でも出来る仕事は必ずある。この島はそういう場所だ」
ほら、こっちだと少女を追い越し誘導する。
店に着けば、油淋鶏のみと言わず食べたいだけ奢るだろう。
狐に善意は無い筈だった。
…ただ、この島に来たばかりの自分と少女に僅かばかし通じる所を感じたのか、情が湧いてしまったようだった。
それ以上の手助けはしないだろうが、少女がこの島で生きる為に知るべき事は教えるだろう。
■リリィ >
言葉を交わす内に、狐の少女から好奇心ではない情が垣間見えた……気がした。
同じような――というには烏滸がましくとも、彼女も、否、彼女以外の、例えば“おいしそう”に見える人々だって
きっと様々な苦悩と葛藤を抱えているのだろう。
そう気付けたら、すこし、ほんの少しだけれど、景色が明るくなった気がした。
「そういう……もの、でしょうか。
もしや狐さん……ラヴェータ様は、そういったことに、御詳しい……?」
そろりと向けた控えめな瞳に、確かに好奇が宿っている。
まるで恋バナに興ずる極々平凡な女子高生みたいな。そんな、邪気のない眼差し。
その好奇心が満たされるかどうかは、この後の食事の場次第だろうか。
美味いという言葉に思わず万歳しそうになって、傘を取りこぼしたポンコツ淫魔では難しい気もするが。
幸いにして、驟雨は気付けば過ぎていた。傘を畳んで先んじる少女へと。
「まってくださぁい! わっと、とっ!」
追いすがる一歩目は踏鞴を踏んだ。
水溜まりにも満たない薄い水の膜を踏み抜くと、飛沫は七色に輝いて散るのだろう。
早速とポンコツっぷりを垣間見せつつ駆け足で隣へ追いつくと
「お願いします」とニコニコと笑顔で並び立ち歩いていこう。
――余談だが、このポンコツ淫魔。
ひとの食事に対しては、底無しと言っても過言ではない胃袋を持っている。
狐の少女のお財布のピンチ!――は、一言食べ過ぎだとでも告げれば回避される。そんな未来。
ご案内:「歓楽街」からリリィさんが去りました。
ご案内:「歓楽街」からラヴェータさんが去りました。