2025/06/03 のログ
ご案内:「歓楽街 路地裏」に神樹椎苗さんが現れました。
ご案内:「歓楽街 路地裏」に夜見河 劫さんが現れました。
神樹椎苗 >  
「――まったく、逃げ足は大したもんですね」

 歓楽街の路地裏、ビルの上から飛び降りた椎苗の表情は、疲労の色がやや濃い。
 学生通りの辺りから、ずっと追いかけ続けてきたのである。
 近年、体力の低下が顕著にみられる椎苗としては、少々苦しい所だった。

『ま、まってくれ!
 何かの勘違いだって!
 よく見てくれよっ、ただの学生だってわかるだ――』

 壁際に追い詰められた少年(・・)は、必死の形相で誤解を解こうとするが。
 月明かりの下ではよく目立つ、真紅の鈍い光がその突き出された腕の、片方を斬り飛ばした。

『あ、ぅあぁぁぁあ――ッッッ!?』

 右腕が身体から切り離され、路地に転がる。
 その腕は、然程も時間を置かず、塵になった。

「いーかげん、つまんねー芝居はやめる事です。
 ――大人しく、学園の管理下に入れば殺しはしませんが。
 それでも、積み重ねた犯罪行為の清算はしてもらう事になりますけど」

 椎苗は、紅い細剣の切っ先を少年(・・)の鼻先に突き付けた。

 ――沼男(スワンプマン)

 ドッペルゲンガーやシェイプシフターのような怪異に似て、他人に成りすます存在の一つである。
 問題は、成り済ました沼男自身に、沼男である自覚がないところだ。
 だというのに、大小様々な犯罪行為を行い、また、普通に命を落としたとしても、また別の人間をコピーして蘇生する疑似的な不死性を持つ、厄介な『概念存在』だ。

 もっと最悪なのは。
 沼男にコピーされた人間は、数日中に何らかの形で死亡してしまうという事。
 思考実験に存在するスワンプマンと同様、完全な本人として、いずれ入れ替わってしまうのだ。
 
「――お前がコピーした生徒は、身体の衰弱によって緊急搬送されています。
 今すぐその口を閉じて、オリジナルを解放すれば、処分も考慮の余地がありますが。
 ま、ここまで逃げてきたって事は、そんなつもりはねーんでしょう?」

 そう言いながら椎苗は、紅い細剣を振り上げる。
 

夜見河 劫 >  
切っ掛けは、ゴミ袋を切らしていた事に気が付いた事、だった。
コンビニ弁当やスーパーの総菜物などが主食の、包帯巻きの顔の男の部屋には自然とそれらのゴミが溜まっていく。
こまめに掃除とゴミ出しはしているが、今日は運悪くゴミを捨てる袋を切らしていた事に気付くのが遅れた。

「……やってらんない…。」

小さくぼやきながらゴミ袋を買いに出掛ける事に。
不幸中の幸いか、今日は誰もおらず一人きり。こんな深夜にそうそう訊ねて来る者もおるまい。
そう考えて、買い物の為の外出を決断したのだった。
当然、住居近くにそんな物を売ってる店などないので、手近なコンビニ…歓楽街にある、時折お世話になってる店に
向かう事を決めたのであった。

その途上。

「……?」

普段あまり通る者がいない、路地裏の方。
誰かの声がした、ような気がした。
落第街からは離れているとはいえ、それでも治安の面で言えばあまりよろしくない所だ。

誰かが喧嘩でもしているのだろうか。
少し考えてから、路地裏に足を踏み込む。
喧嘩だったら、とりあえず様子を見て…深夜番の風紀委員には悪い事になるが、
通報をすればいいだろうか、などと軽く考えつつ。


「……えぇ…。」

目に見えて来た光景は、予想よりも物騒な光景だった。
ちらりと見えたのは、右腕を失って壁際に追い込まれた、学生らしき少年の姿。
その前に立っているのは、赤い…血のような色の細い剣を持っている、黒いドレス姿の少女。

(…というより、子供?)

恐らく自分より50cm程は背丈が低いのではないだろうか。
下手をすると小学生程度の背丈に思える。

(……。)

さて、困った。幼女…もとい少女は既に剣を振り上げている。
今から風紀委員に連絡した所で到底間に合わない。
一番困った所は――双方とも、「殴っていい相手」なのかがよくわからない、という所だった。

(……ホント、運が悪いね。)

考える時間も碌に残ってない。
仕方が無いので、

「………シャァッ!」

軽く助走をつけて、自分に背を向けている少女に向かって「かけ声付き」の飛び蹴り。
わざと足音を立て、オマケにモーションもでかい…つまり、「避け易い」攻撃だった。
分かり易い背後からの接近と、それを確かめれば避けられる程度の、「気の抜けた」攻撃。

(殴っていいか分からないし…話を聞き出す時間稼ぎ位は、ね。)

神樹椎苗 >  
 今まさに仕事を終えようとしていた椎苗は、はっきり言って気が抜けていた。
 というよりも、周囲に気を払っていなかった。
 だから掛け声に驚いて、沼男から目を離し。
 何事かと思って振り向いたときには、その顔面にしっかりと、飛び蹴りが決まっていた。

 ――ゴキリ、と。

 椎苗を蹴った脚からは、鈍く嫌な音が響いただろう。
 路地を転がっていく小さな体は、首が折れ曲がっていた。

『な、なんだお前っ、助けてくれるのか!?』

 沼男は突然現れた青年に、必死になって縋り付こうとする。
 

夜見河 劫 >  
「………あーあ。」

少なくとも腕一本斬り飛ばせる位には、戦闘能力のある相手である。
この位は簡単に躱せるか、と思っていたが…少しばかり考えが甘かったようだ。
完全に首が折れているのが分かる。これは、ちょっと助からないだろう。

(言い訳のしようもないや。これでとうとう、俺も三級の仲間入りか…。)

心中でため息を吐きつつ、縋って来た相手には――遠慮なくその襟首を掴んで持ち上げる。

「助けるかどうかはお前次第。俺がやっちゃってから言うのも何だけど。
お前、なんであっちの子に追っかけられてんの? それも腕を斬られる位に。

正直に答えなよ。嘘だったら四分の三、殺す。
本当の事を話すなら、何したか次第だけど半殺しで勘弁しておく。
「悪い事」をしてないなら、殴らないけど。」

助けが来た、と思った少年には災難も良い所だろう。
今度は襟首掴まれての強制事情聴取だ。しかも所業によっては半殺し以上の「何か」付の。

神樹椎苗 >  
『お、俺は何もしてない!
 何かできるように見えるか!?
 戦闘用の異能だってない、ただの一般人だよ!』

 そう、沼男は青年に訴える。
 そこに何か違和感があるとすれば。
 切り落とされているはずの腕を痛がる様子もなく。
 本来あるはずの大量の出血も見られない事だろうか。

「――首一つとは、中々、酷い事しやがりますね」

 両者に声が聞こえたのはその時だ。
 小さな体が転がった先。
 そこにあったはずの『死体』はどこにもなく。
 紅い剣を拾い上げる、ゴシックドレスの椎苗の姿があった。

「そこのお前、これ、一応、こうむしっこーぼーがいになるんですが。
 そいつを大人しく引き渡してくれれば、手錠かけるのは勘弁してやりますよ」

 剣を拾った椎苗が、再び切っ先で、沼男を示す。
 詳しい状況が分からない青年にも、今、掴んでいる腕を離せば手の中の男が殺されるだろう事は、明確に察せただろう。
 

夜見河 劫 >  
「ふーん。」

包帯が巻かれた顔、その包帯の間から見える双眸が、どす黒い炎を思わせるような異様な光を見せる。
何の異能でもない、ただの眼光なのだが…それでも見る者次第では気圧される位はしそうな、只ならぬ目の光。

「そんな事を言ってる割には、腕一本無くした癖に元気そうじゃん。
血もまるで流れてないみたいだ、し――――」

男が其処まで口にした所で、突然の声。
反射的に振り向くが――その先に、先程吹っ飛んだ筈の首が折れた少女の身体は無く。
更に視線を巡らせれば、まるで何事もなかったように剣を拾い上げている黒いドレスの少女の姿。

「………。」

公務執行妨害。風紀か、でなければ公安委員会の人間だろうか。
生憎、知った顔ではない。まあそれは兎も角として。

(……これって、どういう判定になるんだろ。
生き返ったからセーフ? それとも、手を上げたのは間違いないから、やっぱ三級行き?)

そんな事を考えながら、襟首を掴み上げていた「どこか様子の変な」男子生徒を無造作に地面に放り出す。

「…悪いけど、こっちもこいつに事情の聴き取りしてた所なんだけど。
何か様子はヘンだけど、腕を斬られる位ヤバイ真似でもやらかしたワケ?

……こっちにも、まあ、「納得」とか、色々欲しいワケなんだけ、さ。」

そのまま、だらりと両腕を無造作に下げる。
その仕草に反して、包帯巻きの顔の男の雰囲気は何処か剣呑だ。

(…適度に手を抜いて戦って、事情が分かったらその内容次第で手打ちに…なればいいけど。)

そんな事を内心で考えつつ。

神樹椎苗 >  
「――意外と落ち着いていますね。
 監視対象になるだけの、場数は踏んでるわけですか」

 はぁ、と。
 疲労の色が濃く、ぐったりと肩を落としながら溜め息をつく。
 仕方なし、とばかりに。
 放り出された沼男の方に赤い剣を投げる。
 それは、沼男の大腿部を貫通して、地面に張り付けた。

『いぎゃぁぁぁ!?』

 沼男が悲鳴を上げるが、椎苗は不快そうに眉を顰めるだけ。
 それよりも、目の前の勢いで自分を殺してくれた相手に視線を向けた。

「納得?
 そいつには殺される理由があって、しいはソイツを殺しに来ました。
 それ以上の説明はクソ面倒くせーのでしたくねーですが?」

 納得させる気の欠片も無い吐き捨てるような言葉。
 疲労が蓄積していたところに、横やりで『死なないとはいえ』殺されもすれば、苛立ちもする。

「邪魔するつもりなら、それなりに痛い目に遭ってもらいますが。
 つーか、こーむしっこーぼーがいに、さつじんみすい。
 ブッコロされても文句言えねーですよ、お前」

 しわの寄った眉間を右手で揉みながら。
 苛立ちを隠そうともせずに言う。
 普段の様子からすると、人懐っこい娘ではあるのだが。
 元々、なににしても邪魔されるのが嫌いである所に、疲労が重なれば、多少、短気になるのも仕方のないところだったかもしれない。
 

夜見河 劫 >  
「ふーん…風紀じゃ見た事ない顔だけど。
俺が知らないだけか、でなきゃ公安?」

監視対象という言葉が出てくれば、軽く眉が動く。
その言葉が直ぐに出て来るという事は、少なくとも風紀委員会か公安委員会、どちらかに関係していると
見て間違いはないだろう、と判断。
赤い剣を投げられて叫び声を上げる少年は、ちらりと目線を向けただけですぐに視線を外した。

「その「殺される理由」って奴を知りたいんだけど?
――説明できないなら、「悪い事してる」って見させてもらう……ぜっ!」

ぶっ殺されても文句は言えない、という言葉など、まるで意に介した様子もなく。
包帯巻きの顔の男は一足飛びで、黒いドレスの少女との距離を詰め、顔面目掛けて掌打を繰り出す!

――とは言うものの、距離の詰め方以外は気を抜いているのも良い所。
正面から向き合っていれば分かるだろうが動作は大振り、速度も抑え気味。
戦闘を行った覚えのある相手ならば、充分避けられる程度の気の抜けた攻撃だ。
しかも、狙いすら正確ではない。
例え少女が避けなかったとしても、顔面にクリーンヒットなどせず、こめかみ近くを掠めて行く程度だ。

神樹椎苗 >  
「部外者に所属を漏らすわけねーでしょう」

 フッ、と鼻で笑う。
 ついでに、頭を指先でとんとん、と。
 脳みそついてるのか、という意図の挑発以外の何物でもなかった。

「趣味と実益を兼ねた奉仕活動なんですけど――ぁん?」

 椎苗は飛び込んでくる青年を意に介さず、こめかみ付近の皮膚が裂けた。
 避けるそぶりも、防ぐそぶりもなく。
 ただ、あからさまに不機嫌そうに目を細めた。

 そして。
 椎苗の左手にはいつの間にか、黄金の立方体。
 それを飛び込んできた少年の腹に押し付けた。

「――第三定格出力(模倣-疑似神器)、解放」

 立方体は一枚の黄金の石板に変わり。
 石板を中心に、金色の爆発が起こった。
 それは、全身を焼くような熱を放出し、路地裏に太陽が現れたかのように、激しい爆発を起こす。
 当然、椎苗の身体は大きく吹き飛ばされ、細い手足は千切れ捻じれ、ドレスごと全身は焼けただれる。
 再び確実に死んだと思える、小さな身体が転がるが、それに巻き込まれた青年は如何に。
 

夜見河 劫 >  
「――――」

黄金の石板から放たれる、金色の爆発。
明らかに当たらないとはいえ、攻撃を仕掛けて体勢が大きく傾いていた包帯巻きの顔の男に、それを避ける術などなく。

――爆発が収まった後に残っていたのは、辛うじて人の身体のパーツと思しい、バラバラに飛散して
散らばった、炭化した破片であった。

生死確認の医者を呼んだりするまでもなく、何処からどう見ても死んでいる。
バラバラになったのでぴくりと動く事も無い。

何らかの手段で生死確認が可能であった場合でも、確実に生命活動が存在しないだろうと分かる筈だ。
魔術的・科学的、あるいはそれ以外の手段を用いても、間違いはなく。

神樹椎苗 >  
「――なるほど、同類(・・)でしたか」

 いつの間にか。

 爆発で死んだずの椎苗は、浮遊する黄金の石板の上に座って、脚を組んでいた。
 その視線は、憐みや嫌悪、同情や慈悲、複雑な感情が入り混じった上で、やはり苛立ちが強いだろう。
 近年ため込んでいたストレスが、ここに来て溢れ出しかけているのかもしれない。

「第四級監視対象、狂狼。
 多数の傷害事件を起こした事により、要観察として監視下入り。
 申告上の異能は――『過剰再生』でしたね。
 死にはしないだろうと思いましたが、予想以上と言ったとこですね」

 そう相手の記録を読み出している間にも。
 その『過剰再生』は、まさに異能の力を発揮し始めていた。
 

夜見河 劫 >  
「眠りは小さな死である」とは、誰の言葉であったか。
目覚めの有無を除けば、眠りと死はとても近い現象だ、という言葉が時折現れて来る。

ならば、「死」という眠りから目覚める事があった場合。
それは如何なる形を見せるのか。


パラバラになった、炭化した物体が、ぞろり、ぞろり、と蠢き始める。
あるいはそのまま、あるいは脆くも更に粉々に砕けながら、一ヶ所に集まり始める。

それは、人であれば一度は誰もが見る夢を、最もおぞましい形で実現した異能。

ボロボロと崩れながら一ヶ所に寄り集まった炭屑が、ひとつの形を取り始める。
地面に横たわる、ニンゲンの形。
その経過も、原理も、理由も、概念も、「全くの不明」。

あるいは神の領分すら冒涜し得る、おぞましい何かを以て。

「……とんだ命知らずがいたもんだな。
死んでも生き返るからって、ここまでやるかよ……って、俺が言えた事じゃ、ないか。」

そう、「炭人形」が言葉を発した直後。
ぱしん、と軽い音を立ててその表面が崩れて落ち、その下から一人の男が姿を見せる。
起き上がったその男は何も着ておらず、顔には包帯も無い。
当たり前である。あの爆発で、着ていた物は根こそぎ消し飛んで灰になってしまった。

神樹椎苗 >  
「――他人の不死性を見るのは、やっぱり気分がいーもんじゃねーですね」

 椎苗は青年の再生する様子を眺めつつ、不愉快そうに表情を歪めた。
 不死者を見ると、どうしても、葬送したくなってしまう。
 生命(いのち)の枠から外れたモノ。
 それらすべてを、安寧へと導く事こそ、宗教者としての椎苗の本懐であるのだ。

「フッ。
 どこまでやっても自分が死なねーか、くらいは把握してますからね。
 命知らず――これが命と言えるなら、そうかもしれねーですが」

 そう言ってから、全裸の青年の下半身に視線を動かす。

「ふむ。
 腑抜けた事をしてきたわりには、まあまあのモンを持ってんじゃねーですか。
 しぃはてっきり、タマ無しやろーかと思いましたよ」

 浮いている分、視線の高さは然程変わらない。
 しかし、見下すような視線で椎苗はあからさまに嘲った。
 

夜見河 劫 >  
「俺だって好きで死ねない訳じゃないよ。
気が付いたらこの有様、『第6研究室』の連中は色々工夫して俺を殺してくるけど、どうやってもこうなる。
……何時になったら死ねるのかな、俺。」

不愉快そうな表情の少女に対し、死から黄泉返って来た男の雰囲気は、どこか満足げながらも憂いのあるもの。
あるいは、どこか「欠けたもの」が一時でも満たされたような、そんな空気。

嘲る少女の言葉には小さく鼻で笑い、

「何処も出っ張ってないお子様がエラソーな事言ってら。」

意趣返しのような皮肉のような一言。

「……それで?
結局、あの「ニンゲン」っぽかった「イキモノ」みたいなのは何なワケ?
話し逸らそうとしても駄目だよ。」

言いながら、視線を串刺しにされている筈の男子へと軽く向ける。
あの爆発に巻き込まれてないなら、まだ生きてるだろうか。

神樹椎苗 >  
「――ふぅん。
 なら、殺してやりましょうか?」

 さらっと。
 世間話かのような軽さで、言い放った。

「好きで出てねーわけじゃねーです。
 ま、しぃはロリですが美少女である事には変わりねーんで、お前よりは五億三千と1点くらい存在価値があります」

 採点基準が不明すぎるが。
 とにかく、過剰すぎるくらいに、自分に自信はあるらしい。

「――スワンプマン、という思考実験を知っていますか?
 知らねーなら、説明がめんどうくせーんで省略します」

 そのまま、膝に肘を立てて転がって、爆発で気絶している沼男を見た。
 少なくとも、気絶しているなら目の前の青年をコピーする事はないだろう。
 

夜見河 劫 >  
「ふーん。「訳が分からない不死身」を殺すアテがあるんだ。」

世間話の如き気軽さで放たれた言葉には、馬鹿にするでもなく、少し興味を引かれた様子。

「……ま、今はやめとく。
知り合いの、女の子に……「何かあった」ら、その時に頼むかな。」

どこかぼやけた、そんな独り言めいた言葉を呟き。
自信過剰かつ採点基準不明な言葉には、

「そ。なら俺の知ってる子は多分お前より1点以上存在価値が高い。」

中々ひどい買い言葉。

「……沼地の傍で雷に打たれて死んだ男がいた。
同時に別の雷が沼に直撃して、とんでもない偶然で沼の泥から死んだ男と全く同一の形成物を生み出した。

生まれた形成物は記憶も人格も、勿論外見も死んだ男と全く同じ。
さて、この「何か」は落雷で死んだ男と同じ存在と見ていいでしょうか?……って奴?」

すらすらと言葉が出て来る。
恰好や雰囲気の割に、妙な所の知識がある。あるいはそれも『第6研究室』の研究分野だったのか。

神樹椎苗 >  
「――意外ですね。
 雑学的な教養があるようにはみえねーですが」

 そう、驚いたように言うと。

「そのスワンプマンの思考実験から発生した、概念存在の怪異です。
 他人の全てを完全に模倣して、本人になり切る。
 ただし、模倣した沼男はなぜか小規模の犯罪行為を繰り返すようになります。
 そして、オリジナルは沼男が産まれてから、長くて一週間ほどで、何らかの形で死亡します」

 要するに、様々な姿写し型の怪異、その一種である。
 ただし、沼男には偽物である自覚がなく、沼男の意思に関係なくオリジナルが死んでしまう、という点が大きな問題となる。
 要するに、オリジナルの保護が難しいのだ。

「しかも、退治したと思ってもすぐに別の人間をコピーします。
 沼男自身に物理的な実態はありませんからね。
 ふぁ――まあ、疑似的な不死存在と言っても差し支えないでしょう」

 疲れたように、欠伸をしながら、左手をひらひらと振る。

「で、しぃはそんな不死性のある存在を殺すための専門家です。
 もちろん、正規学生や地球に帰化するつもりの相手なら、相応の対応をしますが。
 まあ、しぃに仕事が回ってくる場合は、大抵が殺す事になりますね」

 そう、一通りの事情を、ものすごーーーーーーく、面倒くさそうに話してから。
 また青年に向けて鼻を話して笑った。

「しぃに殺せないのは、理論上、しぃだけです。
 生きているなら――いえ、生きていなくとも。
 どんなモノだって、殺して見せますよ」

 それは、敢えての誇張表現。
 実際は殺せない存在も少なくはない。
 椎苗と同様、複製型の不死は勿論、純粋に力が及ばない規格外の存在もいる。
 実際は、死神と言えどそこまで万能に死を与えられるわけではないのだ。
 

夜見河 劫 >  
「『第6』の実験の中にその思考実験が現実化するかを確かめようとしたのがあったからね。
幸い「死んでも生き返る協力者(実験動物)」が居たから、人倫云々は問題なかった。
結果は失敗だったみたいだけど。
第256次実験まで全部が失敗で終わって、これ以上の実験は無意味だろう、ってさ。」

暗に、自分がその「スワンプマン」の思考実験の現実化に協力させられていた事を仄めかす。
どうせ失敗に終わった実験だし、この男が話した所で「研究室」の方でも痛くも痒くもないのだろう。

そうして、事の次第を一通り耳にすると、ため息と共に頭を掻く。

「……あっちの方が殴ってもいい奴だったのか。
まあ、事情を知らなかったとは言っても、後ろから蹴ったのは、うん、悪い事した。ごめん。」

軽く頭を下げる。
腕を斬られても血を流さないような相手である、怪異であるという説明にも「納得」はあったのだろう。
そうして、また視線を軽く「沼男」に向ける。

「……邪魔した俺が言うのも何だけど、あいつ、早く殺さなくていいの?」

少女の語る言葉を、ただの荒唐無稽とは思っていない。
そう理解できるだけの「納得」は貰えた。

ならば、放っておいても「害」しかない「沼男」を始末しないと拙い、と考えるのは、ごく自然な流れだ。

神樹椎苗 >  
「――、不愉快です、が」

 実験動物(モルモット)にされた記憶が、身体に刻まれた傷以上の傷になっている椎苗にとって。
 当然のように実験を受け続けてる青年と、その飼い主に不快感がぬぐえない。
 しかし、それを部外者がどうだこうだと口出し出来るわけでもなく。
 不愉快に思えど、唇を引き締めるしめ、眉をしかめるしかできなかった。

「ん、ああ――別にかまわねーですよ。
 お互いにデスりましたし。
 ああいや、しぃの方が一回多く死んでますね。
 お前、もいういっぺん、死んでみますか?」

 殊勝な態度を取られれば、いつまでも苛立っていては大人げない、とばかりに。
 ただ、一回分多く死んでるのは、若干ばかり気に入らない様子だが。

「――気にしなくても、そろそろ死にますよ」

 そう椎苗が口にするのと、どちらが早かったか。
 沼男の身体は塵となって崩れていく。
 そして、そこから形の無い『なにか』が浮き出てくるのを、青年も感覚的に察知できるだろう。

 けれど。
 それも椎苗が指を下から上に振れば。
 紅い剣が上下に剣閃を描き、その『なにか』はあっさりと消滅したのだ。
 

夜見河 劫 >  
「……そっちにも「色々」あるだろうし、不愉快なのは分かる。
でも、「これ位」しか、死ぬ希望が見えないからね。
正直、まるで成果が見えてこないから、諦めもあるけど、さ。」

不死の身、というものはとかく、人の興味を惹きやすいものである。
現在進行形で実験動物になっている――その代わりに、協力の礼金という形で少なからぬ金を得ている男にとって、
少女の不愉快な気持ちはある程度理解の及ぶ範囲だった。
それでも今の所、異能の解明とそれを超えて「死」を与える研究に励んでいるのは、「あそこ」しかないのだ。

そんな事を言いながら「沼男」を見ていると、その身体が塵となり、崩れていく様が目に入る。
その残骸から形の無い、しかし存在する「何か」が浮き出て来るのが見えた所で、

「――――へえ。」

思わず、関心が出る声。
黒いドレスの少女の指の動きに合わせて動いた赤い剣が、「何か」を斬るように動き、少し遅れて「何か」はあっさりと、
あまりにもあっけなく、消えてなくなる。

「……あの剣が、「何でも殺せる」っていう「手品」のタネ?」

流石に馬鹿ではない。
ただの剣だと思う程、男も鈍くはなかった。

「直接斬られてないから分からないけど、もしかしたら俺でも死ぬかも。」

そんな言葉が、口から自然とこぼれる。

神樹椎苗 >  
「なんだ、お前も死にたがりですか」

 ぽつりと、椎苗は無感情に呟いた。

「この剣は、そこまで万能じゃねーですよ。
 ただ、斬れば問答無用で死を与える、死神の剣ですから」

 剣は、漂うように椎苗の膝に上にまで飛んで行き、椎苗に剣の腹を撫でられると、鈍く光った。

「お前の異能が、タダの再生なら、殺せない事も無いでしょうね。
 試す分にはかまわねーですが。
 それでお前がうっかり死んだりすると、ぎょうむじょーかしつちし、ってやつになっちまいますからね。
 その辺、同意書でも書いてくれりゃぁ、実験の一環として斬ってやらねーこともねーです」

 最初に、紅剣で斬らなかった理由の一つである。
 ただの外傷による致命傷なら再生するだろうと予測出来ていたが、流石に非物理的な殺傷はリスクが計算しきれなかったのだ。
 

夜見河 劫 >  
「まあね。
…前はそれ程でもなかったけど、ちょっと色々あって、「いつ死ねるか分からない」のが、少し嫌になった。」

こちらも、充足感が欠けてきた、どこか冷えた調子の声。
死んで生き返った時の高揚感、満たされるモノがある感触がある事は否めない。
だが――そう、今は、「置き去りになって生き続ける」事に、忌避感と、恐怖のようなものを漠然と感じてはいる。

「死神、か。ホントにいるなら、俺はさぞかし嫌われてるんだろうね。」

少しだけ、自嘲するような言葉。
続く少女の言葉には、少し首を傾げる。

「其処が問題なんだよね…見られただろうし、バレても文句は言われないか。
今まで何度も実験とか喧嘩とかで死んだけど、その度に生き返って来る。それが俺の「本当の」異能。「死ねない」、異能。

色々な方法で計測して貰ってるけど、返って来る言葉はだいたいいつも同じ。
原理も、理由も、どんな概念で動いてるのかも、「全然分からない」って事が分かる。それだけ。」

つい、憂えるようなため息が出て来る。
本人にさえ「死ねる見込み」が全く見えない。
それは、誰からも「置き去り」にされて生き続けなくてはならない、という事に近い。

「本気で死にたくなる事があったら、その時は同意書でも何でも書くよ。
今はまだ…少し、生きていたいって思う事があるからさ。」

神樹椎苗 >  
「――わるくねーですね」

 青年の話を聞いて、静かに言った。

「死ねないだけで、ちゃんと生きている。
 そういう奴は、しぃが死を与える対象外です。
 ま、生きられなくなったら(・・・・・・・・・・)、出来る限りの方法で殺してやりますよ。
 確約できるもんでもねーですが」

 そう言って肩を竦めると、椎苗は片手に剣を取って、金色の石板から飛び降りた。
 石板はまた金色の立方体へと戻り、紅い剣共々、どこへともなく消えてしまった。

「まあ精々喜ぶと良いです。
 お前は、死神が嫌いなタイプじゃねーですよ。
 ――さて。
 いい加減アレですが、いつまで全裸でいるつもりですか?
 しぃに欲情しちまったってんなら、まあ雄ならしかたねー事ですから許してやりますけど」

 そう、青年の下半身を指さしながら言う、破廉恥な小娘だった。
 

夜見河 劫 >  
「それはどうも。「その時」は遠慮なく訊ねに行くよ。」

確約がないとはいえ、「死」の予約を貰ったのは少しだけ有難い。
今はまだ縁遠いかも知れないが、もしも「その時」が来てしまった時には――。

と、続いて少女から向けられた中々に破廉恥なお言葉には軽く肩を竦める。

「こればっかりは仕方ないよ。
死ねないのは「俺だけ」。そっちと違って、服も一緒に生き返るような便利なものじゃない。」

あの爆発に巻き込まれて、それでも服込みで復活する方が正直おかしいと言えばおかしい。
「不死」は「自分自身」にしか適用されない、と言う点で、男の不死性はある意味一般的なものであった。

「生憎だけど守備範囲外。
暫く前で、もちょっといいカラダだったら分かんなかったけど、今はもっと素敵な女の子を知ってるからね。」

別に減るものでもないし、焦って隠さないといけない程の事態でもない。
そう考えると、男の羞恥心はある方面において致命的なまでに壊れているといっても良かった。

「――そういえば、まだ名前。聞いてなかった。
こっちの事は知ってるのに俺はそっちの事知らないのは、フェアじゃないでしょ。」

神樹椎苗 >  
「ふむ。
 そういう意味じゃ、ほんとに普通ですね」

 極々普通の、不死身。
 不死者として異常性があるとすれば――

「――あん?
 しぃじゃよくじょーできねーってんですか。
 まったく、しかたねー租チンやろーですね。
 精々、その女と楽しく子作りにでも励む事です」

 肩を竦めて、やれやれ、と首を振る。
 どう考えても、肩を竦めたいのは青年の方だっただろう。

「ん、神樹椎苗。
 黒き死の神に仕える、敬虔な信徒ですよ」
 

夜見河 劫 >  
「死ねないのに、普通や異常ってのもおかしいとは思うけども。
この辺りは当たり前だと思ってる。
……しまった。小銭入れも吹っ飛んじゃったかな。」

ゴミ袋を買いに出掛けて来たのを今更思い出した。
幸い、カードやら何やらを入れている財布ではなく、小銭入れを持って出て来たので、
問題があるとすればその分のお金が何処かへ消えてしまった事程度だろう。

「そりゃ、そんな出っ張りも何もない、背も低いんじゃあね…。
其処まで性癖終わってないし、そもそもこんな色気も何もない場所じゃ、さ。」

腰に手を当てながら小さくため息。
まあ、そういう破廉恥気味のお話には、あまりにも状況的に色気が無さ過ぎた。

「神樹…椎苗、ね。覚えとく。
もう知ってると思うけど、夜見河劫。風紀の監視対象。
……一応、四級だったけど、どうなるかは分からない、かな。」

公安委員会の関係者である少女とひと騒動起こした上に、一度は殺してしまった事が色々問題だった。
下手をすると、というよりもまず三級に格上げされる可能性の方が大きいだろうか。

神樹椎苗 >
 
「今時電子決済じゃないのも珍しいもんですね。
 少し助けてやりましょうか?」

 一応、爆破したのは椎苗である。
 日頃のストレスやなにやらを込めた盛大な自爆だったが。
 それで全裸の上に金もなくしたとなれば不憫なものだ。

「ふん、これでもセフレくらいはいますし。
 しぃが美少女であるという事実は覆らねーですし。
 身長、身長ですか――」

 とんでもない発言をしつつ、
 難しい顔で悩んでしまった。
 なんなら、青年と遭遇して以来、一番悩んでいるような様子ですらある。

「おぼえなくていーですよ。
 必要があレば、どうせまた会うでしょうし。
 それと、等級はあがんねーですから安心しときゃいーです。
 しぃに関しちゃ、だいたいノーカンですよ、ノーカン」

 と言う事らしく。
 椎苗としてもわざわざ報告としてあげるつもりもない。
 報告が上がるとしたら、沼男退治の際に助力された、というようなものだろう。

「さて――虚空蔵書、第八定格出力」

 再び椎苗の手には黄金の立方体。
 それに椎苗の手が入り込み、一枚の大きなローブとベルト、いくばくかの金銭が取り出されて、青年の方へと放り投げられた。

「貸し一つにしといてやりますよ。
 一回分多く殺された事は、まあ、裸に剥いちまった事でチャラにしてやります」

 くくく、と笑いながら、椎苗は青年に過不足ない程度の支援をするのだった。
 

夜見河 劫 >  
生徒手帳(オモイカネ)を持ってる時はなるべく気を付けてるけど、いつこんな風に服ごと吹っ飛ぶか分かんないから。
再発行まで文無しとか、大変じゃない?」

死ねない者なりの工夫であった。
現金であれば分けておけるし、もし手持ちが吹っ飛んでも家に戻れば予め置いていた分でカバーリングは効く。

ともあれ、ローブとベルト、それに金銭を受け取ると慣れた具合で身に着けていく。
余談であるが、身体の方は筋肉質…とまではいかないものの、割合しっかりと引き締まっているものだった。

「ありがと。流石にコンビニまでは怪しまれそうだけど、部屋に戻る位なら何とかなると思う。」

流石に下穿きがないので、深夜とは言えこのままコンビニに向かう事は躊躇われた。
替えの服を取りに部屋に戻る位なら、充分役割を果たせそうである。

「…そういうの見てると、魔術?って便利だとは思うかな。
碌に勉強してないから、全然使えないけど。」

黄金の立方体含め、魔術には全く関心も知識もなかったが、こうして見る分には便利そうに思えた。

「後、美少女は無暗にセフレとか口にしないと思う。
俺しか聞いてないからいいけど、気を付けた方がいいよ。」

とんでもない発言で悩む様子には、完全に余計なお世話の発言。
美少女である事についての否定はなかったが。

「――ん、これならコンビニでゴミ袋買う分には充分。
何か色々助かった。ありがと、椎苗。」

覚えなくていいと言われたのにしっかり名前呼び。変な所で律儀な奴である。

神樹椎苗 >  
「普通は普通で、苦労するもんなんですね。
 まあしぃには関係ねーですが」

 死ぬ直前の衣服や所持品まで含めて複製される椎苗は、幸いそう言った面倒とは無縁なのである。

「残念ながら魔術じゃねーんですよ。
 これはまあ、なんていいますか。
 神様の権能の一部、みてーなもんです」

 魔術とは似て非なるもの。
 より、異質なものであった。

「あー、はいはい、貸しって言ったじゃねーですか。
 礼を言うくらいなら、その内、せっせと働いて返してくれりゃ―いいんですよ。
 ああ、そうでした」

 そう言って、立ち去ろうとしたところで立ち止まる。

「――お前の死が、生を導くものであらん事を。
 お前がいつか、静かな安寧の地に辿り着くよう祈ってますよ」

 そして今度こそ、片手をひらひらと振りながら路地裏の奥へと消えていくのだった。
 

夜見河 劫 >  
「神様、か。
ホント、色々あるもんだね、この島。」

そう言うものもあるのか、と言う気持ち。
死神の剣の話も聞いたばかりだ、そういうものもいるのだろう、と今なら少し信じられる。

「働いて、か。その内呼び出しでも来る?
まあ、出来るだけ一人で暇してる時に呼んで欲しい、かな。」

流石に「来客」がいる時に呼び出しを喰らうのは避けたい心情であった。
兎も角、これからは通話記録かメッセージ機能にも偶には気を払わねばならないだろうか、という気持ちがある。

「――安寧、か。
其処に辿り着くまで、俺は後何回死んで生きるのかな。」

問い掛けではなく、ただ何となく口から零れて出た、独り言だった。
去り行く黒いドレスの少女を見送ると、男も一度、落第街へ向けて歩き出す。

真夜中の路地裏は、何事もなかったように。
いつも通りの姿に戻っていた。

ご案内:「歓楽街 路地裏」から神樹椎苗さんが去りました。
ご案内:「歓楽街 路地裏」から夜見河 劫さんが去りました。