2024/06/18 のログ
ご案内:「落第街、裏通り」にノーフェイスさんが現れました。
ノーフェイス >  
いまや向けられる視線は、いつぞやかとはまるで変わった。
受け止めて、流すのではなく。
悠然と、堂々と、しなやかに――歩く。

六月の、しのつく雨のなかで、黒い傘の下。
路地の隙間に、雑に描きたしたほど鮮やかに。

「…………?」

不意。
視線が向いた。

ノーフェイス >  
ぱしゃり。
ほんの僅か、水嵩を張る地面のうえを。
瓦礫を避けて、路地からわずかに脇へと入り込む。

かつてあったらしい家屋の亡骸の、その物陰。
傘を閉じた。
雨が注ぐ。肩はより黒く。紅は艶を帯びた。

そこには。

ノーフェイス >  
なにも、残っていない。
なにも、ない。

音の残滓が残るわけでも、香りがあるわけでもなく。
確かなものは、なにひとつ残らぬままに。

しかし覚えたのは、まるで残像のように陰った。

――既視感(・・・)

そこになにがあったのか、伺い知れぬまま。
そこでつむがれた物語を、胸に留めることはなく。

なにもなくなった場所のまえに、ほんのわずか、立ち尽くす。
ぬるい雨に濡れながら、そう。

なぜか、無性にそうしたくなる、なにかだけが。
そこに残っていた。

ノーフェイス >  
「痛て」

びく、と指がふるえた。
顔のまえに、手をはこぶ。
白い肌には傷ひとつなく。

――傷。

「…………」

いまなお、しずくに洗われる白い手の甲に。
目を伏せて……そっと、みずからの唇を押し当てる。

ノーフェイス >  
わずか、淡桃の痕がのこるほど。
吸い上げて、ぼんやりと瞳が覗くころには。
すでに体はずぶぬれで、重く――

「……キミなのか?」
 
あるはずもない、血の味が。
毒々しく咲いた、花の姿が。
そう在らん(・・・・・)とした鋭い美が。

そこだけでなく、肌の裏側を、這いまわる。

ノーフェイス >  
雨が降り――
そこにあったなにかを洗い流した。
なくなってしまったのか、持ち去られてしまったのか。
なにもかも、判然としないまま。

しばらく鈍色(にびいろ)の空を眺めていた影は、しかして。
余人にはそう見せぬ、憂げな相を、ふたたび傘の下に隠す。
雪に咲いた花を想い、青く熱い季節へむけて――

ご案内:「落第街、裏通り」からノーフェイスさんが去りました。