2024/06/18 のログ
ご案内:「落第街、裏通り」にノーフェイスさんが現れました。
■ノーフェイス >
いまや向けられる視線は、いつぞやかとはまるで変わった。
受け止めて、流すのではなく。
悠然と、堂々と、しなやかに――歩く。
六月の、しのつく雨のなかで、黒い傘の下。
路地の隙間に、雑に描きたしたほど鮮やかに。
「…………?」
不意。
視線が向いた。
■ノーフェイス >
ぱしゃり。
ほんの僅か、水嵩を張る地面のうえを。
瓦礫を避けて、路地からわずかに脇へと入り込む。
かつてあったらしい家屋の亡骸の、その物陰。
傘を閉じた。
雨が注ぐ。肩はより黒く。紅は艶を帯びた。
そこには。
■ノーフェイス >
なにも、残っていない。
なにも、ない。
音の残滓が残るわけでも、香りがあるわけでもなく。
確かなものは、なにひとつ残らぬままに。
しかし覚えたのは、まるで残像のように陰った。
――既視感。
そこになにがあったのか、伺い知れぬまま。
そこでつむがれた物語を、胸に留めることはなく。
なにもなくなった場所のまえに、ほんのわずか、立ち尽くす。
ぬるい雨に濡れながら、そう。
なぜか、無性にそうしたくなる、なにかだけが。
そこに残っていた。
■ノーフェイス >
「痛て」
びく、と指がふるえた。
顔のまえに、手をはこぶ。
白い肌には傷ひとつなく。
――傷。
「…………」
いまなお、しずくに洗われる白い手の甲に。
目を伏せて……そっと、みずからの唇を押し当てる。
■ノーフェイス >
わずか、淡桃の痕がのこるほど。
吸い上げて、ぼんやりと瞳が覗くころには。
すでに体はずぶぬれで、重く――
「……キミなのか?」
あるはずもない、血の味が。
毒々しく咲いた、花の姿が。
そう在らんとした鋭い美が。
そこだけでなく、肌の裏側を、這いまわる。
■ノーフェイス >
雨が降り――
そこにあったなにかを洗い流した。
なくなってしまったのか、持ち去られてしまったのか。
なにもかも、判然としないまま。
しばらく鈍色の空を眺めていた影は、しかして。
余人にはそう見せぬ、憂げな相を、ふたたび傘の下に隠す。
雪に咲いた花を想い、青く熱い季節へむけて――
ご案内:「落第街、裏通り」からノーフェイスさんが去りました。