2024/07/06 のログ
紅き月輪ノ王熊 >  


      「王の慈悲を受け取れ(しね)


 

Dr.イーリス > イーリスが紅き屍骸に仕掛けたのは、直接的な兵力と情報戦を組み合わせたハイブリッド戦だった。
今宵その両方で勝つ事で、紅き屍骸を壊滅寸前に追い込もうと目論んだ。

今の殺戮劇も、配信されてしまっている。
その光景を見て、失望や絶望を覚える人が増えないはずがない。
あまりの無様にイーリス達を嘲笑できるような人ならば、まだいい方だろう。

つまりは、直接戦闘、情報戦、その両方でイーリスは完全に負けたのだ。
家臣が増えた、その言葉に俯いていたイーリスは、はっ、と顔を上げる。

そうだ……。
彼等はゾンビとして蘇る。
不完全感染ではない。一度死亡し蘇った彼等は、完全感染だ。

「や、やめて……。やめてください……。お願い……。せめて……安らかに眠らせてあげて……」

心が崩れ落ちていき、泣きつきながらの懇願であった。

「やめて……。やめて……! やめてえぇ…………!!!」

ゾンビと化する不良達を目の前に、イーリスは叫んだ。


周囲の景色が変わった。
目の前にいるのは、紅き屍骸。
しかし、それ等は元々、イーリスの仲間だったもの。


────回想─────

山田(不良)「姐さん、どうすれば姐さんみたいに強くなれるっすか!」

岡村(不良)「自分ら、姐さんのように強きを挫き弱気を守れる人になりたいっす!」

「……私はそれ程強くはありませんよ。そうですね、人の痛みを知る事で、仁義を重んじる事に繋がり、それが心身共に成長させていくものでもあります」

山田「深いっすね」

岡村「参考にしてみます、あざした!」

「そんなに深いでしょうか……。どちらにしても、参考になったのならよかったです」
────────────

イーリスは涙を流しながらも立ち上がって、不良ゾンビ達に歩み寄っていく。

「山田さん……まだ……生きているのですよね……? こんなところでやられるあなたでは……ありませんよね……? ……岡村さん、いつか私を島の外に連れていってくれると約束してくれたではありませんか……。皆さん……今日は……悪ふざけが過ぎますよ……? そんな事では……エメラルド田村さんに……呆れられて……」

イーリスの流す涙がだんだん大粒のものとなっていく。

「皆さん……何か……言ってください……。お願い……です」

その時、“王”が手を差しのべてくる。
イーリスはその手を一瞥した後。

メカニカル・サイキッカーのキャノン砲に変形した右腕が遠距離からレーザー砲を放ち、差し伸べられた“王”の手を吹き飛ばさんとしていた。

紅き月輪ノ王熊 > 「…っ…いったいなあ、もうっ♪」
「照れちゃってさあ~。」
「そんなところも好きだよッ!」

打ち出される、
レーザーキャノン。
普通、即死だ。
そうでなくても、大やけど。
…これが
花だったら
針鼠だったら
鮫でさえ、そうかもしれない。

だが。

王はそれが「痛い」で済む。
それも、お笑いのように。

月光を統べる王に
光の攻撃は
あまりにも
頼りなかった

「ああー、可哀相だなあ~」
「そんな可哀相なイーリスちゃんに」
「救われるただ一つの道があるんだ」
「それは王様の慈悲を受け取る事ッッ!!」

再び
手を差し出す
優しく
恐ろしく
慈悲深き王として
破滅を齎す王として―――

紅き屍骸と化した不良たちは
不思議とイーリスを襲う事はしない

「紅き屍骸と化したイーリスちゃんと」
「紅き屍骸のお友達の皆との」
「再び訪れる一家団欒ンンン~♪」
「めでたいねェ~♪」
「よかったねェ~♪」
「皆はっぴィィ~♪」

軽い口ぶりで
どこまでも
極めて
残忍に

「そのあと他の仲間もぶち殺しまくって」
「王様と一緒に一国を支配しちゃったりして~!」
「というわけさ」
「その時イーリスちゃんは王女様にしてあげようねッ♪」

王は…
これからのイーリスにとって
破滅的な未来に目を輝かせている

「それとも」
「拒む?」
「王様の"慈悲"を拒むなら」
「キミに与えるのは"破滅"だ」

まるで、判決を告げるように。
自らがルールであるとでも言うように。

Dr.イーリス > メカニカル・サイキッカーは、先程の“王”の魔術により酷く損傷している。
しかし、メカニカル・サイキッカーは死なない、故にゾンビにならない。
そして、イーリスの切り札たるそのメカは、酷く破損しても、そう簡単にはくたばらない。

イーリスは、不良ゾンビに囲まれる位置で、涙ながらに“王”を睨みつける。
やはり、他の屍骸とは格が違いすぎる……。
レーザーキャノンを放っても、大したダメージを与えられないのは予測できていた。
イーリスが整えた万全な戦力をいとも簡単に殲滅した絶望。
もはや、メカニカル・サイキッカーたった一機でどうにかなるとは思っていない。
イーリス達の敗北、どうあってもそれが揺るがない事は理解している。

「……ッ!! “王”……! 見せてあげますよ、ストリートチルドレンとして生きた“不良の生き様”!!」

無慈悲に破滅を齎す慈悲深き“王”の誘惑を完全に拒絶する。
例え勝てずとも、一矢報いてやる!
紅き屍骸を殲滅するために、メカニカル・サイキッカーにも改造を施してきたのだ。

「これ以上、あなたの思い通りにはさせません! あの空間で私は言いましたよね。外に出れば、あなたを滅すると……!」

メカニカル・サイキッカーは背中の推進エンジンから炎を噴かせて飛行している。そんな黒きアンドロイドが高速で“王”とイーリスに接近すると、イーリスを左手で抱えて飛行した。

「“破滅”するのは、あなたです!」

では具体的にどのような改造をメカニカル・サイキッカーに施したか。
メカニカル・サイキッカーは様々な異能者の細胞を内包しており、様々な異能が扱える。六時間ごとに三つしか使えない制約があるが、それは多く使いすぎると演算が間に合わずコンピューターがオーバーフローするため。
本来、その異能は“偽物”なので、“本物”よりも出力が引くめ……。本来ならば。

技術者であるイーリスが異能を研究している上で手を出している禁断の分野がある。

──違法改造異能。

違法に改造されたその異能群はとても強力で、しかしとてつもなく危険なもの。
改造により今のメカニカル・サイキッカーに搭載されているが、コンピューターがオーバーフローを引き起こす事は確実……。
だが、“王”に対抗するならば、やるしかない……。

イーリスはメカニカル・サイキッカーに抱えられながら瞳を閉じ、集中する。
違法改造異能を発動するためのプログラムを構築しているのだ。

紅き月輪ノ王熊 > 「あ、ああ、あ、あ、あ…!」
「ああ…ッッ!!」

王は―――
慈悲に絆されず
破滅に抗うその姿に、
言葉を失った……。
それは、驚きや失意ではない。
歓喜と感動だ。

「す……素晴らしい…」
「この状況でも折れぬ強き意志…!」
「それでも王様に見せようとする"生き様"…!」
「……う…っ…!!」
「こ……!!こ、こんな……!!」
「こんなに美しいモノが……!!」
「この世界にあって良いのか…?!」

惚れ惚れする。
彼女は、スラム街の子供だぞ?
殴り合いだって強くないただの子供。
それが、それが…?!
この王様の
慈悲を拒み、
破滅すら拒もうというのか?!
何をしようとしているかはわからないが…
今王に向かって"破滅させる"と言いきった…!!

なんと、なんという美しさだッ…!
こんなに美しいものを今まで見たことがない…!
今まで…何十、何百という数の討伐体を退けてきたのだ。
それなのに…なんだ、この感覚は…?!

王は歓喜に打ち震え、涙した。
比喩ではない。
両者とも、まるで違う意味で涙を流す。

漆黒の機体に携えられ
"それでもまだ抗おう"とするその姿に、釘付けになってしまう。
……美しい……

「正直……惚れたよ、"イーリス"。」
「この世界には…これほど素晴らしいものがあると思わなかった。」
「それはキミだ…!!」

「この王様を、この絶望の中、それでも…どうにかするという」
「……その意思……ッッ!!!」
「最高だ…!!最高すぎるッ…!」

あまりにも。美しい……
この美を、自分だけのものに出来れば…どれ程素晴らしい事か…!!

「キミを破滅させよう…。破滅し、王のモノとなれ…!!」
行くぞ―――絶対王者の力の前に平伏せ…!!」

「喰らうがいい―――血塗零月(チマミレヅキ)…ッッ!!」

先ほどは、これ一つで不良をすべて殺戮し切った、
月すら平伏す大魔術。
それを、イーリスただ一人の為に使う。
殺意に溢れる慈悲無き破滅の槍が、注ぐ。
月光が当たる範囲なら、いかようにも攻撃できる、
あまりにも破壊的な広範攻撃。

だが…

王は予感していた
この素晴らしき女は
この大魔術すら生き残ってくる
確実にだ!

Dr.イーリス > 歓喜する“王”。
その捻じ曲がった慈悲ごと打ち砕ければと、そう願わずにはいられない。
“王”の慈悲を拒んだ。

こんな非道な“王”に、屈したくないから。
今は、仲間達は殺された事も、その感情を押し殺す。
元よりストリートチルドレン、仲間の無情な死を幾度も経験した。
今回はあまりにも悲惨すぎたが……。

構築されていくプログラム。
ただ“王”を倒すためのコマンド。

「生憎、何度も言うように私はあなたの事が嫌いです。どれだけ惚れようが、私はあなたを拒絶します」

“王”が発動したのは、先程の大魔術。
先程、不良達の全てを奪った魔法。空から降り注ぐ紅き絶望。
しかしだ。

初見ではないその魔術のデータは、取れている。

「データ通り。そして、予測通り」

プログラムの構築が完了した。

「──Forbidden Command. 違法改造異能《氷結した時の流れ(フリージング・エピック)》!」

それは、時間に干渉する改造された異能だった。
本来は氷を操る異能。それが改造されて、時間をも凍り付かせる。
凍り付いた時間の中で動けるのは、イーリスとメカニカル・サイキッカー。
つまり、逐次使用する事で現実ではありえない動きで、数多の光を回避した。

それと同時に、“王”はいつの間にかに“ある物”に囲まれている。
停止した時間の中で、“王”の周囲に郵便ポスト型魔導爆弾が合計五つ設置されたのだ。
思い出すのは、鮫が郵便ポストの自爆で葬り去られた事だろうか。その自爆のみに特化した郵便ポストであり、魔術的効力で爆発力を底上げしたもの。それが五つ。
もうすぐ爆発する。

紅き月輪ノ王熊 > 「…王様は、"王様の事が嫌いなイーリス"が大好きだよ」
「そうか…!!」
「これが"恋"であり"片想い"か…!!」
「今まで思ったことも、考えた事もなかった……ッッ!!」
「キミの事を想うだけで心が昂り、体が熱くなる…!!」

王は
拒絶すら喜ぶ

そして―――
この大魔術すら"予測"した動きに、
驚き―――はしなかった。
この女は、絶対に避けてくれると思った。
やはり避けてくれた。
見た事もない異能―――理解不能な軌跡を描く移動。
時すら操るソレを使って、あの大魔術を。
十数人の武装集団を3秒で壊滅させる魔術を。
避けた。

素晴らしい!
素晴らしい!!
素晴らしい…!!

「ほお…!!」

鮫を吹き飛ばした、爆弾。
ポスト型の爆弾。
その威力は折り紙付き。
良く知っている。
街を灰にしてしまうほどの威力があるのだから。
レーザーキャノンは嗤って喰らったが、これは違う。

「あっぶ…ないねえ…ッッ!!ぐ、ふ…ッッ!!」

王は掌で空間を破り捨て―――爆発から逃れる。
直後―――、巨大なキノコ雲が空高く上がる…ッッ!!

「けほけほ…ッッ!!」
「あー、楽しい…」
「ふぅー…ッッ!!」

逃げ遅れた王は、大爆発に煽られて体の半分の毛が燃え上がり、
紅い体が黒焦げていた。…なんて威力だ。直撃していたら、相当まずかったかもしれない。

「じゃ、データにない技を…お披露目しよう!」

紅き月輪ノ王熊 > 「至高の権限を目撃せよ!
我は支配者ッ!貴様は盤上の駒に過ぎぬッ!
生命すら、存在すら、歴史すら、価値すら、権利すらも掌握する!
我が貴様の全てを掌握するッ!
それは我が王であるが故ッ!!

王が貴様に死刑を言い渡す―――!!
震え、苦しみ、藻掻き、怯え、死ねェッ!!!
王による死刑(チェックメイト)ッ!」

紅き月輪ノ王熊 > 白と黒。
月光と宵闇が交わり、打ち出される、閃光とも、暗黒ともつかない、呪詛。
それは"月下のあらゆる存在"を"時限式で破滅"へ導く、史上最悪の呪い…ッッ!!
破壊的な威力の呪縛と共に、イーリスの体に刻み込まんとする…ッッ!!

Dr.イーリス > 逐次時間を止めつつ回避する大規模魔法。
そして、その時間を止めている時に設置される郵便ポスト。

五つの郵便ポストが一斉に大爆発を起こした。
それは、広い研究所廃墟のおおよそ半分が瓦礫化する程の威力。
施設内にある数多の建物が崩れていき、破壊され尽くされる。
大きなキノコ雲が天を貫いた。

施設の約半分を破壊したという事は、すなわち施設内に用意したイーリスの兵器も大量に破損する。

そしてだ。

イーリスのこの一手は非情だった。
それだけの大爆発を起こして、ゾンビ化した不良達が無事なわけがない。
爆発が及ばなかった場所にいる不良は爆風に吹き飛ばされただけで無事ではあるだろう。
だが、爆発にもろに巻き込まれた不良も大勢いる。

イーリスとメカニカル・サイキッカーは、時間が止まっている内に、最初にいた電波塔の頂上に避難していた。当然、その位置が爆発に巻き込まれないと計算した上での退避場所だ。

「直撃には至りませんでしたか……。一生、その“片思い”に浸って、朽ち果ててください」

塔の頂上から“王”を見下ろす。
“王”に結構な大ダメージを与える事が出来たが、大爆発を起こす郵便ポストを五つ使っても、全然仕留めきるには足らない……。
“王”は、空間を突き破れるらしい……。厄介な事この上ない……!

「熱ッ……!!」

突然、イーリスとメカニカル・サイキッカーから煙が噴き出した。先程の違法改造異能により、激しい演算が行われコンピューターが熱暴走しているのだ。

「熱い……です……! これ程の……熱を……」

違法改造異能テストプレイはしたものの、安全設計を徹底しすぎてしまった。
全身が焼けそうだ……。苦しい……。
だが、まだ戦える。

“王”が詠唱すると同時に、イーリスもプログラムを構築し始める。
二つ目の異能。

データにない技となると、予測は困難……。

──というわけでもなかった。

“王”は、月に関する能力を使う。これまでのデータから、十分予測できる事だった。

「Forbidden Command. 違法改造異能《終わらなき暗黒の連鎖(パーペチュアル・ブラックホール)》!」

ならば、その月を遮ればどうだ?
上空が歪んでいき、そして月光はその歪みで出来た闇に吸い込まれていく。
地上に月光が届かなくなる事を意味し、そして地上からは月が見えなくなる。
はたして、月光が届かない地上に、その呪詛の効力は及ぶだろうか?

紅き月輪ノ王熊 > 「ああ、一生片思いだろう。…キミを殺さぬ限りはねぇっ!」
「絶対にキミを殺したいというこの熱い思い…!」
「王様の体が燃え上がるよ…!」

冷たい言葉ですら、
その心は燃え立つ。

「見事だよ」
「でもね、イーリス」
「この王様を狩ろうとした人間達はね。」
「昼なら勝てる」
「月が出ていないなら勝てる」
「みんな、そう思って、やってくるんだ…」

酷く懐かしそうに、
思い出を語る。
暗く、闇に飲まれる月光。
呪詛が届かない。
だが…落ち着き払った様子で王は空を仰ぐ。

「キミは、月を隠す術を持つ。」
「なら…」
「なぜ、こう思わなかった?」
「王様は、月を顕す術を持つ、と。」

空が、破れる。切り開かれる闇。
飲み込まれていったはずの月光が。
禍々しく輝く紅の月が。
姿を現していく。
それは"昼さえも夜に塗り替える"禁断の魔術。

「ここは月夜になる。」

「それが昼でも」
「それが新月でも」
「例え、別の世界でだって」
「もちろん、ブラックホールの中でだって」

「王様は月を従える。」
「忠実な従者は王の傍を離れないんだよ。」

遮られていた、月光の魔法が再度織り成されていく。
…効果はずいぶん減衰させられてしまったし、
出てくるまでには時間がかかった。
だが、それでも効果は健在だ。

Dr.イーリス > 「ストリートチルドレンの人生は通常そう長くありませんが、少なくともあなたに殺されて、あなたの恋人として生きていく人生なんてお断りです!」

こんな熊と一生共にするために、今までスラム街で必死に生き延びてきたわけではない……!

「…違うのですか?」

月の支配者ならば、昼間は弱い。
“王”の言う通り、当然考え得る対策。
それ故に、“王”自身が対抗策を講じるのもまた当然ではあるのだが。

「この《終わらなき暗黒の連鎖(パーペチュアル・ブラックホール)》が月を隠すのは副次的なものでございますけどね。次に暗黒へと誘われるのは、あなたの番です」

その異能はブラックホールと名乗るだけあって、吸い込むのは光だけではない。
上空に浮かぶ暗黒の歪みは、次は地上にあるものをその高重力で引き寄せようとしていた。

「月を顕す……!?」

地上を飲み込もうとしていた闇が、なんと切り開かれていく。
そして切り開かれた闇、その先にあるのは紅き月。

「そ、そんな事って……。“王”は、終わりなき暗黒をも紅き月で照らすというのですか……!?」

イーリスは上空を見上げて、目を見開いた。

「ぐっ……!」

異能が破られようとも、熱暴走がイーリスとメカニカル・サイキッカーに襲い掛かる。
イーリスの体、メカニカル・サイキッカーのボディがオーバーヒートにより溶け始めていた。

「ぐぐ…………ああああぁっ……!!」

イーリスは自身の体を両手で抱き、悲鳴を上げる。
全身が悲鳴を上げ、苦しみだしている。

「うう……ぐっ……!」

まずい……。

禁断の異能は、リスク込みで禁断の異能だったのだ。

そして追い打ちのように、イーリスに刻まれる呪縛。

「ああぁっ……! んああぁ……!」

体内コンピューターが警告とエラーメッセージをいくつもイーリスの眼に表示させる。
やがて、塔の頂上にいるイーリスを抱いたメカニカル・サイキッカーが地上へと落ちていった。無茶な改造異能の使い方に限界をきたしたのだ。
ドシン! メカニカル・サイキッカーがが地上に落ちる重々しい音が響き渡り、そしてイーリスが投げ出される。

高所から落ちたイーリスは全身のいたるところから血を流し、そして熱暴走で溶けた体で苦しみながらも、顔だけで“王”を睨む。
もうイーリスの体は動かない。

紅き月輪ノ王熊 > 「……そうか。」
「こんな異能が使えるなら…王様以外には勝てたんだろうね。」
「……どこまでも、キミは素晴らしいなあッ!」
「王様、感激しちゃうよぉっ!」

パーペチュアル・ブラックホール。
恐ろしい異能だ。…それが、違法、それが、禁忌。
…こんなものまで、用意していたのか?
こんなものまで…!!

「さ…死刑宣告だ。」
「……ははっ、なんだよ。」

明らかに、無茶をしていた。
許容量をオーバーしていた。
人一人が出来ることを、超越しすぎていた。

なのに。

なのに。

なのに。

倒れて…なお、睨む…?
その顔を…歪めずに高潔な意思を見せる…?
この女は…どこまで、………狂わせてくれるんだ…?

…動かないからだでも睨む顔は…
更に、更に、美しく見えた…

「不思議だ。」
「キミを今ここで殺すのは惜しい…」
「なぜだかわからない」
「なぜなんだ」
「紅き屍骸は殺害欲の権化」
「なのにこの美を喪う事が心底惜しい…!!」

今なら、とどめを刺せるはず。
配信をしている前で。
完全勝利を謳えるはず。
最初はそのつもりだった。
なのにだ…!!

「そうだ。」
「仲間を皆殺しにして、仲間と共に、王様の元へ戻っておいでイーリス…!!」

言い訳するように、彼女に呪縛をかける。
死刑宣告の呪。

「キミに呪いをかけよう。」
「いつ爆ぜるかわからない、感染爆弾を…!!」
「仲間諸共爆死させて…!!」
「…再会を楽しみにしているよ…!!!」

「では諸君…!!」

「ごきげんよう…ッッ!!」

王は、
空間を、
紙屑のように破り捨て…

そして、消えてしまった―――

ご案内:「謎の違法魔術研究所廃墟」から紅き月輪ノ王熊さんが去りました。
Dr.イーリス > 「……そう気軽に……使える異能でもないですけどね…………」

悔し気に、そう口にする。
他の違法部活からの支援金による万全な準備、それによる危険な改造、自分の命を削る無茶な異能の使い方。
このような決死の大作戦でもなければ、違法改造異能なんて危険な代物、使えるはずがなかった。
そして、そこまで徹底した策を以てしても、“王”には敵わない……。

禁断を扱ったリスク、その代償を我が身を持って思い知る。
苦しくて……動けない。
このまま死んでしまった方が……きっと楽だ。
でも……こんな奴の恋人に堕ちたくない……。

せめてもの抵抗で、“王”を睨み続ける。
しかし、“王”はイーリスの殺害を拒んでいた。
屍骸は、殺害欲で動いているのではないのか……?

「……例え殺されても……私は抵抗を諦めませんけどね……。何度も言います……私はあなたの思い通りにはならない……!」

先程“王”が発動させた呪詛、一度イーリスが月光を阻んだものの、再び月光が現れたので再度有効になったかと思ったのでフライングしてしまったけど、改めてイーリスに呪詛がかけられた。

「ぐあっ……。あああぁっ……!! 私に何を……したのですか……! 感染爆弾……? そんなの……嫌……。私……そんな……」

イーリスの絶望は、深かった。
感染の爆弾。それは、ただ自分がいるだけで、周囲に迷惑をかける可能性があるもの。
この爆弾が爆発したタイミングで周囲にいる人を容赦なく巻き込む。

「嫌……。そんなの……嫌……です。このような呪詛……外してください……! いっそ……この場で……殺して……ください……」

ただ感染拡大させるだけの存在なるならば、死んだ方がいい……。
しかし、イーリスは焦りにより判断を誤っていた。“王”に殺されようが、感染拡大たりえる存在になるのは変わらない。

無情にも、“王”はイーリスの願いを聞くことなく、空間を破り消えゆく。
直後、ぽつぽつと雨が降り出した。

「う……うぅ…………うあああああああぁぁ…………!!!」

雨に打たれ、残されたイーリスの泣き叫ぶ声だけが辺りに響く。
仲間を失って、希望を失って、感染をばらまく体に変えられ、絶望に突き落とされた。
イーリスの体も限界をきたし、ただ一人だけ残る研究所廃墟で、意識を失った。


──この街を救えなくて、ごめんなさい。何も救ってあげられなくてごめんなさい。

意識を失う直前、イーリスは心の中でそう呟いた。
イーリスの意識が失われると同時に、配信が終了した。
スラムや落第街に飛び回っていたドローンも墜落し、壊れてしまう。

ご案内:「謎の違法魔術研究所廃墟」からDr.イーリスさんが去りました。
ご案内:「戦闘の跡地」に『虚無』さんが現れました。
『虚無』 >  
 配信を見た。少女がたった一人で王に立ち向かう姿を見た。
 本来であればアレは自分達の役割だ。本来であればアレは黒がするべき事だ。なのに彼女に覆いかぶせた。
 なぜ向かわなかった。違う、向かわないのじゃない向かえなかった……配信される。その前で裏切りの黒が力を振るう事は出来なかった。

「お笑いだな」

 陰でつぶせばいい。それはその通りだ。だが明確な英雄がいなければ希望もまた生まれない。
 戦闘の跡を調べて回る。映像以外からの現場の雰囲気を、空気を感じ取る為に。

「恐ろしかっただろうに」

 だからこそ思う。きっと恐ろしかったのだろうと。

「……どこかでコンタクトを取るべきか」

 一応組織の概要は知っている。だからこそコンタクトを取る事は簡単だ。
 だが問題は……自身の所属をどうするか。それが最大の問題だ。

『虚無』 >  
 裏切りの黒として大々的に協力をする事は出来ない。とはいえ、ただの組織の1人として協力した所で簡単に受け入れるだろうか。任侠に生きるようなあの集団が。
 となれば最低限彼女にだけは伝える必要がある。

「とはいえ、配信……か」

 流石にあの終わり方で配信もせずに終わりという訳にもいかないだろう。
 間違いなく決戦は配信される。ならばどうするか。
 ふと見る。自身がいつも情報収集の為にしている格好を。

「……偽装か」

 だったら、彼女には裏切りの黒と宣言した上であのマスクをした姿でフェイルド・スチューデントに所属してしまえばいい。彼女の仲間が彼女と共に王を打倒した。そういうシナリオにすればいいのだから。
 とはいえ、すぐには不可能だろう。彼女のダメージも大きい上に、動揺もある。とりあえず今必要なのは協力だ。

「……」

 頭を掻く。どうやってコンタクトを取るか。裏切りの黒ですと名乗るわけにもいかない。とはいえ不審な連絡ではやってくるわけがない。
 彼女を1人呼び出す都合? 裏切りの黒を出さず? どうやって?
 無茶苦茶だ。まずはそこだ。

ご案内:「戦闘の跡地」に『単独捜査本部』さんが現れました。
『単独捜査本部』 >  
――爪痕。まさに爪痕だった。それが、ライブ配信された惨劇の名残であっても、遺り続けている。

男は素顔。どこにでもいそうな貌をしていた。

煙草を銜え、戦後の跡地での軍人のような……非日常に在って日常的な歩みで、そこに現れた。

「ふーっ……」

紫煙を吐く。

「……よォ。散々な夜だったな。新月だったっつーのに、あんな」

あんな、紅い月が。煌々と。

仮面の男に、そう言いかけた。

『虚無』 >  
「本当にな、悲惨な配信だった。見ているしかできない自分が歯がゆくなる程度にはな」

 周囲を見ていた手を止めた。それからゆっくりとそちらに目線を合わせる。
 声は非常にくぐもって聞こえる。元の声がわからないほどに。

「俺も人の事を言える立場じゃないが……こんな場所になんの用だ?」

 ここにくる理由などいくつかしかない。
 つまりは自分と同じ調査か、完全に興味本位か。
 もし興味本位だったとして、もし彼女をあざ笑う目的ならば……それを阻止する必要がある。
 おそらくスラムという環境に今の彼女は必要な存在。それを貶めるのは今のスラムの崩壊を進めるきっかけにもなりかねないから。

『単独捜査本部』 >  
同感だ

たった一言。彼の感想にそう言っただけで自身の立ち位置(ポジション)を証明する。

「……その仮面、」

言いかけて、小さく頭を振った。紫煙を燻らせ――

「こっ酷くやられたあの()は、一応おれの目に入れとかなきゃいけない……達、と言えなくなったのは本当に遺憾だがね。まァ、因縁じゃあなくて縁が在って、おれみたいなのがチャラけていける日常に必要な子だったから――落第街にだって必要だろう?」

彼がどの立場にせよ。此処で矛を交えるつもりはない。少なくとも現状――明確な『戦力』たる彼の力を削ぐ意図は、なかった。

『虚無』 >  
 彼の言葉、嘘や偽りには思えないほど言い切ったその言葉。それは間違いなく真実だと感じた。
 敵ではない。仮面に関して口に出そうとすれば少しだけ笑い声のような物が聞こえる。

「街が街だ、素顔で行動は恐ろしい……それに、あきらかにヤバい奴としておけば意外と襲われないものだ」

 つまりコスプレだと。本当の意味等は話す事もない。
 1度風紀と交戦したことがある為記録には残っているかもしれないが。

「そうだな、たしかに彼女は必要な存在だ……それに、お前じゃないが、俺も奴には恩がある。俺というより俺の知り合いだが」

 だから見捨てるわけにはいかないさと。そういうように。

「つまり、俺もお前もここに来た理由はほぼ同じ……なんだったら、この後に考えてる事まで同じ。という事か。俺は奴となんとかコンタクトを取るつもりだった。力しかないが、逆にいえば……力だけなら、その辺のやつらには負けはしない。あの王の力にも」

 全てを跳ねのける事は出来ないだろう。だが一方向からなら無力化できる。それが自身の力だ。

『単独捜査本部』 >  
――そう。今、敵対する意味はない。手を取り合うような仲良しこよしではないが、方向性が一致している。

「はッ。落第街の秩序の一端を担ってる奴がどの口でそンなことを言うのやら。ふーっ」

灰を落とし、向き直る。『中身』に全くアテがなくとも、その『ガワ』は調べが付いているとでも言いたげだった。だが、方向性は、一致しているのだ。

「……いいね、ニンゲンらしい理由だ。好感が持てるよ。そンで話が早くて助かる。アレの処分をどうしたいのかも、一緒のようで、何よりだ」

動機が何にせよ、駆除するべき害悪である、と断じるその声は。

「おれの方でもコンタクトは取れるが、応じるかな。心が折れてなくて、見捨てられた連中で形成されたガキんちょどもの拠り所。その、多い数の半身を失った彼女が、頼ってくれればいいンだが

――単純に、そんな甘えくらいはしてくれていいのに、という。やることは何一つ変わらなくとも。

「腹の探り合いで面倒事を増やしたくは無ェな。立場を明かそうか。おれは公安委員会所属。パーソナルネーム『単独捜査本部(ワンマンエイチキュー)。今は君の敵じゃあ、ないぜ」

そして、もう一度紫煙を吐いて、煙草を落として踏みつけた。

『虚無』 >  
 彼の意図を理解する。
 だがその後の発言を聞けば目を細める。奴はこちらの事を知っている。

「……単独捜査本部か」

 公安と語るがその名前は聞いた事が無い。内通者を通じても存在したという事を聞かないほどに秘匿された部隊だろう。
 だが、逆にいえば内通者からもたらされた情報の中で不自然な解決を見せた事件もいくつかある。もしそれが彼の功績だとすれば逆に納得だ。

「逆だ、今、逆に彼女に残っているのは恐怖と半身を消されたその恨みだけだ……少なくとも、俺ならそうだ」

 コツコツと彼に近寄る。
 その目はこの街に存在する者と呼ぶにはあまりに澄んでいる。

「大方の予想は当たっている。お前の予想通りの存在で相違ない。そして同じく今は敵じゃない……同じく、腹の探り合いは無しだ。お互いに障害になっている事でも話し合うか?」

 そういえばある意味で信頼の証。彼を通りすぎ、背中を見せる。実際お互いに弱くはない。背中から攻撃した所でお互いに反撃をやってのけるだろう。
 だが背中を見せるという事が信頼の証足りえると思っている。

「俺の場合は奴を呼び出す口実。そして……王のあの範囲攻撃だ。奴を倒した所で、お姫様の帰る場所を滅ぼされたらどうにもならない。だから両方をこなす必要があるが……生憎、俺は1人だ。そっちは?」

『単独捜査本部』 > 「そういう名前だ。おれ一人だよ」

単独捜査本部、というのは。

 
「恨み……あァ、そうだな。奪われておきながら、これ以上は腹に据えかねる、か。あァ嫌になるね。ニンゲンを、解っているつもりになるクセが抜けねェや」

すれ違うまでの間に、新たな煙草を銜える。

「そうだな。おれは落第街なンざどうなってもいい――」

火を点ける。

なンてヌルい考えは持てなくてね。ゴチャついてるし吹き溜まりなのは結構だが、こういうのは趣味じゃあ、ない」

紫煙を吐く。

「奴――アレが大将首なのは間違いないが、大本じゃねえだろうってのがウチでの解析だ。だがあの熊をおびき寄せたいっつーなら、イーリスの打ったことと同じことをすればいい」

つまり。

「紅き屍骸を見つけ次第片っ端から片づけていく。連中は能無しとそうでないのがいるが、『どれ』が『どんな奴にやられたか』を共有する性質を、持っている」

ふーっ……もう一度、紫煙。

「公安は風紀よりも解りやすく個人主義でね。この件に興味のない奴だっている。少なくとも能動的に動くのはおれだけだよ」

彼女のように数には恃めない、と。

『虚無』 >  
「そんな考えを持っていたらこの場には来ていないだろうさ」

 ここにきているというのはそれを解決する手段を探しているという事。でなければ公安などもっと安全圏から眺めていられるはずだ。

「なるほどな、つまり……俺の問題は俺が奴を1人で始末すれば解決するわけか。それはあまり好ましくはないな。幕引きは彼女が引かなければいけない。黒子が最後を飾る舞台など。ろくでもない戯曲だ」

 それでこそ希望が活きる。もしここで黒子でしかない自分達が奴を始末すれば、結局、彼女はただのピエロで終わる。そうなれば何の意味も無い。
 彼女が勝って、終わるべきなのだ。

「お前は彼女とコンタクトが取れるんだったな……なら、王子様の役割、お前に任せてもいいか?」

 紫煙に包まれるのを異にも介さず話をする。
 拒絶の力を含んだマスクが煙を歪にゆがめる。

「お前も見たはずだ、奴は1人でどうこう出来る存在じゃない……だが、波状攻撃なら話は別だ……俺が奴を表に引っ張り出す。殺す事は出来ずとも、せめて目のひとつでも奪い去ってやる」

 ゆっくりと振り返る。

「その間に同時進行でお前はあいつを支えてやれ、俺が戦闘を開始した地点を報告して、俺がダメージを与えた直後にお前達が追撃を入れる。そうすれば勝ち目はあるだろう」

『単独捜査本部』 >  
「そう言われると、ちょっとだけ救われるな」

人間性。それを肯定されたところで、現況が良い方向に転びはしないが。

「…………そうだな。そっちの流儀だ。因縁を横から掻っ攫うのは、粋じゃあ無ェしなァ」

その手段を、彼女は創り得るか。心は――それこそ、折れそうならば支えればいい。立ち上がるのを見ているだけでも。

「……ガラじゃあ無ェなァ」

王子様、という役割(ロール)に頭を掻く。

「だが、引き受けた。もう夏だ。つゆも払うさ。……で、譜面はできる程度に踊れる、と。はッ、公安(ウチ)に欲しい人材だ」

冗句と本音を混ぜる。だが相容れない組織同士だ。いまは――入れるべきでない色を排するために、こうして背中を見せあっている。

「――いいぜ。乗ろう。勝算はさておき、嫌いじゃあ、ないンだよ。膳立ても、その時だけは立場を棚に上げるのも」

振り返る。

「おれも――まァ、場数は踏んでる。脚を引っ張るような不出来はしないと、約束しよう」

『虚無』 >  
「しかたがないだろう……俺には、やるべき事がある。恨まれる役割も必要だ。その時に顔見知りがするわけにもいかないだろうが」

 顔もまともに見せられない。そもそも破壊の力でしかない。だがそれでもこなせる役がある。
 彼女の仲間をせめて安らかに眠らせる事。彼女が乗り越えるべき事ではあるが、それでも全てを彼女1人でこなすのは無理がある。一部は誰かが引き受ける必要がある。
 だが引き受けたと言われればうなずくが。

「公安は御免だ。そっちじゃ守れない物が多すぎるから俺はこっちにいる……逆にそっちじゃないと守れない物をお前は守っている。それでいいだろう」

 あくまで仲間ではなく協力関係なのだと。

「奴の範囲攻撃に関しては……波状攻撃でそんな余裕を出させなければいい。それこそ守りだけなら俺の仲間も動いてくれるはずだ」

 配信に映る訳じゃないなら、それくらいはむしろやってくれるだろうと。
 しかしそうなると問題は。

「後は……あの呪いだな。感染爆弾とかよばれたあれだ。それを解決しないとどうにもならない……そういうのはむしろ公安の得意分野だろう。調査を頼めるか? その間、こっちの治安維持は俺達がやってやる。俺達の流儀でだがな」

『単独捜査本部』 >  
「――徹してるな。いい仮面(ツラ)してるぜ。ンじゃ、甘やかす名誉は頂くよ」

ふは、と笑いながら紫煙を吐く。

「だがまァ、汚れ役だけを持たせるのもな」

――たとえば。彼女の『仲間』たちを手にかけなくなった場合。彼女が全てを救えるのならいい。それが楽観であることを、冷徹している。

「その辺の手ェ汚すのくらいは一緒にしようぜ?どうせ黒子だ」

名誉は無くとも。汚名だけを、この仮面の男に持たせるのも、やっぱり粋ではない、とした。

「冗談だ、真に受けンなよ。本音を言えば危なっかしくで同僚とか御免だぜ」

シニカルに笑う。そして、件の怪異への対処は、

「――ふン?いいね。こっちとしてもそっちの戦力の把握ができる。どの程度か見せてもらおうか」

これは、公安として。全容を把握できていない彼の組織の理解につながるとして。

「……あー。同じ爆弾があったら手に負えねェが、彼女の文一個だけなら何とかするさ。いつかの未来、アンタと事を構えた時に割りを食いそうだから、詳細は控えるけどさ」

――自身の異能で、抑えられるだろう。少なくとも、一緒にいる間は。刻限におびえる必要はないと自負をする。


「助かるよ。風紀委員会じゃあ、流儀が違う。かといっておれみたいなのは、……わかるだろ?」

少数派である。それに落第街のことは落第街の連中に任せるのが筋というものだ。表側の人間からすれば落ちぶれ、汚れたように見える彼らにも、流儀が――傷つけてはならない尊厳が、ある。

『虚無』 >  悪名に関して言われれば思わずフフと笑う。
 
「救う相手に裏切られたとならないようにしろよ、それに……汚れ役は慣れてる。正義のヒーローに憧れるならこんな仮面つけちゃいないさ。俺はあくまで悪党だよ王子様」

 とコンコンとマスクと叩く。
 悪であると自覚しているからこそだと。

「だがまぁ、必要ならそうさせてもらう……それと、仲間の戦力は見れないと思え。そんな表立って動くような馬鹿なら今頃死んでるよ」

 そういう組織だ、例え表に消されなくとも内々に消されている事だろう。
 感染爆弾に関して言われると少し溜息を吐く。

「そういう事か、まぁ良い。今はひとつ何とかなればそれでいい……ああ、わかるさ。だからこそ俺がその足りない手足を補う。お前が爆弾を抑えてあいつを立て直させているその間、王をおびき出しながらこの街の治安。というより、あの紅いクソ野郎は抑えておく」

 毒に対しても対処法は覚えた。ならばもう問題はない。

「とりあえず方向性としてはそのくらいか。お前から俺に依頼しておきたい事はあるか? 出来る事なら協力する」

『単独捜査本部』 >  
「生憎と裏切られることはないかな。後ろから刺されても、道理の内だよ。公安ってのは、『公共の安全』って書くンだからさ」

ソレを貫くのであれば、そういう社会と言うことだろう。知ったことではないと笑った。

「――悪党が悪をシメる。そうか。『裏切りの黒』。お目にかかれて光栄だ。頼むから公共の敵に回るなよ?おれの仕事が増える。とどのつまり、おれの死因は過労死(ソレ)くらいだと戦力的に見積もってくれ」

風体と主義から、その背景を口にして。そしてそれ以上は踏み込まなかった。今は不要な情報で、軋轢を生みに、この惨状の跡地に来たわけではない。

そして。

他にはあるか、と問われれば――ひとつだけある、と口を開いた。


「そのお姫様からだ。タイミング的に公安(おれ)悪党(アンタ)がツルんでるなンて知らないだろうが」

端末の情報から、『いま』、この一時の協力者に必要な情報だけを口にする。

「――『絶望には更なる希望と団結を。感染になンざ負けない性根が必要だ』だとさ」

彼女はこんな口調ではない。抜粋を、自分の言葉にして『虚無』に伝える。

「……どうやら、頼む前に揃っちまったみてェだな?」

打ち勝つための必要要素が、と。仮面の奥の素顔は知らない。

男はただ、面白そうに笑った。

『虚無』 > 「それもだが、お姫様がだ。助けてくれたお前が裏切ったとなったらダメージがデカいだろう。俺達とは違う」

 だから汚名を一緒にかぶってくれるのは嬉しいがやりすぎるなよと。
 その後の話には笑う。

「ならおまえが厄介になったら仕事を増やし続けてみようか。そうすればお前を手を汚さず始末出来る」

 なんて軽い冗談を返した。

「……希望はともかく、団結はそろったな。文字通り全てだ。白も黒も……どちらになり切れない灰色も」

 白、つまりは正義である公安。
 黒、つまりはこの街の住人であるイーリス。
 そして灰色。どちらにおなり切れない自分達。
 それらが団結した瞬間だ。

「とはいえ、王も馬鹿じゃない。すぐに出てこないだろうし、イーリスも準備がいる。一旦全部を失っているわけだからな……ひとり協力者がいる。その程度だけでかまわない、伝えておいてくれ。そうだな」

 少しだけ思案して。

「ブラックウルフ……お前に救われた1人だとな」

 偽名も良いところ。だがマスクも込みでわかりやすいネーミングではあるだろう。

「どうする、メールのやり取りをするなら俺はもう行くが。話し合うべき事もとりあえずは終わっただろうからな……ああ、そうだ。その前に、データ溜まり。ファイルX55976673。そこに偽名と同じパスワードを設定してひとつファイルを置いておく。俺への連絡先だ。必要なら使え」

 わざと伝えないが5秒の間ファイルを開いていると強制的にファイルが消滅するトラップをしかけてある。つまり即座にメモを取らないと連絡先も全部消滅するし、そのファイルから痕跡を抜き取る事も不可能という形。
 これで連絡が取れなくなるような相手ならば協力するより個人で制圧した方が早いというある種の挑戦状でもあるわけだ。

『単独捜査本部』 >  
「あァ。そこは安心してくれていい。王子様らしくするさ。……勘弁してくれ」

冗談には肩を竦めた。こっちも冗談だからお相子である。

――この男も、彼女の人となりを少なからず知っているのだろう。純粋な、少女を案ずる言葉に頷く。

「――なら、『紅』は邪魔だなァ?」

喉で笑った。

「諒解だ、ブラックウルフ。おれのことはコールサインでもいいし、ただ『公安』って呼んでもいい。実際ンところ、アンタが呼ぶ公安のニンゲンなんざおれくらいだろう?」

公共名詞の固有化。この共闘関係下でのみ通用する通り名になる。

「それも承った。おれが必要だと思ったら情報を送る。おれへのアクセスは――生活委員会宛てに『26番地の歩道について』ってメールしてくれ。おれに届くようになってる」

――26番地も、そこの道路にも歩道と車道の区別はない。公安用のサイドラインを口頭で伝える。彼からのアクセスコードは、訊き返さずに頭に叩き込んだ。

「……本当は感傷に浸るか、憤りでもあるのかと思って足を運んだが、僥倖っつーのかねェ」

この邂逅は。

「少しの間、迷惑をかけあおうじゃないか、悪党」