2024/07/11 のログ
ご案内:「落第街大通り」にノーフェイスさんが現れました。
■炎天、白日 >
熱く激しい季節。
落第街にも同様に、太陽は降り注ぐ。
空が狭くとも、空が高くとも。
■大通りの喧騒 >
その日、落第街大通りには人だかりができていた。
太陽が天頂にある真っ昼間、激しい怒号と歓声が晴天にて雨と降り注ぐ。
怪しげな露店が軒を連ねる通りの一角。
群衆が円を描いて取り囲むは、二人の男子生徒だった。
それぞれが上半身を晒し、制服のズボン一枚。
彼我の肉体はしっかりやってる体つき。
じりじりと皮膚を熱射にやられながら、そこに浮かぶ痣は日焼けだけではなかった。
■大通りの喧騒 >
熱狂、飛び散る汗。
スニーカーが荒れたコンクリに削られる音。
荒れ狂う咆哮、空を割く気合。
古来よりこうした見世物は枚挙に暇がない。
剣闘士よろしく、こうして衆目に晒される。
ユウェナリスが語り、ギロチンが証明したようにして、常に需要があり続けるもの。
両者に懸けられた金。
両者が賭けた強者の称号。
――観客の、圧倒的男率。
公然のそれではなく、非合法なものだというのに。
どうしようもなく魅せられたバカどもが、夏の盛りに熱狂していた。
そう――
■大通りの喧騒 >
――路上決闘!
■村雨疾男 >
村雨疾男は、コールを背中に浴びながら、鋭く踏み込む。
舞踏のようなステップ・ワーク、弾丸のようなジャブ。
比較的細身ながら、恵まれた腕長によって、魔術に頼らずに結界を作り出す。
じわじわと間合いを押し込む――定められた線を超えた場外(リングアウト)は当然敗着だ。
逃亡した者はてひどいお仕置きを喰らい、場を提供している怪しい店の皿洗い八時間まで負わされる。
賭けた者たちからのヘイトを買うのも言うまでもない。
■村雨疾男 >
彼の異能はシンプルは動体視力強化だ。
体感する時間の鈍化度合いに限れば、名高き《時空圧壊》に迫るといわれる。
しかし、それは彼自身の視神経と脳での体感だ。現実世界への干渉はできない。
彼はそれを理解したうえで、血の滲むようなトレーニングに飽き足らず、
こうした決闘によって更に戦士としての己に磨きをかけている。
たとえその異能だけなら及ばずとも、それを凌駕せんとする何かを手にすべく。
無差別級――
――現代社会においては異能者・異世界人も区別なく混合されるレギュレーションを意味する――への躍進を目指して。
しかし、村雨疾男には焦り生まれつつあった。
想像以上にこの炎天、削れる――トレーニングフロアでのそれよりも体力の消耗が激しい。
なにより耐久の剛性は人並みだ。眼の前にいる対戦相手はサンドバッグではない。
防御を固め、反撃の機を伺っている――その機はまさに、村雨疾男の限界、
スタミナ切れによる綻びだ。
■村雨疾男 >
であれば目指すは先手必勝。
ジャブでこじ開けたガードに瞬速で突き刺さる螺旋撃によるK.O勝ち。
必勝の戦型――であれば蜜蜂の群れよろしく、乱舞のギアがひとつ上がる。
対象の屈強な肉体も、打たれれば打たれるほど肌に生まれる痣が増え、
いまだ両足で地面に踏ん張っているとはいえ、膝がたわみ始めている。
もはや滝のように流れ落ちる汗に、しかしリング上では足を取られることはない。
異能による動体視力強化は、何も回避や防御だけに使われるものではない。
相手に生まれる、一瞬の隙を見逃さない――
《蝶舞蜂刺》、村雨疾男。
がっちりと閂を通したような、相手の防御が崩れた、その一瞬。
開門。左右の腕をこじ開けた一刺しがそれを打ち破り、その向こうにあった頬へとめりこんだ。
――決着。
■喧騒は静寂へ >
ずるり。
膝から崩れ落ち――倒れ込んだ。
■村雨疾男 >
村雨疾男が。
■声のデカい解説 >
「直撃ったァァ―!!
岩戸洋平、必殺の反射腹撃ッ!
その顔面に村雨疾男の必殺拳を受け止めながら耐えたッ!
立っています!色々な意味で立っていますッ!
堅守速攻ッ!重厚な守りを見せたカウンタースタイル!
ダメージを身体能力に変える《内燃機関》!
いつも沸かせてくれるこの男――ッ!」
『興奮してるだけだろうがッ!』
『打たれれば打たれるほど熱くなるゥ!』
『ド変態ィィィッッ!!』
■岩戸洋平 >
同じくして、この男。
全身を痣だらけにし、拳を受けた頬を腫らしながらも。
天高く、今しがた村雨を地面に沈めた右腕を突き上げ、勝利の雄叫びを上げる。
岩戸洋平――常世学園一年生。身長170cm。体重65kg。
異能は《内燃機関》。その体にダメージを受けるほど様々な能力が向上する。
彼は倒れ込んだ村雨――完全に意識をトばしていたが――を立たせながら、
歓声を雨と浴びながら即席の救護テントのなかへとよろよろと運び込む。
歓声、罵声。賭け事に溺れた連中の悲喜こもごもを浴びるその顔は誇らしげだ。
■声のデカい解説 >
「いやあ―――素晴らしい決闘でした!
村雨の動きも、いつも以上にキレ味が増していましたが……ッ!
この気候での焦りを見越し、あえて必殺を誘い込んだその判断。
相手の心理を逆手に取った見事な反撃でした!
村雨の螺旋撃を受け止めるのは、
相当な賭けだったハズです!
体力を温存する駆け引きの上でも、まさに薄氷の決着といえるでしょう!
ですよねえ!南原さん!」
■南原さん >
「そうですねえ」
■胴元 >
「オラァー!喧嘩はしなーい!
札もって並べー!配当配るからー!
帰り道にブン奪られんなよーッ!」
そして、彼我の趨勢に金をかけたものどもが換金カウンターへと大挙する。
果たして夢は咲いたか散ったか。
ホクホク顔の者もいれば、泣き顔の者もいて。
周囲に大金を自慢する者に、終わったな、という視線がじっとりと向けられていた。
■ノーフェイス >
『染まったね、彼』
涼しい軒先のテラスでいつものようにスペアリブを食べていると、
観戦していた知り合いが親しげに声をかけた。
切り分けたスパイシーな肉を口に運び、咀嚼。
濃いめに淹れた烏龍茶を煽ってから、救護テントのほうに視線を向けた。
「どっちのコト?」
■ノーフェイス >
『岩戸。岩戸洋平』
「あァ」
指先をつんつんと向けたのは、介護されているほうではなく。
治療魔術をあてられている勝者のほうだ。
脚を組み組み、そちらに顔を向けた。
「こっちが肌に合ったんじゃない?」
彼――岩戸洋平。
ほんの三ヶ月前まで、彼は自分の異能も自覚していなかった。
それどころか喧嘩の経験もない。趣味で体を鍛えていただけの内気な青年だった。
ふと、入学直後。舞い上がって遊びに出た歓楽街からふらりと落第街へ迷い込み。
その日のうちに、タチの悪い不良のカツアゲにあったという。
そして彼は今日と同じ戦法で勝利して、自覚してしまった。
自分のなかにある異能と、闘争心を。
そして彼は、普段は学園へと通いながらも――
この退廃の街、最悪の治安。落第街という環境で、己を磨いている。
打倒凶獣。そうじゃなきゃ卒業できない――と。
「よし」
そうして、立てかけてあったアコースティック・ギターを手に、立ち上がる。
■ノーフェイス >
「今日も稼がせてもらったからね」
そして喧騒のなか、後奏曲の担当が陽射しのなかへ躍り出る。
落第街にあって華々しすぎるほどの存在感、虚構のような紅いまぼろし。
乾いた弦の旋律にのせ、英雄を讃える凱歌がさらなる狂騒を駆り立てる。
荒れ果てた日常、激しすぎる平和――落第街。
ご案内:「落第街大通り」からノーフェイスさんが去りました。