2024/08/17 のログ
ご案内:「落第街 とある廃墟」に『 』さんが現れました。
■『 』 >
「2000円~?……さすがにボり過ぎじゃないの?」
大通りから程なく離れた、小さい煙草屋。
ソフトパックひとつにもずいぶんふっかけられたものである。転売価格だ。
ここは落第街。表から輸入した娯楽品を高値で売ろうが咎められはしない。
風紀委員会が来たら店ごと締め上げられるのは言うまでもないが。
――文句があるなら表で買えばいいだろ。
それができる立場だったが、仕方なく札束ふたつ。
やり取りのあと、煙草の箱のついでに、何やら透明なカップが出された。
氷だ。これもミネラルウォーターを氷結させた市販品で。
冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルが出され、注ぎ足されていく。
「なにコレ」
――一緒にキメるといい。
「そうなの?」
頷いた。じゃあ、受け取っておこう。
キンキンのそれを手に持って、じゃあ、と身を翻したところで手を出された。
――500円。
「別売り……!?
……しょーがないなーもう。ホラ」
商魂たくましいことだ。まあ、払うほうも払うほう。
持ってると理解されているから吹っ掛けられているだけだ。
■『 』 >
件のハッカーとの会合の帰り。
なんとなしに、煙草を求めた。喫煙習慣なんてできるまえにやめてしまったけれど。
落第街に――常世島に来たばっかりのころは吸っていた。
「そん時もキミだったよな」
柔らかいケース。白と緑のパッケージ。
シアトルの郊外の偉人の墓碑に、よくお供えされているという銘柄だ。
だからこれを選んだ。
ざわめく大通りを避けて、路地へ、路地へ。
もう歩き慣れたものだった。どうしても慣れないことがあるとすれば。
「――……ン、ぁ?」
ぽたり。
建物と建物の隙間に落ちる、水のひとしずく。ひとつ、ふたつ。
「……フザけんな、またかよ!もう……!」
夕立に降られたのは、これで二回目。
まるで獣の巣穴のように、雨に追い立てられて人間の気配が引いていくなか。
地面を蹴立てて進んだ先に――ああ、そうだ。……ここが、
「…………ああ、」
■『 』 >
「ブッ壊れたままだったんだっけ……」
来たばっかりのころ、根城にしてた即席の自分用のホールは。
何がしかの抗争で、いつしかめためたに壊れていた。
まるでかじられた菓子のように壁がえぐりとられてはいたが、そろりと歩み寄っても。
「屋根はしっかりしてるや。……止むまでここで凌ぐかあ」
幸い、周囲に人の気配もない。
瓦礫を避けて、奥の奥。壁に背を預けて、座り込んだ。
「これを……?」
氷水を飲んで、口のなかを冷やす。
最近、公演をしていない。歌っていないから。あんまりよろしくないこともできちゃったりして。
「こうか」
煙草をくわえて、指先から火花。初歩的な魔術だ。ライターは持っていない。
着火して、強めに吸ってみる――
「……おぉ」
メンソールが、冷やされた口腔内にずいぶんと染みたものだ。こういう楽しみ方らしい。
確かに夏の暑さには、ちょうどいいのかもしれなかった。――でも、
■『 』 >
「…………」
雨の音にまぎれて。
ちりちりと、葉が焼けていく音が、よく聴こえる。
水煙のなかの喫煙は良いものだ――なんていう。……たしかに、匂いがよく、伝わる気がして。
「……でも、よくわかんないんだよな」
苦笑した。格好つけて、吸ってただけだ。
左利きのギターにこれを挟んで弾いていた、生まれるより昔にくたばってたスターにも憧れた。
ふらつく歩みの先で、ずいぶん遠くに歩いてきた。
まだ、道半ば。
「……………」
煙草の火を、雨水を染み出した地面に押し付けて。
膝を抱える。
■『 』 >
「あー…………」
なにか、そう。
軽口でもいつもどおりに諳んじてみれば。
「………………」
少し、そうやって頭を回してみてから。
やがて、うなだれる。
■『 』 >
「………ぅ…」
ああ、
まずい。
「……う、」
……やっと、明日に進める。
祝すべき日だ。こういうのは、らしくない。
夕立の激しさは弥増して、ぽたぽたと。
「……………ッ」
噛み潰そうとしても。
溢れ出てくる感情を堪えきれない。
……ずっと、しばらく、歌っていないせいだ。
■『 』 >
雨が、降る。
滂沱と降りしきる。
必要なものは、すべて揃った。
それでいい、十分じゃないか。
それがなくてもやっていける。
理想を追い求めて、進んでいける。
……ただ、それでも。
どうしようもなく、悲しいだけだ。
せめてそれだけは、なにもかも変わり果てたこの時代でも変わらず在ると信じていた。
残酷に過ぎてしまった時間のなかで、最果ての水底に、きらきらと光る財宝が残っているものと。
柄にもなく、無邪気に期待していたのだ。
もう呼ばわる人はいなくとも。
生まれてはじめて授かった、最高の祝福だけは。
……奪り返して、進みたかった。
■『 』 >
ぐしゃぐしゃに泣きぬれた視界のむこう、小さな影が見えた。
幾度かの瞬きのうちに晴らすと、
なんとも辛気臭い顔をした、小柄な少女がそこにいる。
「わかってるよ」
重たい体を持ち上げて、その脚をひきずるように。
雨のなかへ、ゆっくりと身を投じる。
「……わかってるよな、 ?」
もはやその名が、ノーフェイス――だなどと、ふざけた名前と、
なにを違うといえるものでなくとも。
そこからはじまった人生が、確かに続いているものと、証明し続けなければならない。
「明日に、進まなきゃ……」
ご案内:「落第街 とある廃墟」から『 』さんが去りました。