2024/07/17 のログ
『無形の暴君』 >  
間合いの外からの異様な一撃は、しかしほんのわずか掠めるだけに終わる

「流石に……」

無理か、と次の句は告げられない。
異常の一撃を華麗な回転と共に躱した相手から、同時に鎖が飛んでくる。
直撃すれば、肉は破れ、骨が砕けよう
寸で躱せば?その自在の鎖で絡め取られるだろう。

ならば

前に出る

突きの姿勢から流れるように
しかし、激流のように
踏み込みが終わった瞬の時から、踏み込みが始まる

しかし、それでも
鎖は襲いかかる

構わず、先の右に代わり、左の突きがエルヴェーラを襲う
同時に、両の手が間合いのズレた鎖を受ける

有り得ざる、受けと攻め
そこにあったのはーー異形

『無形の暴君』は四の腕、四の脚で、それを成し遂げていた

『拷悶の霧姫』 >  
有り得ざる――否。
怪物(フェイスレス)の戦いを表現するのなら、この表現は陳腐になるだろう。
常ならばあり得ない、超常の肉弾戦の連続だ。

動に次ぐ動。目まぐるしい攻防の隙間。
鎖が掴まれれば、鎖に魔力を込め、先端の刃ごと全力で引き戻す。

しかし、間に合わない。

間髪入れず叩き込まれる拳に対しては――
そのまま、受け入れるしかなかった。
鎖骨の中央を抉るように入った、一撃。

華奢な少女は、引き戻される鎖と共に吹き飛ばされ、
壁へと強く打ち付けられる。

この模擬戦、ルールはシンプル。
どちらかが拘束、或いは無効化された時点で終了となる。

つまり、これにて模擬戦は終了。

その筈だ。しかし、結末の前提条件は、吹き飛ばされた相手が常人である場合の話だ。

彼女は、常人ではなかった。

エルフは立ち上がる。
幽鬼が如く。糸で吊られた人形の如く、無機質に。

少女に痛みは理解(かんち)できない。
己の胸部に手を当てながら、エルヴェーラは口を開いた。

「……感謝を。お陰で目がすっかり覚めました」

同時に、袖口から、そして彼女の太腿――スカートの下から。

一、否。

二、否。

五、更に。

八、まだ。

十、生温い。

――十三(これなら)

数にして十三の魔導鎖が同時に、放たれた。

彼女が最も得意とする魔術。
それが、遠隔操作だ。

一本一本の鎖を、時に弾丸に。時に蛇に変貌させるその操作は、
速度と精密性、そして柔軟性を兼ね備えている。

感情(ノイズ)の乗らない、何処までも冷徹で研ぎ澄まされた捕縛の鎖が、
暴君へと襲いかかる――!

『無形の暴君』 >  
「っ」

手応えがーーあった
拳を打ち込まれた相手の体が吹き飛ぶ

その結果だけ見れば、暴君の優位に見えよう
しかし
四の腕のうち、受けに使ったものはしっかり置き土産を貰っている
即ち、砕け、折れている

そして

「……」

知っている
目の前の相手は、この程度で終わるものではない、と
常ならざるモノである、と

ーー来る

想像通り立ち上がった姫が、その牙を顕す
その数、十と三
それらが、まるで生物めいて解き放たれる

ひとつが うねる
ひとつが 駆ける
ひとつが 踊る
ひとつが 跳ねる
ひとつが……

追い切れるはずがない

暴君が、目を見開く
両の眼に、無数の瞳が蠢く

駆ける
死地に向けて

抗する
千手の腕が十三の牙に

伸ばす
右の手を 姫に向けて

絡まる
十三の牙が

伸ばす 伸ばす
右の手が 限界を超えーー

法則を 距離さえ超えて 姫へと
人の腕を超えて 伸びる

『拷悶の霧姫』 >  
奔る、数多の牙。
蠢く、数多の瞳。

たったの一瞬。
しかし、その一瞬に、一体どれだけの攻防が詰まっていたことだろうか。
たとえ、片方の記憶が混濁していようとも。
この攻防は、刻まれていようか。
互いに互いを知り尽くした、その攻防。

一手先二手先、どころの話ではない。
交錯する予測、動き続ける時。
死地と死地の衝突――。
互いが互いに十手先を読み、振った(くさり)は――

――此処に、一つの膠着(けっちゃく)を見せる。

(それ)は、少女の細い身体を確かに捉えていた。
(それ)は、異形の身体中に巻き付けられていた。

勝負は、拮抗のままに終結を迎えたのである。


「……埃はすっかり取り払われました」

腕に掴まれたまま、エルヴェーラは彩りのない表情で、眼前の相手を見つめた。

「この役目は、長年共に在った、あなただからこそ
 感謝します、『無形の暴君』――ソレイユ

先程までの激闘が嘘であったかのように。
月明かりの如き魔術の光が、二人を照らしていた。

『無形の暴君』 >  
「ーー」

ぎちり、と全身を拘束する鎖が軋みをあげる
これ以上は、動かない
これ以上は、動けない

息さえ吐くのも難しい

「……祝着、か」

ぽつり、とそれだけを吐き出す

十の手を読み、百の手を打ち、
千合を重ね、万の終が、
一に着した

残るは、修羅ではない
ただの、二人

「望むならーー
 埃でも、露でも払うくらいはする。
 それが、私の役目だからな。『拷悶の霧姫』」

『拷悶の霧姫』 > 「……ええ。
 久々に戦場に出たとて、不測の事態を迎えて鎖を放つことになったとて、
 これならば、下手を打つことはないと考えています。

 ソレイユ――」

苦しさも痛みも、少女は感じない。
それでも、骨の軋む音は十分に聞こえる。
後で己の手による魔術治療が必要であろう。

――あなたが居てくれて良かった。

既に色を失った筈のその顔に、何処か色が浮かんだようにも見えただろうか。 
それは、ほんの一瞬、軌跡をなぞったに過ぎないかもしれない。それでも。



一幕は、闇の内に閉じてゆく――。 
 

ご案内:「違反部活群 最深部-忘れられた廃ビルの地下」から『拷悶の霧姫』さんが去りました。
『無形の暴君』 > ーー黒洞々たる闇

全てはその中に
溶けていった

ご案内:「違反部活群 最深部-忘れられた廃ビルの地下」から『無形の暴君』さんが去りました。