2024/07/02 のログ
ご案内:「落第街 路地裏」に天使 夕さんが現れました。
■天使 夕 > ――落第街。
不名誉な名を付けられたこの街は、いつも酷く乾いた音がしていた。
まともな学生はよりつかず、教師でさえ見て見ぬふりをする無法地帯。スラムよりは幾分かまし程度の認識はココの住人も外の住人も同じだろう。
そんな落第街の大通りを一つ逸れた路地裏で、数人の人影が浮かんでいた。
大柄の男が一人、細身の男が一人、腕に派手なタトゥーを入れた女性が一人、そして……
『ありがとね、アンタの持ってくるコレ凄く助かってるよ』
そう言って笑った女性の口には、舌を飾るピアスが覗く。
アンタと呼ばれた黒猫の仮面をつけた小柄は、コクリと小さく頷き、彼女に手渡した小袋の代わりに受け取った封筒を握り締めた。
分厚い紙の感触が、封筒越しにわかる。
■天使 夕 > 封筒の中身を確認しないままパーカーのポケットにしまい込むと、三人は驚いて目を丸めた。
どうして確認しないのかと聞きたげな訝し気な顔でこちらを見るので、小柄は囁くような声音で答えた。
「……また、欲しいでしょ? なら、貴方達は嘘をついては…ならない。から、疑う理由も……ない。それだけ」
当然の帰結。ここで小柄を騙すなら、二度とアレは彼らの手には入らない。そんなことは彼らも望まない。
仮に、小柄を捕えてアレの出所を吐かせようとすれば、報復が待っている。小柄が種を撒くのは、何も彼らだけではないのだから。
渋い表情をした大柄と、口をへの字にしてあからさまにイラつく細身、女性は呆気に取られてポカンと口を開けていたが、すぐに肩を竦めて苦笑した。
今の解答だけで納得してくれたらしい。重畳だ。
「次は、二か月後。種が……切れる頃、また来る……ね?」
長居は無用と立ち去る彼ら3人の背に声をかける。
返事を返してくれたのは女性だけで、付き従う男たちは黙ったままズンズンと路地を進み薄闇の中に姿を消した。
■天使 夕 > 封筒をしまったポケットの反対側には、もう一袋分の種がまだ残っている。
貰い手が無ければ、持ち帰る外ない。そこいらの土に植えても、この花は芽吹くことは無い。死憚の華が根を伸ばし花を咲かせるのは生命の上でのみ。それも、召喚者に許されたその時だけである。
悍ましくも慎ましい、いじらしい、美しいその花を、愛でて、育てることは間違っているのかもしれない。
でも、きっと……その花畑はこの世のものとは思えないような、幻想的な世界を見せてくれるに違いない。
この身が求め、夢見る、帰ることは決して叶わぬ神界がそこに一時でも生まれるなら――
夢想は絶えず、不出来な御使いは種を撒く。
人々がその種の力に魅了され虜になっていくことを知りながら。
■天使 夕 > 小柄な薄いプラスチックの仮面越しに、鈍色の空を見上げた。
今にも雨が降り出しそうな鉛色の分厚い雲の向こうにあるだろう青空を思いながら、ゆっくりと瞬きをする。
遠い彼方で、学校のチャイムの音が微かに耳に届いた。
夢想と現実は、案外隣り合わせらしい。
一つ通りを抜けるだけで、スラムと大通りがある様に。
「…………そろそろ帰って、勉強……しなきゃ。テスト、悪い点……だと、また先生に叱られちゃう」
小柄は――少女は、小さく独り言を零し路地を歩き出す。
向かう先は大通り、繁華街……日の当たる場所へと――――。
ご案内:「落第街 路地裏」から天使 夕さんが去りました。