2024/09/11 のログ
ご案内:「落第街 路地裏」に『逃亡者』弟切 夏輝さんが現れました。
『逃亡者』弟切 夏輝 >  
「……疲れた」

ちかちかと明滅する街灯の下、擦り切れたコートを纏った女がゆらりと現れる。
ここから塒にしている場所まではすこし距離がある。

「……疲れた……」

違反部活や仮面をつけたものたちを襲撃して金を集めることしばし。
もうすぐ準備は整う。今日このときまで風紀委員に捕捉されなかったのは奇跡だ。
おそらくドローンを撃墜してしまったことで自分の位置取りは割れているものの、
へたにやんちゃをしなければ、こちらも元風紀。見つかりづらい死角はいくらでもある。
――……もちろん、早晩、限界は来るから、急いでもいるのだ。

「逢いたくない人とは……逢わずに済むから、いいけど……」

私情の混入からの暴走、さらには逃亡幇助などの可能性も考慮されるから。
学生が島の行政も警察も担う、どこか危ういシステムのなか、
そうして少年少女がエラーを起こさないように、社会のミニチュアは厳格にルールを定める。
そして、エラーを起こした少女が、この弟切夏輝だ。

(――? 誰かくる)

両袖に仕込まれた銃の重みを確認する。
帰る方向から――誰かが来る。
違反生なら通り抜けるか、喧嘩を売ってきたら叩きのめせばいい。
問題は――そうでない場合。壁から背を離す。
即応できるように脱力しながら、訪人を見定める――

ご案内:「落第街 路地裏」に伊都波 凛霞さんが現れました。
伊都波 凛霞 >  
それは、偶然(たまたま)

少女はギフト騒乱の警邏に関して自ら望んで単独行動を行う立場にあったため、
本来の風紀委員の巡回ルートとは違うルートを選択していた、ということ。
今日はいつもよりも仮面の生徒と遭遇することが少なく、少し早めに仕事が終わりそうで、普段足を運ばない場所にまで来ていた…ということ。

正面から相対した姿を見た時───、薄明かり、一目で気付くはずはない。
ただ、ざわりと胸の奥に障るものがあった。

「──…、夏輝?」

自分がそれを声に出した、と気づいて驚くくらい。
それくらい思考を放棄した、呆然としたような声色だった。…かもしれない。
…完全に思考の抜け落ちたような表情で、彼女の前に立ち尽くしてしまう程に。

『逃亡者』弟切 夏輝 >  
「凛霞……」

奇しくも似たように、眼の前にいる相手が本物かを確かめるように……つぶやいた。
何度呼んだとも知れない名前を呼ぶ声は、自分でもおどろくほどに掠れていた。

現れた姿は、記憶のなかと寸分たがわない友人だ。
髪が乱れ、服はぼろぼろで、目元に隈の浮いた自分とは、
短い間でなにもかも違ってしまったようでも、ある。

――隙だらけだ。撃て。行動力を奪え。迷うな。事を構えたら無事で済む相手じゃない。

「……ひさしぶり。警邏?仮面騒動の」

ざり、と地面を靴底がこする音を立てる。
話しかける言葉も、場違いに……軽い調子を装っていた。
相手の意識を現実に引き戻そうとしてしまうらしくない失態を犯しながら。
身体は正対して、脱力する。相手の挙動に、いつでも応じられるように。
両腕の袖口のなかには、愛用の――特注の拳銃が仕込まれている。

伊都波 凛霞 >  
目の前に現れた彼女は、自分の記憶とは随分違っていた。
薄汚れ擦り切れたコートを羽織、凛々しい顔立ちに隠せぬ疲労を浮かばせて──。
それでも、見間違う筈がなかった。

「……、っ……──」

続く言葉が出てこない。
風紀委員として、すべきことは決まっている。
眼の前の彼女は、連続殺人鬼として手配されている容疑者だ。

久しぶり、記憶を変わらぬ調子でかけらえる声が、意識を強制的に引き戻してくれた。

「久しぶり…」

「──じゃ、ないでしょ!?」

出たのは、悲鳴にも似た、胸が張り裂けそうな声だった。

「何やってるの!? 自分がどういう状況か、わかってるんでしょ!?
 一言もなしに、姿を消して──、何かの間違いなんでしょ?濡れ衣とか、何か理由が在って…!」

悲痛にも聞こえる声は、──現実をまだ受け入れきれていない。
同期で、親友でもあった…少なくとも自分はそう思ってた、そんな彼女の凶行を信じられていない。

感情を抑える…そんなこと忘れ去ってしまったように、悲痛に語りかけていた。

目の前の(友人)相手に警戒なんて、出来ている筈がない。

『逃亡者』弟切 夏輝 >  
「…………」

真綿で首を締められるような感覚だった。
ともに戦った二年余りで培った友誼と信用が……重い。苦しい。

「ちゃんとした理由があったなら、最初から凛霞(あんた)を頼ってる……」

それでも視線は逸れない。皮肉っぽく、口端だけが笑うようにつり上がった。

道場(うち)が潰れて、両親も吊っちゃって。
 なんもないまま常世学園(ここ)に来たわたしにとってはさ。
 みんなや……あんたが。かけがえもなく大切なものだったけど……
 腕を見込まれて、差し出された殺しの報酬(おかね)も、とっても綺麗に見えたの」

最初は、ただ金が欲しかった。
使途ではない。対価を得る、という行為そのものが……あるいは甘い罠だった。

「そっからは抜け出せなくって。
 なにかを変えたくなくって、ずっとみんなのこと騙してた。ごめんね?」

心を離さねば。
手も脚も動かなくなる。

伊都波 凛霞 >  
きっと何かの間違いで、事情があって、騙されていて。
色んな逃げ道があった、それを…本人の言葉と現実が、潰していく。

「信じない」

「誰かにそう言うように、何か弱みを握られて、脅されてるだけだよね?」

声が震えているのが自分でも理解る。
ずっと騙していた、なんて言葉を信じることから逃げようとした。
───でも。

ぎゅ、と強く、小さな拳を握る。
強く、強く……痛いくらいに……。

無茶苦茶な問いかけだっていうのも理解っている。
それでもそう言わないと、そうだよって、肯定の言葉が返ってこないと…。
──僅かな可能性に縋ってでも信じたかった。

否定されれば……風紀委員として、覚悟を決めなければならなかったから。

『逃亡者』弟切 夏輝 >  
返答は短く簡潔に。

ぱん、とどこか軽い音が夜闇の静寂を貫いた。

左腿の内側に向けて放たれる、.22LR(トゥエンティ・トゥー)一発。
殺傷性にも制圧力(ストッピングパワー)にも乏しいが、高い精密性と貫通力を誇る小型弾。

抜銃(ドロー)照準(ポイント)発射(ショット)
その一連の動作。拳銃での初撃、早撃ち(クイックドロー)においては、
風紀委員会でもトップクラスを自負していた――すこし前までは。今はもう、そこに籍はない。

両手に現れていたのは。
自動式(オートマ)のように四角いフレームで武装した、無骨な回転式拳銃(リボルバー)
銃器と鈍器、だけならず様々な機能を持つ特注品――Fragarach(フラガラッハ)

眉ひとつ動かさずに行われる神業。
しかしそれは拳銃――発射から着弾までの時間差がどうしても生じてしまう。
冗談のような話だが、その事実が欠陥になる相手はこの島に存在している。

伊都波 凛霞 >  
落第街、その路地裏の一角に乾いた音が、
そして──打ちっぱなしのコンクリートに弾痕を残す硬質な音が響いた。

「っ、…はっ…はぁっ……」

異能の高次予測は、働いていた。
それでも強張った身体が、反応を遅らせる。

狙われた太腿の外側に紅い線が走る…。
空砲じゃない。模擬弾でもない──正真正銘の実弾。
それを、確実に当たるコースで…彼女は引鉄を引いた。

身の危険と緊張が心臓を跳ねさせる。
頬を伝う汗の冷たさが、思考を…向き合いたくもない現実へと連れてゆく

ぐ、と唇を噛み締め、袖が目元を拭う。
答えは、帰ってきた……。現実逃避はもう出来ない。
出来ないのに。

「──やだよ。やりたくない。
 今からでも遅くないかもしれない!罪を認めるのなら、それを償うために──」

──現実的では、ない。
それくらい、彼女が重ねた罪は多すぎる。

「………」

「…ダメ、なんだね。もう」

無言のままに向けられた答え。
……もう、言葉を返してももらえない。

その袖からするりと落ちた旋棍(トンファー)
銃を相手どるには頼りない武装──でも、それは一般人ならば、の話しだ。

僅かに赤くなった眼を、彼女へと向ける。
き、と…強く見据える視線からは……とりあえず迷いが消えたと感じることも出来る──。

「弟切夏輝」

「……連続殺人の容疑で、逮捕します」

震える声で、そう…告げた。
応援を呼ぶことすら忘れ、向き合うのは…それでもまだ、冷静ではいられていない証拠だ。

『逃亡者』弟切 夏輝 >  
たなびく硝煙が、生ぬるい南風にのって闇深くへ流れていく。
美しい肌に朱線が走ったのを見るや、僅かに眉根が寄った。

「あんたの反応速度、買いかぶりすぎたかな。もしかして……
 すこし会わないうちに、追い抜いちゃってたりして?」

撃った傍から、へらついて笑う。
傷つけた。怪我をさせた。――吐きそうだ。この場にいたくない。

「わたしね。すごく悪い人間(やつ)なんだよ、凛霞。
 あんたみたいに……友達だった相手(ひと)の命と。
 関わりのない、そこらの(モブ)の命とを、別物みたいに扱ってる。
 ……ひとり死なせちゃって……それだけで
 ずっと苦しんでた良い子のあんたとは、違うんだ!」

同じ命だ。七人奪った。たとえ悪党でも。濯ぐには重すぎる罪。

「……わたし自身の命も――当然、重いんだ。大事なんだよ……」

あまりに身勝手な物言いだ。殺人鬼は、そうして本心を明かす。
どうしようもない。律しきれない醜悪な本心が、行動原理だ。

最初はただ金が欲しかった――いまは、命が惜しい。

「あんたを傷つけたくない。わたしも……死にたくないの。
 おねがい。後生だから……見逃して、凛霞……!」

だから、乗り切らなければならない。
風紀委員として望み、今なお荒ぶる友人と対する、この状況を。
返答のわかりきった、あえての言葉選びで相手を傷つけても。

「――――わたしたち、ともだちでしょう……!」

伊都波 凛霞 >  
「…夏輝に銃口を向けられる日が来るなんて、思ってなかったから」

チクリとした、弾丸の掠った鋭い痛み。
彼女は心臓も頭も狙わなかった……その理由は、すぐに本人の口から語られる。

「っ…そんなの、誰だってそうだよ!
 でもこれ以上罪を重ねないことは出来るでしょう!?」

感じる命の重さなんて、人それぞれだ。
もちろん命は尊いもの…それでも、人には色々な事情も、感情も、価値観だって在る。
全てが理想通り、命を平等に…なんてわけにはいかないのが人間。
だからこそ、理想と知るからこそそれを尊ぶ───人だからこその矜持。
それができなくなった時に、人は…人の道を外れる。
そして、社会は……それを裁くのだ。

「……見逃せない」

「見逃せないよ…。夏輝の命も大事だからこそ…!
 本当に、夏輝が自分の都合だけで全てをしてしまったのなら……。
 ───それは、裁かれないといけない」

覚悟を決め、旋棍を構えた。
……なのに…。

"友達"

その言葉が突き刺さり、気持ちを揺るがせる。
……友達だからこそ、彼女を連れ戻さければいけないのに。
彼女の現役時代は当然よく知る…動揺を抱えたまま、確保なんて出来ない。

苦しみを吐き出す様に、大きく息を吐いて──地を蹴った。
射撃の動線を絞らせないポイントムーブ。
いつもよりやや遅くとも、それでも瞬速の域を出ない。
狙うは…脚、彼女がそうしたように、命には届かない場所。
接近を彼女が許せば、鋭く薙がれた旋棍の一撃を──。