2024/09/18 のログ
ご案内:「落第街 路地裏」に九耀 湧梧さんが現れました。
九耀 湧梧 > 落第街の路地裏、そのうちの廃ビルのひとつ。
窓のついた一室に、黒いコートの男の姿はあった。

「さて…焼けるまでもう少々かかるかね。」

窓から煙が逃げていくように調整しながら、あり合わせの廃材でこしらえた焚き火台で
焼いているのは、肉が通った鉄製の串が数本。
椅子に座った男が串を回転させ、脂が落ちるたびに、じゅわりと音がする。

「……とりあえず、手当はしたが。
さて、意識が戻るものかねぇ。」

言いながら目を向けたのは、既に使われなくなってマットレスもないベッドに寝かせられた少女。
――つい先日に偶然拾った、指名手配犯…である筈の少女だった。

傷の方には、梵字のような奇妙な文字がずらずらと書かれた包帯らしいものがぐるぐる巻き。
素早く傷を塞ぐための、治癒力強化の包帯だった。

「……外のはあれである程度塞げるが、中身(内側)はなぁ…。」

外見もそうだが、身体の中の傷も相当に酷いと見えた。
外はあれで何とかなっても、中身は時間をかけないとどうしようもない。
仕方がないので、そちらの方はすっぱり諦め、寝ている本人の生命力に賭ける事にした。

目線を串焼きに戻し、またちょいちょいと回転させ始める。
 

ご案内:「落第街 路地裏」に弟切 夏輝さんが現れました。
弟切 夏輝 >  
委員会の職場はどこもかしこも夜中まで灯りが灯っている。
常世島は眠らない。委員たちも眠れない。
どこもかしこも地獄(ブラック)ってわけでもなくて、
夜勤や朝勤があるというだけなのだけれども。
風紀委員会刑事部は――関わる事件によってはやはり忙しい。

この前なんかはなんともレトロジカルなドラマよろしくの張り込みで、
これ『刑事×探偵(デカタン)』で見た!
――ってテンション上げてたら先輩にこっぴどく叱られたうえ、
実際やってみると忍耐と集中の勝負だったので、現実っていうのはままならない。
数日ぶりに帰ってきたデスクで潰れていると、ほっぺに感じる冷たい天板の感触すら心地よい。

『……き、夏輝』

肩を揺さぶられた。ああそうだよね、そろそろまた聞き込みいかないと。
――いい匂いする。ゴハンで釣るつもりだな……?

「わかってるって……いま起きるからちょっと待っててよ、」

弟切 夏輝 >   
「りん、…………」

目がさめた。
見慣れないボロい天井があって、きしむ身体だけがあった。

「…………?」

仰臥した姿勢のまま、寝起きの顔を気配のあるほうに向けた。
焚き火の近くの男。ちょっとした、西洋ファンタジーの映画みたいな風景だ。
現実味が薄く感じた。……鼻腔がよろこんでいる気がする。

「だれ……」

掠れた声で誰何してみせる様は、消耗のほどを伺わせる。
無防備過ぎるほどに、寝起きの状況理解が追いついていない。
そも奇態があるとすれば、風評ほど、異名ほどに、その様に、
戦士の威風――とでもいうのか。そういうのが備わっていない。

九耀 湧梧 > 「――起きたか。
ま、これで「最初のヤマ」は越えられた訳だな。」

その様子を見て、焚き火台の傍に腰かけていた男が声を掛ける。
黒いコートに、年季を感じる赤いマフラー、和の鎧を思わせる形状の装甲で固めた右腕を
意識の外にすれば、顔立ちは日本人のそれだ。

「誰か、と言われれば、死にかけてたお前さんを拾った物好きだ。
ついでに、外傷だけだが傷の方も何とかして置いた。

――勿論、風紀委員の回し者じゃあない。
俺が"そう"だったら、お前さんは立場がどうあれ、もっとマシな所に居ただろうさ。」

言いながら、また軽く串焼きを動かす。
いい具合に火が通って、食べごろになって来た。

「ま、座れよ。
――傷が辛いならそのままでも構わんがね。」

弟切 夏輝 >  
声をかけられると、相手が画面越しの存在でないことを実感する。
気だるげに身を起こした――ほぼ気絶だったが、熟睡したのなんて何日ぶりだろうか。
そのせいかぼんやりとした頭で、あらためて男を見ると、
大昔の白黒映画に出てきそうな風来坊のような、これはこれで現実味が薄い。
――左右非対称、右腕に和甲冑のコート姿。

「…………助けてくれたの」

自分の服の裾を引っ張り、奇妙な梵字の刻まれた包帯群を見る。
全身に刻まれていた無数の浅い斬傷はもう痛みもない。十代の生命力ゆえか。
未だ、弾丸の破片にしこたま殴られた脇腹は痛むし、
おそらく、もう瞬間極限速は使えまい、内臓はしくしくと痛むままだ。
……服の下に、処置をされている?

「…………」

少し頬に血がのぼった。
血色もよい。痛みも、耐えられる。
誤魔化すようにベッドから降りると、焚き火を囲む形で座った。

「その留置場(もっとマシなところ)も、いきつく先は邢台だよ。
 わたしにとっては、ここのがマシ。ありがと、お侍さん。
 ……どうして、って聞いてもいいの?」

九耀 湧梧 >  
「どうして、ね。」

少し考えながら、軽く串焼きを勧める仕草。
自分も一本取り、齧りつく。
よくある市販の塩コショウ――それでも、入手には少し骨を折ったが――で
味を調えただけの、少々大雑把な代物だ。
ただ、素材のお陰か、それだけでも割と食が進む。

「ま、敢えて言うなら「気まぐれ」だ。
あのまま放って置いたらお前さん、確実にあの世行きだったろ。

だから、その「確実」がどこまで「不確実」になるか、少し賭けてみた。
結果は御覧の通りだ。若いってのはいい事だ。生命力がある。」

もしゃ、と肉を齧り、咀嚼して飲み込む。
以前に調達した分の余りを取っておいたのは正解だった。

「…そして、ここからは残酷な話になるが、俺が面倒みるのは此処まで、という事だ。
傷の治療と、休む場所、それと――信用できないなら喰わなくても良いが、飯の用意。

其処から先は、お前さん次第だ。
逃げおおせるか、捕まるか。

生憎、俺には其処まで面倒は見切れん。」

ふー、と大きく一息。
思い出したように、一言付け足す。

「――何か吐き出したい事や懺悔位あるなら、告解室じゃなくて申し訳ないが、
聞いてやる事位は出来るがね。」

何か飲むか、と問い掛け、水くらいしかないが、と後から一言。

弟切 夏輝 >  
「わたし、剣なんてもってないからさ」

どうしてと問うなら、そうなる。
この男が他人に用事があるとすれば、そうなのではないかと。
互いの名乗りは、風紀委員の回し者ではないという男の名乗りと、この言葉で十分だろう。

「……余裕だね。成り行きとはいえ、こんな場所で、わたしのことわかってて人助けなんて。
 ほんとに映画のお侍さんみたい。だからかな、なんかすごく遠くにいるみたいに感じるよ」

無防備でいられるのは、そういう部分もあるのだろう。
この男がその気なら、いまの自分では一合とて保つまい。
諦めに似た信頼で、焚き火に照らされる顔は力なく笑った。

「だいじょうぶ。じゅうぶん寝たから、もうちょっとで動ける……もう一晩だけいていい?
 それ以上は。恩人が風紀に絡まれても、それはそれで……いや、……いまさらか……」

恩人に、仲間に……そうだったひとたちに、迷惑かけ倒しだ。
表情が翳ったが、ちらりと串焼きに視線を向けて、男の顔といったりきたりした。
メシの用意。信用。……くれるの?と問いたげ。おなかは空いてる。消化できるかが心配だが。

「……………」

続いた言葉に。とりあえず頷いて、両手を遠慮がちに差し出した。喉が渇いていた。
返った言葉は、懺悔のように殊勝でも、吐露のように激しくもなく、ぽつりと零れ出る。

「……死にたくないから逃げてるんだけど。
 なんで死にたくないか、よくわからないんだよね」

九耀 湧梧 >  
差し出された両手には、ほい、とコートの裏から手品のように取り出したペットボトル入りの水。
蓋の封が切られていない、買ったままの代物だ。
不思議と…冷蔵庫から出したて、とまではいかないが、割と冷えている方だ。

「そこそこ冷たいからな。慌てて飲むな。
口の中で少し温くして、ゆっくり飲んでおけ。」

一気に飲むと体内の傷に思わぬ障りが出るかも知れないし、そもそも冷たい飲み水の
刺激で腹痛を起こすかも知れない。注意位はして置く事にする。

「こんな所を寝床にしてる奴だ、「元風紀」なら予想位つくんじゃないのか?
――ま、正解を言えば「不法入島者」、だからな。」

だから、街の方の秩序からの恩恵を得られない代わり、
流石に限度というものはあるものの、「自由」に過ごす事は出来る。

「病み上がりには重いメニューで申し訳ないが、割と在庫があってな。
食べたいなら、好きなの選んで食べるといい。」

美味しそうな音を立てて焼けている串焼きには、そう一言。
そんな間に、また、もしゃ、と自身も一口。

「死にたくない――か。
単純だな。単純で、至極原始的な欲求。どんな生き物でも持っていて当たり前の「生存本能」だ。
そういう意味で言えば、「生き物」としての理由としては立派に成立してる。

――とはいえ、こういう意味ではないんだろ?
お前さんが言う所の、「良く分からない」って所は。」
 

弟切 夏輝 >  
「なんかさらりとすごいことしたね……痛っ」

不意の奇術にたのしそうに笑うと、さっそくずきりと痛みがきた。
開封して、少しずつ喉を湿らせる…濯がれてもいるのだろう、血の味はない。

「あはは。でも、いまは仏さまとでも思っとく」

なんであれ、自分にとっては恩人だ。手を合わせておいた。いただきます。
串に噛みついて――噛みついて――…………むい、と強く顔を動かして噛みちぎった。
ちょっと固い。あんまりこういうハードな料理は食べてこなかった反応。
ゆっくり時間をかけて咀嚼し、嚥下する。くちびるを指で拭った。

「……美味しい。これなんのお肉?」

ちょっと表情が明るくなる。
たとえ不法入島者なれ、犯罪者なれ。食べねば死ぬし、食べればみなぎるもの。
水と肉で、だいぶ元気になれる気がした。現金なものだ。

「ああ……『生存本能』。
 生きたい、っていう……気持ち……」

ちょっと考える。少し、ぴんとこないようだ。

「死ぬのがこわいとか、まだやりたいことがあるとか。
 そういうのは……ないんだよね。ぶっ倒れるまで、馴染みのヤバいやつと一戦交えてさ。
 ほんの一瞬でも判断鈍らせたら死ねる相手にも、こわいってきもちはなくて。
 ただ漠然としたものだけで、ここにいたくないってきもちだけで、ずっと逃げてる」

もうひとくち、串を噛もうとして。

「お侍さんにはある?死にたくない、って気持ち。
 ……ううん、こうじゃないか。生きる理由……?」

九耀 湧梧 >  
「そうでもないだろ。この島にも魔術の類はあるんだろ?
収納魔術の一つや二つ、使える奴がいてもおかしくない。」

果たしているのかどうか。ともあれ、タネは割れた。
どうやら、コートの裏はただのポケットではないようだ。

「前に転移荒野に用事で脚を延ばした時に、まだ若いワイアームがいてな。
捌いて、当座の食料になって貰った。
ワイバーンだったら尾の毒がヤバいが、ワイアームは毒がない方が多いからな。」

さらっととんでもない発言が飛び出した。
中々凄い食生活である。

そんな間にも、とつとつと語られる様子に、黒いコートの男は顎髭を軽く撫ぜる。

「ここにいたくない……ね。
ネガティブな言い方をするなら、逃避願望か。
それだけヤバイ手合いと事を交えて、恐怖より先にそんな感情が来るって事は、
割と根深い問題にも思えるな。精神的に、な。」

生きる理由について訊かれれば、軽く視線を向ける。
流れて固まった血のような、赤黒い瞳。

「そりゃ色々あるさ。
以前に手酷い目に遭わせられた奴への報復…いや違うな、アレを
野放しに出来ないから、色々手立てを探して回ってるんだった。
他には、処分しなけりゃいけない代物の捨てる先を見つけなきゃならんし、
此処で偶然見つけた、前途有望な若人が何処まで行けるか興味もあるし――

ま、一番を挙げろ、って言われたら……アレだな、女の為だ。」

ひどく俗っぽい生きる理由が上がって来た。

弟切 夏輝 >  
「……………」

原始竜(ワイアーム)
視線を肉に落として、えっ、て顔をした。北海道(ふるさと)だとあまり出回ってなかった。
牧畜に強い土地にいたせいか、ここでも食の冒険はあまりしない。
ちょっと食が鈍くなった。美味しいんだけど……竜か……。

「血が目覚めてつよくなっちゃったりして……」

物語にはそういう逸話がつきものだ。ワイアームではむりかもしれない。

「…………」

根深い問題、と言われると、すこしだけ考えるように視線を逸らした。
自己の内面に向き合いながら、男の瞳に向けるのは、どこにでもいそうなブラウンの瞳。
不自然だ。風紀委員としてのキャリア、犯罪者としての能力にしては、普通すぎる有り様が。
常世学園という環境の、ある意味では完全なる外側の男のみ気づけそうな、違和。

「それだけ長生きしてると、いろいろあるんだね。
 剣をいっぱい集めたい、みたいなのがさいしょに出てくると思ってたんだけど。
 お弟子さんみたいなのもいるんだ。ほんっと、映画の世界だなぁ――
 ――え。女のひと?」

少しだけ、食いついた。
色恋話に惹かれたというよりは、この弟切夏輝という人間の人生観において、
個人(だれか)を理由にする、という部分で、理解を示せるものがあったらしい。
そういう身近な問題しかわかれないほど、人生経験が浅いとも。

「……奥さん、とか?」

島外、あるいは異世界に、残してきた人がいるのかとか。
まず真っ先に浮かんだのはその発想――すこし、踏み込みすぎたかもしれない。
問うてから、あむ、と串に食いついて、上目で赤を伺ってみた。気を悪くしてなければいいが。

九耀 湧梧 >  
「さあな。
それこそ、相当に生きて力を持ってるドラゴンなら分からなくもないが、
まだ若いドラゴンじゃ、そういう神秘は足りないと思うぜ。」

冷静なご意見。こちら、その手の肉は既に慣れているのか、問題なく食が進んでいる。

「弟子って程でもない。ある人物からの要求でな。
以前に相当焦ってたんで少し力づくで頭を冷やさせて、
いくらか身体に技を叩き込んだくらいだ。

ま、それでも割と飲み込みは良かったみたいだがね。」

そんな事を語り、「奥さん」なんて言葉を出して来たら、思わず苦笑。

「まさか。とんでもなく物騒な女さ。この島でも事件を起こしてる奴。
それでもアレだ、惚れた弱みって奴かね。その後を追っかけて回って、気が付けばこの通り、
落第街やスラムの暮らしがすっかり板についてる。」

――つまり、敢えて学園の秩序という「恩恵」から外れているのは、
その女性絡みの事であるらしい。
ブラウンの瞳の少女には、理解し難いかも知れないが。

「――しかし、アレだな。
こっちでも、色々噂は流れてきているが…お前さん、以前のキャリアやら、流れて来る罪状の
割には――そうだな、「普通」過ぎる。
気を悪くしたら済まないが、何も知らない奴ならお前さんを犯罪者や風紀の人間とは思わないかも知れん。

一種――不自然過ぎる位だ。」

弟切 夏輝 >  
「…………やっぱり、その。
 弟子……じゃないのか。教え子……なんか、時間かけてさ。
 いろいろ教えた相手がまちがえたり、やらかしたりしたら、哀しい?」

飲み込んだ。少しずつだけど、しっかり食べられる。
やっぱり肉喰わなきゃだ。できれば味噌バターコーンラーメンが食べたい。
――だめだ。好物とか思い出すと、誰かと食べた思い出ばっかり浮かぶ。

「……意外。けっこうロマンチックっていうか、そういう感じなんだ。
 惚れた弱み……あんたにとっては、その女の人がいちばんの生きる理由、なんでしょ。
 死から逃げる理由に、好きなおんなのひと、なんて。スゴいじゃん。
 それだけ、だれかのことを好きになれて……、手を伸ばし続けてる……
 ……へんなこと、きくけど。いま、幸せ?」

ほんとうにへんな質問になった。相手のこともよく知らず。
それでも、問えば応えてくれる男の、竹を割ったような気質は、付き合いやすい。
――少し、先輩に似てるのかも。

「……………ああ、うん」

不自然、と言われると、少し不思議そうに目を瞬いてから。

「なんでだろうね、わたし。いままで気づかれなかったんだよね。
 ひとを、いっぱい殺してきたのに。……七人も」

生きてきた環境においては、たった七人かもしれないが。
この世界、この島では、ひとり殺すだけで重罪だ。
二級学生や不法入島者といった身分からの入学は容易とはいえ、
そこに殺人という罪状が加われば、とたんに話は変わってくる。
この時代は大変容と大戦争より数十年、『平和』と言って差し支えない――はずであるから。

弟切 夏輝 >  
「……刑事部……風紀委員会にそういう部署があんだけど。
 そこにいた、ともだ……まえの同僚がさ、ひとりやっちゃったんだ。
 やむを得ずってやつでね。罪にはならないけど、専用の書類を書かないといけなくて。
 その娘さ、ずーっと、そのことを引きずってんの。たったひとり……でも、ひとり殺した。
 それがすごく大きい傷になってて……殺人って、そういうものなんだなって他人事みたいに思ってる。

 でもわたし、なんも感じないんだよね。感じてないの、いまも」

(うろ)。人間の色が、剥げ落ちる。
訥々と語る友人の話には、郷愁がありながらに、喪われた人命に対しては何も感情が動いていない。
それが、普通の少女に(あな)が空いている、と見るか。
そもそも(あな)が人間の皮を纏っている、と見るか。

「このまえ撃った娘は、なんも悪いことしてないふつうの子。
 でも引き金ひいたときも、そのことをあとから調べた時も。
 ばれたくないな、いやだな、終わっちゃうな……ってきもちばっかりで。
 ……ただ、なんか。ああ、七人目だな……って」

――後者である。人間でありながら、ひとつの道具として成立する逸材。
育てられ方を間違えた天才は、そうして半端に人間の皮を、心を羽織るに至ったのだ。
ふつうの環境で育ったゆえに、ふつうの人間という余分が虚ろに纏わりついている。

九耀 湧梧 >  
「そうだな――もしもやらかしたりしたら、確かに少しは頭を抱える所かも知れんが、
「間違い」については…実際、何をやらかしたか、でないと分からんだろ。

「間違い」なんて、結局はそれを見る人間の「主観」だからな。
本人は「間違い」を覚悟の上で、あるいは自分の信念や意地って奴に従って、
それをやった…そういう可能性もある。」

がふ、と、最後に串に残った肉を齧り、咀嚼する。
思ったよりも量があった。とりあえず、口直しに水を飲む事にした黒いコートの男だった。

「その死から逃げる理由の相手と、顔を合わせれば凡そ命を落としかねない
やり取りをしてるんだから、世の中ってのは妙なものさ。
――ま、アレだ。今の所の心境は、アイツの心に焼き付いて離れない位の「刃」に
俺が成れているか――って所なんだが。」

顔を合わせれば命のやり取り。
それで生きる理由が、自分の命を狙って来る女だというのだから、色々突拍子もない話だ。

「――――成程。」

少女に渡したものと同じ、ペットボトルの水で軽く口を湿らせながら話に耳を傾けて。
一度ペットボトルを床に置き、軽く顎髭をさする。

「――まっとうな神経持ってるなら、人ひとりの命を奪うのは、そりゃあ堪える。

かく言う俺も……随分と昔の話だし、相手が殺しにかかって来てたから、常識的には
正当防衛が成り立つだろうとは言え…最初に人を殺した時は、そりゃ堪えた。
相手が、こっちの事を虫ケラ程度にしか見ていない、クソッタレな自分の父親でも、な。」

――世間話のように語るのは、自身の殺人の経験。
相手が自分を殺しに来たからとはいえ…堪えるところはあったという。

「だが……お前さんの場合は、アレだな。その同僚とは、感じ方が違う、って所か。

定義が色々と厄介だし、俺はそっちの道の学者じゃないから確定的に定義は出来ないが…
敢えて指すなら、精神病質者(サイコパス)

…より容赦のない定義をするとしたら、お前さんは、」

殺人者としての才能に恵まれてしまった
そう形容するのが、一番的確かも知れない。」

難しい顔をしながら、そう告げる。
ちいさく、ため息。

「――何と言うか、気の毒な事だ。
「それに気付かなければ」、普通に「人間らしく」やれてたかも知れない。

あるいは、殺し屋か、クライムファイター(私刑執行人)
そっちに進んでしまっていたら、寿命は短かったかも知れんが、
人間らしい心に悩む事も無かったかもしれない。」

同情ではなく、可能性として。
淡々と、静かに己の考えを告げる。
 

九耀 湧梧 >  
「敢えて今のお前さんの現状を形容するなら……そうだな。

ひたすらに、「間が悪かった」。
あるいは巡り合わせ、あるいは巻き込まれ方、あるいは、育ち方。
それしか、言いようがない。」

遠くを見るような目。また一口、自分のペットボトルに口を付ける。
 

弟切 夏輝 >  
開かれた胸襟の奥にあった尊属殺の経験は、また、呆然と受け止めることしかできない。
幼少の頃にそれをせざるを得なかった生い立ちに、思わず――思わず。
自分の腕をかばうようにして身を掻き抱いた。親に命の危険に晒された経験が蘇る。

なにか言わねばならない気がした、のに、唇がうごかない。
小娘が慰めや理解を口にしていいものではないように思ったが、それ以上に。
自分がそうした場合、なにかを感じることができただろうか。
家にいたときはきらいだった。別離のときには、どうでもよかった。

「……………」

ひとくさりの、病理診断を聞いた。
常世学園。学生自治の島。風紀委員会。拳銃――様々な歯車が噛み合いすぎたせいで。
人間のふりをした魔物がその顔をのぞかせた。救いようがない

「やっぱそうかあ。ひとでなしってやつだ」

なるほど、と頷ける部分ばかりだった。外側にいる男の、冷静な目は信用できた。
……向けたのは、諦念からなる、力のない笑い。

「………ねえ。
 その、追っかけてる……なんか、すごくヤバいひとみたいだけど。
 でもきっと、すごく魅力的なひとなんでしょ。その女のひととさ。
 もし結ばれてさ。恋人同士とか……もっと踏み込んだ関係になったとして……。
 ……わたし、きっと、失うことに怯える。ずっと、安心できない……」

膝を抱えて、顔を埋めた。
ひたむきに求めて追いかけて、手に入った後の輝きを維持できるか否かの。

「そこに、確かな(もの)があれば、つなげるのかな。
 それとも、なくなってもいいって思うことが大事なのかな。
 わたしは……わたしはいやだよ。ずっと続いてほしかった……」

じくじくと、胸が痛む。ああ、そうだ。

「わたし、あんたみたいなひとのことも、裏切ってる。
 銃の扱い方を、おしえてくれたひと。そのひとの顔に、泥を塗ってる。
 わたしには意地も……信念もなかった。信念がほしかった。
 期待に応えれば手に入るとおもった。裏切りたくなかった。
 裏切ったら……なくなっちゃうって思ったんだ。そしたら、……そしたら、」

頭を抱えた。

「みんな―――まわりのみんな、わたしを信用してくれた。期待してくれた。
 だから応えた。応え続けてた。なくしたくないから!ずっと!ずっとずっと!
 騙し続けて、騙せるように殺しもつづけた――断ったらバラされるんじゃないかって、
 ……そしたら、このままバレずに、卒業できるんじゃないか、って――……ねえ、」

弟切 夏輝 >   
「もう、つらい。……いやだ」

絞り出すように、吐き出した。
空虚がひとの皮を被った魔物。
先ごろ、父親の暴力の話で見せた防衛反応。
それが、原初の衝動。人間の根幹として構築された、中核となった。

「どっからだって、もう取り返せないんだ。やり直せない。
 あのころに戻れないってのに、わたしになにを償えっての。
 なにもないところに、いきたい。だれも、わたしを知らないところ。
 こんな苦しいのもわすれたい。いつも、そうしたら楽になれたの。
 ……逃げて、いい……?」

殺しておいて。
奪っておいて。
理不尽そのものの権化は、そうして言い募る。
縋るというよりは、ただ、そう――懺悔、だろう。