2024/09/19 のログ
九耀 湧梧 >  
「――――――そうか。」

頭を抱えた少女から吐き出される、苦し気な言葉。
それに一言、そう答えると、黒いコートの男はまたひとつ、串焼きに手を伸ばし、
先程とは違い、やや乱暴に、肉を噛み千切る。

まるで、それで嫌な出来事まで、噛み千切れてしまえばいい、と言うように。

「そうだな――こればかりは、色々と価値観がある。
そりゃまあ、なくすっていうのは、嫌なもんだ。
……だけど、もし失ってしまっても、残るモノはある。

思い出、って奴だ。綺麗事に聞こえるかもしれないが、
残った思い出って奴は、裏切らない。
それが例え、後から見ると眩しくて、直視するのが耐え難いものでも、だ。」

それも、己の価値観のひとつ。参考になる、程度のものでしかないが。

「…………そりゃ、つれぇよな。」

ぼそ、と口にした言葉は、まだ血気盛んだった、10年は昔のそれに近い言葉遣い。

「周りが期待してくれて、それを裏切りたくなくて。
必死に、がむしゃらに頑張って、それがいつの間にか泥沼の中か……

そりゃ、つれぇよなあ……。」

同情、というには、遠くを見るような目と言葉遣い。
また一口、がぶり、と肉を噛み千切る。

「………敢えて厳しい事を言う。

何もない、誰もお前さんの事を知らない、苦しい事から完全に開放されたい――

――そんな場所を突き詰めて、求め続けると、その先には……「死」しかない。

誰だって、死ぬのは嫌だろうし、恐ろしいもんだ。
だが、同時に「死」っていうのは…究極的な逃避の道になるもんだ。
誰も自分を追っかけてこない。それ以上、苦しむ事も無い。
――ただ一回きりしか使えない、代わりに最大最後の、逃げ道だ。」

死は即ち、最後の逃避である。
その先には、現世におけるそれ以上の苦しみなどないのだから。

「――それでも、お前さんは、死にたくないんだろ?」

確認するように、そう声をかける。
その目は決して優しくはなかったが、突き放すようなものでもなかった。

「――逃げれば逃げるだけ、お前さんは苦しみ続けるかも知れない。
戻れない過去に後ろ髪引っ張られて、振り返る度に泣きたくなるかも知れない。

勿論、これは可能性の問題だ。
とことん逃げ切れば――もしかしたら、お前さんの望みは実現するかも知れない。

……当然、楽な道じゃねぇだろう。
この島の「秩序」は、完全にお前さんの敵だ。逃げ切れるかも怪しい。」

下手な気休めは、時に残酷なものだ。
故に、先に厳しい現実を突きつけておく。
そして――

「それでもいいなら――――気が済むまで、逃げ続けろ。
手伝ってやる事は出来ないが、せめてお前さんの気が晴れる結末に行き付く位は、祈っててやる。」

それだけを、言葉にする。
殺人者を許容し、あまつさえ逃避・逃亡を唆すような言葉。

だが、此処にいる男は100%の善人ではない。
だからこそ、こんな言葉もかけられるのだ。
 

九耀 湧梧 >  
「……ま、何にしても、腹が減ってたら動けないだろ。
食える範囲でいいから、しっかり食っとけ。まだ若いんだからな。」

そんな言葉が、ついでにかけられた。
 

弟切 夏輝 >  
「……………」

逃げ道。
そう告げられたときにふれたのは、着せられていたコートの内側に残る重みと硬さ。
指先で撫でた。量販品、支給品の自動式だ。
これがゆるされているのもまた、彼と自分の現在地だろうが。
いつでも逃げられる。――終わらせられる。

「なんか、わかったかも。きっと……きっと、さ……」

死にたくないのかと言われれば、ただ。そう。
彼の言葉で、向き合って、考えついた結論は。

「……捕まって、ぜんぶ洗いざらいぶちまけたらさ。
 ほんとうに、ほんとうのひとでなし(サイコパス)だってみんなわかっちゃうから。
 きっと、死ぬってそういうことなんだ……
 わたしが、みんなのなかで弟切夏輝(わたし)じゃなくなって……」

戦場の死を恐れず、刑罰の死を恐れたのは、きっとそうなのだ。
美しいままで終わろうとした、いつかの栄光の時代。
時の流れに奪い去られた王座に、ならばせめてと輝きを残そうとしたこと。

「…………わたしのなかで、みんながどうでもよくなるのが、イヤだ」

そして、人間としての死を、恐れた。
ひとりの女を追い求める、ある種の愛の男のまえで。
すべてを伝えることで愛されるものがいれば、すべてを伝えてしまえば拒まれる生き物もいる。
それでも弟切夏輝を生かし、人間たらしめていたものは、もはやその(よすが)だけ。

「ん………」

あまつさえ、許容のようなことばを口にするような男に、ぐす、と鼻を鳴らす。
顔をあげて、頷いた。目は腫らしてはいないものの、表情は少しだけ歪んでいた。

「…………叱られるかと思ってた」

それを覚悟で言ったのだ。それでも考えは変わらないということだった。
逃亡者。逃げ切れるまでは。逃げられる限りは。罪からも、己からも。

「あのさ……」

九耀 湧梧 >  
「――そうか。

つまり、お前さんは、「人間」でいたいんだな。
知り合いたちの思い出の中でも、自分自身の気持ちも。」

ひとでなしである事が分かってしまう事が「死」であるというなら、
きっと彼女にとって「人間らしくあれなくなる」事が「死」という事につながるのだろう。
他の誰かの記憶の中でも、自分の気持ちの中でも。

「なら、どんなにつらくても、その思いは大事にする事だ。
お前さんが出した、お前さんだけの結論なんだからな。」

そう、励ます様な言葉。
どれだけの回り道でも、その過程で償いようのない過ちを犯したとしても、
その結論だけは、彼女のものだと。故に、大事にするようにと。
それだけを、告げる。

「そりゃお前さん、これがくだらない理由だったら叱られるだろ。
だが、経緯はどうあれ、それが「くだらない」ものじゃあないと、俺は思った。
だったら叱るのは野暮だ。」

さっくり言い切り、また肉を噛み千切った所で、

「――何だ?」

少女の言葉に、そう返事を返す。
 

弟切 夏輝 >  
「……大願成就を、お祈りしてます」

すこし……この顔でいいのかな、と困ったように笑ってしまったけれど。
先行きを祈ってくれるなら、これくらいは返してもいい。
ほんの僅かばかりでも赦しをくれて、すこし楽になれた気はした。
楽になっていいのかもわからずとも……少なくとも。
今後くるなにかに、むきあうときに、すこしばかりは強くなれそうで。

「そんなに想われるって、どんなきもちなんだろうって。
 その女のひとのことも結構、気になるかも」

危ないひとらしいけれど、どう思っているのだろう。
嬉しいのだろうか。追われる、というのは、自分のように苦しいのだろうか。

「……想ってる、このきもちだけは、大事にする。
 きっとこれ、捨てちゃえたらなんもかもどーでもよくなって、楽になれると思うんだけど。
 それだときっと……わたし、わたしは。
 大切だったひとたちも、どうでもよく撃ててしまうんだと、思うから……」

串を食べきって、水を軽く呑む。少しずつだけど、だいぶボトルの中身は減った。
ボトルを閉めて、傍らにおいてから、顔を向けた。

「…………えと。
 向き合ってくれて……話きいてくれて、ありがとうございます。
 あんたに得なんて、ほんとにないのに。わたしばっか楽になっちゃって……」

かく、と頭が傾く。
食欲を満たしたらば、また体が休息を欲した。

「……わたし、犯罪者で、わるいやつで、ひとでなしだけど。
 つらいよなって、いってもらえて……、うれしかった……です」

きっと、それは。かつての仲間に、求めてはいけない理解だったから。
自分がとらわれる社会の外側であるひとに、
まどろみにあしをとられ、うとつきながら、こぼして。

「どんなふうに、おわったか。きっと、……伝えられないから。
 ……お礼に、なにか……、わたしに、できること……」

九耀 湧梧 >  
「何だ、それ訊きたいのか。」

少しだけ、雰囲気が穏やかになる。
さて、どう話したものか、と考えながらまた肉を一口。

「ま、世間一般の常識に当て嵌めて言うなら、とんでもない危険人物だ。
気に入った刀が見つかったら、比喩でも何でもなく、殺してでも手に入れる、そんな女。

正気じゃないとか思うだろ。
――ま、どうしようもないんだわ、こればっかりは。
最初に一度刃を交えた時に、「いい女だ」って、思っちまったからなぁ。」

軽く頭を掻きながら、そうさらりと告げる。
もしかしたら、風紀委員の方にもその噂は届いているのかも知れない。
刀を携えた、血の色の瞳をした黒衣の女の話。
そんな危険人物に惚れ込んで、後を追っている、とんでもない男のお話。

「何、これも何かの巡り合わせって奴だろ。
それに俺は別に善人でもなけりゃ、正義感でそうそう動く性質でもないからな。
お前さんを拾ったのも、言って見りゃ偶然の巡り合わせって奴だ。」

例え、たかが一日そこらの縁であっても、それもまた巡り合わせというもの。
それに従うのも、割と悪くはなかった。

「――そうだな、ならお前さんの名前を聞かせて貰おうか。
話題になっちゃあいるが…やっぱそういうのは、直に本人の口から聞いておきたい。
その方が、記憶にも残る。」

出来る事、に対して求めたものは、酷く些細な、しかし、偶然出会った者としては、当たり前の事だった。
 

弟切 夏輝 >  
きょとんと見開かれた瞳には若干の驚嘆があった。
有名人だ。なにせ危険人物だし、なんなら風紀にも名刀持ちはずらりといる。
……けれども、その女性のことを語る時だけ、すこしばかり、
少年じみた色を見た気がして、興味をそそられた。

「……わたし恋人とかいたことないんで、
 映画とかの知識ばっかで……そうなんだ、くらいのやつなんですけど。
 あんたみたいな大人のひとが、正気じゃいられなっちゃう想いなら。
 素敵な話だって、思います。生きる理由になるくらいの恋って……」

やはりすこし、遠い話に思えたが。だからこそ、受け止められた。
無垢に相手を想い、愛することにおいては、関係ないのではないかと。
相手がどんな人間かなんて――

「……………、あっちからはどんな感じです?って。
 聞かない程度の優しさはありますよ、わたし」

頭によぎったのは、虫の良すぎる話。
だから、いつもの友人に向けた、へらっとした笑みでごまかしておいた。

「今日ばっかりは、間がよかったのかもしれないですね」

間の悪いことばかりの人生でも、捨てたもんばっかりでもない。
ここ最近は擦り切れるだけの日々が続いていたから。

「……なまえ?」

意外な、と見上げた。逃亡者、弟切夏輝。いくらでも知れている。
でも、記憶に残ると言われれば――そうだ。
きっと、綺麗なままで、残れるのかも。

夏輝(なつき)、です……夏の、輝き、って。
 八月生まれで……、きらきらしてて……いいでしょ。すきなんです、この、なまえ……」

――かくり。
そのまま、膝を抱えたまま、意識が落ちた。

九耀 湧梧 >  
「それを言ってくるかい。

ま、アレだ。自分でも女には縁のないまま終わると思ってた人生だからな。
誰かを想う、ってのは、一筋縄じゃあいかないし、時にもどかしいものだが、それも含めて、
それこそ命まで燃やせるようなもの――っと、流石にこれは俺のような酔狂な奴位か。」

言いながら、つい苦笑。

そうして名前を聞けば、小さく頷く。

「――良い名前だ。
しっかり、覚えておくぜ。」

そう、意識の落ちる間際に、やけにしっかり、声が届くかも知れない。
 

翌日 >  
次に少女が目を覚ました時には、焚き火は綺麗に片付けられ、枕元には
箱に入ったカロリーブロックと少しぬるくなった水入りのペットボトルが置かれている事だろう。

『これ位は食って置け』という、簡素な書置きだけが添えられて。

――黒いコートの男の姿は、既にそこにはなかった。
 

ご案内:「落第街 路地裏」から九耀 湧梧さんが去りました。
弟切 夏輝 >  
「…………ごちそうさまでした」

手を合わせておくとする。
時間が惜しくてしょうがなく食べてた食品が、やたら美味しく感じた。
休息も、補給も、落第街では得難いもの。
なによりそれ以上に暖かいものを、もらってしまった。

「……まるでわたしに、価値があるみたいな……」

自嘲気味の笑みが浮かんだ。勘違いしてはいけない。
精神病質。彼の言う通り。そこにある事実は、動かしようもなく。
だがそれでも、ほんとうにどうしようもない自分の失敗の連続を、
くだらないものではないと言ってくれた力強さのおかげで、
どうにか立ち上がることはできた。

「わたしだけの、結論……わたしだけの――」

心臓は、動いている。
たとえ後付けの、いびつな心でも、そこに灯るものは……

ご案内:「落第街 路地裏」から弟切 夏輝さんが去りました。