2024/09/21 のログ
ご案内:「落第街、忘れられたセーフルーム」に藤白 真夜さんが現れました。
ご案内:「落第街、忘れられたセーフルーム」に弟切 夏輝さんが現れました。
藤白 真夜 >  
 風紀委員に、逃亡者が現れた。

 噂の脚は速い。特に、落第街に生きる人たちにとっては。自然と、耳ざとくなる。なぜなら、そうでなければ生き残れないから。
 どこそのの違反部活が潰れた。その空白を巡って権利争いの抗争が激化するだろう、だとか。
 風紀のだれそれが負傷した。報復に気をつけろ、傷つけた違反部活に近づくな巻き込まれる、だとか。
 ──風紀委員の裏切り者が出た。落第街に風紀が追いかけてくるから外に出るな、だとか。

 落第街に生きるものたちは、危険を嗅ぎ取るセンスがある。
 この街は、そういう場所で、そういう人たちの生きる場所で──


「やっばぁ~……。
 なんでこんな風紀委員多いの~……?」

 ──わたしは、そんな嗅覚などとんと効いていないのだった。

 落第街、裏通り。
 入り組んだ薄汚い街並み。
 そこを見回る風紀委員たちの姿。……常日頃に比べたら、格段に多い、それ。
 彼らの動機はそれぞれだったろう。常変わらず義務として落第街を見回っているのか。かけがえのない仲間を取り戻すために希望を探しているのか。許し難き裏切り者を糾弾するためか。

 どうあれ、わたしには関係なく……ただのおじゃま虫だった。
 風紀委員の目から逃れよう、と物陰から物陰へと渡り歩く。そのうち、ひとつの……裏通りの中の死角のような場所へたどり着く。
 崩れかけたビルとビルの間に、よくみれば地下への階段が続く。錆び付いたドアを開くと、しかし音はまるでしない。
 開けた先は、隠れ家のような天井の低い小さなワンルーム。
 埃は舞うものの、比較的に綺麗。電気も残っていて、心細い豆電球が灯る仄暗い部屋。
 おそらく、主が帰ることのできなかったセーフルーム。
 逃げるように滑り込むと、ぐったりとソファーに身を沈める。少し埃っぽい。

「……まいったなー。どーしよ、……珍しく悪いコトしてない帰り道なんだけどなー……。
 ほとぼりさめるまで待つしかないかなぁ……」

 ただの帰り道。落第街に特段用があったわけではない。……そりゃ、隙があれば慰みになるモノくらい見つけられるかも、と目を光らせはしたけれど。
 表を風紀委員がうろついている以上、出ていくのは面倒くさい。これでも一応、良い子のフリをしているんだから。

 主を喪ったセーフハウスは、無音だ。
 ただ、周りからかすかに慌ただしい雰囲気が漏れ出るだけ。
 ……防音は出来ているのだろう。ひょっとしたら、何かの魔術的結界も備え付けられていたかもしれない。
 声は漏れ出ない。
 存在は明るみならない。
 ……自ら、表へ出るまでは。
 
 音の一つも聞こえない安全地帯で、ただただ……考えに耽った。
 独り言もなく。手も止め。目を瞑り。
 ただ、いまを想う。
 己の。
 空想の。
 この街の。

 逃げ出した風紀委員の捕物帳が続く街の慌て具合は、なかなか好ましい。
 義務と正義に振り回されるだけの連中が殆どと見ていたけれど、あの特有の仲間意識は、少し面白かったから。

「……同じものに属して。同じものを志したからといって。
 仲間と言い切るのは、短慮の断定か……」 
 
 仲間。同士。同族。群れ。その違いを、独りで静かに考えこんでいた。
 どこにも届かないはずの声で、独りで話している。
 でも、誰かが訪うなら……それはなんの気にも留めはしない。
 落第街の空白地帯とは、そういう意味合いのものだった。
 誰のものでもなく。裏切りもなく。だが仲間でもない。
 ……その、距離感を保つならば。

弟切 夏輝 >  
落第街を脱しようとしているのだ。
騒いでくれるほうがいくらか有り難い。
でもメリットはそこから。まずそこまで行くのが大変だ。
息を殺す。隙間を縫う。探知系の異能の巧者が気づけば一巻の終わり。
顔見知りはいない。殺してしまえば。
……そんなわけにはいかない。残弾も乏しい。やれる連中も集まってる。
第一、そんなことをしたら……
したら……?

……どうなる。もう、逃げると決めたのに。

過日、あのコートの男のおかげで、体はいくらか動くようになった。
それでも安静が必要な肉体を駆動させることは、
こうして気配を断っている時にもひどく消耗することを意味する。
潜んだ建物と建物の間、背にしている壁面を睨め上げる。

(……あれ?ここは……)

……見覚えが、ある。
崩れてなければ、あるはずだ。

(砂利と瓦礫と埃のぐあい……だれかいる……?)

階段を降りていく。
浮浪者が塒にしているにしては、奇妙に生き物の気配がしない。

「……ッ」

階段を降りきるあたりで、すこし安心して体がふらついた。
数日も気を張ってれば、休息のあとでもいくらか消耗はする。
愛銃はもうどちらもない。早撃ちに耐えきれない自動式を懐から引き抜く。
錆びついた扉に、そっと手をかけて――

「静かに……動かないで」

踏み入った。即座、気配がするほうに照準(ポイント)
多少荒々しいが、落第街ならこんなものだ。表舞台だって。

藤白 真夜 >  
「……んぇ?」

 気配は感じられない。当然だ。わたしは、そういう訓練は受けていない。受けた訓練は、ただひたすら己の異能のためのもの。
 殺意も感じられない。当然だ。わたしの言う殺意とは、相手を手にかける決意と喜びと覚悟が入り交ざったモノのこと。
 気づけば開かれたドア。すでに向けられていた銃口に、ソレを感じない。
 急に出た声は、ちょっと寝ぼけたみたいに噛んだ。実際、寝不足なのだ。

「結構静かだったじゃん、わたし。
 ……ねえ」

 照準(ポイント)はあっていた。
 だが殺意(ポイント)が、あわない。

「撃たないなら、やめたほうがいいよ? 
 それとも、きみ、……──」

 銃を向けられたときの作法くらい知っている。
 手をあげたりしない。慌てもしない。言われたとおり、静かにおしゃべりした。
 その最中、……彼女の瞳を見た。銃を構えた人間の。誰かの命を握っている者の目を見た。
 瞬間──

「──あなた、すごく綺麗な目。
 そんな目で他人(もの)を見れるんだ」

 ──仲間に出会ったかのように、紅い目を輝かせた。
 その容姿。その動機。その殺意──全て、どうでもいい。
 その瞳だけで、名前も知らない誰かを、気に入った。

弟切 夏輝 >  
――誰だ。

闇に溶けるような黒いセーラー服。
身綺麗な人間が落第街にいないわけではないけれど。
それにしたって場違いだ。住んでるなら薄汚れていそうなもの。
となると……自分と同じ逃げ隠れた側。

「悪いけどこっちも余裕がないの」

闇より深い銃口を前に平然としている時点で。
なるほど歩き慣れている側だなとは思うが。
不審かつ不信。声をかぶせるように硬質な声をむけた。
なにか妙な動きをしたら、即座に――

「撃たせないでって言って、……」

瞬間だった。輝いた瞳に、怖気を感じた。
足元の床がなくなったような感覚に、思わずふらつく。
指を銃爪(トリガー)にかけたまま、一歩、二歩。
やがて扉に背を預け、深い息を吐く。

「……あんたなんなの」

(うろ)を覗かれたような感覚を覚えたんだ。血の色の目に。
隠していた秘密に触れられて、いい気がするやつがいるのか。
なにひとつ感情も感動も熱もなかった瞳に、警戒という色が後付けされた。

藤白 真夜 >  
「なんなの、って言われてもー。
 まさか、自己紹介なんておっぱじめられないでしょ?
 キミは、ソレでいいの?」

 正体。
 それを掴ませる情報は、少ないだけ良い。
 落第街のセーラー服が示す情報は、獲物。だが、それは銃口を見て微笑んでる。
 
 一方。
 闖入者は、情報を出した。
 落第街の住人らしからぬ、洗練された技能。行儀の良い射撃の前の警告。ソレが、何を意味するか。

「なんだって良い。ちがう?
 なんにもしないよ、わたし。
 どっちにしたって、もう遅い。
 キミは撃ててた。わたしは喋るよりキミをヤれば良かった。
 ほら、均衡はとれてるよ。
 ちがう?」

 問いかける言葉は物騒だけれど、その言葉に悪意はない。
 なぜなら──

「きみ……人を殺せる目をしてたから。
 気になっちゃったの。だめ?」

 ──勝手な同族意識。
 警戒など、微塵もない。ただただ、銃口の前で無防備に体を晒したまま。
 当然、それが無抵抗を意味しないことなど、異能犯罪者と戦ったことがあるなら解るだろうけれど。
 話すのもダメ?と顔を傾げる姿に、少なくとも邪気は無さそうに見えた。

弟切 夏輝 >  
話術(ホットリーディング)……では、ないだろう。
限りなく外側から俯瞰視し、病状を自分なりに言い当てた、あの男。
それとは別の視点から理解できる存在もいるのだろう。
それだけ、自分から()が剥がれ落ちているということでもあるし。
何人か、面と向かって撃った。最後に見た風景(もの)。それが……

「あんたは楽しそうだね……」

疲れを隠そうともしないまま、ようやく銃口を下ろす。
安全装置(セーフティ)をかけないままの対話もまた礼儀として。
9mmパラベラム数発で死んでくれる相手とも限らないし。

「……そんな目で、ひとを殺すの?」

なんとも爛々と輝かせながら。
自分とは、違う。なにひとつ心の動かないまま銃爪をひいた自分とは。
肩越し、扉の裏。階段の上。行ってくれるまではしばらくかかるだろう。
風紀委員の長期の逗留もまた別の違反部活などの交戦の呼び水となりかねず、
落第街での捜索は、いろんな意味で難しい任務(タスク)……
……とはいえ、しばらく時間を過ごす必要がある。

「……」

銃口を軽く振った。ソファの端に寄って。そういう要求。

藤白 真夜 >  
「あは、まさかぁ! もっと楽しんで、悦んでやるもん、わたし」

 輝いたままだった目を、ぱちくり。
 すぐに、笑い顔。心底愉しそうに、禁忌(ころし)を語った。
 そのやりとりが出来るだけで、繋がるモノがある。価値観が。審美眼は、まるで逆だったかもしれないけれど。
 
 上機嫌に微笑みながら、いそいそとお尻を動かして端に寄る。ソファの両端。悪くない距離感だった。

「そういうあなたは、ちっとも楽しくなさそうだね!」
 
 楽しそうに、そう言った。
 あの瞳に、愉しさは見いだせない。でも、それは関係ない。どんな感情だって、変わらない。むしろ、その情動が動かずに殺意を載せて命を見れること。それ自体が、わたしの目に美しさとして見えていた。
 わたしから見れば、喜びを全て断つ殉教者のように映るのだ。

「……ねえ。
 それ、どれくらいころしたの?
 以前、いっぱいヤッてそうな軍人のおじさんを見たけど、それでもそんな目はしてなかったと思うんだけどな」

 それは、大分踏み込んだ質問だったか。が、そんなことは気にしていない。
 正体ではなく。情報でもなく。彼女自身に、興味があった。
 ──命に意味を感じていない、その瞳のゆえを。

弟切 夏輝 >   
きゅっと寄った眉は、嫌悪感のようでもある。
社会通念上、受け入れてはいけない(もの)
それに対してそういう反応をするのが自然なことだからだ。
そういうやつを相手取ったことだって、ある。
義憤に燃える仲間たちに、まるで共鳴しているかのように振る舞いながら。
その根っこの感情はただ……理解できない、というものだ。
楽しいはずがない。最初は何も感じず。あとは二人目、三人目というカウントだけ。

快楽殺人鬼(ラストマーダラー)……
 あんたみたいなのは、聴いたことないけど……」

引きずるようにソファへ向かって、ぼすん、と座り込む。
ため息が続いた。僅かな緊張のほつれ。隣に危険人物がいるのに。
いま殺されて謎のままになるなら――もしかしてが残るなら――

「…………」

疲れたように、横目で見ていた。
まあ、調べれば……すぐ出る。報道もされているはずだろう。

「七人……」

唸るように、音が漏れた。
口にしてみれば、そうしたスコアを自慢していた悪趣味な違反生が頭をよぎる。
吐き気がした。それと同じだ。……いや、もっと醜悪なのだろう。

「あんたみたいに悦べれば、いっそ……ううん。
 単なる作業だった。周りにバレないための口止め料。
 ……ぜんぶバレていまはこのざま。だから逃げてる。
 わたしのことは殺さないの?無事にここを出るつもりだけど」

銃口は右手に。いつでも向けられる。ソファのうえに、握られたままねているけど。

藤白 真夜 >  
「……? 悦ぶ必要も、ないんじゃない?
 あなた。
 そうする必要があったからそうしたんでしょ
 なら、それに何の感情も抱かなくても許される。違う?
 だって、目的が別にあるんだもん。
 それとも、……そう(ころ)したかったから、そう(ころ)したの?
 悦ぶためにころして、悦べなかったんだったら、……ヘタクソ、ってカンジだけど」

 きょとん、と聞き返す。
 必要だったから、殺した。
 殺したかったから、殺した。
 ふたつは、ずいぶん違う。
 この娘は、前者だと思っている。後者なら、わたしに近い。

「ああ……やっぱりあなたが『逃亡者』だったんだ。
 名前忘れちゃった……。忘れといていっか。わたしも名乗ってもしょうがないし。
 解るでしょ? わたし、『殺人鬼』」

 どこか嬉しそうに、そう名乗る。悪名を意味する称号が嬉しいのか、あるいは、ただその言葉に──。

「ころさないってばぁ。
 あなたがわたしをころすなら、わたしも■すけど。
 きみはね~……」

 その言葉は、不意に揺れて不自然に聞こえる。発音が悪い、とも言えた。意図して、その意思を表さないようにしているだけ。その躰は、その言葉を許してない。
 でも、妄想の中でなら別だ。
 逃亡者を見つめ空想に耽る瞳は、やはり楽しそうに輝き。

「必死で逃げてるから、要らない。
 逃げるって、存外大変だ。特に、こういう法社会で。
 一応、その大変さ知ってるんだよ。……わたしはもう、一度捕まったから」

 彼女に一番似合う死も、考えた。……しかし、ないしょにした。
 彼女が噂通りの逃亡者だとしたら、……悪くない。
 脱獄していく仲間を応援し、同時にヤジを飛ばすような、感覚。

弟切 夏輝 >  
「……………」

なにを言っているのかを、すぐには理解できなかった。
怪訝な顔で、不思議そうな殺人鬼の顔を、ただみつめていた。

「………………ああ、」

そうだ。
許されざることは、ただ……殺人、そのもののほうだ。
それだけだ。罪は、殺してはいけないひとを殺した。七度。それだけの。
でも。

「…………なんの、感情も、抱けないなんて。
 ふつうの人間じゃ……ない、でしょ。そんなの……」

許されていい性質ではないだろう。
それとこれとは話が別、といわれても。
喉が渇いたような感覚で、ぼそぼそと言い返す言葉に覇気はない。
あの男の目が、鋭く射抜いた。精神病質者(サイコパス)。殺し屋、執行人の才覚。
厳然たる事実……気づきたくなかった真実を前にして、
少女の言葉を従容と受け容れることに、ひどく……そう、
恐怖を感じていた。

「逃げてる相手を……、背中からざっくりやったりとか。
 そういうのが、好きそうなイメージ……『殺人鬼』なんて。
 あんた、顔見ながらやりたいの。理解できない。感触も感じたい……とか?
 ……わからない。わからないよ」

肉を切る感触は気持ち悪い。ただ不快だ。だから銃を選んだ。
彼女がこちらに抱く仲間意識に対して、こちらからの彼女はひどく遠い。

揺らぐ。ぶれる。聴こえない……
命を奪うことに、まるで種類があるかのようだ。わからない。

別世界の人格のようだ。どちらもありふれた称号を負って。だが、ふと。

「………」

少しだけ、身を乗り出した。

「じゃあ、なんでここにいるの」

一度捕まったのに。
殺人鬼、なんて呼ばれておいて。脱獄したのか。

藤白 真夜 >  
「 
   ──どうして? 
            」
 

藤白 真夜 >   
 問いかけた。真っ直ぐに。
 どうして人を殺して何かを感じなければならないのか?

「感情が薄かったら、人としておかしいの?
 感情の働きがおかしかったら、罪人にされなきゃいけないの?
 ──普通じゃないって、悪いコト?」

 真っ直ぐに、彼女を見つめる。瞳は輝いてなどいない。ただ純粋に、問いかけていた。

「まさか、あなたまでサイコパスだなんてつまんない言葉言い出さないよね?
 あれは、区別するための言葉。異常者と、正常者。そう、区分けしなきゃ気がすまない連中の使う言葉。そうして、自分の身を守る弱い人間の使う言葉。
 ──精神を病んだら、それだけで隔離されなきゃいけないの?
 それだけで、生きることを諦めなきゃいけないの?」

 ぼそぼそと言い返される言葉と違って、並び出る言葉は止め処無い。
 論破しよう、なんて考えちゃいない。それが、自分にだって他人事じゃないからだ。率直にいうなら、怒っていた。自覚ない人間に対してそういったレッテルを貼ることを。
 ──そして、わたしはその一点について揺るぐことのない意思を持っている。
 
「……生まれたままの自分であること。好きなものを好きでいること。
 それだけで、罪になるの?」

 もちろん、わたしのいう罪と、法社会の規定する罪は違う。
 だからこそ──

「だから、この島に捕まってるの。
 ……施設から逃げたり、色々あったんだけどね。
 一番は、……カラダかな……。内側から、リードをひかれてるの。
 結局、もうこの島からは出れなくなっちゃった」

 社会の下した罪は、すでに刺さってる。
 死の危険から逃げる逃亡者からすれば、それはひどく理不尽に見えたかもしれないけれど。

「……諦めては、ないけどね」

 好きなものを、ずっと追い求めている。例え、許されざるものでも。
 例え罪であったとしても、それを願うこと。しょうがない。
 ──だって好きなんだから。
 

弟切 夏輝 >  
詭弁だ、と思った。
なのに唇はそれを声に出すことができずにいた。

なにが善いことなのか。
なにが悪いことなのか。

弟切夏輝は、それを社会通念上、ある程度は正確に理解している。
平たく言えば故意犯だ。感じなかったこととは別に、自分は悪で罪人だ。
自分の状況を理不尽だと恨みさえしていても。
間違え続けてきた自分に、どうしようもなかったと言い訳は重ねていても、
どうしてという部分までは、思考に至っていない……明白だからだ。

「待、って」

その声は、言葉になっていたのだろうか。

「待ってよ……」

ひどく震えた弱気な声ばかりが、問いかけの乱射をどうにか押し留めようとした。
それとこれとは、別問題だ。自分が危険に晒されているのは、ひとを殺したからだ。
精神に異常を抱えているからでは、ない。成せた理由としてそれがあるだけ。
すり替えだし、関係ないでしょうと、言うべきだった。
銃を置き去りに。手を伸ばし、セーラー服の袖を掴んだ。うつむいたまま。

「…………ふつうじゃ、なかったら」

考えたることは、ひとつだけだ。

「あのひとたちは、わたしを、受け入れて、くれない」

とどのつまりは、それだ。
もはや犯罪者となり、殺人が露見し、それどころではないとはいえ。
明るく、器用で、話のわかる弟切夏輝。
無自覚にふつうの人間を演じ続けた理由はそれなのだろう。

「だから…………」

自分の病を、精神を、否定し続けるしかない。
弟切夏輝には、寄り添いたい社会(ばしょ)があった。好まれたい人間がいた。
そしてそこは、無感動にひとを殺す存在を、真っ向から肯定はできない場所だ。
どこまでも、どこまでも、合わない場所に帰属意識をもっていた。

「わたしは……、諦めるしか、ない……のかな……」

弱気になって……ついには、頼るように問うてしまった。
自分の歪みを肯定しようとする姿に、それがあのひとたちでないことに苦しみつつも、
ゆらぎ、傾ぎ、震える……ソファに視線を落としたままだ。

殺しが好き。殺したい。自由に。法に縛られず、社会にとらわれず。
そこに、なにかの裏が含まれていたとて、受け取れる『殺人鬼』の願いはそれ。
でも自分の願いはそうではない。好むものは、複数の特定個人

藤白 真夜 >  
「…………」

 逃亡者のうなだれる姿を見て、沈黙した。
 ……ううん、珍しく悲しみのようなものが、その表情には浮かんだかもしれない。
 届かない、想い。
 その間に、つまんない壁が突っ立ってる。そんな経験は、わたしにだってある。

「……わたしには、罪ってヤツがあんまりわかってない。
 でも、……罪っていうのを、死ぬほど嫌がって、でもバカみたいに受け入れて、ソレに頭を打ちつけ続けてるひとを知ってる」

 罪咎。
 わたしには、結局わからない。逃亡者の、誰かと共に歩む強さを持っていなかったし、誰かを求める弱さも持っていなかった。

「法の罪は、決まってる。それは、確定してる事象。そこはどうしようもない現実にすぎないよ。
 ……でも、わたしたちの感じる“罪”は?」

 わたしは、誰かを悦びとともに殺めるだろう。
 逃亡者は、殺しに何の意識も感じなかった。
 きっと、罪の意識すらもなく。

「あなたは罪を犯したかもしれない。いや、犯したんだろうね。
 でも……キミの感じた“罪”と、そこに降る“罰”は、大きな差がある。
 ──そんなの理不尽でしょ。
 ……しょうがないじゃん。わかんないんだから。
 キミの目を見たら、わかるよ。
 本当にそう想ったまま、ヤッたんだ、って」

 彼女は本当に、何も感じてなかったんだろう。
 わたしを見る、そこいらの石ころを見るかのように銃を構える姿に、感動した。
 ある意味、それは悲劇と言えたかもしれなかったが──

「わたしは、諦めなくていいとおもう。
 それに──」

 言葉を交わしても、本当に彼女に触れられはしない。
 価値観はすれ違えど、決定的なところはやはり違う。
 彼女のような苦悩はこの頭に無く、求めるものも違った。
 ……だとしても。

「──あなたは、諦めてない」

 ソファを挟んだまま、彼女を見る。
 震えて、怯えて、逃げ出したはずのその姿を。
 ……だからこそ。

「だって、あなたは逃げた。逃れようとした
 それって、弱いこと? 諦めたから?
 ──違うよ。
 本当に弱い人間は、逃げもしない。揺らぐことのない場所で、正しさを振り回してる。
 受け入れてくれないなら、受け入れてくれる場所へ行けばいい。
 わたしは、そんな誰かより……あなたのほうが、大事だと思う。
 あなたは、あなたを大事にすればいいんだから」

 ……この逃亡者に、生気は感じない。
 弱々しく、傷付いたその姿に。……いいや、その、精神に。
 でも、だからこそ、……似たものを見た。
 不屈の精神……とは言わない。
 けれど、打ち砕かれた人間が宿すもの。
 悲劇。絶望。諦観。
 その瞳で、見るものに。

「あなたは、逃げ出して──生きようと、必死で足掻いてる。
 法や、人のしがらみから解放されて、ね。
 わたしには、そう見えるよ」

 ……彼女を、絶望のまま逃げ出した人間とは、とても思えなかった。
 昏がりから見る光を、わたしは知っている。だから、見出した。
 絶望の夜の中で花開こうとしている……鈍い輝きを。

弟切 夏輝 >  
だれだって、罪を犯したくはないだろう。いやなはずだ。
それを負ってしまえば、ずっと苦しむことになる。
そんな親友(ひと)を……弟切夏輝は知っていた。
自分では理解できない苦しみに炙られるそのひとに励ましの言葉さえむけた。

「……苦しんでほしくない……よね」

それは、大切なひとなのだろうか。『殺人鬼』。好きで殺しをやる相手。
受け入れがたい存在でありながら、彼女もまた人間であるのだろうか。
……否、自分よりよほど『人間』なのだろう。純粋に『人間』すぎるのかもしれない。

「あ………」

はた、と顔をあげた。目を丸くした。そうだ。

「…………なかったよ……なにも。
 わかんない。わかんないよ。いまも。
 命ってどれくらい重いの?尊いの……?」

殺人罪。故意によって人を死に至らしめること。
それとは別に……"罪悪"を背負ったのかといえば、ない。
ないのだ。奪った相手にも、その遺族のことを思っても、なにも。
恨み言を言い募られても、きっとすべてがすり抜けていく、そういう人間。
あることといえば身内を騙し続け、そして今や傷つけ続ける罪悪感のみ。

「だから、わたし……いやなのかな。理不尽だって思うのかな。
 罰の重さが、不当に思えて。そんなはずないのに。
 法に、正義に暴かれて、社会にいられなくなることが。悪人だと確定することが。
 ……あは、は。……なに、それ。最悪じゃん。クズだ……ホントに……」

社会に寄り添おうとしていたがゆえの。しているがゆえの。
そう、まだ。その枠組みのなかにいる。楽になれない。縛られている。
どこにいても、自分という規範で物事を考えられず、何かに帰属する虚ろ。
自嘲の笑いはとめどなく。

「わたし、罪がいやなんじゃない。罰がいやなんだ……。
 ……逃げたい。わたしをわたしじゃなくする(もの)から、ずっと……」

見つめれば、見つめるほどに理解できる、(いびつ)
自分を愛せないのに、自分のためにしか行動できない非道に。

「受け入れて、くれるばしょ。
 ……なににも縛られない、罪も罰もないばしょ。
 わたしを洗ってくれる、そんな……そんな、」

気が晴れるまで逃げても良いと。
そこに至った動機を、そこに至るまでの人生を、くだらなくないと言ってくれたひとがいた。
それは社会通念上、許されるものではないかもしれなくて。
……逃げた先に、そんなものがあるのか。ずっと考えている。
でも、あると考えて……あるかもしれないから、逃げている。
そういう場所に……いたいのだ。直近は、すべて台無しにしてしまったから。

「……生きる、って」

ずる……、と、セーラー服から指がはずれた。
力なく、ソファのうえに落ちる。

「なん、だろう……?」

自分の本質である虚は、おそらく生きてはいない。死んでも。

藤白 真夜 >  
「……」

 口を噤み、だが逃げ続けるものを……いや、葛藤に苦しむものを、見た。
 その表情に今度は悲しみなどない。険しくも……彼女を見てはいない。あの瞳よりもずっと……ずっと当たり前の弱々しい人間である彼女の、社会性の自我と共感性の致命的なズレを。

「きみは、……そこに、自我を据えたんだね。自分の、たいせつなもの。心の、柱。
 罰が、あなたに降り掛かっても。
 あなたは、あなたのままだったのに」

 ……きっと、それはもう届かない。
 彼女は、少し違ってはいても、たぶんわたしの同類だ。
 感じない人間だ。
 なのに……彼女は、“ちゃんとした社会”に、倫理(ポイント)を合わせちゃった。
 ……例え、歪な虚だとしても、彼女は彼女以外の何者でもなかったのに。
 逃亡者はそれを打ち捨てて、羽織った。正常な人間なんていう、テクスチャを。

「……案外、あるかもね。
 落第街(ココ)に、そういう仕事をやってるヤツらもいるらしいし。
 逃げて、逃げて、逃げて……。
 誰も知らない場所に逃げ延びて。
 背後の視線に怯えながら、……でも、小さな喜びを手に入れる。
 ……ただ生きてる、っていう、喜びを」

 その答えは、力なく生を問う者への答えには到底ならないだろうか。彼女の精神に、逃亡について回る現実が、耐えられるだろうか。
 だから、わたしもそれが答えだとは思ってない。ただの、選択肢として。

「……ふふ。キミ、頭でっかちでしょ。勉強出来たんじゃない? 風紀委員だもんな~」

 つい。
 笑ってしまった。
 そんな質問を、まさかわたしが投げかけられるなんて。

「社会に属して。集団に属して。法を遵守すること。
 働いて。恋をして。常識を知って。地に満ちること。
 ……そんなだと、おもってない?」

 いや、微笑みというより、ちょっといたずらっこの笑み。
 嘲りじゃない。
 ……頭の上に、眼鏡をかけたやつを見たような顔で。

「……死んでないことだよ。
 生きることに、特別な理由なんて必要ないんだよ」

 ある意味、それは彼女を突き放した言葉かもしれない。答えになってない答えを、突き返しただけかもしれない。
 でも、わたしはそう思ってた。
 ──このひとは、十二分に今を生きてるって。
 殺しを愉しむからこそ、生きることも大事にする。それが砕けるから、美しいのだから。

弟切 夏輝 >  
自我(それ)があったから得られたものが、たぶんきっと
 ……わたしにとっては、なにより大事なの。
 ぜんぶ自分で、だめにしちゃったんだけど、ね……」

それでも全く、感じないわけではなかった。
今日ここに至るまで、たとえ仮初めでも、醜く汚れていたものでも、
人格を形成するに至ったものへの愛情はいまだ捨てきれてはいなくて。

「捨てちゃえば、きっと一番、らくになれる」

本当の、(じぶん)に。
考えたことがないわけではなかった。
この銃で頭を撃ち抜くこと……先ごろ示唆された「逃げ方」の、類型。
自我の封印、虚ろとして生きること。できるかはわからないが、方法として。
本来あるべき才能の塊として、最後の一枚まで脱ぎ落とすこと。けれど。
……選べない。選べていない。まだ……。

「でも、まだ……だいじょうぶだから。逃げて、逃げて……逃げるんだ」

銃を手に。懐にしまい込んで、ソファにもたれなおした。
なんだかどっと疲れてきた。少し眠気が来る。まずい。

「…………なに?」

笑われたりからかわれると、すこしむっとする。
勉強して、気づけば、そう、社会に溶け込んでいた病人。
そりゃあ、生きること……それに一家言あると見てしまうだろう。
彼女が自分を見て。許すかのように、受け容れるかのように。
そう言ってくれたのなら、なんだかとても良く見えたのでは。
だからかえってきた言葉には、びっくりしたあと、失笑してしまって。

「………生きてなきゃ殺せないから……?」

確かに、そうだ。そうなのだ。
心臓は……動いている。
案外あるかも、という言葉から、彼女からしても、きっと絶望的な逃走なのだ。
それでも帰結を選ばない自分をどうにか好んでくれてるというのは、うぬぼれか。

「そっか……うん、そうだね。生きよう。生きてみる。
 それを望まないひともいる。わたしを憎む人もいるけど、最後まで……」

脚を組んだ。

「わたし、甘やかしてくれるひと好きなんだよね」

話しすぎてしまった。よりにもよって殺人鬼と。

「ありがとう。殺されてはあげないけど、なにかできることある?」

藤白 真夜 >  
「……キミは、どっちでもいい」

 じ……、と。ほんの少しでも、生を見つめることに前向きになった気がする彼女をみた。
 それは、妄想に耽るときの瞳。
 どっちがよさそうか、彼女を試す。頭の中で。
 
 ふたつ、あった。

 虚ろで、歪で、無表情な、無感情の女。
 ──それでも、生きている。きっと、彼女の始まりから。
 周りからみれば、壊れた精神病質者に見えるかもしれない。
 でも、わたしはそんな見方はしない。
 つまり、……ずっと、不器用にでもあがき続けた人間の、ほんとうのすがた。
 誰が、それを否定できるだろう?

 そしてもうひとつ。

 人当たりが良く、明るく、しゃきしゃきして、……たぶん、ちょっとだけ人好きするタイプの。
 どれだけいっても、それは偽物なんだろう。
 ──それでも、生きている。彼女の、願いによって。例えそれが、周りの目を引く、社会に混じるための殻であったとしても。
 彼女の諦めない努力を、どうして否定できるだろう?

「……どっちだって、あなたに変わんない。
 わたしは、あなたを……殺さないよ」

 …………いや、ちょっとウソだ。風紀委員にはバレるかもしれない。ハッキリ言えちゃった。殺意無いから。
 だって、…………逃げる人間は、脚を斬られて往くものだとばっかり、わたしは思ってるんだから。

「キミのいのち(おわり)は、きっともっと綺麗にできるひとがきっといる。
 ……どっちかなぁ」

 名前を知らない、って言ったのはやっぱウソ。
 弟切 夏輝。ちょっとぴったりすぎる。

 わたしの中の妄想。
 ふたつ、あった。

 名前の通り……夏の輝く花火みたいに、打ち上がるのか。

 ──弟切草みたいに、葉を血で濡らすのか。

「ん? いや、もう貰ったよ?
 ……わかってないなぁ~?
 人間が好きじゃないと、殺人鬼なんてやってらんないんだよ?」

 彼女の瞳。
 彼女の歪。
 彼女の命。
 そのどれも、十二分に楽しませてくれた。たとえ、逃亡者が何を選ぼうとも。

 命の話。罰を恐れる人間の話。──殺しの瞳。
 それに出会えただけでも、しっとりした満足感がわたしの中に在る。
 ……ものすごく、勝手なことだけど。
 ──それは、仲間に出会えたような、感覚だったから。

藤白 真夜 >  
「わたし、いくね。
 待つの飽きちゃったし。好きとかいわれてむずむずしてるから。
 ……しばらく出てきちゃダメだよ」
 
 立ち上がる。
 別に、彼女のために、とかではない。体──異能を動かさないとうずうずしてきたから。今ここで手を出すほど、見境無いわけじゃない。……ホントに。

「……さよなら。
 逃げ切ってよね。なんか不思議と、キミなら出来るような気がしてる」

 その異能がわかるはずは、ない。名前も最初は忘れていたくらい。そもそも、調べても出てはこない。
 でも、だからこそ、そんな予感がした。異能者の、予感。
 ──捻じ曲げても、逃げ(生き)ようとする、異能の意思。
 それが歪だったからこそ、……夏の輝きは、薄暗い存在しない街で、美しく見えたのだ。

  
 ドアを開け、外に出る。
 すぐにでも目につく風紀委員に、かたっぱしから……。

「邪魔くさいのよあんたら~~~~!!
 何なわけ!? いいでしょ落第街に入っても! ちょっとは羽目外したいとか思わないワケ!?
 ど~~~せポイント稼ぎでしょ! ちょっと、さわんないで! わたしの異能何か知ってんの!? ていうか今のセクハラじゃない? あなた読心異能とか持ってないでしょうね。キモいんだけど!
 大体わたしが何かした~~~? ただいちゃもんつけてるだけなんですけど~~~!
 ……──────」

 難癖つけて回った。悪いコトはしてない。まだ。これなら、良い子にしてる反動で落第街に入ったキレた女くらいの扱いで済む。
 だから、そんな女の対処に追われてすこしだけ……追手に隙間が開く。
 ……少なくとも、ここから逃げ出せるくらいには。
 

弟切 夏輝 >  
「…………やっぱり、わかんないな。殺人鬼(あんた)のこと……」

苦笑する。優しい人ではある気がしたけど、殺人鬼。
どういった人が彼女の琴線に引っかかるのだろうと思った。
でも、裏表がない。殺意が介在していない。
自分と違って……彼女がするときは、それはもう、すごいのではないかと感じたから。

「できればもう、だれにも。
 わたしを知ってるひとには逢いたくないまま逃げたいから。
 ……だから、それ、わたしの知らないひとがいいなあ」

自分を綺麗にしてくれるひと。おわりを飾ってくれるひと。
彼女が思い描いたものとはだいぶ違うかもしれない、夢見がちなロマンチシズム。

「…………?そ、そう……?
 気が済んでくれたんなら、いいんだけど……。
 こんなわたしと話せて、たのしかった……とか……?
 だったら普段は、もっとこう、いい感じに話せるんだけど……
 返せないからさ、多分きっと、だから――……、ちょっと、どこ行くの!?」

けっきょくのところ。
弟切夏輝は共感性にもどこか欠け、偽りの社会性を身につけている。
だからきっと、ミステリアスな彼女の内面を知ることはできない。
いつかもない気がして、残念ではあるけれど……無為の出会いではなかった。
首輪がついて、島に縛られている彼女の意図を、階段の途中で気づいてしまって。

(……もらいっぱなしじゃん、なんで……)

なんで、と思う。
どうして優しくしてくれたのだろう。

彼女の大立ち回りのおかげで、どうにかやり過ごして――この場は、逃げられた。
落ち延びて、這いずって、逃げて、逃げて――でも――

(未練を増やすなんて、残酷だよ……)

逃げるものは、留まれない。
新たな苦しみを手に、痛む心臓はまだ生きていた。
逃げ切れぬ運命に、たとえ絡め取られていたのだとしても。

ご案内:「落第街、忘れられたセーフルーム」から藤白 真夜さんが去りました。
ご案内:「落第街、忘れられたセーフルーム」から弟切 夏輝さんが去りました。