2024/06/22 のログ
ご案内:「スラム」にイチゴウさんが現れました。
イチゴウ > 彼方から音楽が聞こえてくる...
「四季」「春」「第一楽章」。
春の到来を感じさせる音色がスピーカーを通した
チープな音質でスラムに響き渡る。

存在しない土地。舗装も成されていない。
見放された荒れ果てた道を突き進む鉄塊が一つ、二つ...
いや三つ、それ以上。
その鉄の塊は電気モーターで推進する大型のトラック、その車列。
車体には風紀委員会の紋章を辺りに知らしめるかの如く刻まれている。

行き場のない人々は振り返る。見つめる。
その目に好意的な印象を含む者は少ない。
だが、明日にすら確固たる希望を持てない彼らが何かする訳でもない。
只々見つめる。

...その車列はどんどんスラムの住居地の中に入っていけば
プシューと形容できるブレーキ音を響かせ停車する。

ハッチが開く。

中から何かが出てくる。人ではない。
ロボットだ。
妙な顔と四つの足を持つロボットが次々とトラックから降りてくる。
その背中には何やら大きな機械を背負っているように見える。
スラムの住民はその光景を見つめるのみ。

イチゴウ > 降りてきたロボット達はスラムの住民に何かする訳でもなく
トラックの近くで止まれば、背中の機械を動作させた。
駆動音と共に機体が小刻みに震えだす。
機械から湯気が立ち昇る。

「こちら、風紀委員会、ユートピア機構、チャリティー・アーミー。
これより食糧配給を開始する。配給希望者は前へ来てほしい。」

エフェクターを通したノイズがかったような男の声。
その発声源を追えばトラックの上に佇む一機のロボットに辿り着く。
見た目はトラックから降りてきた物と同じ。
しかしそれには明らかな知性を宿らせている。

住民達は見つめる。誰も動かない。
侵略者の如くやってきた風紀委員会のしかも機械達。
本能が彼らを支配する。
男は武器を持つ。女は子供を包んでしゃがむ。

イチゴウ > トラック上のロボットはスラムの住民を見渡す。
尚もトラックからはロボット達が降りてくる。

「キミ達には必要なものがある。明日を迎えるために。」

ロボット達の背中から香ばしい匂いが立ち込める。
それは学園の表側に住む者にとっては特別でも何でもない香り。
だが、今日の食料すら約束されていない彼らにとってはどうだ?

「ボク達は”必要”なものを”必要”なだけ配給する。」

本能が彼らを支配する。
女に抱っこされていた子供が泣く。
やせ細った男が歩みを進める。

イチゴウ > 誰かが一番最初に飛び込むのを見てから
南極の海へ向かうペンギンのように。

極限の飢餓に苦しむ者たちの歩みに引かれて
反抗的な目線を送っていた者達にも武器を下ろし列に加わる者が現れる。
機械達の元へ人が並んでゆく。

先頭の人の前には2機のロボットが待つ。
一機が遠隔で配給希望者をスキャンし、隣のロボットへデータ送信。
隣のロボットは背中の大きな機械ーーー調理配膳ユニットから
パンとスープを出力する。
貧しき人々に手渡す。そう、”必要”なだけ。

イチゴウ > そしてそんな中、それは起こった。
トラック上のロボットに向かって何かが投げられたのだ。
ロボットの堅牢なシャーシに弾かれて宙を舞うのは
一つの石ころ。

ロボットが油圧機構の金属音を響かせながら
ゆっくりと振り返る。
その先に居るのは何人かの子供たちだ。
路地裏から来たのだろう。
恐らく両親たちも亡くしている、そんな雰囲気を漂わせる彼らは
風紀の紋章がどういうものか身を持って知っている。

「やあ、こんばんは。」

トラック上のロボット、
ロボット達を統括するロボット「イチゴウ」は彼らに語りかける。

「お腹が空いただろう?
温かい食事がキミ達を待っている。」

配膳ユニットを装備したロボットが子供たちの方向へ歩みを進めていく。
中心となっている男の子は石ころを持つ手に力を籠めようとする。
だが、飢えた体にもうそんな力は残っていない。

楽園(ユートピア)はキミもお友達も拒まない。」

少年少女はそのパンとスープを手に取らざるを得なかった。

イチゴウ > そうだ。
キミ達は何もしなくていい。
ただ、口を開けて食事を待っていればそれでいい。
何も考えず、今日を生きて明日を待っていればそれでいい。

見捨てられたスラムのほんの一角。
楽園の種は静かに植えられる。

ご案内:「スラム」からイチゴウさんが去りました。