2024/08/18 のログ
里中いのはち >  
読心の術――とはいえ現状この忍びが行っているのは、不可思議な力ではなく、表情や筋肉だのの動きから察する技術である――を用いてその内心を上澄みのみではあるが把握していた。
青年が此方の思惑を正しく汲み取る様子に「敏いでござるなぁ」なぞと胸の内でごちる。

兎角、よからぬものを焚べた火に炙られながら、場違いな程にのんびりとしたやり取りは続く。

「ふぅむ、聞けば聞く程に摩訶不思議な話でござる。
 如何やら此の世の忍びと我が世の忍びにあまり差異はない様なのでござるが、立ち位置?が異なる様子。
 我が世では忍びと言えば「ああアイツラな、便利だよな、がめついけど。」となる程度には認知されていた故。」

其れこそ忍びが告げたように、規模こそ違えどやることは等しい。
故にこそ、忍びの男の声色には何処か親近感のようなものが見受けられる……やもしれぬ。

「構わぬでござるよ。此方の世であらば紛らわしいと叱られることもなし。」

名乗りはしたが、ないと不便だからと所属を名前風にもじっただけの記号でしかない。
ハチだろうがパッチーだろうが忍びの答えは「是」唯一つ。

「然り!数日前に迷い込んだところでござる。
 諜報活動も命ぜられればこなしはするが、どちらかと言えば、此度の貴殿と似たような任の方が拙者の得意とするところでござる故。」

束の間、墨色が下を見る。屋上の地面を示しているわけでないのは、この敏い青年ならば分かろうか。

煙草を救った手に不具合がないのであれば重畳。忍びは目を細めるのみにて。
馴染めそうか――その言葉には頭巾の下で唇を僅かに波打たせる。

「幸いなことに、如何にかなりそうな兆しはヒトツばかり。
 が、如何せん此の世程絡繰りが進歩しておらなんだ故、苦労はあるでござろうな。すまぁとふぉんなぞ使いこなせる気がせぬよ。命ぜられれば話は変わるが。」

忍びは命ぜられてこそ。指令もない忍びに命はない。意思はない。
頭巾の下の口が尖っていることは一目瞭然。

> 少年も、頑張れば内に秘めたモノを顔や態度、動きに一切出さずに接する事は出来なくも無い。
が、それはかなーり疲れるので、今はそこまで”隠して”はいない。
ちなみに、読心術じみたものやそれに近い技術は少年はサッパリです。
あくまで、こちらは彼の態度や仕草から大まかに察して意を汲むのが限界だ。

「へぇ、でも忍そのものが割と差異が無いって事は…。
アレだ、案外文化とかが”近い”世界なのかもしれねぇなぁ。」

ただ、彼の世界が忍の扱いがそういう認識だとすると、現代文明では無さそうだが…。
何分、異世界の事だからそこはよぅ分からん!兎に角、あちらの忍は自分みたいな『何でも屋』に矢張り近そうだ。

「――ちなみに、ハチは忍の仕事はどんだけ理不尽でも意にそぐわなくてもきっちり受ける感じか?
俺は、特定のお仕事だけは断るようにしてるんだけどさ?」

何でも屋で、しかも知名度が無い零細個人経営。お金は足りないし生活は割とギリギリだ。
だけど、少年は余計な面倒が付随する可能性も考えて、特定の依頼だけは断るようにしている。
彼や彼の世界の忍も、仕事はどんな仕事でもきっちりやるのか、それとも個人で受けない仕事もあるのかは気になった。

「ふぅむ…ハチはそんな感じかぁ。まぁ、ぶっちゃけ俺も赫ってのは仮の名前で本名は名乗れなかったりするし。」

何せ犯罪者で、現在も風紀から手配が出ている身の上だ。
それでも、生きていくには衣食住とお金が必要で、偽名を用いてでも何でも屋なんてやってる。

「――今回の俺の仕事?まぁ、犯罪組織とその下っ端連中を粗方ぶちのめす!って奴だけど。」

そうなると諜報もやるが荒事とかに傾いているという事か?
まぁ、今回はこういう依頼だが平和的な依頼も普通にやる。
…そもそも、依頼の数が少ないという問題があるのだけれど。
彼の視線から察したのか、小さく肩を竦めつつ笑って煙草を蒸かしながら。

「――お、兆しが一つでもありゃ御の字じゃねーか。八歩塞がりで途方に暮れるより全然いい。
…あ、あ~~…成程、そりゃ大変だ。でも、そうなると誰かとの連絡手段とかはどうすんだ?ハチは。」

彼の話に思わず同情的に苦笑いで頷くも、そこが気になったので首を傾げてそちらを見る。

里中いのはち >  
「然り。更には紡ぐも綴るも言の葉は同じく、日が昇り沈むもまた同じでござる故。
 もしや拙者、神に愛されているでござるか~!?なぁんて思うたものよ。」

つらつらと語る口は炎よりも明るく躍る。
腰に手を宛てては呵々と笑った。

「うむ?勿論でござる。主や里の(めい)が我が(いのち)。例えば唯の刀が肉を斬るに異を唱えたりはするまい?」

意志ある妖刀ならば別でござるが、と、忍びは尚も笑う。
そも、理不尽だとか不都合だとか、そういった“意”を抱くことすらない。

「因みに赫殿はどういった任を厭うているのでござる?」

訊ねながら改めて階下の様子を探る。人が多数倒れているのは既に把握していた。故にこそ、先刻は「此度の貴殿」と告げたのだ。
――さて、これは本当に唯の忍びの勘であるが、ビルの中で倒れてる人らは全て生きているのではないか。
気配を探るでもなく、答えは青年の口から知れようか? 忍びはそれを待つのみにて。

「然り。裏稼業あるあるでござるな!赫といふ名は貴殿が自ら?」

言いながら目を向けるのは髪と瞳の彩だ。燃える焔か流れる血潮か。或いは秘めたる胸の内なのやもしれぬが。現状、敏く気さくなおのこというのが忍びが抱く所感である。

「おや、であらば今宵の赫殿は正義の使者でござるな!うむうむ、善きことというのは好きことよ。アメチャンいるでござる?」

くるりと返した掌の上。広げられた懐紙と鼈甲色の――アメチャン!
無論気さくな風とはいえ、同業者。断られようともこの忍びはなんら気にせぬことは間違いなく。

「神に愛されておる故な。
 ――ぅん?連絡手段でござるか?必要な相手にはコレを渡しているでござる。
 本来は里の外でつかってはいかんのだがな!バレたらどんな折檻を受けるかわからず恐ろしいでござるよ、わはは!」

笑い声と共に懐から取り出されるのは一枚の紙片。やたら黒々した墨で『いのはち』と綴られていること以外は、アメチャンを包んでいた懐紙と同じよう。

> 「へぇ、ハチみたいに異世界からこっちに来た連中は言語が全く通じなかったり、とかそういうパターンも普通にあるからなぁ。」

そういう意味では、彼は幸運な部類なのだろう。
まぁ、翻訳術式とかそういうアイテムも普通にあるだろうけど。
彼の明るさは、こっちからしてみれば話しやすいし親しみやすい。
だからこそ底知れない怖さがある。…ま、それはそれ、これはこれ。俺たちは世間話をしてるだけだしな。

「そりゃ、刀は斬る為の道具だからなぁ…そういう意味じゃ俺は臆病者で半端物だな、うん。」

腰の刀の柄をぽんぽんと叩く。4本も刀を提げている少年だが、どれもこれも柄と鍔を結ぶように細い鎖が巻かれている。
つまり”抜けない”。それは少年自身が戒めとしてこうしているのだ。
そして、良くも悪くも流石に『忍』…主命が絶対で、そこに感情なんて欠片も入り込まない。
そこに個人の”意”も何かしらの”情”も全く無いのだろう…ある意味で羨ましい。

「あーー例えば一つの組織を皆殺しとか、暗殺もかなぁ。姿を見られて逃げられたら面倒だろ?
あと、薬物関連も割と断るかも。今回は殺しじゃないから引き受けた感じかね…全員気絶させただけだし。」

と、指でちょいちょいと地面を指さす。それが廃ビルの中の状態を指しているのは彼ならすぐ分かるだろう。

「とはいえ、例えば魔獣だとか怪異退治とかは普通に殺すの前提だけどな。俺もそこまで甘ちゃんじゃないし。」

あくまで対人の殺害依頼はなるべく回避するだけで、それ以外の殺傷は躊躇が無い。
それに、本気で殺しに来たならこっちも本気でそう返すのが少年の大まかなスタンス。
あと、飴ちゃんは何かノリで貰っておいた。今煙草吸ってるから後で舐めよう。

「…へぇ、そういう伝達手段があるのか。忍ってすげぇなぁ…ってか、まぁハチの言う里も今じゃ別の世界だからな。」

折檻されようもないだろう。ケラケラと笑いつつも、少し考えて。

「んじゃ、俺らも連絡先交換しとくか?つっても、依頼とかだと報酬は貰うけど。
まぁ、お互い知己を増やして人脈は確保しておいた方が仕事はやりやすいと思うんだよな。」

と、提案してみる。まぁこっちは彼の苦手な絡繰もといスマートフォンなのだけど。

里中いのはち >  
「外つ国程度の違いであらば如何とでもなろうが、世界が違うわけでござる故な。」

言葉も文化も何もかもが違う世界へ突然行かなければならない――なんて事態に陥ったなら。
考えるだけで憂鬱になる話だ。冗談の心算ではあったが、もしやそれなりの愛は注がれているのやもしらん。

「拙者は道具で、赫殿は人であるというだけの話でござるよ。」

ゆるりと首を横に振る中、青年の得物が封ぜられているのを見る。
臆病であることは存外悪いことでなし。心があって人死にを厭うは尊き精神であるのもまた然り。
やはり青年にはアメチャンをあげなくてはなるまい。此の時忍びは確かにそう思ったのであった。

「成る程、仕損じなければいい……という話でもござらんか。
 物の怪の類が出るとは聞いたが、退治依頼が来る程に身近なものなのでござるか?」

薬物――ちらりと煙草を一瞥す。それ以外に示す言葉も態度もなし。
それよりも、続く内容が気になった。忍びにとって物の怪の類は、極々稀に山から下りてくる熊くらいの距離感。こういった世間話の中で出てくる程に身近なものではない。

忍びってすげぇ。その言葉にまた刀印を結んだ上で、「ニンニンでござる。」なぞと言うてみた。

さて、そんなおふざけは早々に脇に避けてしまうとして、青年の申し出にはぱっと墨色が喜色を宿す。

「是非に! いやぁ、実は密かに機を狙っていたのでござるよ!助かり申す!
 荒事が得意とは申したが、拙者未熟なりにはそこそこ色々使える方でござる故。よければ赫殿のお仕事のお手伝いなんぞもさせていただければと!」

職業柄、表のみならず裏の世もある程度は把握せねば落ち着かぬ。
故にこそ、此の場此の時青年へ声をかけたとは――察せられても構うまい。尚、すまぁとふぉんは苦手どころか所持してないので、暫くは禁止されてるニンジュツでの連絡をお頼み申す。

ということで、思い出したようにアメチャンをひょいと摘まみ上げ、頭巾を下げて自らの口へ。
無害ダヨーという意思表示と甘味補給を同時に熟し、ガリゴリと飴を砕く間に件の懐紙を手早く鶴に。飴の欠片を飲み込んで、甘く香る息を吹いて膨らませたら青年へと手渡さん。

「開いて綴り、元に戻せば拙者のところへ飛んでくる仕様でござる。」

> 「世界が違えば人も、物も、法も、環境も、何もかも違うからなぁ…偶然似通ってたり人によっちゃすぐ順応するけどさ。」

彼も話くらいは聞いているだろうか?この島には異邦人街という、異世界の住人達が主に暮らす区画がある。
勿論、異世界人だけでなくこちらに暮らす誰かと結ばれた末の子供だったり子孫も少なくない。

「――道具と人の違いかぁ…そっか。」

嗚呼、俺とハチの最大の違いはそこだ。自分は何処まで行っても結局人だと思っている。
だけど彼は忍であり、己が道具である事を定めているのだろう。
だけど、それに異を唱えるつもりは無い。彼には彼が決めた己の生き方があるのだから。

少年の腰に提げられたそれは、抜けなければ結局刀の意味を失う…無用の長物になりかねない。
だけど、少年はそれでもこうして刃を封じたまま”不抜”の剣士として己を律している。
それを揶揄されようが蔑まれようが馬鹿にされようが、揺るがぬ決意がそこには込められている。

「俺もその辺りは曲りなりにも仕事だから注意はしてっけどな。
ただ、こっちの世界は異能とか魔術とか摩訶不思議な力を持つ奴も普通に居るからさ。
それに、武芸だとか暗殺術だとか隠密行動だとか、一芸に特化したヤツも少なくないし。

それら全てを一人たりとも見逃さず仕留める、というのは中々に骨が折れる。
もしかしたら仕損じるかもしれない――だからこそ、さっきまで念入りに確認もしていた。それでも完全ではないが。

「あはは、何なら普通に言ってくれりゃ別に連絡先の交換くらい普通に受けるぜ?俺は。
まぁ、知り合いを増やして人脈っつーか伝手を作って置いたら仕事にも役立つって打算もあるけど。」

なんて、彼の言葉に笑いながらそう述べる。同業者、とは若干違うが彼のように似た方向性が少なからずある奴は接しやすい。
彼が折った連絡用の『鶴』を受け取れば、繁々と眺めた後にそっと懐に仕舞っておく。

「おぅ、ありがとなハチ。中々古風だけど面白い連絡方法だなぁ、これも忍術かぁ。」

忍者ってすげぇ、俺はそう思った。と、下が少々騒がしくなってきた。どうやら連絡した依頼人が部下を寄越して”回収”しに来たっぽい。

「と、そろそろ潮時だな。ハチ、俺に依頼したヤツが色々と回収しに来たみたいだからお互い引き上げた方がいい。」

特にハチは今回の依頼とは無関係なので、居合わせたら面倒な事になるだろうし。
こっちは依頼人と一度顔を合わせて報告だけはしておかなければいけない。
面倒だなぁ、と思いつつ踵を返して歩き出し。途中、ハチの方へと振り向いて。

「んじゃ、今夜はここまでっつー事で。またなーハチ!」

人懐っこい陽気な笑みを浮かべて右手をひらりと振りつつ、屋上を後にして少年は廃ビルの中へと戻っていく。

里中いのはち >  
「拙者知っているでござるよ、そういった御仁を、こみゅ強というのでござろう?」

ドヤ!とでも言いたげに胸を張る。
忍び装束越しの分厚い胸板の主張…は兎も角として、表立った地理だの概要だのは既に粗方把握していた。その証拠に、青年が告げた言葉にふと顔を向けた先には件の地区がある。

またも青年の言葉に視線は其方へ。しみじみとした響きが含まれている、のだろうか。道具たる忍びが何ぞを口にすることはなく。
唯、或いは――いつか青年のその決意を知ることもあるのだろうか。無数に分岐する未来の枝。その何れかには、きっと。

「ううむ、それこそ、忍びが如き存在が跋扈しているということでござるか。なんともはや。
 里なき拙者も今や木っ端。肝に銘じておくことにするでござる。」

巨大な後ろ盾がない現状を確りと噛み締める。
これだけで今宵の十分な成果に違いない。自然体を装っていた背筋が真っ直ぐ伸びる。恐らくはこれが此の忍びの常なのだろう。

「まことでござるか!なんと心広き御仁でござろう。拙者、感激致した。赫殿に縁を結んだことを後悔させぬよう、精進して参る。」

正直に告げると、此の世にやってきて日が浅く、役立てることは多くない。
口布を持ち上げる間際、きりりと表情が引き締まるのを見るやもしれず。


――と、同時に、下での変化を覚る。
青年に「然り。」と一つ頷いた。

「赫殿はもうひと踏ん張りでござるな。まことよき時間でござったよ、去らば。」

その背を見送り――屋上に一陣の風が吹く。
炎が一際大きく揺らめいて、火の粉が束の間舞い踊る。儚い命が夜闇に溶け、忍びの姿もまた――

ご案内:「スラム」から里中いのはちさんが去りました。
ご案内:「スラム」からさんが去りました。
ご案内:「スラム」に金狼《フォッケウルフ》さんが現れました。
金狼《フォッケウルフ》 >  
「っ…何、あいつら……」

突然湧いて出てきた白黒の仮面の連中。
あんなやつら、この辺にいたか…?
スラムの朽ち掛けた建造物を足場に蹴り飛んで、建物の屋上まで逃げてきた少女。

「ヤることになりそうだし、一応……」

懐から取り出した黒いゴートマスクを顔に着けて、一息。

──つく間もなく、そいつらは追いついてきた。

「……うっそ、速…っ!!」

一人は、ライカン・スロープである自分と比較しても尋常じゃない程の運動能力
もう一人…多分女、は…空を飛んでる。魔法か、何か。

金狼《フォッケウルフ》 >  
『逃げんなよぉ!!俺等と遊ぼうぜ!!』
『さっさと捕まえなよ。あんなガキ、甚振って遊ぶ以外に用ないんだからさ』

仮面の連中が言葉を尻目に、もう一段階、高い建造物…無人の廃ビルへと蹴り上がる。
この時点で、自分についてこれるのは普通の人間じゃない。

しかし仮面をつけた男のほうは平然とそれに追いすがる。
そして、仮面の女は悠々とその後を浮遊してついてくるのだ。

「振り切れないし…! 何イキってんのか知らないけど、お前らだけでやれよな…っ!!」

本当に何なんだこいつら。
まるで正体もつかめない、こんな仮面つけた奴ら何かの組織にいたか?

正体が掴めない以上はとりあえず逃げを選択……するような性格ではない。

「おらァ!!!」

追いすがった仮面の男に鋭い蹴りを放つ。
完全な不意打ち。岩盤くらいならさくっと砕く、超人の蹴りだぞ。
それを───流麗な動きで受け流し、あまつさえその勢いを利用して、廃ビルの壁面へと少女を投げ放った。

金狼《フォッケウルフ》 >  
嘘だろ?
何だアイツ、達人か何かか。

空中で姿勢制御、廃ビルの壁に小さなクレーターを作りながらもなんとか足から着地…着壁?

当然来る衝撃に全身をビリビリと震えが襲う。

「(…ヤバいかな。何とかして撒くか)」

ちらりと空を見る。
まだ、月が昇るには早い時間だ。

「──ふっ!!」

廃ビルの壁面からズリ落ちる…と見せかけ、真下へ加速。
そのままスラムの地面に大音響の地響きと共に着地、大量の土埃を巻き上げ──

「(逃げっ!!)」

土煙の中を突っ切るようにして、廃ビルの中へと飛び込んだ。

ご案内:「スラム」にさんが現れました。
金狼《フォッケウルフ》 >  
「───……」

とりあえず逃げ込んだ先、コンテナの影に身を潜めて、漸く一息だ。

「…何なんだ?あいつら…」

こちらを探している気配は感じる。
もうしばらく、諦めてどこかに往くまで息を潜めるか。

見つかったら…もう逃げ場はない。
正面からやり合う他、なくなる。

> 「…うっそだろ…?」

その赤毛の少年がその廃ビルに居合わせたのはただの偶然だった。
ちょっと依頼も無いから適当にブラついて、適当な廃墟に昇って一服…そんで帰ろうかと思ってたんだが。

「おいおい、何かトラブルの気配しかしないんですが?」

何か派手な激突音が聞こえたり窓が割れる音が響いたり。
少年が居るのは廃ビルの丁度中層階だ。ぼんやりしていたので外で何か起こっている事しか分からない。

(…これはトンズラした方がいい気配しかしねぇ…!)

慌てて咥えていた煙草を律義に携帯灰皿に突っ込んでから、急いで下へと降りようとする。
流石にビルから飛び降りて格好良く退散するなんて芸当は少年には出来ない。

「くっそ、さっきの大通りの時といい今日は厄日かぁ!?」

悪態を零しながら一先ず下へと降りていく。
もしかしたら、飛び込んできた何者かと鉢合わせする…かもしれないが。

金狼《フォッケウルフ》 >  
とりあえず逃げ込んだは良かった。
でもまさか、こんなボロボロの朽ちた廃ビルに人がいるなんて思わないじゃん。

コンテナの裏で身を潜めていた少女の眼の前に、
まさかまさか、階段を降りてきた赤いボサ髪の少年が鉢合わせしたのだ。

「あっ…」

…なんで人がいんの!?

ラフな格好、巻き上がった瓦礫なんかで破れたシャツ、
覗く肌には擦りむいたような傷も見える、黒いゴートマスクの少女。

控えめにいって怪しすぎる。

外では…動物的な勘だが、まだ自分を探している白黒仮面の連中がいる気がする。
ここで騒動を起こすわけには、いかないぞ──。

> 「えっ…」

…何で人がいんの!?…ってかその怪しいマスクは何!?

奇しくも同じタイミングで声を漏らした挙句、同じような感想が脳内に浮かんだ。
取り敢えず、色々と考えたり気になる事が一気に押し寄せてきたが…これだけは言っておきたい。

「……もうちょっとカッコイイマスクの方がよくない?」

と、結構肝が据わっているのか…びびっているようでちゃっかり指摘する赤毛少年である。
と、そんな指摘をしながらも不意に”外”へと紅い視線を向けて。
じっとそちらを睨んでからまた金髪に黒羊マスクの女の子へと視線を戻す。

「……もしかしなくてもやばーい感じ?」

一応声をギリギリまで潜めつつ尋ねてみた。俺の嫌な予感がビンビン警鐘鳴らしてるんですが!!

金狼《フォッケウルフ》 >  
「はぁ!?かっこいいだろこの…じゃない、お前この…ちょっとこっち来い!」

声量を絞りながら、赤毛の少年の腕を引っ掴んで無理やりにでもコンテナの影へと引っ張りこむ。
コンテナも大きいわけじゃないが密着すれば二人でも隠れられないことはなかった。

何これガチ恋距離?

……などと言っている場合ではない。

「なんでこんなビルにいるんだよ…!
 誰もいないと思ったから逃げ込んできたのに!
 やばいもやばやば、やばすぎだよなんか変な仮面の連中に追われてるんだ」

あくまで小声。顔を近づけそう囁く。
変な仮面の連中、などと嘯く少女もまた仮面をつけているわけではあるが。

「いい加減諦めてどっかいけよー…何なんだあいつら…」

一応状況を超簡潔に伝えて、再び面の気配を探る。
この野性的というか動物的な勘で気配を捉えられるだけ、隠れている状況的にはマシだろうか。

> 「狼とかドラゴンとか虎とか他にもあ――って、おいいいい…!!」

こっちも負けじと反論しようとしたら、何か無理矢理腕を引っ掴まれてコンテナの影に連れ込まれた。
…え、もしかしてドキドキな展開ですか!?いや、多分違う意味でドキドキだなこれ…。

(えーと、この状況を纏めたい所だけどそれ処じゃなさそうだし、そもそも距離近いよ!)

これがガチ恋距離か…でも相手が謎の黒羊マスク被ってるからいまいちトキメキが無いんだけど!?

「え?仕事の依頼が無いから、適当に散策してこん中で一服してたんだけど…。」

つまり本当にただの偶然だ。お互い運が悪かったのか間が悪かったのか。
しかし、変な仮面、という言葉にぴくり、と赤毛の少年が反応する。

「…あのさ?その仮面だけど…もしかして白黒の仮面か?こう、笑顔みたいなデザインの…。」

もしそうだとしたら――まっずい。おそらく外に居るだろうやばそーな連中も”ギフト”とやらで強化されてるのかも。
あと、冷静に考えて変な仮面はアンタもやねん…と、言いたいのを我慢した。漫才してる場合じゃない!

「…あー、アンタも災難だったな…つーか、外に居るのそんなやべーの?泣きそうなんだけど。」

金狼《フォッケウルフ》 >  
「あーそ…たまたま居合わせただけ…そらー災難だったね」

なかなか不運なヤツだな、とやや憐れむ。
…此処に踏み込まれたら、更に逃げる選択肢も一応あったが、これでなくなった。

ガチ恋距離は維持だが狭いのだから仕方がない。
元々一人隠れられればいいと選んだ故。

さてどうするか…と気配を探っていると、少年から思わぬ言葉。

「知ってるの…? そう、そうだよ。
 ……何、もしかして有名?でも最近までいなかったでしょ、あんなの」

まさに少年の言う仮面そのものの連中だ
現地では多少なり噂になっているのかもしれない
無理もない、実際今だって何もしていないのに絡まれたのだ
…あちこちで迷惑でもかけてるのか?
とりあえず自分は連中の一味じゃない。その証と言うわけでもないが、顔に装着したゴートマスクを一瞬外し、顔を見せる。
赤い瞳の、年の頃を想像すれば15歳前後にも見える少女だ。
少し浅はかかもしれなかったけど、……まぁこんな少年が『裏切りの黒』を知ってはいないだろうと。

「…まーやばいよ。お前だけでも逃がせたらいいけど……」

……そう器用には、難しいよな。

> 「最近こういうの多くてさぁ…って、アンタに愚痴ってもしゃあないけど。」

ハァ、と小さく溜息を漏らす。しかしガチ恋距離だと黒羊マスクの謎の圧迫感がやべぇ…物理的に近いしな!
まぁ、隠れてるこの場所がそもそも狭いのでこれは仕方ないのであるが…。

「いやー、俺も数時間前に落第街で同じ仮面をした不良集団に襲われてさ。
…最近、小耳に挟んだ程度だけどそこらに幾らでもいる不良連中とか半グレ?みたいなのがいきなり力を付けてんだよ。
元々持ってた異能やら魔術が超強化されてたり、武芸の達人ならこう、更に強くなってる、みたいな?
で、そいつらがその白黒の仮面を付けてんだってさ。

――【理不尽に反逆を、ギフトを得よ】…ってのが連中の決まり文句らしいぜ?」

そこまで、出来るだけ端折って分かってる範囲の事を伝えてから肩を竦め…狭くて無理だわ。
それより、一瞬マスクが外されて見えた素顔の方が大事なんですよ。
おー、赤い瞳だ。顔も美少女だし…年頃は俺と同年代くらい?…いや待てそうじゃない!

ちなみに、少年は【裏切りの黒】を知ってはいる…が、実在しているかは懐疑的、というそんな程度だ。

「ん――…相手は2,3人くらい?逃げるの最優先としても、そう楽には行かんだろうなぁ。」

ハァ、とまた小さく吐息を零してからウンザリしたような表情で。

「――ま、これも何かの”縁”って事で。一先ず協力して脱出するのはどうよ?」

金狼《フォッケウルフ》 >  
「ふーん…厄年で更に厄日かもね」

ゴートを着け直した少女は事も無げにそう呟く。
ある種の超人じみた身体能力を持つ自分と同等以上。
あんなヤツに絡まれるなんてよっぽどレアだ…と思っていたのだが。

「…集団?マジ?あんなのがいっぱい湧いてんの?」

少年の齎した情報には流石に驚く。
じゃあ、自分を襲ってきたヤツは氷山の一角か。

「理不尽に反逆……ギフト、ねぇ……」

決まり文句らしい言葉を反芻する。
…発生している状況的に、彼の言葉を信じるならおおよその筋書きはすぐに見えてくる。

「(急にそんなのが大量発生するわけない。何かしら状況を動かした頭がいるな…)」

………

「達人クラスのやべーヤツが一人。それと背後に控えてる魔法使いらしき女が一人。
 お前を逃がすだけなら、アタシが出てって暴れれば済む話───何、なんか案でもあんの?」

協力して脱出を…という少年の言葉に、ゴートマスク越しの紅い視線がじっと見る。

> 「えー…勘弁してくれよ、ただでさえ貧乏なんだから…。」

事も無げな呟きに、何処か緊張感のない調子でぼやく。
彼女の問い返しに、少し考えてから首を横に振る。

「いんや、ピンキリだと思うわ。少なくともその不良集団は俺が一人で制圧できる程度だった。
ただ、他の同時多発的に起きてるっぽいのはどうか知らねぇ。
――今、外に居るのは多分その”ギフト”で強化された中でも上位の連中かと思うわ。」

あくまでも推測だけどな?と、注釈を付けくわえながら外の様子を探る。
ただ、残念ながら少年には彼女ほどの感覚は備わっていないのだけど。

「――多分、連中を言葉巧みに唆して”ギフト”とやらを与えた奴が居るんだろーな。
…個人的には、都合が良すぎると思うけどな。一方的に力だけ得るなんて話が美味すぎるだろ。」

何かしらの”リスク”が無いとおかしい、というか腑に落ちない。
ともあれ、彼女から連中の情報を大まかに聞いてから一息。

「――取り敢えず追撃できなくすればいいよな?俺が一瞬でも動きを止めればアンタの手で追撃はさせない程度のダメージは叩きだせるか?」

要するに――だ。俺、囮。アンタがトドメ。仕留められないとしても離脱の時間稼ぎは出来る筈。

金狼《フォッケウルフ》 >  
貧乏なのは知らない、きっと誰のせいでもない。
なので緊張感のない少年の言葉には肩を竦めて返す。

「…ひとまず何らかの要因で異能とか能力に覚醒してる連中が増えてる、と…。
 それでイキって暴れたり人襲ったりしてる、ってことね───」

少年の言う通り、確かに虫のいい話。
かといって力を与えるだけ与えても有象無象じゃ還元されるものはない。
与えられたリスクよりも、与える側のメリットがないと話が通らない──。

「──とりあえず、今はこの状況の打破かな。
 …案って、囮?お前が?…まぁ、腕に覚えがあるならだけど…危ないよ?
 そんで、ダメージを与えられるかどうかは微妙…。結構本気の蹴りも受け流されたし、まず耐久性がわかんないけど…」

ちら、とコンテナの影から外を伺う。
巻き上げた土煙はすっかり晴れて、外の様子が伺える。
夕焼けの西日はもう差し込んでおらず、外は暗くなりつつある。

「外に出れればワンチャンある」

夜の気配を感じ取った少女は、力強く少年にそう答えた。

> 「――ま、何が目的か知らんけど…こっちの仕事にも影響でそうだし勘弁して欲しいわ。」

まぁ、ただのスラムの零細何でも屋でしかないんだけど。
腑に落ちない点は色々あれど、まだ分かる情報が少なすぎる。
あまり関わりたくないが、こうも同時多発的だと流石に能動的に関与せざるを得ない。

(――世話になってるスラムの連中にまで飛び火したら最悪だし…な。)

まぁ手遅れか時間の問題かもしれないが。さて、気を取り直していこう。下手したらこの後に俺は死にそうだし。

「残念ながら、三流剣士なんだよなぁ。ただ、死ぬ気で動きを少し止めるとか時間稼ぎくらいはするさ。
…ふーん、物理攻撃はあんまし通じない感じするなぁ、耐久次第だけどそれも未知数か。」

しかも達人らしい。うわぁ真っ向からやりあいたくねぇ…と、内心で嘆く。
だが、このまま隠れていてやり過ごせる…なんて都合の良すぎる話だ。
ああいうのはしつこいと相場が決まっている。なのでここで振り切りたい。

「オーライ、じゃあ俺が先行するついでに連中引き付けるから、外に出たら…えーとアンタに任せても良さげ?」

左手を腰に提げた刀の柄に乗せつつ確認を。…この前のドラゴンの時といい、死ぬ気で囮するしかない。

金狼《フォッケウルフ》 >  
「………」

仕事に影響が出る…とぼやく少年。
当然、落第街の住民の生活に影響が出ないわけがない。
それくらいには、大きな騒動に発展する予感がする。

「(…だったら、連中は"敵"だよね。マスター)」

ゴートマスクの奥、赤い瞳を閉じ、胸元に手を当ててそう想う。
───もはや迷う必要はなし。

「わかった。じゃあ囮は任せる。
 …その代わり、ヤバくなったらソッコーで逃げて。巻き込まれないように

おそらく、外にいる白黒仮面はそのレベルの相手。
背後にいた女も、多分組んでるってことは同等以上の存在の筈。

少年が刀の柄に手をつがえたのを確認し、呼吸を整える。

「外に出たら任せて。耐久とかそういうの、無関係なことすればいいだけだから」

> 「おぅ、任された。アンタが何をするか分からんけど、その時間だけはきっちり稼いでやる。」

やる事が決まれば迷いはない。これを乗り越せないと明日のお天道様も拝めやしない。
しかし――”巻き込まれないように”…か。広範囲攻撃っぽいやつか?分からんけど心に留めておこう。

物陰から先に出れば、左右の腰に差した刀を鞘ごと引き抜く――抜刀ならぬ抜鞘。
…一度深呼吸。「あー死にたくねぇ死にたくねぇ死にたくねぇ…!」と、呪詛のように呟いてから。

「――んじゃ、逝ってくる。後は頼むぜ金髪美少女さん!!」

何かフラグ満載なセリフだった気がするけどそこまで気にする余裕が少年には無い。
一息、弾丸のように真っすぐ、先にビルの”外”に出ようと飛び出し――

(出た瞬間が一番あぶねぇからな…!!)

達人か魔法使いか、どちらか、あるいは両方からの不意打ちに備えてちょっと”仕掛け”を展開しておく。
さぁ――死ぬ気で囮をやるか!!三流の意地を見せちゃるわ!!

金狼《フォッケウルフ》 >  
『出やがったか!?』
『ビルの中にいたなんてね…って、さっきのガキじゃないじゃん』

ビルから飛び出した少年目掛け、白黒仮面の男が迫る。
何らかの武術の歩法か、その速度は尋常ではなく──まさに神速。

『なんだ──このガキは!!さっきの女じゃねえぞ!!』

飛び出した影が目的の相手じゃないことに苛立ちを隠さない男はその勢いのままに、少年に向け拳による乱打を放つ。
──その一撃一撃が岩壁を砕く程の、人間にとっては必殺の威力。

『オラオラ!邪魔すんじゃねえガキ!!』
『そんなネズミさっさと潰して、玩具さがそーよー』

───……

「死ぬなよー…っと」

外から聞こえてくる声と喧騒を聞きながら、呼吸を整える。
そして一拍遅れて、少年が飛び出した入口から十数メートル離れた位置…廃ビルの壁を蹴り破って少女は外へと躍り出る。

> 「”窮鼠猫を噛む”って言葉知らないのかよ…!アンタ等猫どころか虎だけどな!!」

飛び出した勢いそのままに、こちらに向けて乱打を放ってくるのは達人らしき男に真っ向から挑む。
その一発だけでもまともに喰らえば少年の体なんて消し飛びそうだ。
…が、”仕掛け”は間に合った。両手に持った鞘に納めたままの刀を振るい、その乱打を全て”迎撃”する…!!

(ぐおおおおおおっっ!?ま、魔術を局所展開で最大効果にしてこれかよ…!?)

少年の扱う魔術の応用で、彼が振るう鞘と両腕、及び胴体と両足。ピンポイントに見えない”防御層”を展開。
それにより、その洒落にならない猛撃ラッシュの威力をギリギリまで弱めた末、紙一重の所で迎撃していた。
とはいえ、あくまでほんの数秒…頑張って10数秒持ちこたえるのが精一杯。しかも魔法使いの女も控えている…!

「このっ…!どんだけ馬鹿力になってんだよこの旦那っ…!ネズミにゃ加減しろっーての…!!」

悪態を零しながらも集中は途切れない…むしろ途切れたら魔術効果が切れるし、迎撃しきれない。
あくまで魔術は彼のラッシュをギリギリで防げる程度に弱めているだけ。
ラッシュそのものを何とか凌いでいるのは純粋に彼の技量であった。かなり劣勢だが。

(…予想通りあんまり持たんなこりゃ…!頼むぜ金髪美少女さん…!!)

金狼《フォッケウルフ》 >  
『なんだテメェ、飛び出てきたワリには防戦一方かよ!?』
『ねー、そんなのと遊んでないでさっさと終わらせてってば』

───……

「お…すごい、本当に保ってるな」

白黒仮面の男も女も、囮として躍り出た彼に注目し背後の壁を蹴破って現れた少女に気づくのが一瞬、遅れた。
彼らが音に気づき、背後に注意を払った瞬間には、既にそこに少女の姿はない。
正確には少女だったモノの姿があった。

薄暗い夜の空に出たばかりの輝く半月。
その月の光を映すかのように、ゴートマスクの奥の少女の紅い瞳が金色の光を灯す。

…次の瞬間。

「■■■■■■■───!!」

耳を劈く様な咆哮と共にその場に出現したのは、3メートル近い黄金の毛並みの怪物───巨躯の人狼。
呆気にとられた、その瞬間にはもう遅い。少年の囮としての時間稼ぎは見事、結実した。

その巨躯に見合わぬ稲妻が如き速度で仮面の男へと肉薄し、放たれた一撃。
それによって男は悲鳴をあげる間もなく、まるで列車にでも跳ね飛ばされたかの様な勢いで反対側の廃屋の壁を貫き吹き飛んでゆく。
連なる音が、その先の建物をも貫通して遠方へと運ばれたことを物語る。……文字通り、耐久性は無関係な傍若無人。

そしてそれを目にした仮面の女が声を放つよりも疾く、上空へと疾駆した獣が女の仮面ごと顔面を掴み、咆哮を上げて投げ飛ばす。
風を切り貫く弾道弾(ミサイル)が如く、女はこの場から遠ざかっていくのだった。

まさに一瞬、仮面の連中をこの場から消し去った金毛の獣は地面へ降り立ち…。

「ゴルルル……」

唸り声をあげ、囮となって見事時間を稼いでみせた少年を見やった。

> 「悪いなぁ!こっちは三流剣士で”不抜”の臆病者なんだよ!!」

どうだ凄いだろう!?あまりに雑魚で拍子抜けしたか!?と、むしろ挑発するように嗤って返した。
ギリギリの攻防で集中極まっているせいか、若干ハイになっているようだ。

――だが己の役目は忘れていない。あくまで”囮”。本命は別に居るんだなこれが。
…たかが数秒、されど数秒。その数秒が明暗を分けるってもんだ…アンタ等ってばさ…。

「――俺みたいな”雑魚”に気ぃ取られ過ぎなんだよ…力を過信し過ぎだアホ共が。」

とうとう限界を迎え、防御層が乱打で砕かれた。両手の鞘を交差させて直撃は防ぐが紙屑のように吹っ飛ばされる。
だが、少年は笑ってそんな台詞を吐くのだ。

その後に起こった出来事はまさに一方的な蹂躙というのが相応しい。
あっという間に達人の男は”彼女”の一撃で吹っ飛んで…壁を貫通して更に飛んで行った。
魔法使いの女の方はといえば、あの高さと距離を一瞬で詰めた”彼女”が投げ飛ばした。…うわぁロケットみてぇ。

「――ナイス蹂躙…へぶっ!?」

受け身をちょっと取り損ねた。吹っ飛んだ勢いのまま地面を転がるが、何とか態勢を立て直す。
そして、改めて”彼女”の方を眺める…金色の体毛…獣…狼?

「えーと…随分逞しくなったなアンタ…恰好いいけど。」

一瞬唖然としていたが、直ぐにケラケラと笑ってサムズアップ。
ちなみに、両腕がめっちゃ痺れてるので少しプルプルしていたが。

金狼《フォッケウルフ》 >  
人狼、と呼ぶにも大きく、黄金の毛並みを持つ怪物はその金色の獰猛な眼を少年へと向ける。

グルル…と唸り声にも似た呼吸音を立てながら、じっと少年を見ている。
……見ているだけで動かない、元に戻る気配が感じられない。

ちら、ちら、と左右を気にする素振りで首を振るも、すぐに視線を少年へ戻し……。

…………………

見つめ合う、謎の時間。

やがて、やや項垂れるように、人狼は視線を少年から背ける。

直後、黄金の光の粒が弾ける様にして、その巨躯が消失する。
成程、元の姿に戻るんだな。と、直感的に理解るかもしれない、が。

「………お、おつかれー…」

光が薄らいだ、その場にいたのは一糸まとわぬ、少女の姿だった。
申し訳程度に手で大事な部分は隠しているが、完全に全裸である。
まぁ、普通の服着てた以上は、あの変身した巨躯に服が耐えられるわけがない。
彼女が変身した場所に目を向ければ、張り裂け襤褸切れ同然になった、さっきまで少女が着ていた服の残骸が転がっているのだった。

> 「……んん?」

あれ?何ですかこの間は。多分さっきの仮面の金髪美少女が変身した姿なんだろうアレは。
そうなると、事が済んだ事だし元の姿に戻るかと思っていたのだけど、その様子が無い。
…むしろ、何か周囲を気にしてないか?あ、視線がこっちに戻った。どういう事?

そしてまた謎の時間。目と目で通じ合う――ごめん無理だわ初対面だし。
で、項垂れた金狼さんから光が弾けた。…うぉ、地味に眩しい…!!
あ、でもこれ多分元の姿に戻る奴だ。彼女のお陰でこっちも命拾いしたし礼を――…

「……………???」

少年、固まる。擬音で表現するなら『ピシっ!』という感じで。
数秒、沈黙と言うか微妙な間がまた二人の間を訪れて…。
彼の赤い視線が、ふとある方角へ向ける…襤褸雑巾みたいになった彼女の衣服らしき残骸が転がっている。

(あー…うん。そっか。そりゃああんだけ逞しい姿になりゃ服もお釈迦になるよな…そっかそっか…。)

と、菩薩顔になっていたが、直ぐに我に返った。思い切り顔を赤くしつつ。

「って、うぉーーーーーーーーい!?!?ぶっちゃけ眼福で有難うございます!!だけどあかんだろーーー!?」

嘘は下手なので正直な男の子の感想が飛び出ました。…正直すまんかった。
慌てて両手の刀を腰に戻してから、着ていた黒いジャケットを脱いで少女へと放り投げて渡そうと。

「取り敢えずそれ着とけ!少なくとも裸よりはマシだ!むしろ着てくれないと困る!!」

やっべぇ顔がめっちゃ熱い…くそぅ、思ってたより免疫ねぇなぁ俺!!強制的に脳裏に焼き付けられたんですが!?

金狼《フォッケウルフ》 >  
具体的にどう撃退するか…をあえて言わなかったのは、多分最後まで悩んだのだろう。
怪物としての姿を見せることもそうだが、こうなることも理解っていた故。
でもわざわざ脱いでから変身…っていうのも。外に出て月を見上げないと変身できないし。

「わっ…、と。……あ、ありがと……」

勿論恥ずかしくないわけはない。
自分のカラダの適正サイズよりは大きなジャケットで前を閉じれば、とりあえず色々見えなくなる。とりあえず。

「こうなるからなるべくやりたくないんだよね…」

ぱたぱた、と服の残骸のところにかけてゆき、ゴートマスクを拾い上げる。

「と…とりあえずお陰でなんとかなったね…。
 あいつら、ダメージが与えられたかどうかはともかく、此処に戻ってくるまで時間はかかるはず…」

下手しなくとも絶命しているかもしれない威力ではあったが。

……お互い顔が真っ赤の気まずい雰囲気である。
可能なら、なるべく早くこの場を離れたほうがいいのだが。

「…あ、こ、これちゃんと洗濯してから返しに行くから。名前…」

そんな雰囲気が苦手なのか、つい口を開いてしまう少女だった。

> 取り敢えず色々見えなくなった…残念…あーあー、うん、良かった…色んな意味で。
まさかこんな所で美少女の全裸を真っ向から拝むことになるとは思わんかった…人生何が起こるか分からんね…。

「お、おぅ…どういたしまして…。」

そしてめっちゃ気まずいんだけど!?こういう時のノウハウを誰か教えてくれないか!!
取り敢えず、動揺しまくりなので一度眼を閉じて深呼吸…あ、目を閉じるとさっきのがちらつく。あかんわ…。

「…あーーそういうデメリットがあったのね変身…そりゃなるべくやりたくないわな…。」

あと、冷静に考えて素顔も一瞬どころかばっちり見えてたんだけどいいんかな?
服の残骸の所に転がっていた黒羊マスクを拾い上げる彼女の姿を目で追いつつ。

「お、おぅそうだな!ダメージは…分からんけど時間稼ぎにはなるし、さっさとお互い離脱するべきだな!」

思ったより動揺が酷い。取り敢えず、あの一撃を食らって直ぐに復帰できるとは思えん。
と、いうか下手したら死んでないかなアレ…特に達人の方。魔法使いの女は意識があれば魔術でギリギリ生きてるかもだが。

「え?あ、あぁ!えーと、俺は【赫】ってんだ。スラムで個人の何でも屋してる。
多分、スラムに行ってその辺の奴に聞いてくれりゃ直ぐに分かると思う。
…ちなみに、アンタの名前聞いても大丈夫か?何か訳ありな感じもするから無理にとは言わんけど。」

わざわざあんなマスクで素顔隠してるくらいだし、何かありそうだけど…まぁ、それは置いておこう。
あと、このこそばゆい空気は少年も苦手だった。苦手と言うか慣れてない。何ですかこの空気は!