2025/01/21 のログ
ご案内:「医療施設群 隔離病棟」に小鳥遊日和さんが現れました。
小鳥遊日和 > 魔術的防護を織り込んだ手袋、よし。
ズボンの上からソックスの着用、よし。
全身一体型の防護着、よし。
シューズカバー着用、よし。
マスクとゴーグル、密着確認。よし。
フード装着、よし。
気密確認、問題なし。
さらにアウター用手袋装着、よし。

研究棟の一室に担ぎ込まれた”患者”の元へとあるく。
気密服の中はあっという間に蒸し暑くなり、視界も器用さも最悪だ。
だが、そうしないと接することができない対象である。致し方ない処置だ。

小鳥遊日和 > 部屋のロックを解除する。
ちょっと入りると後ろの扉が閉じる。
短い廊下のようなスペースで除染と空気の交換を行い、
これでやっと前の扉が開く。

小さな部屋の真ん中には、水を溜めた簡易なプール。
そして、黒髪の人魚が一人、眠たげな表情で佇んでいた。

『小鳥遊さん、ご機嫌いかがですか、体調に変わりないですか?』
近づいて声を掛けると、人魚はうっとりと目を細め、そっと手に触れてくる。
彼女の両手が、捧げ持つような形で自分の手にふれるだけで、じんわりと甘い悦びが走る。
気密服の防護すら貫通するような”感覚”だ。 慌てて手を引っ込めると、
人魚は不思議そうな、悲しそうなかおをした。心が締め付けられる。否、これも異能の一つであろう。

「お名前思い出せますか、小鳥遊さん。 ご自身が何者であったかを思い出せますか?」
彼女が病棟に担ぎ込まれてから数日…何十回と行われた問いかけ。
今回もダメかと思ったが、ぐっと彼女の表情に生気が宿り、瞳が輝きを取り戻す。

「――――――! ――? ―――???」
口をぱくぱくさせながら身振り手振りで状況を説明しようとし、
現状に戸惑う彼女にゆっくりと語りかける。

『異能によって声が封じられているんです。 すでに手は施してありますから、
 ゆっくりと喉を動かすことを”思い出して”ください。』

戸惑う人魚は、何度か口を開いて、試すかのように喉に手を当てながら声を出す。

「―――――――――。 ―――――…。 ぁ――――。 あ――――。 !!」
聞くものに愛らしさを訴えるようなソプラノボイス、そして嬉しそうにする彼女。
押し黙ったまま奥歯に仕込まれた感情抑制剤を噛み砕く。
これは彼女の”異能”である。 動じるわけにはいかない。

小鳥遊日和 > 『状況が良くなってきたところで、今の状況をお伝えしますね。
 小鳥遊さんの人魚化はかなり深化しています。
 それも…生物的な方向ではないです。』

うん、と頷く人魚。 理解はしているのだろう。
『生殖器の喪失も含めて、いうなれば愛玩物…人形やぬいぐるみといったもの。
 そういったものを想定して作り変えられているように見えます。』

ちょっとためらった後、頷く人魚。黒く長い髪がはらりと揺れる。

『先日はその変化が重篤な状態となっていたため、治療を行いました。
 呪いの除去と自我の修復、魂と肉体の浄化です。
 …気を付けて頂きたいのは、この対応は完全なものではありません。
 何度も着た衣類が少しづつ変色していくように、小鳥遊さんの魂には呪いが澱のように溜まっていくのです。
 復元できる限界を超えてしまったときは……我々も手の施しようがない。』

残酷に思えるかもしれない言葉を告げる。 人魚…小鳥遊さんは流石にショックを受けているようだった。
「あの…浄化と仰っていましたが、肉体の方は…?」
『以前人魚化初期の時にお話しましたが、小鳥遊さんの体は呪いと相性が良いのでしょう。
 良く絡んでおり、簡単には除去できない状態です。
 それに…今回高密度の魔力を更に浴びたようですね。 たっぷりと魔力をまとっています。
 この状態から”元の状態”に戻すのは…そうですね。
 ”ハンバーグを崩すことなく、混ぜ込まれた玉ねぎだけを取り出して元の形に戻す”ぐらいの難易度です。』
「できなくないですか?」
『できなくはないです。めちゃめちゃ大変ですけど。』

こんなひどい話を聞いているにもかかわらず、小鳥遊さんは苦悩したり悲しむ様子はあまりなかった。
その様子を見て、もう一つ告げることがある、と続ける。

小鳥遊日和 > 『今の小鳥遊さんは、相手に”愛玩しよう”と思わせるようにできています。
 外見に声色、仕草、態度、目線…ありとあらゆる要素が、
 子犬や子猫、あるいは子どもを見たときのような愛らしさに変換される。
 異能に耐性がない人なら、ころっとやられてしまうでしょう。』
ええ、と驚く小鳥遊さん。 まあそれはそうだろう。
その気もないのに誘いやがって…!みたいなこと言われたら、誰だってそうなる。

『特段に気をつけて生活してください。
 効果を抑えるタリスマンをお渡ししておきますが、抑えきれないケースも想定できます。
 なにより、愛玩されたらその分だけ呪いは進むのです。
 愛玩用の人魚に書き換える呪いが。 おわかりですね?』
そっと視線を外す。 不安げな声だけ聞いたが、それでもちょっと不憫な気持ちになった。
顔を見ていなくて正解だったと思う。

『ちなみに、具体的にどういう状態だったかといいますと…。』
手元のリモコンを操作する。 壁にかかっていたモニタに火が灯り、
彼女が自我を取り戻す前の様子が映し出された。

小鳥遊日和 > 「ひぃぃ―――!」
いじめたくなるような悲鳴を上げて硬直する小鳥遊さん。
きっと今の彼女は”泡になって消えてしまいたい”とでも思っているのだろう。人魚だけに。
とはいえ、無理もない。 画面の中の小鳥遊さんは、自分のようなスタッフに両腕を絡め、
頬を擦り寄せ、”愛でてほしい”とアピールしているのだ。

彼女のアプローチに抗えなくなり”処置”を受けて休養したスタッフが7名。
そのうち2名は生活委員会の<特殊治療作戦群>の世話になるレベルで重篤化した。
たった数日で起きた大災害に呼応し、それ以上の事態が発生しないよう、
魔術・異能防護用気密服と隔離病棟がスタッフにあてがわれたのである。

『まずは治療に専念してください。 自我を取り戻されていますから、
 数日後の検査をもって、問題なければ退院となるでしょう。』
顔を上げる。 彼女と目があった。

「良くしてくださって、ありがとうございます」
にっこりと笑って頭を下げる、素直なお礼。 見た瞬間、心臓を掴まれるような感覚になる。
これほど残酷な事実を伝え、隔離した上に無意識とはいえ蛮行を見せつけられてなお、
お礼を言うとは…一瞬思考の迷路に陥りそうになったところで、これが異能の力と悟る。
感情抑制剤はもうない。 必死に歯を食いしばって耐え忍んだ。

『それではまた後ほど』
これ以上何かが起きる前に、起こす前にこのばを後にしよう。
早口でたかなしさんに告げると大慌てで部屋を出る。

控室に戻ったら、一週間ほど休暇を取ろう。
そう心に決めた。 隔離病棟はあまりにも狭く苦しく、逃げ場がなさすぎる。

ご案内:「医療施設群 隔離病棟」から小鳥遊日和さんが去りました。