2024/09/19 のログ
ご案内:「研究区」にノーフェイスさんが現れました。
■ノーフェイス >
行き交う者たちの様相も、歩くたびに切る空気も、
学生街のカジュアルな空気とはまるで別世界だ。
そも研究機関の色も濃い島である。
此処こそが本体――というには島外に存在する財団本部の気配が強すぎるものの、
重要性のランクでいえば相当高い区分になることは言うまでもない。
(――けど、入れたな。入れちゃったというべきか?)
手持ちの学生証の有用性は推して知るべしではある。
あるが、こんな場所に自分が踏み込むことを赦していいのか、といえば――
(些末な問題ってコトだろうな。間違っちゃいない)
何かやらかそうというハラでもなし。
なんだったら、彼の生活委員から色々情報は行っているだろうし。
無数にある監視カメラに紅の髪がなびこうと、それが何程かということ。
■ノーフェイス >
とはいえ研究所そのものに踏み込むのは別問題。
相当なセキュリティが敷かれていることは言うまでもなかろうし、
白亜の巨塔から地面にめり込んだボールよろしくの半球、
バロック調の城からコンクリートのサボテン――バリエーション豊かな建造物のどれもが、
多くの機密と智を抱えた秘密の宮殿である。
(……ハズなんだけど、申請すりゃ入れるって話なんだよな)
第二方舟。
あの女に示された名は、驚くことにインターネットで検索をかければすぐにヒットした。
正式に公開されている研究機関であり、目的は神性の研究――この時代ではそこまで珍しくもない。
さすがにあの自称モルモットの女が案内のなかでピースサインとともに映っていることはなかったが。
(いや……でも予想以上に広いし迷うな。場所だけは確認しときたかったケド)
広場にたどり着く。語り合うものたちの会話内容が非常に興味深くっていけない。
この雰囲気は、ひどく懐かしくもある。
故郷が学術都市の近郊だったこともあるのだろう。教育者を目指すひとが近くにいたのもある。
オープンキャンパスに時折連れられていったこともあって、その時の空気を思い出すのかも。
■ノーフェイス >
「ちょっといいですか」
それなりに若そうな研究者に声をかけた。
顔を見た瞬間ぎょっとされたが慣れている。
先日のラテアートの新人店員にも同じような反応をされた。谷だ。
「第二方舟はどちらに?
今度の見学会に参加しようと思ってるんですケド」
にこやかに問いかける。流石に管轄外の研究所の所在を聞くのは失策だったかも。
『ああ、それなら――』
而して感触は悪くなかった。
所属員ではないのだろう、首からかかった名札には知らない研究所の名前がある。
『あなたも神性研究に興味が?』
そういうことらしい。
彼が研究しているのは遺物、史跡のほうであり、現象や神性そのものの解明とはすこしはずれているが、
テーマとなる存在が同一だから、ある程度の認識はあるのだと。
「――ええ。この時代においては、結構ホットなテーマでしょう?」
■ノーフェイス >
『――そう、大変容に際した数多くの遺跡の浮上は、我々に多くの課題と宝を齎してくれたのですよ』
「大変容直前にさえ、ユダの福音書が見つかるような有り様だったという話ですからね。
手つかずの海底油田を掘り当てるよりもセンセーショナルだったに違いない」
熱を込めて弁を振るう彼の話に付き合っていると、それなりに時間も過ぎた。
どちらかといえばロマンチシズムに満ち溢れた青年で、
解明よりは未知にふれること、その過程の途を重視するタイプ。
それなりに話も合いそうだった。
『――ただ、すこし残念でもあるのです』
「というと?」
『解答があることが明白でしょう』
少しだけ淋しげに翳らせた彼に、首を傾いだ。
『大変容前には、神の実在は公に定かではなかったのです。
変容前……僕の曽祖父の代になりますかね。
いるのかいないのか、定かではないものだからこそ、
その痕跡を追い、解き明かすことが夢だったのです』
「……それが、大変容によって、先んじて実在を証明されてしまったから」
『そう。その時点で、神性の研究は夢ではなく、現実的なものになってしまったのです。
これは祖父の受け売りですけどね。人間の幼年期が終わり、夢から醒めてしまったのだ、と……』
「神秘といわれていた事象のすべてが我々にとっての現実にダウングレードされたと」
■ノーフェイス >
『いまや神性の研究はそう――ホットなテーマですからね』
「資金も人材もサンプルも潤沢でありながら、喪われたものがある……か」
頷けない話ではない。
時代が進み、技術が進み、認識が広がり――喪われゆくもの。
大変容によって、地球人類は得たのか、失ったのか。
「ボクとしては……人類にとって好ましい変化ではあるとは思っていますケド」
それに解答を出すのは、受け止めた結果ではない。
人間の、在り方、進み方にあると考えている……否、信じている。
我知らず唇が三日月を描いた。
「神秘だとかいう連中が、なぜだか進んで俎板に乗ってきてくれたんだ。
それなら全部、解き明かしてやってこその研究でしょう?」
去りがてに、唇のまえに人差し指を立てた。
「ぜんぶ美味しく頂くべきだ。人類の未来のために。
神も、悪魔も、宗教も神秘も――なにもかも、あまねく人類のためだけにあるべきだ」
――違いますか?
ご案内:「研究区」からノーフェイスさんが去りました。