2025/01/12 のログ
ご案内:「魔術学会 名無しの研究室」にネームレスさんが現れました。
ネームレス >  
――『現代魔術再解釈』。

最新の『魔術学』にも紹介された在学生の論文のひとつで、
すこし前までは不法入島者だった野良犬が、瞬く間に学士号を得て修士課程に乗った要因のひとつ。
当該生徒の魔術師としての力量が大部分を占めているのは言うまでもないが、
非常に冷酷(ドライ)な切り口で近代における才覚と求道を説き、
魔道における自立/自律といった観点からの足切り/普及を語った魔術論は、
ひどく挑戦的で、若々しく、刺々しい選民意識を宿した――
日陰にあった魔術師の視点で『現代』と『魔術師』を綴ったもの。

果たして、それらをもってひとかどの魔術師として正式な学籍を得た紅の楽聖は、
不意の余暇、金をかけたリクライニングチェアで寛ぎながら手帳にペンを走らせている。
パーソナルコンピュータ付近の機器は最新式であるのに、
積み上げられた書物に新聞、印刷された資料――紙の手帳と万年筆。
最高学府において、数十年の時を遡ったような空間が、新たに得た居城だった。

ネームレス >  
"学術文化の発展と魔術についての正しい理解の啓蒙"。
自分なりにそれに向き合った魔術師は、ここにてようやく己の魔術理論の実証実験に着手している。
――のだが、当人の目的はあくまで卒業後、島外で活動するために有利な号の入手。
研究者としては悠々自適なもので、音楽活動が主であることは言うまでもない。
現にいまやっているのも、新たな楽曲の制作作業であって。
委員会への入会も催促はされているものの、急いで決めねばならぬものでもなし。
ヘッドフォンが謳う手製のデモに耳を傾け、口ずさむハミングが(ことば)を得つつあったそのときだ。

「……んン?」

メッセージが受信されたのは学生として用意されたメーラーに対してだった。
手帳を閉じると、空いた手はタンブラーを取り上げる。
少しぬるまったコーヒーで唇を濡らしながら、ぼんやりと内容を確かめる。

「ああ、汚染区域の件(アレ)か」

添付されたファイル――公示されているいままでの調査結果を含めて、
回収されたデータの類を検めた。

ネームレス >  
「…………ははぁん。
 ずいぶんなデカブツだと思ったケド、豪華な衣装だったワケか」

公に記載された感染源の観測情報――全長100m近い超巨大生命体。
優秀な現地調査員が決死作戦で掴んできた情報によれば、
星核の力でもって、無限に湧き出す星骸を鎧にと身に纏った結果だという。

「30メートル級だとしてもそう確認される個体じゃなかったハズだよな。
 相当の位階の幻想種か、あるいはKAIJU(怪獣)(すえ)……の、」

眉根を寄せて、宙空に浮かび上がるホログラフィックモニタに顔を寄せる。
白い肌がスクリーンのように、投射映像を反射していた。

「……亡骸。
 これは適合体や汚染体というよりも……」

虚空を撫でた手に、革張りの書物が出現して、ぽすりと収まる。
件の『第ニ方舟』で見聞きした資料を編纂したものだ。
壁に設えられた本棚に突っ込んでおくわけにもいかないので、『蔵書室』の隅を拝借して所蔵している。

「天然の"星の鍵"に近いか。
 この文字通りの竜骨が、タマハガネに近い材質を持っている可能性もある……」

ネームレス >  
強大な魔力や神性を持つ生物――その亡骸や遺灰が特殊な力を帯びる事例は、
古今東西の歴史においても枚挙に暇がない。
なにゆえにこの巨竜が死したのかは推し量るほかはないが、
死してなお、あの一帯の群れの主(アルファ)として君臨し得る格を備えていると見て相違ないだろう。
それでも、打倒することは可能だ。――打倒するだけなら。

「掟破りの四発積み(クアッドジェット)とは、豪勢な話だな。
 この個体が産まれたことそのものは、第二方舟と同様に単なる偶発かもしれないケド」

想定はしていた。
自分の魔術を攻撃に使うとなると――まぁ、そこまで繊細な作業には適していない。
そもそもそれでいいなら、わざわざ自分にお鉢を回す必要もない。
各委員会や配備された兵器を並べて砲撃すればそれでおしまいだ。

石の棺に閉ざしたところで、何の解決にもならないってコト……」

古き、彼の国の陰惨な事件のように。
差し入れでもらった焼き菓子をつまんで口に含むと、くるりとチェアを回してホワイトボードに向かう。

「ブッ飛ばすだけならそう難しい話じゃないケド。
 ……この《無限(メビウス)》がコイツの炉心(メインエンジン)だとするなら、
 うまいことそれだけはくり抜く必要があるかな…………」

あとの三基はまぁ、どうにでもなるだろう。
――――が、

ネームレス >  
完全破壊は不可能だ(それはできない)と言われると……」

ホワイトボードに張り出された紙に、肉筆で描かれたを確かめる。
事細かに計算式がめぐらされたそれは、兵器の設計図か、
あるいは最新の魔術式、この研究室に産まれた最初の機密だった。

ぶっ壊し(やっ)てみたくなるのが人の性ってモンだよな」

そもより。
不死の輪廻を壊せぬなら、不死の骨竜を戒められる道理もなし。
挑戦は定まった。《無限》の停止と《浮生》の否定。
その過程に、《流動》の断絶と《堅牢》の貫通が必要になる。
やるならできるだけ派手にやろう。
黒幕に自分の存在を認識してもらう必要もある。豪華にも程がある目眩ましとして。

「………………」

――で。
色々考えていると、やはりあれを計算に入れなければいけなくなる。

ネームレス >  
「うーん……」

流血のような髪に手を通し、くしゃくしゃとかき撫ぜる。
合理性を考えても、必要性を考えても、これが一番確か。
まあ、間違いなく益になる経験を積ませることはできるだろう。
目的としては強くなってもらって、それこそ本当の高みに至ってもらうことだ。
護衛は強ければ強いほどいいし、そのために色々投資したっていい。

「あんまり言いたくないなコレ……
 護衛を頼むってコトでどうにか誤魔化せないかな……」

なので、これはとても――私的な感情だった。
あのときはそれは昂っていたので、素直に口にしたわけだけれども。
いざこうして頼むとなると、妙な気持ちが邪魔をしてくる。
難しい顔をしていろいろと考えてはみるが。

「誤魔化せないよな……」

やがてそれはそれは大きいため息とともに諦観に行き着くと。
オモイカネ8を取り出して、通話機能を立ち上げる。
たぶん昼食中だ。きっといつものように凄まじい量を吸い込んでいるに違いなかった。

Hello(もしもし),緋月ぃ、ご機嫌いかが~?」

少し逡巡してから、覚悟を決める。
悔しいが、本当に悔しいが、まあ切り出すにはこの言葉が事実だし適切だった。
深呼吸ののち、息を吐き出して、それはもう、渋々――

「お仕事の時間です。 キミの力を貸してほしい」

ご案内:「魔術学会 名無しの研究室」からネームレスさんが去りました。