2024/07/04 のログ
ご案内:「訓練施設」に緋月さんが現れました。
■緋月 > 鉄腕の怪人による一連の事件、その最後の一件から随分と経った頃。
訓練施設に、ひとつの人影。黒い外套に書生服姿、刀の入った袋を手にした少女。
「えっと、ではこれで――はい、失礼します。」
ようやっと退院の叶った体で、諸々あって一人での使用申請が可能となった訓練施設を訪れていた。
利用の目的は無論、長かった病院生活で鈍った身体と剣の腕の磨き直しである。
まずは桐で出来た木刀を使って、身体を馴らしがてらの素振り。
刃筋の乱れを確かめたら、今度はより集中しての素振り。
時折休憩を挟みつつ鈍った勘と筋を少しずつ矯正していき、同時に木刀も少しずつ重い物に変えていく。
重さを増す事で、衰えた体力も少しずつ取り戻していく、というやり方である。
「……ふぅ。」
素振りを止めると、汗を拭いながら一息。
「思った以上に鈍ってますね……。」
入院中は体を動かせるようになってから少しは鍛錬らしい事もしていたが、ベッドの上では出来る事に限度がある。
そもそも、絶対安静の時間の方が長かったのだ。
これは中々、先行きが大変である。
ご案内:「訓練施設」にノーフェイスさんが現れました。
■ノーフェイス >
日向より逃れ、影に歩く者は、動ける人材を捜していた。
そんななかである。不意にトレーニングエリアのひとつ、硝子窓の向こうに認めた人影。
(あれは―――)
なにやら熱心に振っている様子。
邪魔することもあるまいと、踵を返そうとして、壁越しに耳に届く響きに。
「……あ?」
足を止めざるを得なかった。
少し思案。……そして、
「ふにゃふにゃ」
扉をあけながら、声をかける。
髪色は――山で出会った時と違う、というよりは濡れ羽色で紅を隠すような。
歩けば揺れた隙間から、あの時の紅色が照明を吸って輝く。
衣服も街歩き用のアウターだ。
「意外と調子にムラっけあるタイプか、キミ?」
言外に、なにかあった?と告げながら。
閉めた扉の前に立ち、首を傾げてみせるのだ。
■緋月 > 「――ふぉっ!?」
突然声を掛けられ、そちらを向けば、見知った顔。
「あ…ノーフェイスさん、お久しぶりです。
突然だったのでびっくりしてしまった…。」
挨拶と共に一礼。
何かあったのか、と言外に訊ねられるような言葉に対しては、少し気まずそうな顔。
「ええ、と……暫く前に、少し事件に巻き込まれ――いや、首を突っ込んでしまって。
その時に、大怪我を負ってしまって、少し前まで、入院中だったんです。
今は、その時に落ちた体力と勘を取り戻す為の訓練中で。」
ストレートに言えばリハビリであろうか。
最も、普通に生活を行う分にはまるで問題はなさそうなので、県の腕の方の、と言った方が良いかも知れないが。
■ノーフェイス >
「ずうっと見てたよ。
汗を輝かせる女の子は、暑さにやられたボクにとっちゃオアシスみたいなもんだ。
ほーら、おおきく深呼吸~」
まえかがみになって、意地悪そうに笑った。もちろん嘘。ちょっとだけ。
それでも、名前を呼ばれるとすこしだけ眼を細める。
「さん、ね……」
しっくりこなさそう。そちらに歩み寄りながら。
「……大怪我ぁ? なんだよ、だいじょーぶなの?
首突っ込んだって……、その言い方。
青垣山の熊か猪かに突撃されたってワケじゃあ――あっ」
そこまで言って、立ち止まった。
首を突っ込んだ?
なぜ――ぱっと思い浮かぶのは、そう。
「…………」
明るい表情が、じとぉ、とした目線に変わる。
もしや、斬りたがったのではあるまいな――誰かを。
■緋月 > 「オアシス、ですか…?
あ、はい、失礼します。」
すー、はー、と深呼吸。疲労が取れる訳ではないが、息が入ると精神が落ち着く。
何か言い方が拙かっただろうか、とちょっと不安そうな視線。
「ええまあ、何とか命は無事でした。
身体がちょっとボロボロになって、それを治すのに時間がかかってしまって…。」
最近の医術は凄いですねー、と遠くを見る目で一言。
実際、此処の医療技術でなければもっと長い入院期間になっていた筈だ。
「いや、そんな山に優しくない事しないですよ…。
それに野生生物は斬ったならちゃんと解体して頂くものは頂かないと――――」
何気に野性がつよい。
と、そこまで口にしたところで、麗人の表情の変化に気が付いた様子。
「…………。」
だらだらと汗を流しながら、気まずそうに視線を背けようとする。
口バッテン状態だ。絶対何かやらかした。
■ノーフェイス >
「身質が締まっててスッゴい美味しいらしいね、青垣山の。
木材もずいぶん霊力籠もってるし、木の実の質がイイんだろな。
さすがに免許なしにつつくのはアレだから、噂でしかきいたことないケド。
自然の幸って言やあ、採れたての海老もスッゴイんだぜ。
ハーブとマヨであえたのを焼きたてのパンに挟むとさあ――」
写真とっちゃおうかな、と端末を取り出しながら。
「…………」
事件に巻き込まれて、体がボロボロになった?
相変わらず引っかかる物言い、である。が――
「………………フフフ。
けっこうヤンチャなんだ。いや、行動力ある娘はスキだよ、ボク」
表情を崩して、朗らかな声とともにそちらに近づいて。
「それで?」
逸らした顔を、ひょいと覗き込んだ。
眼を大きく開いて、口元だけが笑っていた。
■緋月 > 「――――――――」
視線を外したいが逃げられない。
どんどん汗の量が増えている。
そして相変わらず口バッテン状態である。
恐らくは何とか言い逃れの手段を考えようと必死になって、全くそちらに向いてない頭をフル回転させているのだろう。
少しの間を置いて、とうとう耐えられなくなったのか、ぼそぼそとっ口を動かし始める。
「……えっと。
巷で騒動になった、鉄腕の怪人の事件。ありましたよね……。
もう、事が終わって、随分経つ筈なので、あまり蒸し返したくないんですが――――。」
何とか其処まで口に出した。
――勘が良ければ、その話題で、凡そ予想はつくだろうか。
■ノーフェイス > じー。
じー………。
じー……………。
瞳の色は変わらない。爛々と燃え盛る炎だ。
「あァ」
口を割った悪童に、なるほどね、と得心した様子。
件の事件は、自分は完全に部外者だが、身内にひとり関わったものがいる。
それを言えば分かる程度に、ともすれば速報が島内に流れたのだし。
「それなら―――……、ん?」
まず浮かんだのは体をボロボロにされた、被害者という可能性である。
下手人の名前が挙がるなら順当な推測。
自分が考えたのは、要するに、その過程で誰かを殺ってしまったのでは、ということだ。
彼女の興味が向く対象の傾向がわからない以上、彼の機界魔人がその対象に取られてもおかしくはない。
しかし、そうして一瞬浮かんだ返り討ちの構図はすぐに脳内で自己否定。
「一般生徒の協力……もしかして、キミ?
たしか、そいつ。 逮捕されたハズだったケド」
実際はそんなことない、なんて陰謀論がなければ。
実名が報道されなかった、お手柄ヒーロー。ちょっとだけ、噂話になっていたのも思い出す。
思わぬところでつながるもんだと思いつつ――生きてるということは、
「…………何やらかした?ボクに詰められるようなコト?」
それらの事実をたどるなら、それこそ。
眼を逸らす理由なんて、なさそうなものだけれど。
何があったのか。自分は緋月という少女を、刃と理想というワードとイメージでしか識らないのだ。
■緋月 > 「ええ、はい…表向きはそうなってる筈です。
名前を伏せられてるのは、私が風紀委員でないから。
もっと言うと、その時はまだ正式に生徒として登録すらされていない状態でした。
流石に問題があるので、遡ってその日には生徒だった事になってる、筈です。」
相変わらず小さな声でぼそぼそ。
何をやらかしたか、という問いには、汗に加えて心なしか顔色がちょっと悪くなった。
思い切り目が泳いでいる。
「――――――――
その、件の人を止める時に、少し「ズル」をして…。
本当だったら、未だ無理だった筈の、「命を斬らない一太刀」を、強引に使える状態を手繰り寄せたんです。
それを使って、あの人を止めて――――
その「ズル」の反動で、事件の後からつい少し前まで、入院してました……。」
と、口にしてしまえばそれだけの事実。
本来地道に修練と試行錯誤を重ねて、手に入れる筈だった術技を、尋常でない手立てで使えるようにして。
挙句に、先に約束をしていた麗人とは別の相手にぶち込んだという訳である。
そりゃあ口も重くなろうってものである。
■ノーフェイス >
「―――Hooo~。
実績で資格を勝ち取った、みたいな話だな。イーじゃん。
……まあ、警察機構が守ってる社会としちゃあ、歓迎される話じゃなくっても。
そーゆードラマチックなの、ボクはスキだよ。カッコイイじゃん」
伝え聞いた成り行きには嬉しそうに声を弾ませる。
まさにヒーロー然としたお話。自己の価値観としては、シビれるものだ。
――あえて。
藤井輝、という個人のパーソナルには触れない。
表面に見えている情報でさえ、デリケートなものが多く詰まっているのだし。
そして――
「………………、」
ピク……、と。
表情が失せた。
まあ、いろいろ。
――言いたいことは、あるけれど。
体を離し、口元に手を運ぶ。
視線は視ているようで、視ていない。思推か、詩吟のような。
やがて、数瞬ののちに口を開くと。
「肉体に多大な反動がかかる、異能か付呪かなんかか……?
――プライバシーに配慮して……話せる範囲でいい。判るように説明してくれる?
キミが成したこと、起こったコトを、詳細に」
怜悧な学者か研究者かの貌を見せた。
■緋月 > 「いや、今考えるととんでもない真似だったと思ってます…。
事情があるにしろ、所詮個人の動機だし、風紀委員の方々の面子を潰しかねない真似だったわけですし…。」
そこの所を容赦頂いた事は、はっきり言って頭が上がらない。
伸ばし伸ばしになっているが、同居人にも後で謝らねばなるまいて。
そして、雰囲気の変化と共にちょっとびくっとなる。
流石にお怒りを喰らうかと思ったが、
「あ、え……私が、やった事、ですか…?」
お怒りの言葉を覚悟していただけに、予想が外れた事に少しびっくり。
とりあえず何から話した方がいいか、と、うんうんと唸ってから改めて口を開く。
「――私が元居た里で習った術です。
人は、身体に血が廻るように、氣を巡らせる経路――経絡がある。
そしてその経絡の要所には、氣の流れ方を調節する「門」がある。
私達は、それを「蓮華座」と呼んでいます。
一から始まって、全部で七つ。
蓮華座は、一つ二つ開いただけでも強い強化が身体にかかります。
それを七つ全部開く。
それが、下準備の完了です。」
もしも、そちら方面の知識があるのであれば、チャクラという言葉が浮かぶかもしれない。
その概念に、少女の語る「蓮華座」なるものは、よく似ている。
■ノーフェイス >
「けーらく」
経絡。
「人体をめぐる、不可視の氣のとらえかたのひとつ……だったな。
経路ってほうが、ニュアンス的にはわかる。ボクも途と教わったし、そうとらえてる。
ボクがやってるのは、それを自分の体に作用させたり、表に出すために色々したりするんだケド……」
認識のすり合わせを行う。
腕を組んで、話す時には肘から先の手振りで、説明したりする。
「要するに、その門――ってのは。
普段はいい感じに開閉……というよりはあれだな。
シャワーの栓だろ。緩めたり締めたりして、出る量を調節すんだよな。
で、その蓮華座、あれだ、仏教の創世の……どうとかの……、
それに見立てたか、つながってるととらえるかして――」
アカシックレコードだの、なんだの。
そもそもの始原が宇宙とかにある、なんて考えは、結構普遍的なもの。
「本来なら普段、必要なだけ使われる氣が――回らなくなるほどに開栓したら。
まあ、そりゃそーなるな。肉体のほうが耐えられない。
途がオーバーヒートしてズタズタになるはずだ。
あの速報からそこまで時間経ってないのに、むしろよく短期間で復帰できたな」
まあ、なんとなく。
そういうふうに解釈はできた。
「それで、過剰なまでの氣を使って、どうなる?」
■緋月 > 「そうですね、捉え方そのものは色々あると思います。
むしろ、人里から離れた、閉じられた社会だった私の故郷での解釈の方が少数派だと思いますが。」
世間一般でメジャーな解釈の方が理解しやすいかもしれない。
なので敢えて細かい所までは突っ込まなかった。
自分の理解でも、特にズレはなく凡そ合っているという認識がある。
「そうですね、念法術――すみません、私の里で教えられてる術なんですけど、自分の身体に作用するというのは
かなりそちらに近いです。動ける速度を強化したり、動体視力を強化したり、思考の速度を強化したりとか。
と、話が逸れましたね。」
改めて、質問に対して答えを返す。
「――大事な事は、「思い描く事」です。
明確な、自分が「此処に到達したい」、「かく在りたい」というカタチ。
それを以て、解き放つ事で、
己の辿り着く可能性を、引き寄せる事が出来ます。
いや…その可能性に適した姿に己を変える、という方が正しいのか――。
宿命、と呼ばれています。
念法術の極意であり、最大の禁じ手です。
あの事件で初めてそれを使って――決着がついてすぐに、血を吐いて、倒れました。
お医者様からの診断ですが、経絡系がズタズタになって、氣もとんでもなく消耗していた、そうです。」
■ノーフェイス >
「ずいぶん濃密な夜を過ごしたんだな?」
浮気を咎めるような、冷ややかな声だった。
実際に浮気を咎めているわけではない――はずである。
「――――なるほどね。
神にもなれる……蓮華座とは、よく言ったモンだな。
……内在の可能性の解放、理想の具現化、同一化……」
神――その言葉は、ずいぶん形骸化してしまった。大変容において。
「代償と引き換えに何らかの結果を引き起こす、と類型化してしまえば。
ボクの異能も似たような性質を持ってるから理屈はわかる。
キミのは術……ネンポウジュツってほうか……そうだな……」
腕をほどいて、黒と紅の混ざった髪をくしゃりとかき混ぜた。
視線を横にさまよわせ、少しの間思考してから。
「疑問そのイチ」
指を立てる。
■ノーフェイス >
「キミが実現してみせた、『命を斬らない一太刀』は。
可能性に辿り着いたから実現し得た――要するに。
理論上は実現可能だ、と反則して証明された――ともいえるが」
顔を寄せる。
「『命を斬らない一太刀』そのものが、理想の具現によって生まれいでたもの。
――という可能性は、ない?
宿命だったな。その奥義の性質によって。
理想が実現化された、要するに空想がカタチになっただけ――
到達不可能な虚構が具現化されてしまった、とも解釈できる」
要するところ、血反吐が出るレベルの反動を受けるなら、ぶっちゃけた話なんでもアリ。
でも、この二つの例には、天と地ほどの差が存在する。
後者の場合はわりと最悪。前者だと断言してみせたのは、要するに確証があるのかと。
剣士として、その刃に伝わった実感をもって、専門家の所見を求めた。
■緋月 > 「う゛っ……それは、その……本当にすみません…。」
冷ややかな声に、またも口がバッテン口状態に。
そのまま無言で麗人の考察、あるいは理解が声になるのを黙って聞いている。
そして、「疑問」を差し挟まれれば、ようやくバッテン口状態から解放される。
「――あ、その事ですか。
ううん……何と言ったらいいんでしょうか、本当に感覚的なものなのですが――
確かに、宿命の効果はすさまじい物でした。
でも、虚構を現実にまで実現する物ではない、と思います。」
はっきりと断言。
「私がアレを発動して感じた感覚は…何と言えばいいのか……鍛錬と研鑽と試行錯誤。
その極端な圧縮、が一番近いかな…と。
この解釈が正解かは自信がありませんが、宿命は言ってみれば「経験の先取り」に近い、んだと思います。
だから、どれだけ経験を積んでも「できないものはできない」んだと思います。」
恐らく、解き放たれた氣は「その為」に消耗されるのだろう。
己の生命力を一時的かつ強引に「経験値」へと変換し、上乗せする。
それが「宿命」と呼ばれるモノの正体。あるいはそれに近いもの。
■ノーフェイス >
「いや、スゴいわかりやすい」
断言された言葉に、本人の感覚も合わさるなら、それを疑うことはなかった。
実地で見たわけでなし、そもそも剣や武のイロハはわからないのだ。
「宿命、って名前の由来を考えると、けっこうおもしろい仕組みかもな……
遺伝子――人間の設計図、それにそこまで書いてあって、莫大な氣での実現。
ここまではできる、がある……ってコトね。
それを超えてみたくもなる――ってのが、ボクの感性だが」
背を向けながらに、アウターを脱いだ。
ひょい、とハンガーにそれを投げて掛ける。
その下からあらわれたのは、アスリート――というよりは。
肉食獣めいた肢体だ。伸びやかな腕は引き締まり、背には厚みがある。
ぴたりとしたインナーシャツごしに浮かび上がるのは、生命的な躍動と。
精巧すぎるほどのかたち。その顔貌と含めて調和するもの。
「疑問、そのニ……。
……それ、もっかい同じことやれっていわれても無理なんだよな?」
どれにしようかな、と。
壁にかけられた、木刀や長物を前に、指先をさまよわせながら。
振り向かずに問いかける。
奇跡、反則――二度も三度も起こせるのか。
起こせたとして、同じ結果を起こせるのか。
■緋月 > 「ああ、だったら良かったです…。
こういう説明とか、私、あまり得意な方ではないので…。」
ちょっと安心したように一息。
上手く言葉に出来たのか、少し自信がなかったようである。
再び麗人の解釈に耳を傾けつつ、その挙動を眺めている。
「そう、ですね。
あの術を生み出した方がどんな意図で以てそう名付けたのか、それは私には分かりませんが…。
そう言われると、何処か腑に落ちる所があります。」
と、そこでアウターを脱いだ姿を目にして、思わずどきりとさせられる。
――均整の取れた、引き締まった肉体。だが、美術品というよりは、血の通う美しさを感じさせるもの。
肉体に美があるならば、このようなものを以て指すのだろうか。
(――いかんいかん、煩悩は念を濁らせるぞ私!)
思わずぶんぶんと頭を振った所で、第二の疑問が投げ掛けられる。
少し悩んで、口にする言葉は少々弱気。
「――そうですね、まず今はそもそも使えないと思います。
経絡系を修復する薬品を点滴で使って貰ったお陰で、大分回復しましたが…今の状態では
蓮華座開花の時点で、身体が耐えられないかと。
完全に回復しても――同じ事が出来るかと言われれば、自信はないです。
あの時は文字通り命のかかった戦いでしたし、集中力が極限まで高まっていたのが後押しになったとも思うので…。」
無理、とまではいかないが、平時では到底成功が見込めない、というのが個人的な結論である。
そもそも、次に使って無事でいられるかも怪しいものだ。
■ノーフェイス >
「人間は、奇跡的な成功体験に呪われる」
木刀から長物へと興味を移す。白く、長い指をすべらせる。
「止まることのない時間の流れ、回り続ける社会のなかで。
いまの自分では、どうあっても取り零してしまう――そんな窮状を前に。
切れる札があるのなら、そりゃあ、切るよな」
だから、反則をした――ことそのものは、責めはしない。
本人も理解をしていることだし、そこには別に、拘らない。
「でも、そんな窮状はいくらでも来る。
世界はすごく大きな単位で動いていて、そのまえに個人は無力だ。
たとえば――いますぐにでも。
キミのまえに、零れかける窮状があらわれたとき、脳裏に過るはずだ。
もう一度、あの奇跡が起こせたら……」
謳うように。
美しく、甘い声は、語る。
「そして多くの人間が、そうやって奇跡にすがるようになる。
願いを叶えてもらう民話とか、節度をわきまえなさいー、みたいな教訓話とかな。
欲を掻いてヒドい目にあう、夢と現実の表裏一体のおはなし。
そういうのは枚挙に暇がない。人間はそういう生き物ってコトだ」
そして、身長ほどもある棒に、ぴたりとふれた。
黒檀を掘り上げたそれを、確かめたあと、左手を使って横にすべらせる。
壁掛けの金具からするりと滑って……
「堕ちれば――行き着く先は破滅だ。
偶発的な機がもたらした結果と、現状の自分の差に耐えきれずに苦しむ。
無理を繰り返し、誘惑に敗北して――可能性が枯れ果て、死を択ぶものもいる」
一発屋。
そう呼ばれるものは、音楽や芸術の分野に限らず、どこにでもいるのだ。
武人にも。
「キミは、ぶっつけで成功してしまった。
結果そのものに難がなかったってよりは、うまくいったんだよな。
自分が成し遂げた誉れ高き栄光に、呪われずにいられるか?」
指が、軽く下へと振り下ろされた。
瞬間に、棒が空を切って回転する。
その背中を通り、先端は床すれすれを通過し、しかし擦過することはなく。
背面を見ず、左手が動かした棒は、右手の中におさまった。
「ひとつの成功から始まった無数の挫折の茨道に、膝を屈さずにいられるか?
自分の内側にあふれる負の感情に、溺れずにいられるか?
胸の扉を叩く狂気という逃げ道に、甘えずにいられるか?」
右掌を軸に、棒が鋭く二回転。
そして、握る――ぴたり、と。
先端は、1ミリかぎりもブレない。ある種、達した者の――戦技。
■ノーフェイス >
振り返る。
一切に遊びのない表情が、見据える。
「よくある、理想を追うものたちの――
ボクたちがいくらでも陥り得る……どこにでもあるような、成功と破滅の典型だ。
過剰な期待をかけるつもりはないけど、ボクに啖呵を切ったんだ」
きっと。
彼女の手に在る実感と、賞賛は、輝かしいものだったろう。
けれど。
理想を追うというのは、そういうことだろうと。
「楽なほうには流れるなよ」
鋭く。
熱く。
煉獄の劫火の双眸が、射抜く。
■ノーフェイス >
「――無理して死んじゃったら。
出会ったばっかつっても、さすがにさみしいし」
その表情は、すぐに、柔らかい微笑みに戻る。
「やろっか。どう打ち込めばいい?」
■緋月 > 「――――――。」
じと、と、背中に汗が伝う感触。
今までのそれとは違う、冷たい汗。
これは、楔だ。目の前の麗人からかけられる言葉を敢えて形容するなら、そうとしか言えない。
あの一時に得た、「可能性」。
それに縋る事を許さない、心に直接打ち込んでくる、楔だ。
それが例え、如何なる窮状であっても、如何なる非常事態であっても。
ああ、その言葉通りだ。
身の丈に似合わぬ力を一時でも得れば、その誘惑が常に付き纏う。
それを呪いと言わずして何と呼ぶ。
宿命が「禁じ手」である理由。語られなかったその側面が、浮かび上がる。
不相応な奇跡は、人の精神を腐らせてしまう。
――そうだ。目の前のひとの語る通り、
「――――返す言葉も、ありません。
もう、宿命は使いません――いいえ、もう二度と使えない。
また使ったら――私の精神の刃は、取り返しがつかなくなる程、腐ってしまう。」
木刀を握る手に無意識に力が入り、白くなる。
突き付けられた視線に眼こそ背けなかったものの、手は小さく震え、じっとりと掌には汗が浮かぶ。
■緋月 > と、柔らかい微笑に戻った途端、圧迫されるような感覚が消える。
思わず、大きく息を吐いてしまう。
「…あ、すみません、ちょっと、緊張してしまって…。」
木刀を小脇に抱え、懐から手拭いを取り出して両手をしっかりと拭く。
手に滲んだように見える、不安感も同時に拭い取るように。
「――そうですね、本当にあの時は死ぬかと思いました。
また病院送りで腕が鈍るのも嫌ですし、本当に宿命はあれ一回っきりにします。」
ちょっとだけ冗談めかして、しかし重ねて二度とアレに頼る事はしないと誓う。
…命を賭けて何かを拾おうとして、自分が命を落としたら、それはそれで本末転倒だ。
「失礼しました――どこからでもどうぞ。」
す、と木刀を構え直す。
中段の構え。正眼とも呼ばれる、最も基本的な構えだ。
基本も極めれば極意に繋がる。地道な歩みを忘れるな。
構えを通して己を戒め直す。
■ノーフェイス >
「理想の緋月は、そう言ってる?」
微笑んだまま、首を傾ぐ。
いつでも、そう問うてみてほしい。
「――でも、逆もあるだろうとは思うから……」
使わなければ、どうあっても死んでしまうとか。
それに甘えるのではなく、決断のうえでならば。
すべては、緋月という個人の戦いであり、人生。
自分には強制力など、一切ないのだし――
「キミの調子が戻ったらさ、いっしょにお祭りいこうよ。
……キミ、けっこう気が多いっていうか、浮気性みたいだし。
こういうハッキリした約束のほうが、つなぎとめやすいかな」
じぃ、と目を細めた。やっぱりちょっと気にしてた。
とはいえ、それは単に。彼女の瞳を独占できるほど、自分が輝けていないというだけ。
もし死の淵に至るなら、掴む未練があればよい。可能性は――狭めない。
(まあ―――)
……自分のことを、識ってほしいわけではないんだけど。
熱情をよそに、どこか冷めた感慨にふけりながら。
「はーあい」
彼女の準備運動、程度になるか。
踏み込んだ鍛錬は、きっとこれから――、
軽く膝をたわめ、構えようとした時。
「……あっ」
なにかに思い至って、声をあげる。
■緋月 > 「――はい。
あれは飽くまでも、あの時、一時限りに見えた蓮の花。
もう一度見ようとぐずぐずとその場に留まるのは、女々しいものでしょう。
求める花は待つのではなく、探しに行かなくては。」
そう、己が見たいと願った華ならば、柳の下でいつ咲くかも分からぬ二度目を
待つより、自力で探しに出る方が余程生産性のある行為だろう。
「――と、お祭り、ですか? それ位であれば、喜んでお付き合いします。
…あ、でも洒落た浴衣など持っていないので、多分この服ですが……。」
と、苦笑しながら指すのは書生服。
よく見ると、小さいがいくらか修繕の跡がある。恐らく例の事件で傷がついた所を自前で直したのだろう。
「では、参られませい――と、どうかしましたか?」
突然の声に、つられるように質問。
■ノーフェイス >
「……キミはけっこう、直球で好感度稼ぎに来るよな。
ボクのが先に陥落したらどうしよう」
ふふ、と冗談めかして笑った。
彼女の、そうした決意は。
自分にとっては、ひどく好ましく響くものであった。
「あれば着るってことなら、贈っちゃうぜ。
……そういうかちっとしたの、脱がす楽しみもあるケドさ。
ま、しばらく先の話だ。いろいろ妄想働かせて、楽しみにしてるとするよ」
――けれど。
それは、成されなければ、意味がないもの。
いま、この場、この島で、ひととき人生が交わるうち。
太陽を背に、黒い影は、じっと、その刃を見据える。
自分と重なり、そして、遠いものを。――見定める。
「ああ、うん――」
■ノーフェイス >
「あかね」
■ノーフェイス >
「あかい、音色で――、すごく綺麗な韻律だろ。
ノーフェイスってさ、ちょっと通りが良くなかったりするんだ。
こうみえて、けっこー不良だったりして。
……まあ綺麗と言っといて、どっかから拝借するようなカタチにはなっちゃうんだけど。
日本人の文化圏に近い名前のが呼び捨てもしやすいかな、って思ったんだよな」
くるり。
片手が、黒に紛れた、紅の色の髪に絡んだ。
さん、とか、どの、とか。
そういうのなしで、呼んでほしいと。
さっきからずっと、そういうコトを考えてた。
名前を。
記号として考える。
その偽りで、実像を曖昧にして、他者の理解を遠ざける。
そういう人間。
「……どう?」
真なる名を、彼女に告げぬまま――ではある。
自分だって、彼女の内側をほとんど識らないが。
敬称などいらない。そう自己定義している、ノーフェイスという虚構。
そのむこうがわは、秘中の秘であるがゆえ。