2024/09/19 のログ
ご案内:「特殊訓練区域」に藤白 真夜さんが現れました。
■ムネモーシュネー・システム >
ムネーモシュネー・システム励起。
実行領域内の精神体、定義。
…………精神体を確認。指定対象『藤白 真夜』に近似するものを選択。
記憶の読み込みを完了。……誤差の範囲と判定された一部の記憶欠落に起因するエラーを確認。疑似人格形成に影響は確認されません。
正常に指示工程の終了を確認。
記憶を転写した模倣体の生成のため、ミメーシス・レンダラーへ接続します。
——【警告!】
実行領域内の精神体と同一の記憶を持つ模倣体の生成が確認されました。
同一の自己との対面は自己同一性の喪失を始めとした精神的瑕疵をもたらす危険性があります。実行領域内で一定数値以上の精神的ゆらぎが観測された場合、自動的に風紀委員と近縁の医療施設へと通報が行われます。
それでも実行しますか?
……。
……危険性への同意を確認しました。
ミメーシス・レンダラー起動。
接続された記憶の模倣体を生成します。
■藤白 真夜 >
訓練施設内の、特殊施設。
戦闘にも使われうるそこは、広大な空間を誇るらしい。
だが、今わたしが居る場所はひどく狭く、薄暗い一室だった。システムの機能性のためか、白一色の小さなドーム状の部屋。照明を点けていないためか、潔癖なまでの印象を与える一面の白は、中途半端に灰に濁って目に映る。
其処に立つのは、ふたり。
同じ顔を持つ、“わたし”。
物言わぬわたしを、わたしが眺めていた。
最近の光学魔術に依ったシステム、ミメーシス・レンダラーによる仮想を現実に模倣する機能。
加えて、ムネーモシュネー・システムによる記憶の再現によって生成される限りなく本人に近い模倣体。
その模倣体が、もうひとりのわたしだった。
『……』
その模倣体が何らかの行動をすることはない。
未だ、コマンドを入力していないから。
ただただ、何も無い部屋の中央で佇みながらわたしを見つめ返すだけ。
当初の目的は、夢遊病につながる自身の記憶の欠落の原因を探るため、ムネーモシュネー・システムの力を借りようという試みだった。
自分のことがわからないのならば、自分に聞いてみればいい、という単純な考え。
とある異能病院の医師の提案だったが、わたしにはあまり魅力的に思えなかった。
自分と向き合う、ということが、わたしには不吉な何かに思えたから。
実際、事態はそう都合よくはいかないようだった。
記憶の複製を作る際、かすかなエラーはあったものの、そもそも記憶の複製が出来てしまっている。その時点で、さしたる欠落が無いのも同じだから。
……自分にそっくりな光の無い紅い瞳を見ていると、理由の無いいろんな感情が自分の中に湧き上がる。
どうしてこんなに──そう考えた途端、ポケットが震えた。
「ひゃ」
一人だとわかってるのに、声が出た。
自分と向き合う、なんてことをやっていたからか、それとも──
こわい考えを振り払うように、電話に出た。
■藤白 真夜 >
「あの絵、見たよ」
電話口でぶっきらぼうにそう言った声は、鳳先生のものだった。とある辺鄙なところにある診療所をやっている、……ちょっとばかり、……いや結構すごい性格の、医者であり魔術師。
魔術師らしく妙な知識がたくさんあって、わたしが困った時や大きな案件に挑む時は助言をくれるひとだ。
「お前が言ってたヤツはまっっったくわからん。
が……報告書の意味はわかるぞ。
お前のいう、冥界適応者では無いだろうな。
だが技巧だけで、死に触れる。
彼女はただただ……どこまでも画家だった、ということだ。クソ度胸、というやつだろ」
「……そうです、よね」
以前にあった、ある個展の絵。一連の報告書と併せてある所感を得たわたしは、アドバイスを求めていた。
だが、戻ってきたのは……ふらりと立ち寄った喫茶店で得た結論と同じだった。
「ああ、まだあるぞ。あの季節外れな名前の画家の話じゃないが。
以前の神殺しの案件だ。
頭のクソ硬い上の連中を論破するには時間がかかったが、ある程度は功績を認めさせたよ。
あの作戦自体は失敗だったがね。あの結界が世界観を統一出来ることを立証できた事実をみれば大成功と言っていいだろう」
「……! ありがとうございます!
それなら、紅先輩も少しは楽が出来るとおもいますから」
「……ただ、上の連中はもっと解り易いものを見てるようだがな……。
お前に言伝だ。
神への祈りを日々忘れぬよう……だと。
彼らの信仰基盤からすると巫女にはそう在ってほしいものらしい。
……お前に祈れとは、噴飯モノだな?」
呆れと嘲りと怒りの入り混じった声でそう言い残すと、電話は切れた。もちろん、こっちの返答など待たない。簡潔だが突飛で、聡明かつ短慮な人だった。
「……神に、祈るよう……」
もちろん、その言葉を真に受けはしない。
祭祀局の一部の人間は、ある種の宗教を大事にする……というだけの話だ。
現場で動く人間からすれば、役に立たない祈りに縋る頭の硬い連中……となりがちだが、祭祀局ではそうも言い切れない。
触れられる神と、触れられない神。信心を実際の力にする技術があるのだから。
わたし自身も、鳳先生のように笑い飛ばせるかというと、違った。
わたしは、そういった信仰に求められる属性へのすり替えができる。
無論、わたし自身に信じる神など──
■模倣体 >
『神は存在しない。
……違いますか?』
■藤白 真夜 >
「……え?」
もうひとりのわたしが、口を開いていた。
じっと、光の無い厭な瞳でわたしを見つめながら。
コマンドは当然、入力していない。待機状態のはずの模倣体。
無視していい。いや、すぐにでもミメーシス・レンダラーに術式の維持を停止させればいい。
……だが。どうしても、その言葉に、いや、その顔で放たれる言葉が、わたしの中に食い込んだ。
「この世界にあまねく宗教を、否定するつもり?」
飛び出た言葉は、驚くほど冷たくて、とげとげしかった。
……だが。それでいい。わたしが、本来の感情をぶつけられる相手は、コレしかいない
■模倣体 >
「……いいえ。神の実在を疑ってなどいませんよ。
それが存在するかどうかは、関係が無いんです」
一方で、わたしは冷静だった。それが平時のわたしの記憶をコピーしたものだからかもしれない。
この時、わたしのほうがイレギュラーなんだ。
「祈れば、其処に神が在る。
其処にだけ、存在があれば良い。
人の信心の中に確かに存在する。
それが柱としての神性です。……よね?」
その表情は穏やかで、いつかの聖母に重なった。
……今のわたしの内面とは逆で。
■藤白 真夜 >
……その平坦で、でもどこかおどおどして、怯えるように確認を取る口調に、もどかしさを覚える。全て、自分自身に感じることと同じ。
でも、正しい。
神には、ニ種類ある。祭祀局ですぐに覚えた事実だった。
「……そしてもう一つが、存在としての神性。
“門”を通ってきた存在や、高位の怪異あるいは化生の別称、昇華、成り果てたもの……。
だから、理解っているでしょう。
どうあれ神は、存在します。信仰される絶対性を以て」
■模倣体 >
「はい、理解っています。
わたしは、誰の祈りも否定しません。
人の信心を否定することは、誰かの人生を否定することに他ならない。
……おぞましい罪です」
……死んだ瞳の女が、こちらを見た。
鏡で見るのと同じ、侮蔑の混じった色を浮かべて。
「──でも あなた/わたし に神は居ない。
そうでしょう?
信仰する柱も無い祈りが、あなたの祈りが、一体どこに届くと?」
■藤白 真夜 >
「……、……っ」
……言葉に詰まった。
わかっていたはずだった。わたしがわたしを嫌っている。ならば、向こうから見ても同じなのは当たり前だ。
理論は正しい。その上で、お前には無い、と。
わかる。……わかってしまう。心の弱いところを撃ち抜くように、常にある危惧。
だがそれよりも……理不尽なまでの怒りが、上回った。
……お前に負けたくない、と。
「……神は、人々を許す機構でもあります。つまり、神は鷹揚であるはず。
わたしに帰依する神は居ないのは認めます。ですが、無神論者と無宗教者は別である。
先に言った祈りの先に神が在るのだとしたら、どこにも届かない祈りを拾い上げる名もなき神が存在するはず。
全能で、鷹揚で、慈悲深いが、何もしない、絶望を司る神が。
ましてや、わたしが柱とする宗教は無い。であれば、都合の良い願いを受け止めるだけの存在としての神が存在しないと、なぜ言えるんです?
誰だって、一度は経験があるはずです。
“お願い、かみさま”……と。あなたは、その願いも否定すると?」
まくしたてるように、言い連ねる。
神学としては破綻もいいところ。でも、これは宗教の話じゃない。信じるということの、意味を説いていた。
オカルトといってもいい。でも、オカルトだからこそ、否定されない。不思議という分野は、そういう強みがある。理論を跳ね除け、浪漫に実体を得る。
その論旨を、──
■模倣体 >
「否、です」
一言に、絶たれた。
「何故、あなたが神に祈るのか」
一瞥に、理解する。
「あなたは、直接その“願い”を口にはしない。
けれど、どこかで祈っていたはず。いや、祈らずとも。
存在することを、願っていた」
一心に、祈るその意味を。
「──あなたの謀る神の“用途”こそ……贖罪。
あなたが願い、しかし誰にも明け渡すことの無いもの。
…………愚かな。
存在もしない空想に、免罪など出来うるはずもないのに。
かの大罪こそ、他ならぬかの救世主を待つ者たちが醜い黄金と引き換えに証明したでしょう。
罪を赦されようと物に頼ること。それ自体が浅ましき罪です。
そのような精神性に神は宿らない。
今、貴方(わたし)の想念が証明した。
……わたしたちに神は存在しない、と」
■藤白 真夜 >
…………言い返せない。
全部、その通りだった。
神を信じなどしない。この身が、その憐れみに触れることなど有り得ない。
でも、祈っていた。
もし、存在するならば、と。
……そうやって夢想するだけでも、お前には罪なのだと。
「……。
…………、……そう、ですね。
……解っていたことです。
わたしの祈りは、どこへ届くことも無い。
……神の赦しなど、わたしには有り得ない、……と」
懺悔のように、暗く冷たい床を見つめながら……受け入れた。
もうひとりのわたしは、その様を見つめている。言葉は無い。意図せずしてプロンプトに籠められた命令は、わたしを言い負かすことで達成されたのかもしれない。
──神の存在を問うこと。
それが、電話口での会話が意図せず、模倣体に繋がってしまったのか。
同じ記憶、同じ肉体、同じ精神で交わした言葉は、わたしを打ちのめし……そして。
「……そう。
神に赦しを、委ねることはない。
法も、神も、裁けない。
……人の欲によって、前へ進む力によって、異能という免罪符がわたしに貼り付けられたとしても。
わたしの罪は、わたしが抱えて……往けばいい」
わたしに打ち倒されたわたしは、そうして……立ち上がった。
元からそうだった。
絶望。自責。諦観。欲望。幸福。殺意。恋と愛。
赦し無き身にいくつも降り積もる、重荷。その重苦しさこそ雪ぐべきわたしの罪で、喜ばしき生きる糧。
それらを全て抱えながら、死出の旅へ赴く。
……きっとそれが、数多の宗教が肯定してきた……生きるということの意味なのだから。
■模倣体 >
「……。
……さようなら」
ミメーシス・レンダラーの模倣体が、解けていく。
血や、紅い飛沫は無い。
光学魔術の失効を意味する、欠けたホログラムが空気中に流れていく。
──それは、ある種の死に他ならない。
わたしの前で、わたしは……笑みを浮かべながら、消えていった。
■ムネーモシュネー・システム >
──全工程の終了を確認しました。
起動中の実行領域内で、休眠中の精神の励起を確認。
ですが、実行領域内での精神性へ影響は確認されませんでした。
実行領域内で確認された精神は、一種類のみ、です。
──お疲れ様でした。
戦闘による疲労、同一精神との邂逅による精神的ゆらぎは、水面下での影響も懸念されます。少しでも気分が悪くなった場合、近縁の医療施設へ赴くか、カウンセラーの、────…………。
■藤白 真夜 >
「……――!」
システムログが何かを出力していたが、今のわたしにそれが届くことはない。
目を見開いて、消え行く自分を眺めていた。
その有り様、その安かな顔貌を。……偽りの模倣体。
一時のみ戯れに生み出された、記憶持つ仮初めの肉体。その、システムの終わりを。
「……。
…………その瞬間が来たら。
……そんな顔、するんですね」
吐き出すようにして出た言葉は、……かすれて、よごれていた。
心の中の熱望を、必死に覆い隠しながら。
……妬んだ。
わたしの識らないものを、あなたは知っているんだ。
部屋を後にするときに閉めたドアが、驚くほど……大きな音を立てた。
ご案内:「特殊訓練区域」から藤白 真夜さんが去りました。