2024/10/07 のログ
ご案内:「特殊訓練区域」に五百森 伽怜さんが現れました。
■五百森 伽怜 >
白。
一面の、白だ。前も後ろも、上も下も。
その全てが、純粋(しろ)だった。
そこには何の淀みも濁りもなく、視界に入れるだけでも、
少し心が洗われるようだ。
特殊訓練施設。
一般生徒でも利用が認められているその広大な空間で、
胴着姿の少女が一人、杖を持って立っていた。
「今日も、お世話になるッスよ」
胴着を纏った彼女の顔には、常日頃周囲に見せている空元気も、
己の淫魔の血に引き摺られる弱々しい少女の不安もない。
ただ、凛とした無がそこにあった。
眼前の敵を見据え、技に応じることのみに集中した、武人の姿である。
幼い頃より護身術として、また精神の鍛錬として、
杖術を学んで来た五百森。
常世学園に来てからも、その稽古を欠かすことはなかった。
考え事や悩み事がある時。
己の中に眠る異種の血に惑わされそうになった時。
こうして、胴着を纏って杖術の型を行うのである。
それは、武に打ち込むことで全てを忘れる時間でもあり。
己と向き合う時間でもある。
■五百森 伽怜 >
あの日。
路地裏で、ノーフェイスと邂逅してから、頗る身体の調子が良い。
理解している。夢の中での、あの人物との出来事。
今思い出しても顔が赤くなりそうな、こと。
自分が最も嫌う、その行為――。
皮肉なことにあの日から、自分の身体は内側から潤っていた。
魅了にかかってしまった者の夢を介して、
意図せず精気を奪ってしまったのであろう。
自分の中にある、大嫌いな淫魔の力が。
「……あたしは……母親とは……」
サキュバス。
それも、エルダーサキュバスと呼ばれる、
強大なサキュバスである異邦人の母親。
母親の妖艶で、いやらしい笑みが、頭に浮かぶ。
そうしてその笑みが、
ノーフェイスの住居で鏡に映った自分と重なった、あの瞬間――
「あたしは……母親とは違うッス。
あたしは……皆を傷つけることなんてしたくない……
それで喜ぶことなんて……」
化け物の血が流れているその瞳を、うっすらと開く。
続けて、すぅ、と。
小さく息を吸う五百森。
その瞬間に、世界が彩られていく。
一面の白は形を成し、色を得て、眼前に新たな空間を創造する。
五百森が小さく息を吐き終えた時。
五百森の周りに姿を現したのは、陽光射し込む道場であった。
艶のある広い床板に一歩足を踏み込めば、聞き慣れた軽快な音が響く。
背後には、淡く陽が差し込む窓があり、光が柔らかく室内を照らしていた。
■五百森 伽怜 >
「……始めてほしいッス」
言葉に従い、現れるのは壮年の男だ。
ミメーシス・レンダラーによって創造されたその男は、
こちらも如何にも武人といった風体で、
手には、太刀を構えている。
刀をほぼ垂直に立て顔の横に構えるそれは、
攻防一体の八相の構えである。
今にも五百森へ斬りかからんと、殺気を放つその男。
対し、五百森はきっちりと礼を行った後、白樫の杖を静かに構える。
それ以上、動くことはない。
ただ、待つ構えを見せるのみだ。
杖の道とは、
相手の攻撃に応じて千変万化の技を見せる、後の先を主な型とする。
『傷つけず 人をこらして戒しむる 教えは 杖の外にやはある』
という古歌がある。
相手を殺すのでなく、相手の技を殺して、制圧するその技の数々は、
武道の中でも非常に非攻撃的なものである。
しかし、剣術を中心とした日本武術の中で唯一、
『剣を破る』と言われるその武術は、
かの宮本武蔵さえも打ち倒した、対剣術特化の武術でもあるのだ。
故に。五百森は、今は動かない。
剣を持つ相手が動くまで、構えを解かぬまま、
遠くの間合いより杖の先を相手の眉間へと向けて牽制を行っているのだ。
五百森の心は、無の内にあった。
川に流れる落ち葉が如く、静かに雲を流す空が如く。
眼前の殺気を受けながら、そこに立つ。
微塵も動かず、牽制以外に一切の『意』を見せず。
彼女は、一本の杖であった。
■五百森 伽怜 >
流れる雲に、陽光が遮られる。
影の落ちる道場。
その刹那に、縦一閃の刃が奔る。
五百森は、ここで動く。
川に流れる葉が、風に舞ってくるりと流れに逆らうように。
左足を一歩分横に開き、右足を相手へ向けて、踏み出す。
男に右半身を見せる構えをとり、
杖を突き入れて太刀の柄に当て、下から掬いあげ――
そのまま力いっぱいに刀の柄を杖で抑え込む。
――繰付。
■五百森 伽怜 >
後退し、間合いを取る男。
対し、五百森は再び静かな構えを取る。
男は再び八相に構え、
今度こそ五百森を斬りつけんと殺気と共に、刃を振るう。
静かな空に突如、雷霆の轟くが如く。
逆手持ちにした杖を刀にぶつけ、その技を殺すように合わせる。
連撃。続く斬撃は、杖を持つ五百森の腕を狙った一撃。
「そこッ!」
右足から一歩踏み出し、左手を頭上に。
杖を斜めにして、杖先で男の水月を力強く突く。
そのまま一歩退きながら、杖の両端を手に取って構え――
「はあッ!」
――続く右肩を斬り込む斬撃を躱しながら、相手の脇腹を力いっぱい突く。
――雷打。
■五百森 伽怜 >
更に勢いを増す正面からの斬撃。
体当たりにて迎え撃ち、後退する相手の水月を突く。
――霞。
■五百森 伽怜 >
間髪入れずに振るわれる刃を躱し、男の頭部を打つ。
防御しようと後退する男へ突きを連続して繰り出す――
――太刀落。
■五百森 伽怜 >
道場の床に刀が叩き落される音と同時に、再び白の空間が現われた。
すぐに、全身汗まみれの胴着姿の少女は、倒れるように床にへたり込む。
白の空間を輝かせる照明が、彼女の汗塗れの身体を更に熱くする。
こうしている間。
こうしている間は、色々なことを忘れられる。
この時間がなければ、今の自分は保てないだろう。
それでも。ただ、太刀から逃げるだけでは打ち勝てない。
自分の血から。他人の目から。逃げ続けるだけでは。
太刀打ちができない。
『でも、キミはその血からは逃れられやしない。
そのカラダと、いずれは向き合わなきゃいけないんじゃない』
だから。
「……難しいけど、前に進まなきゃッスよね」
怖い。とてつもなく怖いけれど。
立ち止まることなく、一歩一歩進んでいきたい。
少なくとも、こんな自分の為に笑顔を見せてくれる人が。
痛みと共に在ってくれる人が居るのなら。
立ち止まっているなんて、きっと失礼だ。
「……シャワー、浴びるッス」
稽古の後は、いつもこうだ。
身体中汗塗れで、べとべとして気持ちが悪い。
この疲れ切った心と身体を、汗と共に洗い流してしまうとしよう。
どれだけ小さくても自分らしい、次の一歩を歩んでいく為に。
ご案内:「特殊訓練区域」から五百森 伽怜さんが去りました。