2024/12/15 のログ
ご案内:「特殊訓練区域」に『 』さんが現れました。
■『 』 >
勾留期限は近い。
風紀委員会での捜査が進み、起訴の如何を公安委員会が。
被疑者の身柄に対しては生活委員会が継続して処理を行っている。
その合間に、被疑者自身の供述により、
多国間条約に違反する魔術の習得が確認される。
魔術協会によって、現世界基準の指定魔術封印式を付呪されてようやく、
被疑者は四肢に装着されていた旧式封魔輪の着用義務を終了した。
魔術師としての被疑者は、逮捕前から推測されていたように、
非常に高い位階に相当する能力を有してはいた。
が、失伝魔術の情報保有者ではあるものの、流派そのものは解体・解明されている。
魔術協会へ提供できる希少情報はないとのことだった。
斯様に、被疑者はデータの提出に積極的だった。
学園には様々な分野で、最新鋭に準ずる設備が充実している。
不法入島者となればなおのこと、こうした公的機関の設備は新鮮に映るのだろう。
そして、この時代の基準で、限りなく正確に"数値化される自己"に、
強く興味を持っているようだった。
■『 』 >
身体能力の計測。
どこから聞きつけたのか、これを受ければ入浴できるという情報を得たらしく、
被疑者は計測の体験を強く希望していた。
取れるデータは取りたいというのが学園としても委員としても実際のところだ。
被疑者の留置所での態度と、運動不足の懸念を鑑み、手続きが受理される。
チームが帯同し、訓練施設の一部で、クローズドの計測が行われた。
■■■■という稀な出自である被疑者は、
風紀委員会との何度かの会敵においてもその能力を発揮している。
凡そすべてが応戦未満の逃走で終わっている記録上の情報が、
どれほどに事実に則しているのか、今後の対応に検討余地があった。
とはいえ、一般生徒の単位でも異能の秘匿が認められているように、
本気や奥の手、といえる潜在技能の有無の証明や、使用の強要は難しい。
また、こうした身体計測は魔力や異能の影響、さらには、
精神状態によっても結果が大きく上下するため、あくまで計測結果は「公称」に留まる。
■『 』 >
――『超人』。
現時代においては、そこまで珍しくもない呼称ではある。
「人間」を何処までに定義するかにもよるものの、
(帰化異世界人や異種族を含めるかどうかでしばしば紛糾する話題だ)
概ね、身体に作用する魔力や異能を使用しない、純粋な地球人類の平均値に対し、
能力において一定以上の逸脱がみられる存在をそう呼ぶことが多い。
逸脱の程度による等級分けは、平均値が日夜変動し続けている現在においては困難だ。
そうして、被疑者は紛れもない超人の分類であることが判明した。
筋肉量に対して算出される筋力の値の異常、
行動初速をはじめとしたトレーニングでは至れない天賦の数々。
とりわけ反応速度と瞬発力、筋・心肺の持久力は目覚ましい成績を叩き出した。
最高速度を維持したまま数時間は活動できると公称した被疑者は、
「公演」を行うために必要だと供述した。
(その際に付随した下品な言動については後ほど、減点対象として上申済)
数値的に見れば、『超人』とはいっても、それ以上とはいえない結果だ。
美しいグラフを描く高水準の数値群は、
今までの検査の結果を鑑みれば、そう驚くようなものでもなかったのだ。
■『 』 >
まるで細胞のひとつひとつから入念に磨き上げられ、
神域の芸術家が手ずから設計した『人間』の実例。
それが実際に動けば「こう」なるだろう、という結果の群れだった。
技術及び倫理的なハードルを多く度外視すれば、
こういった『人間』を「創造」することは、不可能ではないのかもしれない。
被疑者は、何者かによって創られた、『作品』である――
そう仮定すると、意外にもすんなりと受け入れられる結果だ。
人造生命や複製といった技術の研究は侃々諤々の議論の上で、影に日向に進んでいるのだ。
――問題は被疑者の証言した、生い立ちとの齟齬にある。
取調担当委員が作成した不足のない調書からもわかるように、
被疑者を分析するには、「証言が事実だとすれば」という前提がつきまとう。
だがこれが自然発生したのだとすれば、話は変わってくる。
――あまりにも不自然だ。
現在『超人』は、常世島に、この世界に、多く存在している。
そのなかには先天的な授かった者も珍しくはなく、
由来不明な能力を持って生まれ、それを活かすもの、それに苦しめられるもの――
数十年前の「大変容」は地球全土に影響し、それは人間の遺伝子にも大きく作用した。
様々な事例が発生し、変容した世界に対して、人間は未だ追いつけていないのかもしれない。
だが、常世学園はそれらを導き、解き明かし、その人生の一助となり得る研究機関だ。
そうあるべきだ。
■『 』 >
――だからこそ。
そう考えれば考えるほど、被疑者の証言のそもそもの前提から疑わざるを得なくなる。
現在、脳や肉体、遺伝子の記憶領域の解析も十全ではない。
尊厳や倫理の問題だけならず、危険性もつきまとうためだ。
本人も情報の提供には積極的ではあるものの――
真偽感知の異能もまた、完全な調査手段ではない。
本人が「真実だ」と認識している情報を、「偽りである」と判定し得ない。
黙秘された情報を除いて、被疑者は「偽り」を口にすることはなかった。
自らを一片も恥じることのないように、すべてを口にした。
心身に刻まれた障碍の数々も包み隠さず供述する有り様が、
もし――何者かの干渉によって「そう思い込まされている」のだとしたら。
確かな数値がはじき出され、計器の類になにひとつエラーがないことを確認するたび、
被疑者の正体がぼやけていくような心地だった。
これ以上を解き明かすことはしかし、占拠事件ならびに不法入島状態での行動への罰則。
捜査の領分には含まれていない。
■『 』 >
――特殊訓練区域の話が上がったのは、
一時退席の折、チームとの談笑中にその話題に移り変わったかららしい。
(被疑者との私語のやり取りへの罰則は上申済み)戦闘技能の情報の提出もまた、
任意によって執り行われるものだが、そういった荒事に非積極性を見せていた被疑者は、
ミメーシス・レンダラーによる生成ARの情報を聞くと、特殊訓練への意欲を見せた。
とはいえ、体験したいと言った対象が、軍用の陸戦兵器であったものだから、
おそらくはアトラクションか何かだと考えていたものだと思われる。
仕様が公開され、使用許諾が降りているそうした兵器群も、
異能や魔術の出力や戦闘教練といった様々なデータを取るために貸し出されている。
違反生徒にとどまらず、世界の犯罪や紛争において、個人が兵器相当の能力を得ていることも珍しくない
(兵器や相当異形を創造・召喚する異能者や魔術師も存在している)ため、
かなり進んだ段階の訓練プログラムではあるが、よく使用されている項目でもあった。
失伝流派の使い手とはいえ被疑者の、魔術強化を前提にするなら対処は可能と思われる。
しかし、被疑者の魔術使用には依然、制限が与えられている状態だ。
痛覚フィードバックはあっても、負傷や痛みそのものが生まれることはない。
戦闘異能も持たず、あの微弱な異能にも制限がかけられている現状においては、
完全なる生身での殺人兵器への挑戦は、はっきりいって結果の見えた自殺行為でしかない。
だが、シミュレートされたものであれ、極限状況下による能力の上下もまた、
データとしては貴重であることは間違いない。
心臓強度や疾患、対ショック耐性など入念な事前の診断を終えて、
すべてが問題なしと判断されたため、結果の見えた訓練が開始した。
トレーニングスーツを着込んだ被疑者の前に、鋼鉄の多脚車輌が描画されていく。
――――。
■『 』 >
略式公判の日程が決定し、被疑者は私の管轄下を離れることとなった。
裁決がどうなるにせよ、再犯が行われない限りは接触することはないだろう。
厄介な仕事のひとつの終了に肩の荷が降りるとともに、
多くの謎の種を植え付けられた気分で、
経過観察の必要性ありと上申するか否か愚考している。
さっさと忘れたいだけなのだが、仕事なのでそうもいかない。
検査後、自身の身体能力に対する所見を確認した際、
書面を眺める被疑者の顔が一瞬、かつてないほどに険しくなった。
もしかしたら、数値化された自分を知りたい、という好奇ではなく、
特定の解答を求めた上で、自身の数値化という手段に頼ったのかもしれない。
そしておそらく、求めていたものは手に入らなかったのだろう。
では、あれは?
関係のないものだったのではないか。
破壊された多脚車輌の残骸をまえにした被疑者の様子は。
その時に確認された、奇妙な数値の上昇は。
『それ』は『人間』に許された機能であり、『人間』という種族を象徴する能力かもしれない。
精神状態による能力の上下は、往々にして一時的な影響に留まる。
――筈である。
被疑者はなんだったのか、ついにはわからないままだった。
ご案内:「特殊訓練区域」から『 』さんが去りました。