2024/08/13 のログ
ご案内:「3番ボックス」にノーフェイスさんが現れました。
常世大ホール >  
当代において、その演目(・・・・)は名作である以上の曰くがつきまとっている。

馬蹄を等間隔に重ねたように配された観客席。
赤金の絢爛豪華なる内装、天井のシャガールに至るまでを、
科学と魔導の粋によって投影再現された昔日のガルニエ。

模して作り上げた偶像の上に立ち、なれば天使へ迫ろうとする挑戦。
《大変容》の脅威を乗り越えた人間という種の示威――
とするには、いささか気の逸った解釈であろう。

その悲しく熱い物語が、それらの事件を経てもなお。
芸術性のある大衆娯楽として、人間の心に棲み続けているだけだ。
多くの人間が、世代を超え、適応し、かつての祝祭の終わりを忘れつつあるだけなのかもしれない。
いずれにせよ――今宵の舞台を、歌姫(ダーエ)の名を背負うパリ伝来の紅茶とともに味わうのに、
数十年前の惨劇など必要ではなかった。

演じぬいた役者たちが、言葉ばかりの愛の終わりを告げた夜の調べの残響のなかで喝采を浴びている。
ブロードウェイからの出張公演で、初日公演後の舞台挨拶が続いていた。
彼らは今後しばらくは演じ続け、公演終了後もすこしのあいだ滞在するそうだ。
どの歴々も名高き役者ばかり。仮面を外し、あるいはまた新たな仮面をつけて、観衆に向き合う。

そのなかで、ひときわ輝いているのは、主演女優の――

ご案内:「3番ボックス」にシャンティさんが現れました。
ノーフェイス >  
「……ミカエラ・ベルナール。
 じかに観たのははじめてだケド……」

三番ボックスの――当然ながら五番は欠番――手すり際にテーブルを挟んで、俯瞰で観劇していた。
良い席だった。大勢と肩を並べるシーテッドの拍手に煩わされることもない。
暗い箱のなかから、きらびやかな舞台がよく見えた。
……いまのいままで、言葉を失って呑まれていた。その舞台に。
評する言葉など――出てこない。不要だった。

ブロードウェイの魔王、あるいは新世代の傑作(マスターピース)との異名で囃される花形(スター)
いまなお覇を競い合うあの夜空のような通りで、燦然と光る極星のひとつ。
常世学園の卒業生。在校期間を公安委員会に捧げ、役者としての自らを磨くために心血を注いだ怪物。
歌姫の仮面を外し、天真爛漫な少女のような顔を見せる姿が舞台上にあった。

「キミ、アレと在校期間すこしだけかぶってたハズだろ。面識ないのか?」

ドレスコードをわきまえた様ながら、落第街流(いつものよう)に、
バイオレットが飾られたテーブルにお行儀悪く頬杖をついて。
甘めに淹れたミルクティーをちみちみと口にしながら、たったひとりの同席者に水を向ける。
ただ観劇を楽しむためだけなら、ひとりでくればよかった。
今宵の主題は、彼女に本物(・・)を魅せること――まざまざと、至高の輝きを。
美しき銀紗の髪を掴んで、硝子玉の瞳に、強引に魅せつけるような行いだった。

シャンティ > 「ふふ……そもそも、観劇、なんて……したこと、あった、のぉ?」

天上の輝き、至高の極星、極域の演技……彼女を語る言葉は様々に存在する。
しかし、そのどれもが"実物"の前では陳腐化してしまう。それは、"そういうもの(真なる怪物)"であった。
彼女を口軽く語れる者は、いない。それでも、口にしようとして懊悩する。

"それ"を前にして口を噤むのは、深く感じ取ってしまった者。
それをわかってて、あえて問う。

「……彼女は、公安。私、は……引退、した……図書、委員。
 早々、接点は、ない、わ……よ?」

椅子に綺麗に収まり、姿勢良く座る女は小さく微笑む。
その佇まいは、お手本のような行儀の良さであり、マニュアル通り、とも見える。

「ま、あ……多少、は……覚え、が……ある、かも……しれない、け、どぉ……?」

人差し指を唇に当てて、小さく首を傾げる。

「……そ、れに……して、もぉ……どう、いう……風の、ふきまわ、し?」

演劇は好きだ。輝きは好きだ。それを、見ている分には。
そうして、彼女の内はナニカに満たされていく。

それはそれとして、この相手が此処に引きずり出してきた意図……
察するところはあるが、それはどういうつもりなのか、と問いただす

ノーフェイス >  
「…………」

観劇の経験を問われると、心外だとでも言いたげにドミノの奥の炎色が細められた。

「ボクの生まれは本場だぜ。……いや、その近所…少し遠出が必要……。
 ――ともかく、こんなボックスなんて夢のまた夢だったケドな。価格高騰も進んでたし。
 パパの友達が一家まるごと風邪こじらせて、そのおこぼれ(キャンセルチケット)で一回だけー」

後々、この常世島でマネーとコネクションを得てからは、こういう機会にはよく足を運んでいる。
とはいえ独りで観るのが好きなタイプだ。美術も公演も。
普段なにして過ごしてると思ってんだ、と溜め息混じりにしながらも。

視察(・・)?」

必要だろう、と思った。
自分にではなく、シャンティ・シンに。

「それと、キミの餌やり(・・・)

彼女の内部に蟠るナニカを、育て上げるためだ。
解き放つために。結ぶために。

「キミはどう思った?」

シャンティ > 「ふふ……ごめ、んな、さい……ねぇ?」

くすくすと、笑う。本当に謝罪をしているのかどうか。
けれど、おそらくはかつて観れなかったのだろう。
今は? 今ならきっと観たい放題だろう。
この相手のことなので、きっと様々に経験を積んでいることだろう。

「……」

そうだろうな、とは思った。
この相手の考えていることは、実に……
ああ、本当に……

「餌やり、ね……そう……」

まざまざと、他者の輝きを見せられる。
それはとても楽しく、そして……

「……輝い、て……いる、わね……
 ええ。とて、も……素敵、で……」

そこまでいってから、少し考える。
だが、この相手に対してはもう、今更なのだろう

「とて、も……遠い、わ」

ノーフェイス >  
家族と観たのは、一回限りだ。

「その時も、これ(・・)だった」

濃密な味を嚥下する。思い出がたりではない。単なる事実として。

「あとでパパの書斎(へや)にあった原作……英訳されたものを読んで、
 ああ、歌劇になる際に色々変えてたんだな……って思ったのを覚えてるよ。
 舞台演出は原作じゃないヒトがやってんだし、色々意図もあるんだろうケド」

こういう、原理主義だったり、メディアミックスの話だったり。
この前したよな、なんて軽く笑いながら、甘い味で喉を潤した。

「そりゃな」

孵化前の卵が、なれば羽ばたく巨鳥を見て。
頂点を獲らんとする存在に対し、厳然として横たわる事実。
舞台上の星も――眼の前にいる紅いまぼろしも。

「あれは完璧に演じるだろう。キミよりも、キミをね。
 そういった事実は、認識しておくべきだ。
 自分の現在地を確かめておかず、熱病に侵されながらじゃ勢い任せのものしか出来上がらない」

肩を竦めた。
荒療治なのはわかっているが、必要なことだ。劇薬であっても。
 
「……怪人(エリック)も狂うワケだよ」

あれほど(・・・・)のクリスティーヌであれば。
そう言って、視線を彼女のほうへ向けて。

表情を失った。

舞台上から…… >  
舞台から、それは見ていた。
にこやかに司会に受け答えをしながらも。
怜悧な碧眼が、密やかに流し見た。
勘違いにしては確かすぎる眼差し。
3番ボックスに。

シャンティ・シンこそ克明に。
それを認識し得るだろう。

シャンティ > 「演出は……」

ぽつり、と口にする

「演出、は……表現、よぉ? それ、が……受け、いれ、られる、か……どう、かは……別、だ、けど……ね。
 自分、の……解釈、を……見せた、い……もの、を見せ、る……ため」

虚ろな目で遠くを見つめる。
どこか熱のこもったような、熱が失せていくような奇妙な口ぶり

「だか、ら……原典、への……理解、が……大事、なの、だ、けれ、どぉ……」

小さく、と息を吐いた。

「……読み、とって……再現、する……
 その、力……その、努力……その、才能……は……無二、よ」

どんなものでも、形のあるものなら真似て見せられる。構造を理解すればいいだけなのだから。
では形のない魂は? 自分には模倣も理解もできない。
そんなことは、もうわかりきっている。

それでも――
今回ばかりは、しなければいけない。
そういう事実であり

「……まった、く……嫌味、ねぇ……」

わかっていても、愚痴はでる

「……ぇ?」

視線を"読み取る"。それと同時に、隣の相方が表情を消した。

あれは
あれが
こちらを 観ている

まるで、深淵を覗いてしまったかのようで

ノーフェイス >  
「……認識はしてくれているというワケ」

小さい島に在る自分。外に響き始めた歌声。
極星はその視線がふたりに受け取られたことを確認すると外してみせた。
――公安委員会出身。
それでも、そう。現在は、まだ。
主体は、この紅――現実。現時点。現在地。

「ムカつく……」

この立場から、対抗意識を燃やすのは致し方ないこと。
タイムズスクエアに立ちたいわけではないけれども。

「――――脚本は……少々、ロマンスに。偏りすぎてる気もするし。
 クリスティーヌに……スポットを当て過ぎてる感じもしないかな。
 終わりがけの余韻は……、オーケストレーションも。
 しょうじきなとこ、年季と経験の差を打ちのめされる。
 とっくにくたばったオッサンに聞きたいよ。なに食ってればこんなスコアが書けるんだってな」

確か、オペラに仕上げた作家の元妻が――とか、どうとか。
どこか不貞腐れたようにカップを傾けて、息を吐いた。
……こちらは怪人(エリック)に移入するタイプだ。歌劇では、彼は、エリックとは呼ばれない。

「……キミの」

気を取り直して。

「表現したいものは、確かかな」

バッグからオモイカネ8を取り出して、彼女から受け取った作品を改めて確かめる。
既に実現段階には入っているもの。駆けずり回って島中から部品はゲットした。
だいたいぜんぶ自分がやった。夏は暑い。嫌味も言いたくなろうというものだが発案者も自分だった。

「超大作だ」

紅茶のビスケットがわりに、眼の前で画面の奥に眠るそれを愛でてやる。

シャンティ > 「主に、貴方……よ、ね。
 私、は……木端、だ、もの」

自分はあくまで添え物。認識すらされているのかどうか。
いや……ひょっとしたら、かつての僅かばかりの邂逅を覚えているのだろうか。
それが、この紅といることに興味を持った? まさか

「……そう」

それがどっちであろうと、自分には関係のないこと
ないことの、はずである

「原作、は……だって、ああ……だ、もの……
 創作、は……魂、美学……その、人の……情熱……
 魅せ、れる……もの、を……持った、人の……発露」

劇よりも原典の方をよく知っている。
それこそ、古典などは触れて回ったのだから。

そして、そのどれもが輝いて……自分にはない輝きに満ちていて
……とても、眩かった

「……みっとも、ない……話、よ。
 私、に……出せる、もの、は……それ、しか、ない……の、だもの」

虚ろな息を吐く。
持てるものが少ない自分には、出せるものなど知れている。
その、僅かな中で絞り出せれた、その全てを詰め込んだ

ノーフェイス >  
黒髪(これ)仮面(これ)だぜ」

変装はしている。していてこれ。
恐らくは自分であって、添え物の認識――ではあるかもしれないが。

「…………どーする?()だったら?」

目が合ったのは、こちら。だから、シャンティの言は恐らく事実。
であっても、もしも――を考えると、珍しく化粧された唇が艶然に弧月を描いた。

「第一な――ラウルの兄貴も出ないだろう。
 美形に描かれすぎだよ。なんかよくよく考えるとイライラしてきたな……」

コツコツ、と白い指が仮面を叩いた。
怪人の嫉妬の対象は、同じく内面に醜い嫉妬を描きながらも、ヒーローであり続ける。
ぶつくさと文句が垂れるのは、致し方ないこと。
ドミノから覗く目元が腫れているのはそう、シャンティ・シンにしか読み解けぬ事実。
公演中、暗闇のなかで流れた涙も、ともすれば。

ノンフィクション

――という体で描かれた小説だったはずだ。
……こんな時代となっては、

「マジで居たのかもしれないぜ。
 エリックも、クリスティーヌも……謎のペルシア人?
 悲嘆の告白に胸打たれた男どもの涙も事実だった、地底湖は立ち入り禁止なんだろ。確か」

実際、地下ぐらしの長かったとかいうヤツと知り合ったばっかりだ――
思考によぎった誰かさんを、かぶりを振って追い出した。

「……いずれにせよ。芸術は書き手と受け手の間にあるグレーゾーンだ。
 美学と情熱は、原動力としては大事だけど、伝わらなきゃ意味がない。
 ……伝わらなきゃ意味がないんだ。伝わってもうまくいかないかもしれないんだから」

愛を伝えて。
身も心も醜き怪人はしかし、すべてを伝えて、そのうえで――
――夜の調べとともに。

「紙ペラ一枚の人生というには分厚すぎるって話さ。
 描きたいもの、伝えたいもの、魅せたいものがある。
 あとはそれを研ぐんだ。プラチナのナイフに」

いつかの彼女の自虐をそう笑うと、フリックして読み進める。
内容については一切の冗談やからかいはなかった。互いに試行錯誤と改稿を重ねてはいる。
(少々エンタメに寄せようとしすぎるきらいがあるため)
彼女からのダメ出しもそれなりに真摯には受け入れている。

「…………そういや気になってたんだケド。
 これ、なんでラケルって役名(なまえ)なの?」

しめやかに幕を引かれようとするなか、劇後の歓談が場内に満ちていて。
明るい画面を見せた。意味はないだろうけども。

シャンティ > 「本物、は……本物、を……知る、ねぇ。
 この、場合……は、本質、を……視る、と……いう、ことだ、けどぉ」

"誰かを演ずる"という一点において、彼女を超えることは天地をひっくり返すのと同じく不可能といっていい。
いかに変装しようとも。いかに気配を隠そうとも。その裏の本質を見抜く目もまた、彼女は誰よりも長じていることだろう。

「逆――?
 だと、した、ら……きっと……なに、かを……見抜、いた……の、かも……しれな、い、わ、ねぇ……?
 もし、くは……」

人の姿をしたなにかを。その違和感を、見抜いたのかも知れない。
それも、ただの推測、ただの憶測にすぎない。たまたま気になっただけかも知れない。
互いの希望的観測、にすぎないのかもしれない……しかし

ひょっとすれば、常に天を指して歩む彼女のあらゆるものへの挑戦状、なのかもしれない。
私は此処にいる、此処に来てみよ、と

「美し、さを……人は、求め、る……もの、だし、ね……?
 泥臭、さは……今更、ナンセンス、なの、かも。
 いい、え……美し、く……ありた、い……欲の、現れ……なのか、も……ね?」

輝きたい。たとえ本当の自分が醜かろうと。
現実を超えて、成りたい自分に。自分もそう在りたい、というなにかに。
それを役柄に仮託して見つめていたい、という欲の現れ。

「あり得る、話……ね。事実を、もと、に……脚色、する……原初、の、創作、だ、もの。

 ……ただ、そう、ね。伝わ、らなけ、れば……見せる、意味も、ない……わ、ね」

小さい吐息。
単純なようでいて、それこそが一番難解な課題である。
見せるだけなら、誰だって出来はするのだ。伝えるために、創作者たちは趣向を凝らす。
それを、できるのか

「研ぎ、すぎ、て……エンタメ、に……寄る、のは……いただけ、ない、けどぉ?」

少しだけ。ほんの少しだけ苦情を述べる。ただ、表現としての有用性もよく知っている。
某探偵小説の大家が、真に描きたい作品を出しても硬すぎて見向きもしてもらえなかったように。

「……あぁ、それ(ラケル)
 ヤコブ、の……妻……なんて、ね?ふふ、わから、なければ、それで、いいの、よ。
 それ、は……そうい、う……暗喩、なの、だし。」

それにしては、直接的すぎている自覚もある。
ただ、そんなものが伝わるのは関係者当人くらいであろうし、伝わらないかも知れない。
そこは本質ではないので、伝える必要はない。お遊び程度のところだ。

「そん、な……程度、の、質問、で……いい、の?
 本質、の、外……だ、けれ、どぉ」

ノーフェイス >  
「気づけばアレが被る仮面にされているというワケ」

どこまでも貪欲に、みずからを充溢させるために他者を視て、識っていく。
スワンプマンのように、明日から。アレが誰かに成り代わっていても、誰も気づかないのかもしれない。

「解釈は人それぞれ……、か?
 すくなくとも、アレがボクらを一瞥で食べて(・・・)しまったなら、キミもまた。
 いまの邂逅を糧にしなければ――キミはアレには絶対に及ばないというコト」

受け取りたいように受け取るしかないワケだ。いまのところは。
一瞬たりとも気が抜けないことだけが確かで。
少なくとも――そうしたトップオブトップの視線をもって、シャンティ・シンになにかがもたらされたのならそれでいい。
自分はといえば――――そう遠くない話ではある。
そこに足を踏み出すための、現在であるともいえる。
気づけば、件の魔王様は舞台袖へ。じき、終演からの閉館に行き着くだろう。あとに残るは沈黙のみだ。

「語るべきことではない――のかも」

滲ませればよい。
咲き誇る美しき花だけ、愛でればよいのだ。
その花を目指した時に、重ねられた棘の数に絶望する。

「しょーがないだろ。激しいヤツじゃなきゃ。
 ひとつ、ボクの名前はつかわない――それが条件。
 お客様はよべて、に、さんじゅう……劇場のキャパの一割にも満たないだろう。
 それでもわかりやすく伝えるならエンタメが必要かなと思ったんだ、ひらたくいうと爆発と色気……」

ダメ?と首をかしげた。解答はわかりきっていた。
観客を埋める紅き星の後押しは受けない。すかすかの客席。――それでも。
伝えるのは、困難な演目。

「ヤコブがいないだろ。梯子が必要な話でも……そもそも、それなら別にヤコブでもよかっ……」

なんか引っ掛かりを覚えて問うてみた。
あからさまはぐらかされた感じがしたので、胡乱な眼差しを向けて。
ポットからおかわりと注ぎ足そうとした手がぴたりと止まった。

――…………Rachel(ラケル)

「………………」

よりにもよって?
じっとりとした瞳が、ドミノの奥から注がれた。

「なんてコトやらせようとするんだ」

シャンティ > 「そう、ね……あれ、は……怪物。真、なる……天才……
 彼、らの……よう、な……人。あの、領域、が……」

高く遠い目標。目指すべき行き先(執着)
本当にそこに行けるのか? そんなことは問うだけ無駄なことだ。
たどり着くのだと思い描かなければ、進むこともできない

ああ、本当に
なぜこんなことになったのか。ほんの少しだけ、恨みがましい目で紅を見たかも知れない。

「そう、ね。厳し、い……条件、よ、ねぇ……
 正直、独り、では……無理、なの、は……認める。権威、威光、は……使わ、ない、にして、も……ね。

 ……じゃ――貴方、脱いで……みる?」

爆発、は違う。では色気? それも違う。
だが、必要なのだというなら、投げてみる。
乗るかどうかは、どちらでもいいのだから。

「あら」

言葉に乗せた暗喩。気づかれたら、それはそれでよし。
誰も気づかなければ、それもまたよし。
それは、そういう意図も込めて差し込んだほんの僅かのスパイス。

しかし、相手は気づいてしまったようだ

「気付、いた……? ふふ。
 だって……"それ"……は、この、物語、には……大事、な……役柄、だ、もの?」

くすくすと、女は笑う。

「ああ……無理、か、しら?」

ノーフェイス >  
魂の羅針(コンパス)がそれを望む」

我々(・・)は、そうなのだと。
その領域から告げるのは、こちらもそう。
そこからシャンティに手を差し伸べているだけだ。
見つめられても、ではこう言うだろう。視線がボックスの出入り口に滑った。

――逃げてもいいんだよ?

さすれば苦しみも痛みもない。
泥にまみれず、美しいまま。本気を出さない大義名分が与えられる。
そして紅の残影は、虚構のなかにのみ現れるようになるから。

「イイけどー?」

肩紐をずらしてみせて、あえて悪戯っぽく笑う。
灰の劇場は、あらゆるものが路上パフォーマンスとして扱われるし。
興ざめなレーティングは起こらない。

「ラケルのファンが怒り狂うだろう。
 品のない露出は確かに不似合いな……」

いつものような含み笑いに、言葉を失って。
しばし鋭く見据えたあと、溜め息をついて伏せた。
長いまつ毛の影をつくったまま、ドミノマスクを外す。

瞑目――――数秒。

「………………」

片目だけ(・・・・)を開く。

そこにノーフェイスはいない
偶像化された――都合の良い幻影。
求められるものを、完璧に――――ただ、そう。
魔王(アレ)と違うのは、そこに隠しきれぬ役者の存在感がある(タイプ)

「ラウルは気に入らないと、そういったばっかりだろ」

よりにもよって、が二重に重なり、青息吐息。それをスイッチに。
いつもの調子に戻ると、目の部分に指をかけてドミノをくるくる回して戯れてから装着する。

「キミの理想には、彼女が必要なんだな。
 はいはい、承りましたとも。あとは――そう。
 招待状、出すひとは決まったの」

きし、と椅子に深く背を預けた。
そのあたりの差配は、彼女に任せている。
伝えたい人は、誰なのか。

シャンティ > 「Alea jacta est」

小さな吐息を漏らす。
今更の話だ。そもそも此処まで引きずり出されたのだし。
もう、足を踏み出すしか道は残されていない。後ろには何も残っていないのだから。

それはそれとして、彼女には珍しく愚痴の一つもいいたくはなる。
自分の演出(プラン)が狂ったときよりも……いや、これこそが一番、予定が狂ったと言えるものか。

「で、しょう?」

軽い返事と、その割には真面目に考えて不似合いと断ずるその態度。
どちらも一番可能性が高いと思った予想通り。
だから、薄く笑う。

そして、さらなるその先。相手に張られたある種の罠。

「あ、はは……ふ、ふふふ……」

ラケル(想像上の人物)を演じたはずの相手は、完璧だった。
完璧に、アレを再現している。目論見通りに

「ふふ。また、とない、機会、なの、だもの……味わ、って?」

くすくすと笑う。
正義の味方、みんなの憧れ(ヒーロー)。求めるのはそういうものだ。
この相手には、しっかりと思い知ってもらいたい。
これもまた、愛だ

「あぁ――それは、ね。
 もちろん……ラケルたち、よ?」

そうして、何人かの名前を口にする。

「貴方は? 貴方の、仕事、でも、あるの、だし。
 いい、のよ?」

ノーフェイス >  
「『あいつの顔から』」

鋭く、熱く、まっすぐな。
ラケル(・・・)の声で。

「『仮面を引っ剥がしてやる』」

指先が、シャンティ・シンを指し示した。

「『……そのときは俺もこの仮面を外して、偽りようもない素顔で向き合ってやるんだ!』」

ラウルの台詞を自己流で諳んじ、肩を竦めた。
どこまでいったってガラじゃない話だ。
でも、そうなった、勢い、そうならざるをえなかったふたりだ。

「役者として売るつもりはないんですケド」

汗顔の至りでございます、などと心にもないことを告げながら。
知らない名もあるが、なるほど、と頷いておく。
そのあたりは彼女に委ねるつもりで。

「せいぜい心残りのないように――……ん、ボク?
 普段の公演(ライヴ)ならまだしも、舞台に喚ぶつもりはあんまりないケド」

唇を尖らせて、ひらひらとオモイカネ8をふっておいた。
自分の側の知己に役者としての自分を見せるつもりはない――見せたくない。
という意思表示をしておいた。
してしまった。不覚にも

「―――ん」

それに気づくことは普段ならできたかもしれないが。
不意に画面に視線を注いで……、再び、表情が失せた。

シャンティ > 「……お美事、ね」

その声も、その調子も、その動きも。
すべてが、すべて、女には届かない。
その全てを、ただ読み取っただけにすぎない。それでも、理解した。
そうせざるをえなかった、ふたりの投合

「伝える、こと、には……かわら、ない、わ、よ?」

くすくすと笑う。
心にもないことをいうものだと、とわかりきったことは口にしない。

「……あら?」

心残りのないように、などと嘯いた相手こそが、表情を失う。
その視線の先にあるのは携帯の端末。
それを覗き見ることは容易だけれど、そんな無粋はせず。

「いい、のよ?」

今なら

「せい、ぜい……心、残りの……ない、ように……ね?」

まだ、撤回はできるのだ、と。女は笑う。