2025/11/01 のログ
ご案内:「狂熱の残滓」に伊都波 凛霞さんが現れました。
伊都波 凛霞 >  
『凛霞ー、どうしたの? ぼんやりして』

「え? あ…ううん、なんでも───」

人の波と、冷めやらぬ熱。
太陽は随分と前に沈んで、曇天が月の顔を出したり、隠したり。
少し冷え込んできた時期にも関わらず、その場所の熱気は、その熱源が去ったにも関わらずまるで冷めずに。

「………」

凄かった。
まだ少し、胸が高鳴ってる。
ポケットの中から取り出したチケットをぎゅ、と握りしめる。

「うう~~…。ちゃんとお客として来たかった……」

少女の腕には、風紀委員の腕章が巻かれている。
会場内で万全に敷かれた警備、その一人として少女は会場にいたのである。

ハロウィンナイト。
島のあちこちでイベントや雑踏の警備が行われる。風紀委員は当然、その多くが動員される。

このライブの招待チケットが届いた時、その日は絶対オフにすると息巻いていたのだけれど。
結局は人手がいる…ということで、じゃあせめてそのライブ会場の警備にまわして下さいと超私利私欲で押し通したのである。

伊都波 凛霞 >  
客席ではなく、ステージ前での雑踏警備。
ある意味一般客よりも近くで、その熱を受け取った。
勿論仕事で訪れているが故に存分にその熱気に呑まれるわけにはいかなくて。

それでも、耳に伝わる。身体に伝わる。
ステージ上へ視線を向ければ吸い込まれそうになって、頑張ってそこは自制をして──。

『撤収だって、先に行ってるねー』

掌のチケットに視線を落としていると、同僚の女の子からそう声がかかる。

「うん。わかってる。──もう少しだけ」

人が疎らになり、そしていなくなるまで。
そこまでしなくてもいいのに真面目だー、なんて少しだけ苦笑される。

熱狂の夜の余韻、まだ会場に残る熱に身を晒したくて。
歩み過ぎ去る客の顔は様々。
まだまだその余韻に浸る人、満足そうに歓談する人、一時の熱演の感動を共有するオーディエンス。
その坩堝の中で、存分にその一員となれなかったのは、ちょっとだけ寂しかったけど…。

まだあの人が落第街でその音を披露していた頃から、気にかけていた、俗な言い方をすれば"推し"の一人。
そんな人が、今はこの大きな会場を埋め尽くして、表舞台で数え切れない人を熱狂させていることの歓喜は筆舌に尽くし難い。

握り締めたチケットをポケットへ仕舞い直して、自分の顔に手を当ててみる。まぁ当然、まだ熱い。熱に当てられている。
警備の最中にステージに向けた視線とかが、ものすごくきらきらとした眼差しだったりもしたわけで。
おめでとうって言いたかったなとか、ありがとうって伝えたかったな、とか。色々あるけれど。
お客としてではなかったけれど、むしろもっと近くでそのステージを見ることが出来て…。
当然、注意をそちらばかりに割くわけにはいかなかったけれど。

もう少しだけ。もう少しだけ、この会場の余熱に浸っていよう──。

ご案内:「狂熱の残滓」から伊都波 凛霞さんが去りました。