2025/02/12 のログ
ご案内:「転移荒野」に銀の狼さんが現れました。
■銀の狼 >
空に真円を描く月が上る夜。
駆ける。
駆ける。
獣の影が、疾風の如く、荒野を駆け抜ける。
知恵ある獣は、疾駆する影にあるいは退き、あるいは身を隠す。
異なる世界からの獣であっても、牙を剥こうとするものは少ない。
警戒を抱き、敵意を見せるモノはあっても、それを「実行」に移す事はしない。
駆ける。
駆ける。
銀の影が、満月の夜を駆けていく。
転移荒野を駆け抜けるのは、全長3メートルにも達する、巨大な銀色の狼。
他の獣に牙剥くでもなく、牙無き獣を狩るでもなく。
ただ、巨狼は、風の如く荒野を駆ける。
■銀の狼 >
まだ真冬と言っていい季節。
吹きつける風は冷たく、鋭い。
だが、それがいい。その鋭さが、その厳しさが、人の世で過ごし続ける中で
忘れてしまいそうになる、野性の厳しさを思い出させてくれる。
風と共に走り続ける事で、己が野性を未だに忘れていないのだと、思い知らせてくれる。
――重く、煩わしく、時にどす黒い、ニンゲンの世を、一時とは言え、置き去りにさせてくれる。
走る。
走る、走る。
走る、走る、走る。
そうすれば――何もかもを置き去りにして、厳しくも懐深い、自然の理の中に、
一時であっても帰れるのだと……そう、信じて。
巨狼は、銀色の風となって、荒野を駆ける。
■銀の狼 >
……どれ程の時間を、ただ走り続けていたのか。
走り続け、熱を持った身体に、冷たい風が寧ろ心地よくさえ感じてしまう。
草の匂い。
気が付けば、巨狼は荒野の中の草原に立っていた。
脚を止め、草の匂いを嗅ぎ。
一時、身体を休める。
座りながら天を向き、星空を見上げる。
人工の光は、此処には少ない。
無論、ある所にはあるのだが――こんな荒野に村を造り、住もうという物好きたちの
住処からは、随分と離れていると分かる。
地上の光に邪魔をされる事なく、夜の空を見上げる事が出来る。
大きいもの、小さいもの。幾多あれど、その光は此処から眺めるにはとても小さい。
まるで粒のようにしか見えない星は、此処からどれだけ離れているのか。
そういう視点で見れば……太陽よりはあまりにも控えめな自己主張だが、
未だ夜空の真ん中に真円を描き、光を放つ月は、最も近しい隣人なのかも知れない。
――月はいつも、其処に在る。
ただ、光が届かず、見えないというだけで。
新月の日も、満月の日も、月は変わらずに其処にある。
難儀をする事が多い日ではあるが、それでも月が見えない日よりは、こうしてよく見える日の方が好きだった。
巨狼は、静かに月の浮かぶ空を見上げている。
■銀の狼 >
やがて、時が過ぎ、身体の熱が取れれば。
銀色の巨狼は、再び走り出す。
向かう先は、学園都市。
一時の野性に還る時の、終わり。
明日からはまた、ヒトの枠組みの中での生活が待っている。
その中で生きる事を選んだのは己だ。
そうでなければ――生きていける場所は、ないから。
それでも、野性の匂いと其処に惹かれる性は断ち難く。
銀色の風の速度は、ほんの少し。ほんの少しだけ。
荒野を思う侭に駆け抜けた時よりも、鈍かった。
ご案内:「転移荒野」から銀の狼さんが去りました。