2024/06/09 のログ
ご案内:「青垣山 廃神社」に緋月さんが現れました。
緋月 > 時刻は凡そ3~4時といった所。
人気のない、山中の廃神社にひとつの人影。
ゆらりと周囲を確かめ、息を吐く。

「…よし、誰もいない。
まだ施設も借りられないし、此処なら迷惑をかける事もないでしょう。」

グレーのポニーテールを軽く揺らし、暗い赤色の外套【マント】を纏う少女が、手にした刀袋の紐を解く。
袋の中から現れたのは、白い柄巻に白い鞘塗り、金の鍔の日本刀。

「手紙も置いてきましたし、暫く鍛錬から離れていたから…少し気合いを入れないと。」

独りごちつつ、中身を取り出した刀袋を外套の内側にしまうと、刀の柄に手をかけ、ゆっくりと鞘から引き抜く。
濤乱刃文の刀身が日光を反射し、きらりと光る。

緋月 > 鞘を袴に差すと、書生服姿の少女は大きく息を吐きながら刀を八相の構えに持ち直す。

「――――――」

暫し息を整え直し、刀を大上段に構え直す。
そのまま構え続け――否、ゆっくりと、本当に少しずつの速度で、手にした刀が振り下ろされていく。
速度を気にしなければ、素振りの挙動そのもの。
それを、ひたすらゆっくりと行う。

「…………っ。」

きし、と歯を噛み締める音。
構えて、振り下ろし、また構え直す。
普通であれば数秒で終わるような動作。
それを、ただひたすら、ゆっくりと時間をかけて行う。

普通の素振りであれば気にならない筈の腕の筋肉が、敢えてゆっくりと動作される事で負荷に軋みを上げる。
しかも、持っているのは竹刀や木刀ではなく鉄製の真剣。
その重量も当然のように圧し掛かって来る。

数分が経つ頃には、少女の顔には玉のような汗がいくつも浮かんでいた。

緋月 > (ちょっと――なまって、いるか、な…!)

あまりに噛み締めすぎて奥歯が割れないように気を付けながら、静かに刀を振り下ろし続け――ようやく、半分。
切っ先が、地面にギリギリまで近づく。
素振りに連動させるように摺り足でゆっくり動かし続けた足は、地面に摺り跡を残していた、

だが、これで終わりではない。

(もう、半分――。)

今度は、ゆっくりと刀を握る腕を振り上げ始める。
振り下ろす時よりも更に大きな負荷が、腕を襲い始める。
それでも、汗こそ浮かべれど、刀を握る手は震える事無く、時間をかけて少しずつ持ち上がっていく。

緋月 > ゆっくりと、ゆっくりと。
まるで静かに動く機械のように、刀を手にした腕は持ち上がり、足は摺り足の跡を逆になぞっていく。
顔に浮かぶ汗が流れ、顎から雫となって落ちていく。

そして、最初の振り下ろしの動作から凡そ20分。
牛歩のように持ち上がっていた刀が、天に向かって振り上げられた形で停止する。

20分。20分近くをかけての、素振り一回の動作。
最後に大きく息を吐き、構えを解くと、少女は息を切らせながら額を拭う。

「はーっ、はー、っ……やっぱり、ちょっと鈍ってる…。」

こちらに来てから諸々の出来事があって、ようやく鍛錬に使えそうな時間が取れたので、まずは現状の確認。
少し心配していた通り、疲労が強い。
鍛錬に時間を割けなかったのは不可抗力だが、それでも取り返さないといけないものは取り返さなくては。

「とにかく、鈍った分を取り返すのが一番かな――。」

大きく息を吐き、空を見上げる。太陽は、まだまだ眩しい。

緋月 > 呼吸を整え、汗をもう一度拭い直す。

「まずは、基礎から――。」

小さく呟き、書生服姿の少女は再び八相の構えで刀を構え直す。
す、と、赤い瞳が鋭さを増す。

「…疾っ!」

たん、と音を立て、踏み込みからの袈裟斬り。
間髪入れず、バックステップからの切り払い。
身体を大きく沈め、地を這うかのような体勢からの斬り上げ。

規則正しい、型をなぞるような動きではない。
まるで目の前に真剣を手にした対手がいるかのような動き。
否、少女の目にだけはその相手が映っているのだろう。

時に受け止め、時に打ち払い、時に躱しながら。
己の目にしか映らぬ対手と、少女はひたすらに打ち合い続ける。

緋月 > 「――――破ァッ!」

いつまでも続くかと思われた剣舞…あるいは不可視の「誰か」との仕合。
それにも終わりは訪れる。
ひとつ、大きな声と共に放たれた横薙ぎ。
それが終わりの合図となった。

「……ふぅっ。」

一つ息を吐くと書生服姿の少女は刀を収め、虚空に――あるいは、そこにいたであろう「何者か」に向けて礼を行う。
すっかり汗だくになっていたが、その瞳は随分と活き活きしたものであった。

「………あっ。」

そこでようやく気が付く。
まだ空にあったかと思った太陽が、地平の向こうに姿を隠そうとしていた。

「いけない、そろそろ戻らなくちゃ…!」

稽古に出る旨の手紙を置いてきたとは言え、居候先の女子学生に迷惑と心配をかける訳にはいかない。
慌てて刀袋を取り出し、白い刀を収めて紐を結び直す。

「……誰も見てないし、いいよね。」

きょろきょろと周囲を見渡す。
気配は感じない。視線もない。良し。

緋月 > 目を瞑り、意識を集中させ、言葉を紡ぐ。

「いと駆け疾けき韋駄天神に願い奉る――」

言葉は心象――イメージを固める最も身近な手段。
言葉を合図に、精神を集中させる。
身体に、氣が廻る。

「いざ――縮地!」

その掛け声と同時に少女は目を見開き、

次の瞬間。
たん、と軽い音を立て、一陣の突風を残して、
外套を羽織った書生服姿の少女は、まるで風のように、廃神社の境内から姿を消していた。

少しすれば、元の静けさが廃神社にも戻る事だろう。

ご案内:「青垣山 廃神社」から緋月さんが去りました。