2024/06/17 のログ
ご案内:「青垣山 廃神社」に緋月さんが現れました。
緋月 > 今日も今日とて、青垣山の廃神社に現れる人影。
修繕が終わったばかりの書生服と外套(マント)を来た少女である。

「――さて。」

常に持ち歩いている刀袋とは別の、もうひとつの刀袋を腰から抜き取り、しゅるりと紐を解く。
中身は一振りの木刀。柄を掴み、軽く振るえば、ヒュン、と軽めの音が響く。

「うん、悪くないバランスですね。」

緋月 > 中身を抜き取った刀袋を懐にしまい、愛刀の入った刀袋は腰に下げる。
改めて木刀を両手で構え、中段から素振り。

「ふっ――!」

ひゅん、と軽い音を立てて木刀が振り下ろされる。
その軌道を目にして、少々難しい表情。

「少し力が入り過ぎてますね。刃筋も…少しですが乱れている。」

手首だけを動かし、木刀を軽く揺らす。
持ってきたのはただの木刀ではない。桐で出来た木刀である。
桐の木刀は柔らかく、打ち合いにはまるで向いていない。
だが、重さが通常の木刀よりも遥かに軽いので、力の入り過ぎや刃筋の乱れなどが分かり易い。
そういった部分を矯正したり、打突のスピードを増す為の訓練に使うにはうってつけなのである。

ご案内:「青垣山 廃神社」にノーフェイスさんが現れました。
緋月 > 他にもその軽さから、桐の木刀は女性や子供といった非力な人、肩を痛めた者のリハビリの為の素振りに適している。
最も、今回の目的は己の刀の振りの乱れがないかの確認だが。

「よし…今日は、乱れの矯正を主眼にやっていきましょう。」

ふぅ、と一息吐き、書生服姿の少女は木刀を構え直す。
一振り。また一振り。
力の入れ方や、振り下ろしの勢いに注意を払いつつ、素振りを繰り返す。

地味で遠回りに見える訓練が、何よりも近道なのである。
廃神社に、木刀を振り下ろす軽い音が響く。

ノーフェイス >  
良い音(・・・)が聴こえた。

吹き抜けた風でもなければ、怪鳥の嘶きでもなく。
不意、そちらに足を向けて歩き出すのは、山歩きとしては褒められたものではなくとも。
そちらに道があったのだ。であれば行く理由は十分にあった。

「ん」

古びてもなお確かな石段をあがりきり、ちょうど鳥居の真下に立つ。
どこにでもいそうな格好に、不自然なほど白く整った容貌の。
果たして、()の主をみつける。

振り抜かれる木刀。

(なるほど、これ(・・)か)

気配を断つでなし、しかし声を上げるでなく。
暫し――暫しは、それを見守ろうとした。
気づかれるか、あるいは、自分が声を出したくなるまで。

緋月 > 「ふっ……はっ……!」

軽い木刀とて、何度も振り抜けば汗も出て来る。
何より、もう夏も近い。少し熱を感じて来た。

(………見られている。)

暫し素振りを繰り返した所で、何者かの気配。
それと、視線を感じる。
――だが、声を掛けて来るでも、ましてや通り魔よろしく打ちかかって来るでもなし。

(心の乱れは、刃の乱れ!)

書生服姿の少女が出した結論は「気にしない」であった。
見られて乱れる刃筋ならば、まだまだ己は未熟者。
むしろ、この視線や気配に惑わされずに刃筋を正していかなくては。

ひゅん、ひゅん、と、変わらぬ素振り音が廃神社の敷地に響き渡る。
どれほどそれを繰り返したか。
ようやく一段落し、休憩に入る気になったらしい書生服姿の少女が、大きく息をつきながら木刀を下ろす。
声をかけるならば、丁度良いタイミングであろうか。

ノーフェイス >  
見つめる瞳は、さいしょは好奇で。
つづいた色は、見定めるような険しさで。
視ているだけで無粋なれ、妨害の意がないのは確か。

音が止んだ――荒く息つく少女の場所に。
鳥居から身を剥がした姿が、少女にゆっくりと歩み寄る。

「いい音させてたから、つい足が向いちゃった。
 でも、……なんだろ。なにかを探してるっていうか、たしかめてる感じがした」

こぼれた、ひとききでは男か女かとらえづらい甘い声。
見れば既視感を与える、化生か何かのようなその存在は。

「ボクに気づいてたろ。邪魔しちゃった?悪いね」

戯けたように、肩を竦めて笑った。

緋月 > 「一時振り返り、己の乱れや不足を確かめるのも鍛錬ですので。」

聞こえてきた声――男とも女ともつかぬ、不可思議な声に、額を軽く拭いながらそう答え。
邪魔をしたか、と訊ねる声に、振り向いて返事を、

「ええ、まあ。見られて困るものでもなし、その程度で揺らぐのは私が未熟なだけ――ですの、で…。」

返しながら、奇妙な感覚を覚える。
少し変わった帽子に、当世風の服装。
その顔に、既視感がある。
顔を合わせた覚えはない筈なのに
奇怪としか言いようのない、齟齬。

「……あの、失礼ですが何処かでお会いしましたか?
私の記憶力が悪くなければ、ですが…初見の筈、なのですが…。」

ぬーん、と、どこか愛嬌のありそうな悩み顔。
本人はいたって真面目に悩んでいるのだが。

ノーフェイス >  
ぎゅ、と顔を峻厳に引き締めて。

「見られたからには、生かしておけぬ!」

……と言ったあと、表情を柔らかくした。

「……とか言われたら、どうしようかと思った。
 見物料とか――……水あるけど。未開封の。どう?」

リュックを開け開け、ペットボトルを示す。
見ず知らずの他人からもらったものをそう飲めるかという話だが。
格好だけはどこにでもいそうな登山客ではあるが、日焼け知らずの肌はアンマッチ。

「―――ん」

視線をむけた。
言われ慣れた言葉だ。同じく考え込むよう、みずからの細顎に指をあてて。

「遠巻きに見た、ってんでもなきゃ……
 キミみたいな可愛い()を、ボクが忘れるのはありえない、かな」

至って真面目に。初対面だ、と告げる。

「ボクは音楽家でね、普段は公演で人前にも立ってる。
 なんかで顔を見たんじゃないカナ……ノーフェイス、って名乗ってる。
 ひたむきで、さわやかな汗の似合うキミのおなまえはー?」

覗き込み、まじまじと。
爛々と輝く炎の瞳が、覗き込むのだ。

緋月 > 「ぬぅ…お戯れを。」

にゅーん、という音が付きそうなテンションで、口説き文句のような返答に答える。
少なくとも、この目の前の麗人――というには年若い気のする人物と自分は初対面ではあるらしい。

「辻斬りでもあるまいし、稽古を見られた位で命を奪る程狭量でもなければ、血に飢えている訳でもありませんよ。」

少し困ったようにそう返答しながら、差し出されたペットボトルには「いただきます」と有難く貰う事に。
軽く口を付ける間に、改めて相手を確かめる。
まるで流れた血のように鮮やかな髪。燃える炎のような瞳。ひどく色白な肌。
戦慄する程の美人、だと思う。

(背も高い。本当に――人間離れした美貌、と言えばいいのか。)

軽く喉を潤し、小さく息を吐く。

「音楽家、ですか…生憎、そちらの方面にはとんと疎いものでして。
もしかしたら、貼り紙か何かで見たのかも知れませんが…あ、お水、ありがとうございます。」

言いながら、自身を覗き込む瞳をこちらも見返す。
赤い眼が、ただ真っ直ぐに。

「ノーフェイスさん、ですか。ご丁寧にどうも
えと、緋月と申します。」

己の瞳が血の赤ならば、この麗人の瞳は――今も燃えている劫火、と言えばいいのか。

ノーフェイス >  
軽薄な風体。柔らかい雰囲気をつくり、警戒を解こうとするようでもある。
美しさが整の感情だけを与えるわけでもない、という典型でもあろう。

「本気だよぉ。健康的な()すきー。ひたむきに頑張る()も!
 お。じゃあ、これもどーぞ。塩っけあるもん欲しいだろ?」

飲んでくれるらしい。じゃあ、ついでにビスケットも渡してみよう。
塩分と糖分。疲れた体に効くやつだ。何枚か入ってる。水もすすんじゃう。

「きれい……」

思わず。目をみてこぼれでた。ピジョンブラッドのそれよりも深そうな、赤。

「ひづき……えっと、どうかくの?
 漢字にまだつよくなくてね。語感だけだとちょっと……ピンとこなくって……」

西洋人だ。言葉はわかるが、漢字のチョイスとなると――これか?と出てこない。
だから、近く。香水の甘い香り(グルマン)がつたわるほど。 

「……キミのこと、知りたいな。
 狭量でも、血に飢えてるわけでもないなら、キミの剣とはなんなのか、とか」
 
炎が、燃える。表情は穏やかなものでありながら。
向ける興味は獣のように力強く、裏表のないもの。

緋月 > 「う~む…もしかして、私、口説かれております?
あ、有難く頂戴します。夏が近いせいで、汗を流しやすくて…。」

お言葉に甘えつつ、ビスケットを口に運ぶ。さくり。おいしい。
ぞっとするような美貌とは正反対の、軽薄というか、人懐っこいというか、距離感の近い態度。
だが、決して気分の悪いものではない。人との接し方を分かっている、という気がする。

「…その、そう言われる事が、あまりないので。
すみません、どう反応してよいのか。」

ちょっと俯いてしまう。気分を悪くしたわけではない。
目の前に「綺麗」を描いて豪奢な額縁に入れたような方からそう言われて、少し顔が熱くなった。

「あ、これは失礼しました。
えと、ひ、はこう、これ、このように書いて――」

手近な所に落ちていた枝を拾い、廃神社の土がむき出しの場所に筆代わりに滑らせる。
――化粧品というよりは、香の香りに近いような、甘い香り。
少し、頭がくらっとした。

「――という字です。
簡単に言うと緋は赤色、月は夜に見える天の月です。」

これで通じると良いのだが。
言語の差というのは大きいのだな、とちょっとだけ実感しつつ。

「ぅぅ……何と言いますか、その、もう少し、言い回しを…。」

ちょっと顔の熱が強くなってしまった。
が、剣の事となると、すぐに真剣さを取り戻す。

緋月 > 「――何分、修行中の身の上でして。
不遜な事を、と言われるかも知れませんし、事実私が語るには実力不足もいいところだと思います。」

そう、前置きを置く。

「……風を。

風を、斬ってみたいと、思った方がいるのです。
人は斬れる。木も、竹も、斬れる。
見えるモノは斬れるのに、見えないものは斬れないのか、と。

風に向かって、幾度も刃を振るうのです。
愚直なまでに、何度も、何度も。

そんな事を、どれ程繰り返したか。

ある時、ふつ、と手ごたえがあって、風が裂けたように、二つに分かれて吹いていくのです。

ならば、流れる河は? あの空は? 虚ろなるものは?

――そのように、斬れぬものに挑み続けた、狂人の系譜。

それが、私の――私の血が、先祖より継いで来た、剣です。」

最後まで言い切り、直後に少し情けない笑顔。

「…大体の方は、おかしな事だ、酔狂だ、気が違っていると、笑い飛ばすものですが。」

ノーフェイス >  
土に穿たれた、彼女の名前。
へぇー、と相槌を打ちながらそれを聴いていると、視線をちろりと彼女の顔に。
緋。数日前にも、この字を背負った剣持つ少女と出会ったっけ。

「赤い月、ってことね。空の遠くにみえるやつだな………、
 …………え、名前まで綺麗なのかよ。スゲーな……
 なんかノーフェイスって名乗ってるのがちょっとバカみたいになってきたな」

気づくのが遅い。

―――しかし。
受け止める。まじまじと。
どうにも、ここまで素直に喋ってくれるとは思わなくて。
しかし、喋ってもいい、あるいは。言葉(かたち)にしたかったのか。
いずれにせよ、その存在は、茶化すことも、笑うこともせず。

まっすぐに少女をみつめながら、その在り方を受けた。
自分の混沌(むね)の中に、取り込んだ。

「……キミにとって、」

ノーフェイス >  
「いちばん大切なのは、」

首を傾ぐ。

「ご先祖様から引き継いだ、という事実?」

それゆえに、その剣にひたむきに向き合っているのか?
一族が脈々と継いできた、技と心に。

「それとも、その剣の在り方そのものに。
 キミ自身の魂が魅入られているのか」

それとも?
その剣のありかた、そのものについては未だ言及せず。
この存在は、緋月という少女の在り方を問うた。
なにゆえにその剣に、狂気に、向き合い続けているのか。

軽薄な空気はいつしか剥げ落ちて、聖哲な、力強い瞳が、みつめていた。

緋月 > 「えと…何と申しますか、ノーフェイスさんのお名前もカッコいいと思いますよ?
その――横文字言葉は、あまり詳しくないのですが。」

ちょっと情けない笑顔の、横文字言葉に縁遠い少女のフォローの言葉は、頼りない物だった。
が、己にとって「いちばん大切なこと」を問われると、瞬時にその顔は真剣さを取り戻す。

「――――私は、」

口の中が渇く。ビスケットのせいではない、それを言葉にする事に、ひどく力が要る。

「始祖が興し、受け継いできたものは――確かに、大事です。
それを受け継いできた、歴代の継承者の皆様方も、偉大だと。」

事実だ。だが、それ以上に、

「ですが、私――わたし、は、」


それを、口にすれば、事実にすれば、

「――――斬って、」

宗主にも、血を分けた姉にも、心の底で感じながらも黙って(秘して)いた事。
例え目の前の麗人の瞳の熱に浮かされたのだとしても、
己の意志で口にすれば、

「――――斬りたい(理解したい)のです。
己が相対する物が何者であるか、何を以て、刃を交えるか、何を抱え、その有様へと至ったのか。

斬って(理解して)理解したい(斬りたい)のです。」

嗚呼、もう――無かった事には出来ない。

ゆら、と剣気が揺らめく。
掌に、力が籠る。

赤い瞳が、朱さを増す――。

ノーフェイス >  
「ン―……まァ、なんだろ」

すこし考えようとして、煩わしいキャスケットを取る。
押し込まれていた、艶めいた血色の髪がばさりと広がった。
首を揺すって、整える。

「ボクは剣とか全然わかんないんだケド。
 それを、たとえば……敵?を殺すためのものだ、と定義していたり。
 危険から自分や、だれかをまもるためのもの……と考えるなら。
 たしかに、おかしいのかもな。それは社会的な評価(・・・・・・)として正常だとは思う」

要するところ、そうした社会に在るならば。
後ろ指さされても、仕方がないことではあるのかもしれない。
ましてそこまで真面目に剣の是々非々を語る環境、想像もつかないが――まあ、あらましはそんなところだろう。
おそらくそこに至るまで色々やっている(・・・・・・・)ハズだ、とまでは思い至る。

やおら剣気を総身に浴びて。
それは、臆さない。
気づかぬほどの、愚鈍か。

「ンでも別に、理路は通ってると思うケドな……?
 風は切れたんだろ。じゃあどこまでやれるのって考えるのは自然じゃないの。
 破れかぶれに振ってたんじゃないハズだ」

思推する。

「ンで、斬れぬ(・・・)もの……は。斬れた瞬間に、斬れる(・・・)ものへと変わる。
 そして、その時に……剣士(キミ)は、斬れる存在へと代わり、ひとつ段階を上がる。
 目標とする対象はより困難で不透明なものへと段階的に上昇し――
 みずからを理想へと近づけ、そして証明する。そのくりかえし。
 ――しごく真っ当(・・・)だと思うケド。
 研究や探求のアプローチとしちゃ、王道なくらいじゃない……?
 ……挑戦(・・)。人間が生きるうえで、欠かしてはならぬモノ……」

受け止めた。こういうものの見方もある。
剣士ではない。音楽家。社会に属しながらも、自分の世界観で物事を見るモノ。
考えながら、視線を動かし、しごく真面目に、しかし。しかしだ(・・・・)

「でもキミは、探求の(未知)のなかに……快楽(よろこび)を見出しちゃった、か?」

表情が、緩む。
微笑んだ。浴びていた――理解していた。

()快楽(よろこび)……なるほど、ずいぶんと()が深い。
 その熱っぽさ。剣士ではないボクには識り得ようもない感覚だケド――
 他人(だれか)を識りたい、という欲望においては、共感はある。
 そもそも、ボクは取材のためにキミにこうして訊いてるワケだしな」

識ることで。
みずからの混沌を満たし、そこから最高の音を生み出すために。

ノーフェイス >  
緋月(・・)

その、声は。
煽るような、甘さ。
謎を深める、芳醇さ。
剣を誘う、淫らさで。

しかし、ほんの柔らかな囁きに。
――待て(・・)、と。
子犬を確かに制するように、力強く、少女を戒める。

待て(・・)が聞けねば、良し(・・)もない。
融けた砂糖のような艶を帯びた瞳が、まだ話をつづけるよ、と。
逸る少女を、より滾らせ、焦らしながらも――まだ、戒める。

判っていた。
そのうえで、まるで臆していない。

緋月 > 「――――っ!!」

は、と、気の流れが変わる。
何処か誘うような、甘い言葉。その中に混じる、制止の響き。
それが、「鬼」を少女へと引き戻す。

「は……っ…!」

浅く呼吸を繰り返しながら、両手を見る。
じっとりと、汗がにじんでいる。
暑さのせいではない。それは、自分が一番よく分かる。

「す――すみません!

私、わたしは――どうしても、「これ」を切り捨てられない…!

何かを、誰かを――深く「理解したい」と、深く「知りたい」という気持ちと、「斬る」という衝動が、切り離せない…!

……わかっているのです。
特異な力の有り無しだけで、「鬼子」と呼ばれる筈はないと。
閉じ込められる事もない、と。

きっと、里の誰かに気付かれていた…私の、この本性は――。」

両手を顔に押し当てる。
涙の代わりに、噛み締めた唇の端が切れて、血が雫になって落ちる。

快楽(喜び)だけだったなら、まだ良かっただろう。
それは、人なら誰しも持っている、「誰かを知りたい」という思い。
目の前の麗人が語る通り、誰にもあって然るべき欲望。

それが、「斬る」という本能染みた衝動と、繋がってしまっている。

故にこその「鬼子」。

ノーフェイス >  
「……………」

ああ、相当降り積もってるなあ、と。
彼女の言葉をきいて、内心の理解には及ばないから、言葉ばかりの理解でも。
異端の剣のなかでも更に異端児とされてきたのだろう。

「まァ」

肩を竦めて。

「けっこうビシビシ来てたな。キミの、その()りたいの本気度合いは」

ごまかさない。肌に浴びたその、危険な感覚は。
生易しい同情はしなかった。
けれど、そこで少女に嫌悪感や、そういったものは抱かない。
そういう人間もいるんじゃないか、と受け止めてしまうのも、また感性。
社会的な正しさでは生きていない。

「……いまの、地球。この時代では。
 いや、たぶんどんな時代も。奨励されることはないものだろう。
 衝動による殺人を許容したら、社会は立ち行かなくなるから」

長い血の髪をがしゃ、と掻いて。
新時代への適応――それを視る限り、他人への殺害欲、どんな内実があろうとそれは適正なしと判断されかねぬ。

「…………切り離したうえで、キミがキミでいられるのなら。
 あるいは、抑え込んで生きようってのは。
 考えて、決意して、そう生きると決めるなら、いいことだと思うケド」

覗き込む。
頬に手をあてて、こつん、と額と額をあてた。

「でもボクのことを()りたいんだろ?」

まっすぐ見つめて、囁いた。
それは、事実の確認だ。
深き闇を。甘き紅を。
斬れるかどうか(・・・・・・・)もわからぬ、強大にして無辺の()を。

待て(・・)はかけたまま、たしかめる。

緋月 > 「……………。」

誤魔化しのない、ストレートな言葉に、却って助けられた面もあるのだろう。
書生服姿の少女は、顔からそっと両手を除ける。
噛み締めた唇から血が流れているのが分かり、ぐい、と乱暴に拭い取った。

「――はい、それは、分かります。
旅に出る前にも、人を斬れば罪に問われると。」

今の世の中に生きるならば、極当たり前の事。
それを改めて確かめる。

そして、血の色の髪の麗人からの囁きに、再び瞳が揺れる。
葛藤。
忙しなく視線を動かし、頭を掻き、喉元に手を当てては呼吸を繰り返し。

「――――」

言葉を出しかけてはやめ、という動作を何度か繰り返した末に、

「……はい、
斬りたい(知りたい)、です。」

反射的に、腰に差した刀袋に手が伸び、

ノーフェイス >  
 
 
「イイよ」

斬られても。

「ただ、」
 
 
 

緋月 > 「――でも、」

理性――あるいは、人に寄らんとする声なき叫びが麗人の言葉を遮り、その手を止め、降ろさせる。

「もしも、斬れてしまって、ノーフェイスさんを殺めてしまっては、悲しいので、」

泣きそうな笑顔で、言葉を紡ぐ。

「――もしも、「命を斬る事なく人を斬る」事が出来るようになったら、
その時に、改めて、斬らせて(知らせて)貰えますか?」

まるで、夢物語のような、宣言。

ノーフェイス >  
「…………」

目を瞠った。
互いの場所に隠れた先で、書生服の腹部に指先がふれた。

「……半端(・・)なのは、イヤだからね」

伝えようとしたことは、それだ。
未熟だといったその剣が、完成した暁には――相手をしよう、と。
そう告げようと思ったのだ。
はしたない子犬に待てをさせて、刃を研ぎ上げさせようとした。
けれども。

「……いやでも。その発想はなかったね。
 正直……びっくりした。その手があったか(・・・・・・・・)……」

剣っていうものは、基本的に殺傷と比翼連理(セット)だと思っていたので。
なるほど、これが門外漢がゆえの浅さ――恥じ入るばかりだ。

「社会と、他人と折り合うために、行き着いた結論が命を斬らない魔剣(わざ)か。
 …………謎掛け(リドル)みたいな人生だな。めちゃくちゃやりがいもありそうだけど。
 ン。……んー、……じゃあ、……条件を出しても?」

基本的に待つことはしないが。
剣に身を委ねろというのなら、まずひとつ。