2024/09/11 のログ
ご案内:「青垣山 廃神社」に緋月さんが現れました。
状況 >  
――完全な、申し開きも出来ようがない敗北。

その敗北から書生服姿の少女が目覚めたのは、朝も過ぎ、昼の少し手前、という時間帯だった。

目が覚めた後、狼面の男に押し付けられたのは、串焼きにした肉と、水。
碌に飲み食いもしない者が、まともに剣を振れる道理などない、と、
耳に痛いがごく当然の道理を叩きつけられての事。

口にした串焼きは、食べた事のない食感の肉だった。
強いて挙げれば牛を思わせるが、より身が締まって脂も少ない、野生に近い肉。
大雑把だが味付けはされており、食えなくはない――というより、
下手な調理の肉よりはよっぽど美味いものであった。

食事を終えた後は、消化が進むまでの運動。
厳しかったが、折角食べたものを戻す程に過酷なものではない、
許容範囲を弁えた運動内容だった。

それが終われば――再度の戦い。

少女が仕掛け、狼面の剣士が迎え撃って叩き伏せる。
その繰り返し。
身に着けた技が悉くいなされ、捌かれ――少しはあった筈の己の
剣の腕への自身が、木っ端微塵に砕かれた。

それでも尚、少女は諦めなかった。

幾度も食らいついていく内に、少しずつ、だが確実に、
叩き伏せられるまでの時間は伸びていった。

そして、少女自身も無自覚の内に、叩き伏せる男の扱う技を――練度こそ
全く及ばなかったが、己のものとして吸い込んでいった。

そして、もう幾度目かの戦いの末。
今までで最も長く戦い続けられた、その戦いで――――

緋月 >  
「はぁっ…はぁっ……!」

もう、何合打ち合った事だろう。
相手は相変わらず、油断もなく構えている。
大して、自身は幾度も叩きのめされて、すっかり埃塗れの煤けた有様。

――だが、最早それを恥とは思うまい。
この狼面の剣士が何を考えてかは知らぬが…少なくとも、広義で見れば
敵対者ではないと、既に理解はしていた。

焦りに任せて各地を駆けずり、疲れ切ったまま探し人を見つけたとて、其処からどうなるものか。
それこそ、探し人が己を害するつもりがあったのなら、最初にこの黒い剣士に
遭遇した時のように、疲労に付け込まれて一方的に叩きのめされ、終わりだっただろう。

(それを考えるなら…やり方は兎も角、この人のやっている事は、
とても手心が入っている――!)

己の焦りによる力の衰えを、同時に己の未熟を、身を以て教え込まれた。
そして今、こうして幾度自身を叩き伏せても、その度に立ち上がるまでを待ってくれている。
それどころか、手の内を見せ、それを叩き込んで教えるような真似まで。

「――っ!」

ぐい、と埃塗れの顔を拭う。
もう、昨日までの焦りはすっかり抜けていた。
最初は単なる邪魔者としか見ていなかった狼面の剣士に対して、今では
謝意じみたものすら感じ始めている。

(…口には出したくないですけど、ね…!)

――この男を納得させられなければ、恐らく探し人を見つけ出しても、
碌な結末にならないだろう。
故に、何とか…それこそ、相手が見せて来た手札も使える限り使って、
道を塞ぐことを止めさせねば、何時まで経っても先へ――己が求める「結末」へ辿り着けない。

(……誰かの作為を感じなくもないですが、この際、それは置いておきます…!)
 

狼面の剣士 >  
片や。
狼面の剣士は、まるで変らぬ様子で居合の構えを取っている。
幾度も書生服姿の少女を叩きのめし、それでも立ち上がって向かって来る
少女を迎え撃ち続け、尚もその雰囲気に疲労の色は見られない。

一度、書生服姿の少女が放った、多数の不可視の斬撃が追いかけるように
襲い掛かる一太刀には一瞬驚きを見せたが、その後にはまるで苦も無く対応を見せていた。

(……さて、随分頑張っているが――もうそろそろ、と言う所か?)

その内心を悟らせず、狼面の剣士は構えを崩さない。
 

緋月 >  
「――ふっ!」

先に動いたのは、書生服姿の少女。
正確には、今回も彼女が先に動いた、という所だった。

狼面の剣士は常に居合の構えを取ったまま、不動の姿勢を崩さない。
必然、仕掛けるのは少女で、迎え撃つのは狼面の剣士だった。

少女が仕掛けたのは――「飛ばし」の斬月。
不可視の斬撃を飛ばす、最も基本の一太刀。

(私の「斬る」技は、ほぼ全部、相手も使える…!
使えるどころじゃない、完全に上を行かれて、的確に捌かれる!

だったら、「私しか持たない技」で勝負をかけるしかない!)

無論、不可視の斬撃を飛ばした程度で勝負がつく訳がないとはとっくの昔に悟っている。
斬る音で察知しているのか、あるいは剣士としての直感か――
兎も角、散発的に飛ばしても、確実に対処をしてくる。
故に、

(出来る限り、「重ねて連発」する――!)

少しでも「注意を逸らして」、「時間を稼ぐ」為に、可能な限り短時間で連続の斬撃を放つ――!
 

狼面の剣士 >  
(――ほう。)

少しだけ感心したように、内心で嘆息する狼面の剣士。
幾度も、幾重にも放たれる不可視の斬撃をあるいは斬り、あるいは躱し、
あるいは受け流して対処する。

(そう、「技」の修練は――自惚れる訳じゃないが、俺の方に一日の長がある。
必然、「俺が持たない技」か…「裏を掻ける技」で仕掛けて来るしかない訳だが。)

恐らくこの斬閃の乱れ打ちは、そのための時間稼ぎ。
慣れない技を実戦で、ぶっつけ本番で使うには、少しとは言え覚悟と準備が要る。

(さて、何を見せて来る――?)

最後の一閃を捌き終え、再び居合の構えに戻ろうとした男が見たものは、
 

緋月 >  
たん、たん、

たん、たん、たん、たん、

たたん、たん、たんたん、たんたたたたん――――


不規則なステップ音と、まるで瞬間移動するように、その姿を消しては現し、消しては現す書生服姿の少女。
否、消えるだけではなく、其処から数歩を走っては、また消えて別の場所に
姿を見せるという、虚実入り混じる不可思議な動き方。

(正攻法じゃダメ、学んだ技術は相手が完全に上…!
異能(斬月)でもダメ、ただ出しただけじゃ簡単に対処される…!)

ならば、勝ちの目は「搦め手」しかない。
それも生半可なものでは簡単に対処されてしまう。
何度も挑む間に、薄らと浮かび上がって来たのは、つい10日ごろの間に
手合わせをした、ふたりの強者の見せた動き。

(縮地法の最大活用――凛霞さん、緋彩さん、すみませんが、
ちょっとお二人の動きを真似させて貰います…!)

今、自分に可能な最大限の動きで以て、相手の視界を可能な限りに揺さぶりにかかる…!
 

狼面の剣士 >  
(――――ほう。)

今までに見せなかった動き。
成程、何度も叩き伏せられながら、「勝機」を手繰り寄せる工夫は頭の中に描いていたか。
内心、感嘆を隠せない。

(視界を揺さぶり、注意を散らして…隙が見えたら、バッサリと来るつもりか。)

決して珍しい手口ではない。
むしろ、搦め手の中ではオーソドックスな部類に入るだろう。

だが、それを通常の人間の範疇の外で行えば、途端に対処難度は上昇する。
極めて正確な対処の出来る機械でもなければ、充分に有効な手立てである事は否定しない。

(だが、手札が割れれば対処の仕方を学ばれる。
――次は無いぞ?)

狼面の剣士は居合の構えを取り直し、仕掛けて来る少女を迎え撃たんとする…。
 

情景 >  
そして、次の瞬間。

何の前触れもなく、「居合の構え」で刃圏に潜り込んだ書生服姿の少女の
紅い瞳がぎらりと光る。

無論、それに対処し切れぬ相手ではない。
瞬時に抜き打ち染みた速度の一刀が奔り――――
 

情景 >  

――狼面の剣士の放った一閃は、一瞬前まで少女がいた場所を通り抜けていた。

その時には、少女は既に大地を蹴って跳躍しており――


気合と共に放たれた、空中からの居合の一閃が、
狼の仮面の左目に、小さな傷を作った。
ほんの数ミリに届くかどうかの浅い傷。

だが、その浅い傷は、確かに「届いていた」。

 

緋月 >  
「……っは、うっ、げほっ、げほっ…!」

狼面の剣士の背後に着地した直後、激しく咳き込みながら
書生服姿の少女は顔を押さえる。
ぬるり、と少し粘つく嫌な感触を掌に覚え、確かめてみれば、血。
吐血ではなく、鼻からの出血だった。

(……無理をすれば、こうもなりますか…。)

縮地法をフルに使っての動きで息が上がってしまい、更には並行で使用していた他心法の反動。

――あの動きだけで相手を圧倒できると考える程、少女は楽天家ではなかった。
だから、もうひとつ、「予防線」を張って置いた。

(…懐まで潜り込んで、相手の出方を見る。
万が一にでも驚いて「先」を取れれば、そのまま斬る。
対応されたのなら――「その予測を捻じ曲げる」動きをすればいい…!)

――とは言え、やり方はかなりの無茶だった。
酸素が足りなくなった事に加えて、他心法の副作用の頭痛がひどい。
案の定、長時間の使用の反動で鼻血まで出ていた。

(これで押し通れなかったら――もう一日は休まないと、勝ち目が――――)
 

狼面の剣士 >  

                 「――良いだろう。合格だ。」

 

緋月 >  
「………は?」

思わぬ答えに、間の抜けた声を出して振り向けば、其処には左の手を差し出す狼面の剣士。
混乱しながらその手と狼面に視線を彷徨わせれば、差し出された手が軽く揺れる。

『――何を呆けている。合格だ、と言ったんだ。

…かすり傷とは言え、こちらに一太刀浴びせたんだ。
今の手札を考えついた気転と、それを実行に移した決断力。
それを忘れないなら、もう焦って暴走する事も無いだろう。』

――それは、紛れもなく、

「――――あり、がとう……ござい、ます。」

少女の「勝利」を認める言葉。
 

狼面の剣士 >  
ぐい、と書生服姿の少女の腕を引っ張って、立ち上がらせる。
鼻血は見苦しいので、懐紙で止めておいた。

「――居なくなった相手を、勢いに任せて無暗に探すな。
静かに、落ち着いて構えて時期を待て。
…お前が探してる相手とどんな関係かは知らんが、もし別れ難く思っているなら、
何かしらの「手掛かり」を落としていく公算がある。

独りで出来る事など、高が知れている。
お前はもう少し、頼れる人脈を拵える事が大事だな。」

最後の忠告。これを伝えれば、凡そ己の役目も御終い。
相手はすこし憮然とした表情で、しかしハッキリと頷いた。

それを理解できたなら、もう充分。

――だというのに、最後でつい節介を焼いてしまいたくなる。

「――――お前が探してる相手が何者かは分からん。
分からんが、今のお前にはこれが必要だろう。
返す事は考えるな。持っていけ。」

言いながらコートの裏側から取り出した…予め用意していたのは、
全長120cmはあろうかという、分厚く幅の広い刀身の、片刃の剣。
それを、少女の眼前にがしり、と突き刺す。
 

緋月 >  
「――あの、これは…?」

必要だろう、と言われて目の前に突き立てられたのは、分厚く、幅広の刀身を持った、片刃の大剣。
強いて特徴を見るなら…刀身に、九字の文字が刻まれている。

(臨める兵、闘う者、皆陣烈れて前に在り……。)

自分も良く知る、護身の九字。
その九字を、まだ頭痛が引き切らない状態でぼんやり眺めていると、声がかけられる。

『――斬魔刀という。
文字通り、魔なる者、邪なる者、悪しき者を断つ為の刀だ。

だが覚えて置け。その刀は持ち主と、抜かれるべき時を選ぶ。
解き放たれなければ、ただの鉄塊染みた大剣に過ぎない。

焦って、刀に見限られるなよ。』

――まるで、自身の状況と心中を見透かしたような言葉と刀。
本当に、この剣士は一体何者なのか。

『――お前に言う事はもうない。さっさと帰って、今は鋭気を養え。』

その言い方は流石にむっと来る。
が、同時に遠まわしに気を使われている事も分かったので、

「――――ご指導、ありがとうございました。」

かつて、己に稽古を着けた宗主に対してと同様に。
精一杯の謝意を込めて、頭を下げる。


(……見た目よりも、軽いですね。
でも月白より目立つ……持ち運びの体裁を、考えないと。)

今は何とか手に持つ形で、長大な剣を抱えながら書生服姿の少女は
廃神社を去り、山を下って返っていくのだった。
 

狼面の剣士 >  
「―――――――。」

少女が去り行く、その姿を、狼面の剣士は無言で見下ろしている。
やがて、その姿が完全に見えなくなると、

「……やれやれ。
これで俺の仕事はおしまいかね。」

ふぅ、と大きく息を吐くと、狼の面へと手を伸ばす――。
 

ご案内:「青垣山 廃神社」から緋月さんが去りました。
ご案内:「青垣山 廃神社」に九耀 湧梧さんが現れました。
九耀 湧梧 >  
――狼面を外し、その下から現れたのは、流れて固まったような血のような、
赤黒い瞳をした、壮年の男。

「……全く、思った以上に俺の名前と事情が漏れていないか?」

和服を着た、公安委員の使いと名乗る翁面の怪しげな女に、
先程まで此処にいた少女を少しばかりきつめに鍛えて、
ついでに冷静さを戻して欲しいと依頼、もとい要求されたのが2日程前の事。

ターゲットの居場所が分かるアプリが入った簡易端末と、正体を隠す為の狼の面まで
渡された時は、随分と周到な事だ、と舌を巻かずにはいられなかった。

加えて、この件に関して表には出せないとの事で、報酬その他はなし。
強いて挙げるなら、公安側に流れた「刀剣狩り」の脅威度のある程度の
引き下げがそれ、と言われた。

「……全く、割りに合ってるんだか合ってないんだか。」

今回の件で、やはり自分はあまり他人に何かを教えるのは得意ではないな、と思い知った。
流石に、これ以上は勘弁して貰いたいものだ。

「……確か、依頼が終わったなら、面と端末はその場に置き捨てで良いんだったな。」

短い間を世話になった廃神社の賽銭箱の脇に、一筋だけ傷のついた
狼の面と簡易端末を揃えて置いておく。

「……まあ、あのお嬢ちゃんの行く末が少しでもマシなものになるよう、
祈っておく位はしておくか。」

廃神社に願いを聞く神が居残っていればいいが、と思いつつ、
二拝二拍手一拝を行う。
それが終わればもう用事は済んだ、とばかりに、黒いコートと赤いマフラーを靡かせて、
黒い剣士もまた、廃神社を後にするのだった。

後に残された面と簡易端末は、暫く後には無くなっていた。
誰が回収したのか、それを知る者がないまま。
 

ご案内:「青垣山 廃神社」から九耀 湧梧さんが去りました。