2024/09/28 のログ
ご案内:「青垣山 廃神社」に『     』さんが現れました。
『     』 >  
昼下がり。天頂に輝く太陽の光もずいぶん柔らかくなった。
湿度が失せ、すべての色が抜けはじめる、秋の入口。
自然に満たされたいつかの神域は心地よい涼気に包まれていた。

「ひさびさだなー、ココも。
 あのときはまだずいぶんと蒸し暑かったっけ……」

獣道を抜け、石段を上がって鳥居をくぐる。
向き合う古刹は相変わらず、風雨に晒されっぱなしの有り様だが、
祀るものも知れぬここにも、なにがしかの神は残っているのか。
汎霊説(アニミズム)――日本では八百万(やおよろず)の神、だと。

「……ほんとになんてことなく引っ掛けただけだったんだケドな……」

ここに来るのは、ほんとうにずいぶんひさびさだ。
梅雨前の、濃密な夏の香りも、時の流れとともに眠るころ。
その時はなんてことのない偶然と場所だったはずなのに、妙に思い出深く感じる。

『     』 >  
境内にバックパックを下ろし、ジャケットを脱いでその上に。
身軽になって参道を戻り、その中央に立つ。
双眸をまぶたの裏に閉ざす。余計な力を抜いた。
雁渡しに煽られて、血の色の髪が虚空を舐める。

――深呼吸。

「――――」

静かに。
周囲の音ばかりが、しかし光よりも豊かな世界を結ぶなかで、
――奥、深くへ。

『     』 >  
見つめねばならなかった。
再認したもの――みせつけられたもの。

鏡写しの月に抱かれて、殺人鬼のうちがわを覗いた時を顧みて。
星の骸に抉り抜かれた、みずからの望む夢を覗いた時を省みる。

餓え。
渇き。
痛み。

みずからの中核ともいえる感覚に対して、
揺れてしまった精神の、その有り様を。
……目を逸らすわけにはいかなかった。
耐え難く受け入れがたきものだとしても。

『     』 >  
激烈な嫉妬の狂熱に身を焦がした、あの月夜のせいだったか。
魂のかたちを、対照の図でもってあらためて確立したせいか。

あの冷たい研究所で、この心から生じた(ゆめ)の在り方。
どれほどの恐怖を煽る魔物より、どれほどの不快を催す酸鼻よりも。
暖かく柔らかな安らぎこそが、自分という存在を激しく削り取った。
根底を揺るがされたあの感覚を、そう、処理しきれていなかった。

"ここにいたい"と、思ってしまった。

ぎり、と拳に力が籠もる。――息を吸って、吐いて、ほどいた。
星骸が導く幻覚像が、なにを目的としたものかはわからない。
指向性などなく、ただ自分がそれを視てしまっただけなのかもしれないが。

惰弱。
怯懦。
悔恨。

……殺してやりたい。赦せない。弱い自分。
まだ、いるのだ。欠落を力に変えきれていない、未熟で不完全な弱者が。
自分のなかに――

『     』 >  
だから、願った。

『     』

あの夜、みずからに持ち得ぬ心に溺れ、
みずからの熱のすべてを捧げながら。

『     』

呼ばわれるたびに、甘い悦びとともに、
するどい痛みに襲われて、ただ狂った。

『     』

望んだものとは違う、しかし愛しい(こえ)に、
刻み込まれる傷こそが罰であり、褒美だった。

『     』

激痛(よろこび)で弱さを上書きして。
いまこうして、立てている――つまり、

(そうか、ボクは)

『     』

(あいつに、頼っちゃったのか………)

目を開く。変わらぬ初秋の風景がある。
再三吹く雁渡しに煽られた髪に、くしゃ、と手櫛を通して。

『     』 >   
「ん…………」

掻き撫ぜる。手入れの行き届いた艶のある血の色を。

「……んん……」

片手に飽き足らず、今度は両手で。
ぐしゃぐしゃにした。

「あ――――ッッ……!!」

悔しい悔しい悔しい。あまりに不覚だ。
雨の時もそう。あの時は押し流されたのだと言い訳も聞くけど。
今回ははっきりと自分からねだった。よりにもよってあいつに。

「……ホント、腑抜けてる……」

ぐっ、と伸びをした。
そういう存在であるとみずからを定義したならば、そう成るように。

「……よし」

であれば、一度また立ち戻るために。
子供と大人の狭間(モラトリアム)にあって、
溜まった欲求不満をしかし、ただの雌伏で終わらせぬために。

息を吸った。

――零の自分へ。

「――――――」

『     』 >  
 
 
歌が、響く。
 
 
 

『     』 >  
天上の音色、熱情の躍動。
双極の心を戒める、無数の冷たい黒い鎖――理性。
己を妨げる抑圧から、みずからを解き放つことができる唯一の場所。

観衆はここにおらずとも。
場所を選んでしまうなど極星の名折れ。
己が在る場所はことごとく舞台なのだ。

この山も、この島も――この世界も。
あとは、命がひとつだけ。

歓喜も、激怒も、哀切も、愉楽も。
愛も、教えも、生も死も。

吼えて、泣いて、囀って、囁いて。
大気を震撼させるふるえでもって、世界とつながり、交わる。

いつかの路地裏で得た、辺獄に生きた自分が、はじめて獲得した生の実感。
命を燃やす。心を燃やす。

広く、広く、広く。
遠く、遠く、遠くへ。

芸術はすばらしい、だとか。
音楽を愛している、だとか。
実際のところ自分がそう感じているかは――わからない。

ただ、ただ。

なにひとつ言い訳もなく全力で。
壊れんばかりの快楽(よろこび)を味わえるのは、
生きていられるのは、この時だけ――――

歌う、歌う、歌う―――

『     』 >  
 
 
――――。
 
 
 

『     』 >  
空がやがて、飴色に焼けるころ。
顎に伝う玉の汗を、襟を引っ張ってぬぐった。
火照った体は疲れ果て、あまりの生命の熱に内側から炙られる。
びしょ濡れになった肌と髪、乾く喉、激しく上下する肩。

……そう、これこれ。こうでなくっちゃ

殺し合いの鉄火場は、こんな感覚はくれやしない。
自分という存在を定義する、かけがえなき生きがい。

ずいぶん重く感じる体を引きずって、境内のほうに。
2リットルのペットボトルの水を煽る。ロケット燃料のように吸い込まれていく。
残ったものを頭から被った。神前で無体だが、元クリスチャンの虚無主義者だ。勘弁してほしい。

「ふー……」

汗みずくの体を、どうにか冷やそうとして。

「……あ、ヤバ」

やっぱりだめだ。歌うとこうだ。自分を戒めから解き放つとこうなる。
この肉体すら抑えきれぬほどの熱を内側に感じる感覚。
屋外でやったのは失敗だったかも。水のシャワーを浴びたくなる。

「………もう一本あけちゃえー」

帰りのためだったけれど、これはもうしょうがない。
もう一本分も頭からかぶり、びしゃびしゃになりながら、参道を戻る。
軽くなったパックを手に下げ、パーカーは腕に挟んだ。

『     』 >   
歌がやめば、残照を残すばかりの静寂(しじま)のなかで、 

「…………」

ぴた、と。
参道の中心、さっき歌っていた場所で、足が止まった。
雑念を払い、自らを直視し、そして再定義すべく立ち寄って。
そしてひたすら気持ちよくなって、ハッピーになりはしたけれど。

……」

そう、やるべきことがある。
木立を震わす、突風が吹いた。
流れてくる、まだ青さを残す葉に囲まれて。

夕焼けに照らされて、石畳に焼きつけられたその麗人の()は、

――膨れ上がるように異形に変じた

『     』 >  
悲鳴のような――
甲高い破裂音が大気をかきむしる。
舞い散る十数枚の葉のすべてが切り裂かれ、貫かれ、爆ぜ、砕ける。

この刹那に、まったく同時に。

直後に異形の影は内側へと、嵐のごとく巻き込まれるようにして。
やがて、人の形の影法師へと、ふたたびその像を結ぶ。

「……うん、こっちも鈍っちゃいないか。
 試すって言った手前、ボクがワンパンでKO(ノックアウト)されちゃ格好もつかないしね」

典雅なる紅き極星は、果たして如何な形と変じたか、今や変わらぬ人形(ヒトガタ)で。
火照りを残す透けるような白皙は、心地よい疲労に満悦げ。
肩を回して具合を確かめる。四肢五体を備える、野生味あふれた人体のまま。

「……ヒかれなきゃいいけど」

『     』 >  
あいつがどれだけ強いかはわからない。
武人ではないので、見ただけで正確に実力を測る――ということはできないのだ。
なんとなく、わかるだけ。なんとなく。

「……まだ、()られてやるワケにもいかないし」

うん、幾分すっきりした。
いつかのように、鳥居をくぐって石段を戻る。
自省し煩悶する姿なんて、他人に見せられやしない。
見せちゃいけないのだ。

――こういうのはそう、こうした幕間で十分。

ご案内:「青垣山 廃神社」から『     』さんが去りました。