2024/09/28 のログ
ご案内:「青垣山 廃神社」に『 』さんが現れました。
■『 』 >
昼下がり。天頂に輝く太陽の光もずいぶん柔らかくなった。
湿度が失せ、すべての色が抜けはじめる、秋の入口。
自然に満たされたいつかの神域は心地よい涼気に包まれていた。
「ひさびさだなー、ココも。
あのときはまだずいぶんと蒸し暑かったっけ……」
獣道を抜け、石段を上がって鳥居をくぐる。
向き合う古刹は相変わらず、風雨に晒されっぱなしの有り様だが、
祀るものも知れぬここにも、なにがしかの神は残っているのか。
汎霊説――日本では八百万の神、だと。
「……ほんとになんてことなく引っ掛けただけだったんだケドな……」
ここに来るのは、ほんとうにずいぶんひさびさだ。
梅雨前の、濃密な夏の香りも、時の流れとともに眠るころ。
その時はなんてことのない偶然と場所だったはずなのに、妙に思い出深く感じる。
■『 』 >
境内にバックパックを下ろし、ジャケットを脱いでその上に。
身軽になって参道を戻り、その中央に立つ。
双眸をまぶたの裏に閉ざす。余計な力を抜いた。
雁渡しに煽られて、血の色の髪が虚空を舐める。
――深呼吸。
「――――」
静かに。
周囲の音ばかりが、しかし光よりも豊かな世界を結ぶなかで、
――奥、深くへ。
■『 』 >
見つめねばならなかった。
再認したもの――みせつけられたもの。
鏡写しの月に抱かれて、殺人鬼のうちがわを覗いた時を顧みて。
星の骸に抉り抜かれた、みずからの望む夢を覗いた時を省みる。
餓え。
渇き。
痛み。
みずからの中核ともいえる感覚に対して、
揺れてしまった精神の、その有り様を。
……目を逸らすわけにはいかなかった。
耐え難く受け入れがたきものだとしても。
■『 』 >
激烈な嫉妬の狂熱に身を焦がした、あの月夜のせいだったか。
魂のかたちを、対照の図でもってあらためて確立したせいか。
あの冷たい研究所で、この心から生じた幻の在り方。
どれほどの恐怖を煽る魔物より、どれほどの不快を催す酸鼻よりも。
暖かく柔らかな安らぎこそが、自分という存在を激しく削り取った。
根底を揺るがされたあの感覚を、そう、処理しきれていなかった。
"ここにいたい"と、思ってしまった。
ぎり、と拳に力が籠もる。――息を吸って、吐いて、ほどいた。
星骸が導く幻覚像が、なにを目的としたものかはわからない。
指向性などなく、ただ自分がそれを視てしまっただけなのかもしれないが。
惰弱。
怯懦。
悔恨。
……殺してやりたい。赦せない。弱い自分。
まだ、いるのだ。欠落を力に変えきれていない、未熟で不完全な弱者が。
自分のなかに――
■『 』 >
だから、願った。
『 』
あの夜、みずからに持ち得ぬ心に溺れ、
みずからの熱のすべてを捧げながら。
『 』
呼ばわれるたびに、甘い悦びとともに、
するどい痛みに襲われて、ただ狂った。
『 』
望んだものとは違う、しかし愛しい音に、
刻み込まれる傷こそが罰であり、褒美だった。
『 』
激痛で弱さを上書きして。
いまこうして、立てている――つまり、
(そうか、ボクは)
『 』
(あいつに、頼っちゃったのか………)
目を開く。変わらぬ初秋の風景がある。
再三吹く雁渡しに煽られた髪に、くしゃ、と手櫛を通して。
■『 』 >
「ん…………」
掻き撫ぜる。手入れの行き届いた艶のある血の色を。
「……んん……」
片手に飽き足らず、今度は両手で。
ぐしゃぐしゃにした。
「あ――――ッッ……!!」
悔しい悔しい悔しい。あまりに不覚だ。
雨の時もそう。あの時は押し流されたのだと言い訳も聞くけど。
今回ははっきりと自分からねだった。よりにもよってあいつに。
「……ホント、腑抜けてる……」
ぐっ、と伸びをした。
そういう存在であるとみずからを定義したならば、そう成るように。
「……よし」
であれば、一度また立ち戻るために。
子供と大人の狭間にあって、
溜まった欲求不満をしかし、ただの雌伏で終わらせぬために。
息を吸った。
――零の自分へ。
「――――――」
■『 』 >
歌が、響く。
■『 』 >
天上の音色、熱情の躍動。
双極の心を戒める、無数の冷たい黒い鎖――理性。
己を妨げる抑圧から、みずからを解き放つことができる唯一の場所。
観衆はここにおらずとも。
場所を選んでしまうなど極星の名折れ。
己が在る場所はことごとく舞台なのだ。
この山も、この島も――この世界も。
あとは、命がひとつだけ。
歓喜も、激怒も、哀切も、愉楽も。
愛も、教えも、生も死も。
吼えて、泣いて、囀って、囁いて。
大気を震撼させるふるえでもって、世界とつながり、交わる。
いつかの路地裏で得た、辺獄に生きた自分が、はじめて獲得した生の実感。
命を燃やす。心を燃やす。
広く、広く、広く。
遠く、遠く、遠くへ。
芸術はすばらしい、だとか。
音楽を愛している、だとか。
実際のところ自分がそう感じているかは――わからない。
ただ、ただ。
なにひとつ言い訳もなく全力で。
壊れんばかりの快楽を味わえるのは、
生きていられるのは、この時だけ――――
歌う、歌う、歌う―――
■『 』 >
――――。
■『 』 >
空がやがて、飴色に焼けるころ。
顎に伝う玉の汗を、襟を引っ張ってぬぐった。
火照った体は疲れ果て、あまりの生命の熱に内側から炙られる。
びしょ濡れになった肌と髪、乾く喉、激しく上下する肩。
……そう、これこれ。こうでなくっちゃ。
殺し合いの鉄火場は、こんな感覚はくれやしない。
自分という存在を定義する、かけがえなき生きがい。
ずいぶん重く感じる体を引きずって、境内のほうに。
2リットルのペットボトルの水を煽る。ロケット燃料のように吸い込まれていく。
残ったものを頭から被った。神前で無体だが、元クリスチャンの虚無主義者だ。勘弁してほしい。
「ふー……」
汗みずくの体を、どうにか冷やそうとして。
「……あ、ヤバ」
やっぱりだめだ。歌うとこうだ。自分を戒めから解き放つとこうなる。
この肉体すら抑えきれぬほどの熱を内側に感じる感覚。
屋外でやったのは失敗だったかも。水のシャワーを浴びたくなる。
「………もう一本あけちゃえー」
帰りのためだったけれど、これはもうしょうがない。
もう一本分も頭からかぶり、びしゃびしゃになりながら、参道を戻る。
軽くなったパックを手に下げ、パーカーは腕に挟んだ。
■『 』 >
歌がやめば、残照を残すばかりの静寂のなかで、
「…………」
ぴた、と。
参道の中心、さっき歌っていた場所で、足が止まった。
雑念を払い、自らを直視し、そして再定義すべく立ち寄って。
そしてひたすら気持ちよくなって、ハッピーになりはしたけれど。
「火……」
そう、やるべきことがある。
木立を震わす、突風が吹いた。
流れてくる、まだ青さを残す葉に囲まれて。
夕焼けに照らされて、石畳に焼きつけられたその麗人の影は、
――膨れ上がるように、異形に変じた。
■『 』 >
悲鳴のような――
甲高い破裂音が大気をかきむしる。
舞い散る十数枚の葉のすべてが切り裂かれ、貫かれ、爆ぜ、砕ける。
この刹那に、まったく同時に。
直後に異形の影は内側へと、嵐のごとく巻き込まれるようにして。
やがて、人の形の影法師へと、ふたたびその像を結ぶ。
「……うん、こっちも鈍っちゃいないか。
試すって言った手前、ボクがワンパンでKOされちゃ格好もつかないしね」
典雅なる紅き極星は、果たして如何な形と変じたか、今や変わらぬ人形で。
火照りを残す透けるような白皙は、心地よい疲労に満悦げ。
肩を回して具合を確かめる。四肢五体を備える、野生味あふれた人体のまま。
「……ヒかれなきゃいいけど」
■『 』 >
あいつがどれだけ強いかはわからない。
武人ではないので、見ただけで正確に実力を測る――ということはできないのだ。
なんとなく、わかるだけ。なんとなく。
「……まだ、斬られてやるワケにもいかないし」
うん、幾分すっきりした。
いつかのように、鳥居をくぐって石段を戻る。
自省し煩悶する姿なんて、他人に見せられやしない。
見せちゃいけないのだ。
――こういうのはそう、こうした幕間で十分。
ご案内:「青垣山 廃神社」から『 』さんが去りました。