2024/10/12 のログ
ご案内:「青垣山 廃神社」にノーフェイスさんが現れました。
ノーフェイス >  
夜中の拝殿跡に、ひとり。
座り込んでは手元で多面体を弄ぶ。

色々と、甘い時間に耽るには多すぎる問題に拗ねているのはほんの僅か。
どうしようもなかった寂寞が埋まる期待を前にして、
自分のほうにも超えなければならない課題があることを、直視せねばならなくなった。

「確かに使えはするだろうケド」

適合値66%。しかし、単純な数値が大きければ神山舟(これ)の使用者足り得るわけではない。
ポーラ・スーしかこれを使いこなせなかった理由は要するところ、
この兵器が宿す概念に纏わるところが大きいのだろう。

「―――――」

いつもなら。
やるだけやってみよう、と望んでみるものだけれど。

ノーフェイス >  
常に、払ったリスクとリターンが釣り合うとは限らないものの、
これが宿す権能の片割れ――《不滅》の性質を考えれば、
悪用の方法しか思いつかない。様々な魔術で必要になる煩雑な行程(プロセス)省略(スキップ)し得る。

だが、もういっぽうの権能が――問題。
おそらくはこれが、扱いづらい神器である所以と推察できる。
使い方は――わかる。

「………………」

――――怖い思いをしたんですね。

脳裏に過った聞き慣れた声に、思わず舌打ちをしながら、
組んだ脚の上に肘ついて、頬杖。

困ったものを預けてきたものだ。
とはいえ神性に対する対抗手段を、今のところは持ち得ないのも確か。
関わり続けるなら、使う時が必ず来るがゆえだろう。

ノーフェイス >  
まぶたを閉じる。深呼吸。
闇のなかに、立方体に押し込められた星空が瞬く。
……ぱき、と音を立てて亀裂が入る。

ルービック・キューブのように等間隔に入った切れ目から、
展開。組成変化。まずはもっとも扱いやすい形――槍に。
伸長――質量変化――立方cmあたりの重量も考慮に入れて。

ここまでは問題ない。魔術を編む時と似た感覚だ。
むしろそれよりスムーズですらある。使いこなせば、指先を動かすように形状を変えられるはずだ。

――問題は、

「――――ッ」

無条件に、力を与えるような代物ではない。
開いてしまえば溢れ出す、もう一方の権能。
ある意味での保安装置(セキュリティロック)とも解釈できる機能が、
神を受容するに適した肉体に、作用し、接続し、交感し――侵食する。

心臓が、大きく跳ねた。

  >   
――沈む。

なまぬるい海に抱かれて、沈んでいく。
穏やかで、ねむくなるような、そんな感覚だった。

すべての苦しみが薄らいでいって、
すべてのいたみが遠のいていく。

底深くに空いた孔に、星空を写し込んだ海が流れ込む。
ごぼ、とくぐもった音を響かせて。
輝く水面を見上げながら、のぼっていく泡を見送って。

沈んでいく――

ノーフェイス >  
「………クソ」

いつしか。
きつく胸元の服を握りしめたまま、体を丸めていた。
倒れ伏していたことにすら気づかぬほどに、溺れかけていた。
いつぞやかのよう、唇を噛んで――流れた血が、床板に新たな染みをつくっていた。

すでに肌寒い秋の夜、総身に滲む汗に、服が張り付いている。
頬に張り付く髪を払う余裕もないほどに、体が重い。

楽なほうに、流される。
魂がぐずぐずに蕩け、腐り落ちていく。

――安息(堕落)への恐怖。

……認めざるを得なかった。自分は恐れているのだと。
服に皺を作っていた手とはもう片方、我知らず握りしめていたほうには、
立方体のまま沈黙を守る神山舟が握られていた。

「門前払いか……」

第二方舟の時と同じだ。振り払っただけだ。
超克できた、わけではない。

ノーフェイス >  
ずっと、胸のなかに反響している声。
それを直視してしまえば、自分は戻ってこられなくなる。

我が霞み、漂白され、無となったときに、
おそらくこの身は器として完成し得る。
いつか誰かが望んだように。

……だから楔が要る。

自分を現実に繋ぎ止めるもの。この拍動を確かとするもの。
未だ、胸裡にて曖昧に結ばれるばかりの(イメージ)を確かにしなくてはならない。

冷たく、熱く、激しく、静かに――
この心身をずたずたに切り刻む、痛み元型(アーキタイプ)が必要になる。

ノーフェイス >  
たった一度で、たった一歩で。
すべてが激変するような、そんな奇跡は求めない。
これを乗り越えても……自分のなかから、すべての弱さが吹き消えるわけではない。
だとしても、目を背けるわけにはいかなかった。

異能を成長させるわけでも、武を究めるわけでも、魔道を修めるでもなく。
どうしようもなく欠けている、唾棄すべき弱い自分から、
理想の自分へと近づくためには、一歩ずつ進むしかない。

ずぶ濡れの体を持ち上げて、お行儀悪く胡座で座り込んだ。
薄曇りの夜空を眺め、目を細める。

どうなってもいいように餞別は渡した。心願成就を込めた紅の色。
……遠回りの果てに、あるいは過剰な期待のすえに。
成さねばならない儀はもう、すぐそこに迫っていた。

近くて遠くに響く、(むし)の音。
あとは目を閉じて、しばらくは秋の涼気に身を委ねる。
熱の燻る体を冷やして、手元に収まった重みに意識を傾ける。

自分は、自分だけは、試練(これ)から逃げるわけにはいかない。

ご案内:「青垣山 廃神社」からノーフェイスさんが去りました。