2024/11/06 のログ
ご案内:「廃神社 星の試練」にノーフェイスさんが現れました。
ご案内:「廃神社 星の試練」に緋月さんが現れました。
■ノーフェイス >
昼下がり。
太陽の鋭さはもうほとんどなくなって、正午を過ぎても涼気が肌を撫でる。
そんななか、いつもの廃神社に連れ立ったふたりは、
ぼろぼろになりながら一夜を過ごした拝殿のなか、膝を突き合わせる形で座っていた。
「……というワケで。
いまボクにできる準備は、神山舟の所有権を得るコト」
掌をかざすと、ふわりと浮かぶ星空の凝ったような八面体が出現する。
空中でゆっくりとくるくる回転しているそれは、ふたつの神性の凝縮体を宿した兵器。
星の鍵。人造神器・神山舟。ポーラ・スーからの預かりもの。
焔城鳴火との接触を経たいま、けっきょくは黒幕の行動を待つしかない身だ。
「なんだケド……」
と、片膝を曲げる崩した座りかたのまま。
じっ……、と護衛に視線を向ける。なにかを探るような。
■緋月 >
ホォォ、と奇妙な呼吸の音を響かせていたのは、目を向けられた護衛担当の方。
視線を感じると調息を止め、こちらも視線を返してくる。
「……そちらの方で、何か難儀があった、と?」
単刀直入に返してくる、外套に書生服姿の少女。
口調こそ常通りだが、その顔はそうはいかず。
左の頬には大きな湿布。
右の眉の少し上には絆創膏。
ついでに唇の端には小さな青痣である。
何が原因かと言うと、ここ暫く学業やらと平行して行っている「稽古」の代償、という所。
普段は扱わない無手格闘を、「非常の備え」に出来るように仕立て上げている、
その突貫作業といえる稽古について回る生傷だ。
最も、顔はこの程度で済んだのでまだ良い方。
身体などはそれこそしたたかに打たれていて、ちょっと見せられない。
それもこうして合間合間の練気による治療促進で、軽いものはこまめに治しているのだが。
「まあ、確かに私も「この子」に認められて、力を使えるようになるには…
それこそ、慣れとか対話とか、色々ありましたけど。」
そういう事ではないのでしょう?と言いたげな目線。
■ノーフェイス >
「いやキミだよキミ。傷のこと」
先日、体中にできた痣を見たときにはさすがに驚いた。
色気のある事情で遭遇したわけではなく、事情が事情だけに止めることはしないが。
「……今回の件以降も、キミに護衛を頼むことになる場合。
殺傷せずに相手を制圧する技能も、あったらうれしいものではあるし。
キミの潜在能力の高さを考えれば、そのうち傷も負わなくなるだろうと期待してる」
眼を伏せて、肩を竦める。
過剰な心配の色は覗かない。これは、護衛と護衛対象としての分をわきまえた上。
それでも私事で普段よりは、傷が増えた有り様におもうところがあるようだったり、
扱いが軟化していたりすることは――ともすれば伝わっているかもしれないけれども。
「……でも、神山舟の性質上」
細く長い指を立てて、つんつん、と下方から多面体をつつく。
少しだけ神妙な顔になった。
「ボクがしくじった場合は、このまえみたいなんじゃなくくて……病院にぶち込んでね。
たぶんそうなったら、今度こそボクは永遠の眠り姫だ。
それがキミの最後の仕事になる。運ぶだけの体力が残ってるかどうかだよ」
さらりと告げるのは失敗を前提としているというわけではなく、
これもまた"もしも"の時の備え、ということ。
決して軽くない体重だし。意識を失っているととりわけ重たいものだから。
■緋月 >
「これでも、初日よりはかなりマシになった方なんですが…。
最初なんて、躊躇なしに掌打を叩き込まれましたから。」
幸い防御は間に合ったが、あれは痛かった。
何の手加減もなしに来たので、骨に皹の一つでも入ったかと少し焦った位である。
あの初日に比べれば、日を追うごとに傷や打撲の数は少しずつ、だが確実に減ってきている。
それを知る度に、自身に無手で出来る事が、これも少しずつ、しかし確実に広がっているのを実感できる。
「あの御仁の技は、容赦のない殺人術ですからね…。
それを「制圧する」段階まで絞れるかは、それこそ私の技量次第です。
勿論、出来るように善処しますし、実際に反復で訓練もしてますけど。」
これについては一人暮らしに際して選んだ物件が良かった。
万妖邸の庭には武道場があるので、いちいちこちらに失礼する時間を使わなくていいのが助かる。
「……私としては起こってほしくない事態ではありますが、」
敢えて私情を先に吐き出す事で、「仕事」の上での覚悟を決めて置く。
「その時は、何としてでもあなたを運んで離脱してみせます。
蓮華座をひとつだけでも開ければ、それこそあなたを抱えて此処から学生街まで
休憩なしで突っ走るだけの力は捻り出せるでしょうから。」
第一蓮華座は身体能力の強化と体力増強が持ち味。
それさえ使えれば、それこそ両手両足の筋をずたずたにされてでもいない限り、
その位の芸当は可能だという確信はある。
一つだけの開放なら、幸い経絡への負担も大きくないので長時間の開放が可能だ。
「…しかし、」
突っつかれる多面体を眺めながらまた軽く調息。
「その多面体が、あの「刀」だとは…未だに実感が湧かないです。
常識で考えてはだめなのでしょうけど。」
以前に二度、「神山舟」を持った教師と戦闘になった事はある。
その時は「刀」のカタチをしていたのが印象に強かったのか、未だに
多面体とその刀が同じモノだというイメージが湧かない。
■ノーフェイス >
「観察、学習、研鑽、習得。
人間に備わってる機能だ。現にボクは武術の類はぜんぶ見様見真似で覚えてる。
……言い返せば、技を見せるって、それくらい危険。
観るだけじゃなくその身に受けられるコト、それこそありがたく頂戴しときなよ。
そのままついでにお師匠さんも超えてきてー?」
ボクのために、なんて戯けてみせてはみるものの。
プロの殺し技ともなれば、秘匿が常套であるからして、彼女が直面しているのは得難い機会だ。
それだけ教えがいのある素材なのか、件の師がもの好きなのかはいざ知らず、だ。
「キミみたい護衛が格好良くキメるだけで画になるしね。
……あ、でもボクより目立つなよ?」
びし、と指さしておく。
プロデュースもしちゃうのだ。そんな軽い調子で。
「廃人にならないためにキミを呼んだんだ。
なにもダメになったときの運搬役として伴ったワケじゃないんだぜ。
さっさと済ませて、終わったら美味しいモン食べにいこ」
勝算ありきで来たのだと、不敵な笑みを浮かべておく。
「……形状だけじゃなく、質量も硬度も自由自在らしいね。
雨や剣山のように分裂も可能。位相幾何学の否定……メビウスの輪に留まらずにね。
こいつには二つの星核が積まれていて、ひとつは《不滅》の権能だ。
どんな形になっても、どんな風になっても、その存在が損なわれることはない」
曰く、持ち主に不滅を還元することも不可能ではないらしいが。
「もうひとつが、《試練》だ。
こいつはセキュリティロックのようなものなのかな。
これを乗り越えない限り、使用者として認められることはないんだって」
試練。
自分としても、無視できないワードだ。
そこで、少しだけ麗貌の表情が翳る。
「……ボクが第二方舟で経験したこと、話したよな。覚えてる?」
――視えないはずのものが、視たくないものが、視たいように視えた。
視せられたんだ。壊れちゃうかと思った。
あのままいたら、戻ってこられなくなりそうな気がした――
幻覚。幻影。
そしておそらく、星骸――その原因となった物体と、この神山舟は、
大元が同じものであるがゆえに。
■緋月 >
「はい、それはもう。
随分と手荒い教授ですけど、得難い機会だとは痛感してます。」
強者からの技の教えは、いかなる形であれ貴重なもの。
無理して体を壊しては本末転倒だが、それでも機会がある限り、覚えられるモノは
身体にも頭にもしっかりと覚え、修めなければ勿体ない。
「――まったく、あなたは本当に変わらずですね。
まあ、冗談抜きに「調査」に関してはあなたが一枚目。
私は障害を払う、言ってみれば影働き。役割分担、というアレですね。
演目が終わったら、ご飯もですけどしっかりした休みも取りたいです。」
簡単に休める時間も無い事だろう。それも、結構な時間。
しっかりと片付いたのならば、何も考えずに休みに向かいたい。
そこに至るまでは、己を鍛え、研ぎ上げなくては。
「――覚えてます。
つまり、それを扱うに相応しいかの「試し」として、神山舟が同じ事を仕掛けて来る、と?」
敢えて「見たモノ」の内容には触れず、そう訊ねる。
試練を目前に、避ける事も、逃げる事も出来る。
然して、「試練」の真意は斯様な己の心の超克にあり。
誰が言った言葉だったか。思わず口の端に言葉が出てしまう。
「私が触っても特に何も問題がなかったのは、単純に「運び役」を
こなしただけだったから…と言う所でしょうか。
あるいはそもそも、そういった「適性」がなかったのか。」
取り出した時の、目の前のひとの慌てようは尋常ではなかった。
「使用する事」を求めるならば…そのように牙を剥いてくる可能性は高い。
「…先生は、それを使う時に何を見たのか。
考えても詮無い事ですが、ね。」
言いながら調息を終え、頬の湿布を剥す。
湿布の下の青痣は、既に随分と小さくなっていた。
■ノーフェイス >
「ボクなら二枚目もできちゃうからなあ、兼ね役ってアリなんだっけ。
つっても、濡れ場があるような色気のある演目じゃなさそうだケド。
大立ち回りの殺陣はまさに剣士のお役柄。そうだ!印籠とか用意しようか。
終わったらのんびり、そうだね、温泉でも借り切って湯治かな」
さて、いつか鬼の笑うような話に浸ってもいられない。
「そ。 ボクはそのとき、必死になって振り払っただけだった。
……業腹だケド、言っちゃえば逃げたんだよ」
肘に腕をかけて、その上に顎を乗せて嘆息。
「一回、ここで開けようとしたことがある。
同じものを視せられて、そのときもまた逃げた」
ぎり、と奥歯を噛みしめる。要するに、二度敗北している。
そのとき、終わってしまっていた可能性もある。
だからこそ、万全の備えのうえで望まなければならない。
「……視せられたのは。
ボクの家族だ。優しくて、柔らかくて……幸せな時間」
眼を閉じて、こちらから胸襟を開く。
「そんなもの、存在してなかったのにね」
視たいように視える。
ありもしなかった、幸せな情景。
安寧に引きずり込み自由意志を奪うかのような――
「だからボクは、この試練を乗り越えるためになにが必要かを考えた。
今日、ここにキミを連れてきたのは、そのためにキミが必要だから」
腕を解いて、ふたたび指さす。
■緋月 >
「以前のあれこれを蒸し返す訳じゃないですが、屍山血河の舞台はちょっと勘弁してほしいのはあります。
信条云々以前に、何と言うか…「後始末」が来た時に怪しまれたりするのは嫌ですから。
確か以前にそんな番組をテレビで見た事はありましたね。
御紋のひとつで退いてくれるような容易い相手なら、私も加減がし易くて助かるんですけど。」
そんな容易い相手でもあるまい。軽い冗談を飛ばしながら、それとなく気を引き締める。
そろそろ、お話の本題だ。
「……都合の良い「幻」を見せて、それに囚われるようなら資格なし、という事でしょうか…。
その口ぶりでは、弾かれて終わりでもなく…それこそ、「囚われた」まま、出て来られないような。
――聞いてましたか?
あなたが最初に仕掛けてきた「光景」に比べると、随分と底意地の悪いやり口ですね。」
視線のみを右手に向け、軽く意識を集中する。
直後、青白い炎と共にその手に現れるは黒い狼を象った仮面。
身に着けてもいないのに目の部分に宿る青白い炎は、ばつが悪そうに
ラフな格好の麗人と書生服姿の少女から視線を外す様な動きだ。
「――楽な方には流されるな、と。
今度は、私があなたに言う番だ、と…そういう訳ですか?
それとも、もっと別の形で手伝って欲しい、と?」
視線を戻し、空いた左手で己を指差し、敢えて確かめるようにそう訊ねる。
出来れば静かにしてて下さいね、と、手元に出していた仮面を胸に押し当てるように消しながら。
■ノーフェイス >
「言ったろ?永遠の眠り姫さ。
その荊の城は、王子様はあらわれない欠陥品だケドね」
昏睡、廃人、悲劇。
「巨大な亀が背負った神の山。不老不死仙人……中国の逸話らしいね。
要するところ、試練には代償も危険も伴う――だからこそ、ってコトでもある。
日々、キミがボコ殴りにされてるのとおんなじさ。だから、ボクもやんないとなんだよ」
必死に、全力で研鑽を続ける彼女をまえに、尻込みなどしてはいられないのだ。
甘える相手として選んだのではない。識りたいもので、あり続けなければ。
あらわれたる彼女の友人には、少しいたずらっぽく眉を上げて笑った。
「……この夏を経て、いくらか、ほんのいくらかだけ、"死"を混沌に取り込めた。
それは痛みのない場所であり、なによりも優しく暖かな眠りだ」
雨の日より前からずっと考え続けているキーワード。
まだ自死の幻覚は見ているが、解釈はできた。
死を讃える教えの徒だった面と少女に対して語るは。
「つまり、生は覚醒であり、痛みと快楽と解釈すれば。
それをボクにくれる像として、いちばん確かなのはキミ。
流されないように、痛みが欲しいんだよ」
しゅる、とカーディガンを滑り落とし、露わになる白い肩、首筋。
白く長い指が、細くもしっかりと筋肉のついた首周りを艶めかしく撫でる。
「噛んでてくださる?いつもみたいに。
剣であり少女であるキミがくれる痛みが、
寄り添われるに値する生をつなぎとめる縁となる。
…………かも?」
と、最後は戯けるように、片目を瞑った。
■緋月 >
「…それは、」
流石に具体的な例を聞かされると、少し目つきが厳しくなる。
麗人に向けるものではなく、多面体に対してのものだが。
「本当に、厳しい代償ですね。
予備知識があっても、振り払って逃れる事が出来たのが最善手と言える位。」
もし何の知識も覚悟も無く向かえば、それこそ即座に眠り姫の出来上がりだ。
自分でも、振り払ってその場を逃げるのがやっと、かも知れない。
雰囲気として、だが、身の内に在る「友」と、その同胞でもあった神器達に比べて、「容赦」がない。
あるいは「心」がない、と言えばいいのかも知れない。
「可」か「不可」のいずれか一方のみ。在り方としては…機械、に近い気がする。
「…痛みがあっても、だからこそ、生きている事は素晴らしい。
お互い、安らぎの地に向かうには聊か若すぎるでしょう。」
一度目を瞑り、大きく息を吐く。
「分かりました。私が、あなたにしっかりと寄り添えていられているのか。
時折軽く分からなくなる事もありますけど――そういう事なら、遠慮なく。」
主に未だに揶揄われる事が多い、振り回されがちな己の至らなさ。
それでも、前みたいにぐるぐる悩む事は、随分となくなったと思う。
「それで、「始める」のは、改めてそちらに「挑む」のを見届けてから、ですか?
それとも………まさか今すぐ?」
少し気まずい質問だが、聞いておくことを聞いておかないと誤解があっては大変だ。
――もしこれを「先輩」に知られたら変な趣味に目覚めたか、とでも言われそうだな、と考えてしまう。
■ノーフェイス >
「うん!」
今すぐか、と言われたら一も二もなく頷いた。
にっこりと満面の笑顔だ。明らかにためらうことが解っていて振っている。
「素面でやるのは恥ずかしい?」
それでも。
必要であることは間違いない。
必要としていることも――間違いない。
「キミを感じさせていて欲しい。そうやって踏み出せば、越えていける。
安易に死にゃしないよ。必死で生きなきゃ、死にそっぽ向かれちゃう」
それでも、命を賭ける必要はある。
■緋月 >
「……………。」
思わず額に手。
ため息は出なかったが、やっぱり、こう、掌で遊ばれてる気持ちがどうにも付き纏う。
「――いえ、そこまで率直に言われたら、逆に覚悟が出来ました。
ちょっと頭痛はしますけども!」
最早名も知れぬ廃神社の祭神に心の中で謝罪。
申し訳ございません、斯様な真似に及ぶ不敬をお見逃し下さい。
決して要らぬ煩悩に囚われての事ではありませんので。
「……それなら、「死ねない」と思う位には強く行きますよ。
それと、無事に帰ってきたらすぐに手当てですからね。」
しっかり毎日の歯磨きは欠かしてはいないが、それはそれとして
色々と健康が気になるレベルで行くつもりだ。
事が終わったら然るべき手当をしないと、無事に帰って来れても感染症が心配である。
学園の授業で、軽く学んだこと。
軽く膝立ちで血の色の髪の麗人のほうへと近づきながら、
「――覚悟してるなら合図とか、要りませんよね。」
そう、耳元に声をかけてから、行きますよなどという合図も、噛まれる心の準備をする暇も与えず、
がっ、と、狼のように。
「普段」のそれより遥かに容赦のない噛み付き方。
■ノーフェイス >
「い゛っ、深ぁ……」
びく、とさすがに肩がすくんだ。
鬱血どころか皮膚を割り、滲む血が唇のなかに味をひろげた。
続いて、ふるえる――低い笑い声。
「……ただ心臓を動かしていればいいワケじゃない」
永遠の眠り姫になったときの己は。
きっと、理想の自分とは程遠いあり方。
「極星は、だれよりも生きて魅せなきゃ。
"どうだ、生者は素晴らしいだろ?"ってさ。
……御前様に言ってやったもんだ、ボクは死を想うことはないって」
そんなことを思う暇もないほど、全身全霊を燃やすこと。
そしてそれが、彼の問いのひとつの解となったらしい。
生きていればいいのではない、と――
「眼をとじて、集中してごらん」
ここに在るかどうか、寄り添えているのかどうか。
言葉より確かに、それを感じて――
「キミが――」
その言葉は最後まで紡がれることはなく。
八面体が、開く。
■星空 >
瞬間、緋月の世界からすべてが消失した。
噛みついている相手が消える。朽ちゆく古刹の堂が消える。
足元がなくなれば、あとは闇のなかに落ちていくばかり。
その闇には、無数の光――無辺の星空だった。
落ちていく、落ちていく。
ただひとり、落ちて行く。
それは。
神山舟をこじ開けた者が、自らの世界を外へ解き放つ芸術家であり。
夢のなかに他者を招く棘を受けた身であり。
臨死体験によって複数の記憶を交じる経験を経たうえで。
みずからの内面に他者を求めた意志から起こった、必然の事故だった。
数十秒の落下ののち、
星空が闇へと閉ざされる。
■知らぬ町並み >
次の瞬間に、緋月は人混みのなかにいた。
天は、遠景は、やはり宝石を散りばめたような星空で。
周囲の人間を――その顔を、なぜか緋月は識別することができないが。
その人混みの多くは怪異であった――本物ではない、仮装だ。
吸血鬼、屍人、あるいはフランケンシュタインの怪物。
――魔女。数として多いのは、カボチャのランタンを被ったもの。
楽団が奏でる、軽妙でどこか間の抜けた音楽と、歓声が混じり合う。
高層建築のない、どこか古めかしい西洋風の町並み。
そこかしこにカボチャのランタンや魔女の絵が飾ってある。
そこは、祭りの日。
過日のハロウィン・ナイトと、趣を同じくしていた。
■緋月 >
「…………。」
呆然。
さっきまで、自分は青垣山の古ぼけた廃神社にいて、
あのひとの、首に噛み付いていた、はずだったのに。
星のなかを落ちて行って、気が付いたら――
「………ゆめ…?」
思わず、そんな言葉が口からまろびでてしまう。
その位に、奇妙な…何とも言えない、感覚だった。
道行く人外。違った、人外の仮装をした者達。
見覚えがある。狼の扮装で連れ出された、あの催しにそっくりだ。
どういう訳か、道行く人々の顔を、認識する事は出来ないが。
それに、光景も違う。覚えのある常世島の街並みではない。
もっとこう、別の国、それも、田舎と言った方がよさそうな、あるいは時代がかった、古めかしい街並み。
「……これは、私も「巻き込まれた」んでしょうか。」
思わず言葉に出してしまう。
そう考えるのが最も適切と言えるかも知れない状況。
困った事に右も左も…人の顔さえ分からない。
仕方ないので、少し歩いてみる事にしようか。
勿論、この光景に「呑まれて」しまわないよう、しっかりと心を引き締め直してから。
■ノーフェイス >
そこゆく観光客の前に。
『お嬢さん!』
にゅっ、と横合いから覗き込むように現れた、内側に明かりが灯るカボチャのランタン。
被り物の奥を覗くことはできないが、仮装した男だ。
『■■■■へようこそ!サムライ?イカしてるね!
いまが、この街がいちばん盛り上がる時期なんだ。来てくれてありがとう!
屋台のお菓子も美味しいよ。ささ、いっぱい、楽しんでいってね!』
そして、カボチャの男はその場を去っていく。
めいめいが、緋月に優しい――というか、浮かれ気分なのだ。
しかし、語られたお菓子の匂いはしない。その鼻腔を満たすのは、懐かしきイグサの匂い。
――死。
この町を満たしているのは、死の気配だ。
朔の権能の一端は持ち込めているらしい。むろん、月白もともにある。
すでに死が蔓延したあとなのか。
それとも、これから死がこの町を満たすのか。
どこまでも、どこまでも、平和な情景。
賑わしい祭りを満たす人だかりのなか、ふと。
長い血色の髪を揺らした魔女が、人混みに紛れて行くのを、遠巻きに認められるだろう。
甘やかなバニラの香り。馴染みの香水。
■緋月 >
「あ、その、ご丁寧にどうも…。」
不思議と、言葉が分かる。
短く謝礼を告げると、再び歩き出し。
そうして、「異常」に気が付く。
菓子の香りはなく、代わりに届くは懐かしき藺草の香り。
かつて垣間見た、「安らぎの地」を瞬時に想起させる香り。
それは即ち、
(……死だ。)
この地は、「死」に満ちている。
一度かの地を目にしたことで感じた、最も印象の強い香りが、その気配の代わりとなって届いたのだろうか。
「――あ。」
そんな事を考えていると、今度はまた別の、親しんだ香り。
そして、見慣れた髪の色。
「……。」
少しだけ小走りに、その後姿を追い始める。
同時に顔に手を当て、
(……朔。)
心の中で、仮面にかの人が与えた名を念じ、両の目に一時、青白い炎を呼ぶ。
それが見せるモノが何か、軽い覚悟を構えながら。
■ノーフェイス >
朔との対話はできない。
否、言葉は届いており、意思が返る感触がある。
しかし、朔はこの世界を認識できていない――ようである。
ただその炎が見せるのは、濃密なる死の記憶。
ハロウィンは、日本の盆のようなもの。
死者供養の日。殉教者を讃える日の前夜祭。
その日に生まれ祝うものがあった。
死者の感知、判別。
その炎が暴いた事実は。
流血の髪が揺れる後ろ姿。
そこにだけ、鼓動があった。
すべてを満たす死の海のなかで。
――優しくなどない世界で、たったひとり、生きていた。
やがて、人混みが失せていた。
そのさきにあった小さい一軒家は、家族が住むには少し手狭そうな家。
魔女は、持っていた鍵で玄関のドアを解錠した。
「ただいま」
普段言わない言葉が、いつもの声で、静かに、やけに鮮明に響く。
そのまま、踏み込んでいった。扉が閉じようとする――